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S18 新勇者

 勇者の称号を得たことは、すぐに教師を通して父上に報告された。

 そのすぐ後、俺は父上に呼び出されて学園を後にし、王城に戻ってきた。

 

 久しぶりに戻ってきた王城。

 けど、感慨に耽っていられるほど、俺の精神は安定していなかった。

 動揺する心をなんとか鎮め、父上と再会する。

 場所は謁見の間ではなく、父上の執務室だった。

 広いけど、書類等が散乱する室内。

 そこに、数人の人間が集まっていた。


「シュレイン。わざわざ呼び出して済まない」

 

 俺の入室とともに、父上が重い声を発した。

 数えるくらいしか会ったことがない俺にも、父上の声がいつもより重々しいものであると、一発でわかるくらいだった。

 鑑定の義で聞いた時よりも、ずっと重い声だ。


「まずは、本当に勇者の称号を得たのか、鑑定させてくれ」

「はい」


 父上の手には、あの鑑定の義で使われた鑑定石が握られている。

 俺が答えると、すぐに舐め回されるような嫌な感覚が全身を襲った。

 これは、先生と初めて会った時にも感じた感覚だ。

 これが鑑定をされたときに感じるという、不快感なんだろう。


「本当に、持っているな」


 父上の重い声。

 直後、父上は顔を手で覆い、嗚咽を漏らし始めた。


「ユリウス…」


 父上の口から、兄上の名前が漏れる。

 それを聞いた俺も、堪えきれずに涙が浮かんだ。

 こんな場所でダメだ、という自制心など呆気なく突破して、涙で視界が滲む。


 肩を掴まれる。

 相手は第三王子、俺の一つ上の兄である、レストン兄様だった。

 頭を撫でられ、優しく抱きしめられる。

 レストン兄様とはそんなに会う機会も多くなかった。

 けど、気さくな人で、ユリウス兄様の次に気の合う兄弟だった。


 俺の限界は呆気なく超えた。

 レストン兄様に抱きついて、遠慮なく泣いた。

 室内に、しばらく嗚咽だけが響いた。


「父上。ユリウスのことを嘆く気持ちは分かります。しかし、今後のことも考えなければなりません。話し合いを始めましょう」


 重苦しい静寂を破り、声を出したのは第一王子であり、俺たち兄弟の一番上に当たるサイリス兄様だった。

 正直、この人のことは苦手だ。

 笑った姿を見たことがなく、いつも仏頂面で仕事にのみ没頭している。

 他所の国に嫁いでしまって会ったことのない姉上を抜かせば、兄弟の中で唯一仲良くはなれないだろうなと直感させられるような人だった。


「サイリス兄貴、父上もシュンも傷ついてるんだ。もう少し待ってもいいだろ?」

「いや、レストン。サイリスの言うとおりだ」

「けど、父上」

「くどいぞレストン。父上がこうおっしゃっているのだ」

「サイリス兄貴…」

「よい。家族として悲しむ気持ちは大いにある。だが、一人の人間である前に我らは王族。であれば、王族としての責務を全うしなければならない。悲しむのは、そのあとだ」


 父上が袖で涙を拭う。

 父上の目は真っ赤に腫れあがっていたけど、そこには力強い光が宿っていた。

 これが、王の姿か。

 すごいな。

 俺には、真似できない。


「シュレインが勇者の称号を受け継いだということは、ユリウスは死んだということだろう」


 父上が唇を噛み締めながら、誰もはっきりと口にしなかったことを言った。

 その言葉で、改めてユリウス兄様の死を突きつけられた気がした。


「シュレインや国民には伏せられていたが、魔族軍がついに侵攻を開始したという情報が届けられた。恐らくその戦いで、ユリウスは命を落としたのだろう」


 魔族軍が。

 魔族の動きが活発化してるって話は度々聞いてたけど、ついにか。

 あのユリウス兄様でさえ、魔族軍には勝てなかったのか。


「まだその戦いの結果がどうなったかの報告は上がってきていない。空間魔法が使える優秀な魔法使いに確認に向かわせているが…」


 その直後、部屋をノックする音が響いた。


「入れ」

「失礼いたします」


 入ってきたのは、名前は覚えていないけど、この国の将軍を務める人の一人だったはずだ。

 彼はゆっくりと部屋の中央まで進み、膝をついた。


「ご報告申し上げます。人族軍と魔族軍の戦争についてです」

「ちょうどよいタイミングだったな。して、どのような様子だ?」

「はっ。詳細な情報はまだ現場も混乱しているため不明ですが、甚大な被害を出しながらも、からくも魔族軍を退けたようです」

「そうか。続きを」

「現在わかっている情報ですと、砦のいくつかは陥落したようです。中でも、クソリオン砦が壊滅したとの情報も」

「何!?あの大要塞がか!?」

「は、はい。まだ確たる情報ではないのですが。現場も混乱しておりまして、根拠のない噂が飛び交っているような状態なのです。魔族軍が巨大な魔物を召喚した、未知の大魔法で吹き飛ばされたなど、噂や憶測で、どれが本当の情報かはわからない状態です」

「うむ。だが、魔族軍が撤退したという情報は本当なのだな?」

「はい。それは間違いないかと」

「わかった。報告ご苦労。引き続き情報を集めてくれ」

「はっ!それでは失礼します」


 将軍が退室していく。

 父上は何かを考え込み、眉間に皺を寄せて目をつぶっている。

 俺たち兄弟は、父上の次の言葉を待った。


「ユリウスの死はまだ確認されていないようだな」

「そうですね。まだ現場も混乱している様子。いかがいたしますか?」

「しばらく、ユリウスの死と、シュレインが新勇者になったことは伏せておく」

 

