人魔大戦③
【魔王の側近バルト】
天幕の中で各地の戦況を確認する。
各軍には念話の上位スキルである遠話のスキルを持った伝令兵が必ずいる。
彼らから寄せられる情報を元に、各地の戦況をモニターし、指示を出す。
サーナトリア率いる第二軍はアノグラッチを敵の砦にけしかけることに成功したらしい。
無茶なことをするものだ。
いくらちょうど大繁殖のあとで、いつ爆発してもおかしくなかったとはいえ、それをわざわざけしかけるような真似をするとは。
アノグラッチには周期的に大繁殖をして数が膨大に増えるという習性がある。
数が少ない時期であれば森の奥に生息しているので、実害は少ないが、大繁殖のあとは餌を求めて行動範囲が一気に拡大する。
アノグラッチの生息範囲は魔族領と人族領に跨っているが、魔族領の方に寄っている。
なので、大繁殖の後に被害が出るのは魔族の方だった。
サーナトリアはそんな頭の痛い魔物を、逆に利用した。
普通なら自分も狙われる危険もあるし、まずやらない作戦だ。
それだけ、彼女も切羽詰っていたということだろう。
他には第三軍のコゴウ、第八軍のラースが勝利している。
逆に、第六軍のヒュウイと第四軍のメラゾフィスは敗戦した。
メラゾフィスの方は怪我を負ったものの、命に別条はないそうだ。
だが、ヒュウイは戦死した。
幹部の中で今のところ唯一の戦死者だ。
その他は未だに戦闘が続いている。
ただ、どこの戦場も押され気味だ。
第一軍を率いるアーグナー殿が攻め込んだクソリオン砦は人族の大国、レングザント帝国へと繋がる重要な拠点だ。
当然そこに配備された兵も精鋭だ。
さすがのアーグナー殿も手を焼いているようだ。
第五軍のダラドも旗色が悪い。
今のところまだ拮抗しているようだが、ジリジリと押され始めているようだ。
そして、一番問題なのが、ブロウの率いる第七軍だ。
そこには、勇者がいる。
戦力的には拮抗しているようだが、勇者とその仲間の進撃を止められないでいるようだ。
最悪、大将のブロウのもとまでたどり着いてしまうかもしれない。
「順調順調。黒ちゃんもそう思わない?」
俺が各地に指示を飛ばす中、椅子に優雅に腰掛けた魔王様は、隣に立つ黒い騎士に語りかけた。
「ああ、そうだな」
「黒ちゃんぶっきらぼう。もう少し愛想よくしたら?」
「する意味がないな」
「ぶー」
戦争中だというのにこの能天気な会話。
いや、黒の方は真面目なのだし、能天気なのは魔王様だけだ。
「しかし、第二軍のサー、なんだっけ? まあ、いいや。あのサキュバス。面白いことするねー。あの猿をそう使うかー。うんうん」
魔王様は何がそんなに面白いのか、ニヤニヤしながら一人頷いている。
「いいのか?」
「ん? いいのいいの。こっちの被害は0だけど、その分人間が死にまくってるしね」
「そうか」
「そうそう。大事なのは魔族でも人族でも、死にまくることなんだから」
その言葉に背筋が寒くなる。
やはり、この方は俺たちのことを餌としてしか見ていない。
仲間意識などなく、いざとなれば躊躇わずに切り捨てるに違いない。
「黒ちゃん、もしかしなくても今回の件、気にしてる?」
「ああ」
「そうだよねー。なんせ今回の戦争は君の不手際で起きたようなもんだしねー」
体が一瞬止まりかけ、必死になってそれを取り繕う。
何の話だ?
今回の戦争が、黒のせいで起きた?
そんな話は俺も知らない。
この二人は、俺さえ知らない何の話をしている?
「そうだな。これは私の甘さが招いたことだ」
「うんうん。だからさー、私がその尻拭いしてあげてんだよねー。感謝しろよ?」
「感謝はできんな。必要であることは認める。だが、やはりお前たちのやり方を許容することはできん」
「とか言って、こうして止めてない時点で、昔と変わってないってなーんで理解できないかな?」
「そうかもしれんな」
「そうなんですー。まあ、そうやってウジウジ悩んでる方が君らしいっちゃらしいよねー」
作業をするふりをして、二人の会話に聞き耳を立てる。
少しでも情報を得るために。
今の話を鵜呑みにするならば、魔王様と黒はそこまで仲が良くないのか?
敵対、まではいかないが、その一歩手前の雰囲気がある。
だが、俺がいるのに平然とこんな話をするのも不自然だ。
聞かれても問題ないと思われているのか、それとも、全て演技で俺を泳がせるための餌を蒔かれているのか。
判断がつけられない。
「まあ、今回の目標数は達成できたかなー? バルト、各地に撤退命令出しちゃっていいやー」
「はい。わかりました」
内心で酷く動揺しながら、それでもそれを表に出さないようにする。
撤退?
確かに残りの戦場は不利な形勢が多いが、撤退するにはまだ早い。
それでも撤退する理由はなんだ?
「今回の目的はあくまで勇者だからねー。勇者さえ仕留められればあとはどーでもいいんだよ」
俺の内心の疑問に答えるかのように、魔王様が呟く。
勇者を仕留める?
だが、まだ勇者は健在だ。
仕留めていないのにどうして?
「心配いらないよ。なんせあっちには白ちゃんがいるからね。勇者だろうがなんだろうが、私の最高傑作である白ちゃんには誰も勝てない」
自信満々に断言する魔王様。
勇者のいる地には、ブロウの他に、第十軍を伴って白と呼ばれる少女が同行している。
「白ちゃんがいる限り、勇者が生きて帰ることはない。絶対に、ね」
そう言って笑う魔王様の姿に、俺は嫌な予感を覚えた。




