S17 崩壊を告げる声
ユーゴーに襲われて以降、俺の周りは平穏だった。
とはいえ、あの一件で俺の考えも多少変わった。
この世界を日本と同じに考えてはいけない。
いつ自分の命が脅かされるかもわからない、危険な世界なんだと。
けれど、根っこの部分は変えたくなかった。
ここまできて甘い考えかもしれないけど、日本で培ってきた道徳観を、完全に捨てきることはしたくなかった。
だから、これからも俺は極力人殺しなどはしたくなかった。
そうは言っても自分の身は自分で守れるようにならなきゃならない。
ユーゴーに襲われた件では、周りにもかなりの心配をさせてしまった。
そろそろいい年になったのに、未だに俺にベッタリなスーはもちろん、カティアやユーリも俺の身を案じてくれた。
特にカティアは自分が思っている以上に、俺が襲われたことに動揺したらしい。
「シュンが襲われたって聞いたときは、頭が真っ白になった」
と、本人の口から聞いた。
俺もきっと、カティアに何かあったら同じ反応をするだろう。
それを話すと、何故か俯いてブツブツ言い始めてしまった。
「マジか? マジなのか俺? いや、違うよな俺?」
いったい何なんだか。
逆にその様子に心配になったくらいだ。
けど、心配をかけたのも事実。
実際先生が駆けつけてくれなかったら、俺はユーゴーに殺されていたかもしれなかった。
そう考えて、怖くなった。
死ぬのが怖い。
そして俺は強くなることを決意した。
それまでも積極的に強くなろうとはしてたけど、それ以上に真剣に取り組んだ。
使っていなかったスキルポイントを使って、よさそうなスキルを取っていき、そのスキルを重点的に伸ばす。
授業の一環で魔物を倒すこともあった。
鍛えた俺では全く実戦経験を積めるようなこともなく、あっさりと倒してしまった。
けど、経験値は入る。
そして、経験値が入ればレベルが上がる。
ユーゴーに襲われた時のように、レベル1ではもうない。
体が成長するに従って、魔法寄りだったステータスはバランス型になった。
しっかりとした肉体が作られたことによって、魔法系のステータスに物理系のステータスが追いついた。
これで剣も魔法も、両方とも一流と言えるレベルになっただろう。
それでも、俺は鍛錬を積み重ねた。
強くなった。
その実感はある。
けど、俺は俺以上に強い人を知っている。
あそこまでの境地に到達できるとは思わない。
けど、それに少しでも近づこうと思う。
俺は強くなっていって、欲が出たのかもしれない。
最初は自分の身を守るためだけに強くなろうと思った。
けど、最近は親しい人間のことも守れるようになりたいと思うようになった。
まあ、スーをはじめ、俺に守ってもらうほど弱い人間は近くにいないんだけどな。
それでも、何かあったとき力になれるくらいには強くなっておきたかった。
それに、俺が守りたいと思うようになったのは、何も親しい人間だけじゃない。
パルトンをはじめとして、打算抜きで俺を慕ってくる生徒とも徐々に打ち解けていった。
友達と呼べるほど距離が縮まったわけじゃないけど、彼らのことも守れるのなら守っていきたい。
最近では、これが王族の感覚なのだろうかと思うことがある。
勇者であるユリウス兄様は、いつもこんな感覚を抱きながら戦っていたのかと。
そう思うと、少しだけあの人に近づけたような気がした。
兄様とは学園に入って以来会ってない。
今兄様はどこで何をしているのか、それも俺は知らなかった。
魔族が活発化しているという話は度々耳にしていたけど、この閉鎖された学園の中だと、外の世界の情報というものはなかなか入ってこない。
もしかしたら魔族との戦いをしているのかもしれない。
まあ、あの兄様に限って心配をする必要はないけど、それでも魔族の動きというのは気になった。
魔族の動きに合わせてなのか、先生もこのところ姿を見せない。
前は時々授業には出席していたのに、この1年ほどはほとんど授業に出ていない。
学園内で出会うことはあるので、ここを拠点にしていることは間違いないけど、姿の見えない時にいったい何をしているのか、いまだにわからない。
姿を見せないといえばもう一人。
ユーゴーもまた、あの襲撃事件以降姿を一度も見かけない。
学園にいるのかさえわからない。
襲撃事件の直後はチラホラ学園内で見かけたという話も聞いていたけど、ここ数年はそういう話が一切ない。
多分、もうこの学園にはいないんじゃないかと思う。
ユーゴーのその後が気にならないと言えば嘘になる。
あいつのしでかしたことは今も許すことができない。
けど、それと同時に少し同情してしまう。
力に溺れたあいつは、その力をすべて失った。
力こそ全てだったあいつにとって、力を失うことはすべてを失うことに等しかったに違いない。
甘い考えだとはわかっているけど、それでも少し同情してしまうのは止められなかった。
先生もユーゴーもいないと、驚くほど日々は平穏に過ぎていった。
授業に出て、スーたちと駄弁って、時間があれば鍛錬して。
そうして毎日が過ぎていった。
本当に魔族が不穏な動きをしているのかと、疑いたくなるほど平和だった。
《条件を満たしました。称号『勇者』を獲得しました》
《称号『勇者』の効果により、スキル『勇者LV1』『聖光魔法LV1』を獲得しました》
その平穏を打ち破る声。
「え?」
授業中だったこともあり、俺の戸惑いの声は予想以上に教室の中で響いた。
「シュレインさん、どうしましたか? 何かわからない点でも?」
この授業を担当する教師が俺に聞いてくる。
その教師の声も、混乱した俺には素通りしてしまう。
「シュレインさん? シュレインさん!? どうしました!?」
多分、この時の俺の顔色は、相当悪くなっていたのだろう。
だって、おかしいじゃないか。
世界に勇者の称号を持つ人間はただ一人。
そして、俺の知る勇者もまたただ一人。
称号というものは、一度手に入れると手放すことはできない。
それはつまり、勇者の称号も、手放すことはできないことを意味する。
生きているうちは。
つまりはそういうことなのだ。
そういうことになってしまうのだ。
信じられない。
信じたくない。
けど、その称号は、確かに俺のステータスに記載されてしまっている。
この日、一人の勇者が死に、一人の勇者が誕生した。