 父上の決定に、この場で不服を言う人間はいなかった。

 俺も政治のことはよくわからないし、余計な口出しをしないほうがいいだろう。


「まだ魔族軍が完全に撤退したのかどうかも不明だ。ここでいたずらに勇者が死亡したと発表しては、民衆に余計な不安を与えてしまう。いずれは現場から話が上がってきて、ユリウスの死は知れ渡ることになるだろうが、それまでこの件は一切他言無用だ」

「父上、シュレインは今後どうしますか?」

「シュレインには、悪いが今日を持って学園を退園してもらう。同時に、いつでも新勇者として、発表できるように準備を進めてもらう。シュレイン」

「はい」

「突然のことで混乱しているだろうが、これからはお前が勇者だ。ユリウスの志を継ぎ、人族の希望としてお前は戦の矢面に立たなければならない。今はまだそんな覚悟も出来ていないだろう。ユリウスの死が知れ渡るまでの短い期間だが、お前にはその覚悟を決めてもらいたい」


 人族の希望?

 そんな、そんな覚悟、いきなり決めろと言われても。


「今は心の整理がつかないだろう。今日のところはもう下がって良い。ゆっくり休め」


 父上の労わるような声。

 今はそれに甘えることにしよう。


「すいません。失礼します」


 言葉も短く、部屋を後にする。

 父上とレストン兄様の心配するような目。

 サイリス兄様の冷たい目。

 その視線を遮るように、扉を閉める。

 その場で崩れ落ちたい衝動にかられたけど、なんとか堪えて歩き出す。


 




 それから30日が過ぎた。

 俺はその間城で自主訓練に明け暮れていた。

 勇者になった以上、強くならないといけない。

 というのは、建前で、何もしていないと色々と考え込んでしまって落ち着かなかったからだ。

 体を動かしていれば、少しは気分が紛れた。


 聞いた話によると、ユリウス兄様が死んだことは、世界的に秘匿されているらしい。

 父上が口止めしているのも大きいだろうけど、この不安定な時期に勇者が死んだことを市民に発表するのは危険だと、各国が判断したのかもしれない。

 戦場の現場ではもう知れ渡ってしまっていそうだけど、少なくとも戦場から遠く離れたこの国に、そういった噂が入ってくるのは、まだ先のことになりそうだった。

 

 魔族はその後攻めてきていないらしい。

 魔族も今回の戦争ではかなりの被害が出たというし、しばらくは動かないんじゃないかと思われる。

 けど、油断はできない。

 もう、他人事じゃないのだから。


 学園の様子は変わりないようだ。

 ちょくちょくスーやカティアと遠話で話してその様子は聞いている。


[そっちの様子はどうだ?]

[変わりありませんわ。シュンがいきなり学園を去ってちょっと混乱したくらいです]

[そうか。学園のみんなにはよろしく言っといてくれ]

[ええ。もちろんです]


[スー。元気か?]

[元気です]

[そうか。そっちはどうだ?]

[今日、ユーリが教会に呼び戻されました]

[ユーリが?]

[はい。多分、教会にもユリウス兄様が死んだという情報が伝わったんだと思います]

[それで、次の聖女候補であるユーリが呼び戻されたのか]

[おそらくは。ユリウス兄様付きの聖女はどうなったんでしょう?]

[兄様の仲間は、ハイリンスさんを除いて全滅したらしい]

[…そうですか]

[生き残ったハイリンスさんも近々帰国するらしい。多分、話をするくらいは出来ると思う。その時にいろいろ聞いておくよ]

[はい。できれば大人しくしていてくださいね?]

[うん?まあ、父上にも発表までは俺が勇者だって口外しないように言われてるしね。下手なことはしないよ]

[それならいいです]

[変な事を言うなー。もしかして、心配してくれた?]

[当たり前です]

[そっか。ありがとう]

[…どういたしまして]


 そういったやりとりを何度かした。

 ハイリンスさんはユリウス兄様の幼馴染で、兄様と肩を並べて戦う戦友だ。

 兄様と一緒に何度か会ったことがある。

 ハイリンスさんが帰国したら、いろいろ聞けるに違いない。

 あの兄様がどうして死んだのか。

 

 正直に言うと、あのデタラメに強かったユリウス兄様が、そんなに簡単にやられるとは信じられない。

 卑怯な罠にかかったのか、あるいは兄様でさえ捌ききれない大軍を相手にしたのか。

 1対1の戦いで兄様が負けるとは思えなかった。

 そこらへんも、ハイリンスさんが帰国すれば、きっと分かるに違いない。

 

 俺は、沈みそうになる心を奮い立たせるように、自主訓練に明け暮れた。




*************************



「シュンが勇者の称号を受け継いだ」

「最悪です」

「ああ。それに、なんだか周りの動きがきな臭い。俺じゃちょっと対応しきれないかもしれん」

「わかりました。すぐに戻ります」

「忙しいところ悪いな」

「生徒のためなら先生は頑張れますよ」

「あんたのそういうところは尊敬するよ」

「そうですね。私、こんな熱血キャラじゃなかったはずなんですけどね」

「ポティマスの旦那に報告は?」

「もうしてあります。最悪、シュンくんをエルフで匿うことも考えないといけませんね」

「そうか。そのほうがいいのかもしれないな」

「反対しないんですか?」

「ユリウス兄貴が死んで、この上弟にも死なれたくはねーさ。それなら、一生会えないことになったとしても、生きててくれた方がいいに決まってる」

「そうですね。出来る限りのことはしましょう」

「ああ。よろしく頼む」

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