Episode 1 Side-B
薄暗い闇夜の公園、其処で俺達は前後左右は虚ろなヒトの群れに囲まれている。
俺は背中合わせの美女―――――白の姫改め“篁 夏耶”と溜息が重なる。
ちなみに、「好きなように呼ぶと言い」と言い渡されたが何処か名前で呼ぶのは何処か恐れ多い様な気がした。
元々、名より姓で呼ぶ方が多いが――――まあ、白人系の顔立ちで「篁さん」と呼ぶのも、何かシックリ来ない。「~様」なんてのは論外。
下手に気さくに呼べば何か後で恐そうだ。
だから、イメージ通り安直に「姫サン」と彼女の前では呼んでいる。
「全く、誰も彼も芸が無いのう。人形風情で我を止められぬと己が一番解っておろうに」
「仕方ないだろ。アンタは賞金首みたいなモンだ。カタチだけでも体裁は取って置こうって腹積もりじゃないのか?」
バキリ、と俺の手が鳴ると爪が獣の様に鋭く尖る。
流石に人外染みた行動も場数を踏めば慣れるものだと内心、苦笑する。
「では、荒事は任せるぞ」
姫はそう言うなり、優雅な仕草で遊具へと腰を掛けた。
「了解、と」
瞬間、姫目掛けて迫り来る人間の形をしたモノを俺が切り裂く。
流石に踊る様にとはいかないが、力任せな様子はとても無様で見っとも無い。
「此方も此方で芸が無い」
「煩い。こっちはアンタと契約してまだ日が浅いんだ。――――っと!?」
契約――――。
ある日に出会った姫との誓い。
膨大なチカラと引き換えに従者に成る事を誓う誓約。未だに俺は上手く使いこなせていない。
嘆息する姫に悪態を付きながら1人、また1人と危なげなく切り伏せていく。
何しろ、ナイフや棒切れが相手の時も有る。致命傷にはならないが、下手をしたら、動作に支障をきたしかねない。
「――――――お主、中々進まぬのう」
「それはスミマセンね、っと」
両手は既に深紅に染まっていても、其処等にはヒトガタの群れがまだ沢山居る。
正直、この宴の主催者にそろそろ悪態を吐きたくなるが、多分この中には居ないだろう。
姫としては本意ではないのだろうが、俺としては首魁が居ないのは大助かりだ。
「きゃっ!」
―――――侵入者か?
咄嗟に声の方向を振り向くと其処には、惨劇に慄く女学生が居た。
姫にしては珍しい失策だ。いつもなら結界を敷き、誰も侵入者を赦す筈が無いのに――――――。
「おいっ!どう言う事だ!?」
裏のセカイは裏のセカイのみ。
禁忌を犯すのは最小限。表のセカイに極力被害を与えないこと。
――――――それを教えてくれた姫が知らない筈はない。
思わず姫をひと睨みすると、
「ククククククク………」
姫は何が可笑しいのか、遊具に座ったまま笑い出す。
「これが本物のセカイよ。貴様の言うセカイが甘い事がよく解る証拠だろう?」
自信に満ちた――――否、見下した様な仕草で女学生を見詰めている。
怒りからか恐怖からかは解らない。女学生は震えがちに「母様……」と睨み返す。
何と、この姫サンは一児の母と言うのか。
てっきり孤高の独身と思いきや、これは意外だ。普段から饒舌に語るクセに、あまり自分自身の事を語らないから、全然知らなかった。
「これはどう言う事ですか?……時折気紛れに囲う眷属や貴女の個人的な児戯の件は別に良いですが、何故、私を呼び出したんですか?」
唯、普段から人をからかう様な態度はやはり従者だからではなく、素なのだろう。
娘の声音と睨み付ける眼、そして全身から醸し出される雰囲気がソレを証拠と俺に認知させている気がする。
「この男を手伝え。……これは命令だ」
これはまた、身も蓋も無い。
姫――――母から課せられた言葉に「何故っ!?」と娘は不満を露わにするのと同時に動揺を顔に浮かべる。
「雛鳥もそろそろ巣立ちが必要だろう?その訓練の一環だと思えば良い」
「私は人間と共に“普通”を歩みたいのに………」
かと言って逃げ出す事も許されない為、渋々と言った様子で参戦を決める娘。
ソレを悪戯が成功した子供の様にニンマリと笑う母。全く大人げないと言うか、意地が悪いと言うか……。
「沙耶」
「は?」
「私の名前」
そう言って娘――――沙耶は不機嫌な面構えと嫌悪感を全身に醸し出しながら眼前を颯爽と駆けだした。
母譲りなのか。天賦の才なのか。爪で切り刻み、敵を滅する姿は姫と重なる。
流石母娘、なんてウッカリ口を滑らせたらあの爪が此方にも飛んできそうだが。
後、後ろの遊具で優雅に寛ぐお方からも。
「ホレ、貴様もサボらず動かぬか」
沙耶に見惚れていた俺も姫の声で我に返り、再び血の舞踏会に参加する。
猿真似でも良い。目の前の劣化版姫サマの動きを模倣し、不恰好に攻める姿は漸くサマに成ってきたような気がする。
「ふぅむ。拙い助勢を得て、漸く少しはまともになったな」
喧しい。
勝手に言ってろ。
結果、殲滅には数分と掛からなかった。
舞踏会は終焉を迎え、大儀を終えた俺と沙耶は小さな溜息を吐く。
「―――――漸く、終えたか。全く我が眷属にしては時間が掛かり過ぎだぞ」
遊具と言う名の観覧席から降りてきた姫の開口一番がコレだ。
及第点も貰えなかった。やはり精進せねばなるまい、と己に言い聞かせていた矢先、沙耶が姫に近付く。
そして―――――
パァンと乾いた音が響く。
「母様、これで満足ですか?」
頬に平手打ちをした娘に対し、母はニヤリと笑う。
「いや、まだだな。貴様が甘い現実を夢見る限り、な」
「っ!?」
憎しみだろうか。
感情的な表情を浮かべ、沙耶は踵を返す。
丁度その時、俺と視線が合った。
「……あの、有難な」
「貴方に礼を言われる筋合いは有りません」
にべもない。
だが、実母の仕打ちを考えれば眷属と化した俺に対する態度もさもありなん、と言った所か。
※ルビ、修正しました。