人魔大戦②
三人称視点となります
【ダーザロー砦】
ダーザロー砦では激しい魔法の撃ち合いが展開されていた。
ダーザロー砦を統括する人族は、エルフを抜かせば人族最高と呼ばれる魔法使いのロナント老。
そして、配備されたのはそのロナント老に師事する弟子たち。
人族最高の魔法戦闘集団がこの砦に集中しているといっても良かった。
対する魔族軍はヒュウイ率いる第六軍。
ヒュウイもまた、魔族軍の中でも指折りの魔法使い。
当然そのヒュウイが率いる軍団も、魔法戦闘を得意とする。
戦いは拮抗していた。
種族として優れる魔族に対して、人族は砦という地の利を活かして戦う。
自力では魔族が、地の利では人族が、それぞれ優れていた。
しかし、派手に見える魔法の撃ち合いはあくまで見せかけ。
その裏で両者は互いに切り札となる大魔法を使うタイミングを測っていた。
軍と軍がぶつかるような大規模な戦争において、対軍用の大魔法は重要な意味を持つ。
上級の魔法スキルの中に存在するそれらの魔法は、よほど優れた術師でなければ一人では発動できない。
それゆえに、術式補助というスキルを持った補佐役が何人か付き、魔力譲渡のスキルを使って術者に魔力を渡して、初めて行使が可能となる。
そして、それだけの大規模な術式であれば、術式感知を持った一流の魔法使いなら看破できるのだ。
相手がどんな魔法を撃とうとしているのかさえわかれば、迎撃するなり防御するなりもできる。
できるように各種属性の魔法使いを揃えることが、軍を動かすうえで必須だからだ。
そのため、大魔法はたとえ絶大な威力を誇っていたとしても、気軽に撃っては防がれてしまうことが多々ある。
大魔法は消費が激しいため、そう何度も撃つことはできない。
大魔法を効果的にするには、相手の予想を超える威力を出して防御を貫通させるか、防御も間に合わないような速度で術式構築を完了させて発射するか、相手の裏をかくか、そのどれかを満たす必要がある。
だが、威力はそう簡単に上げられるものではない。
術式構築の速度も、一流と呼ばれる魔法使いになれば、だいたい似たような速度になるものだ。
両方とも相手がよほど格下でない限り、滅多に成功することはない。
ならば、相手の裏をかくしかない。
対軍における魔法の運用とは、それすなわち大魔法をどうやって相手に叩き込むか、これに集約される。
そして、その大魔法を叩き込むために、相手の大魔法を読み、逆に自分の大魔法を読ませないようにしなければならない。
そのお互いの手の内を読む裏の戦いこそが、魔法を主軸に戦う軍団の真の戦場なのだ。
そのはずだった。
ヒュウイがその事実に気づいた時には、形勢はかなり傾いていた。
自身も魔法使いとして高い実力を持つヒュウイは、指揮よりも相手の大魔法を読むことに集中してしまっていた。
それは普段であれば正しかった。
が、相手は人族でも最高と呼ばれる老練の魔法使い。
見た目は童顔で年若く見えようと、人族に比べて長命な魔族であるヒュウイは、それなりに長く生きている。
それでも今回は相手が悪かった。
ロナント老は定石とは逆に、大魔法を囮に使い、下級の魔法による狙撃で徐々に魔族軍の戦力を削っていたのだ。
ロナント老とその弟子たちは、下級の魔法の威力を底上げする研鑽を積んできた。
普通、下級の魔法ではそこまでの威力が出ない。
術式がその威力に耐えられないからだ。
そして、威力の低い魔法では、相手の抵抗を完全に超えることはできない。
精々怪我止まりだ。
その常識を、ロナント老は打ち破った。
彼は術式の強化に重点を置いて研鑽を積んできた。
強化された術式はより強い魔法の行使を可能にし、今までできなかった下級魔法の威力の底上げを可能にした。
その結果、下位の魔法でありながら、抵抗の高い魔族にすら致命傷を負わせるまでの威力を出すことに成功したのだ。
ロナント老はこの方法を用いて弟子を育成し、彼らもまた下位の魔法で高い威力を引き出すことができた。
牽制と思っていた魔法の攻撃が、実は致命の威力を持っていたのだ。
そして、ロナント老はそれを限界まで悟らせないように、大魔法を囮にヒュウイの意識をそちらに向けるように仕向けた。
ヒュウイが気づいたときには、軍団に無視できないレベルの被害が出始めていた。
「クソッ!」
「ヒュウイ様、撤退を!」
ヒュウイは考える。
ここで撤退して、あの魔王は許してくれるだろうか?
ない。
あの魔王に限ってそれはない。
こちらの損害に対して敵の損害は軽微。
ノルマを達成したとは言い難い。
ならば、その分の埋め合わせを求めてくるに決まっている。
あの魔王はそういう存在だ。
「撤退は、できない」
「どうしてです! このままでは損害ばかりが増えてしまいます!」
「できないものはできないんだ!」
副官は事情を知らない。
知らないが故に、撤退などと口にできる。
無知である副官に苛立ちの募るヒュウイ。
「大魔法を使う。補助を」
「今大魔法を使っても無意味です! 撤退を!」
「補助をしろ」
有無を言わせないヒュウイの言葉に周りが静まり返る。
「早く手伝え!」
激高し、地団駄を踏む。
それが、ヒュウイの最後の行動になった。
遠距離からの狙撃魔法がヒュウイの額を撃ち抜く。
正確に大将だけを狙った高威力の狙撃。
敵陣が混乱して隙だらけになっていることを見抜いた、ロナント老の攻撃。
威力、かけた魔力、術式構築の難しさ、それら総合的な判断で言えば、大魔法にすら匹敵する遠距離狙撃の魔法だった。
ヒュウイはそのロナント老の秘奥によって、その生涯に幕を閉じた。




