Prologue-Side B
人も通らない路地裏の筈なのに。
光も碌に射さない路地裏の筈なのに。
―――――コレは白昼夢と言うモノだろうか。
何気無く近道をしようとした俺の眼に飛び込んだのは、絶世の美女の姿だ。
だが、同時に寒気もする。
彼女の周りには沢山のギャラリーに包まれるかのように人の波が出来上がっていた。
彼等の眼は明らかに正気では無い。何処か虚ろで、まるで光に魅せられた虫の様な様相だった。
「その程度で我を止められるとでも思うたか、戯けめ」
だが、彼女はソレに屈することなく人の波へと飛び込んでいく。
同時に血飛沫が舞い上がる。
―――――何が起きてるんだ、一体。
絶世の美女―――白の姫君は踊る様に襲い来る波を避け、素手で人を切り裂く。
飛沫が上がる度に薄ら笑いを浮かべ、更なる踊り手を求める様は殺戮現場ではなく、まるで舞踏会の様だ。
脳内では逃げろと言う一方で、血の舞踏会から目が離せなかった。
白昼堂々の断末魔の呻き声も聞こえない奇妙な殺人に、恐怖を感じつつも足は依然として動く事は無い。
「所詮此処は無神論者――――否、神仏に寛容過ぎる国か。それでも尚、万全を期すようと愚策を良策と勘違いを起こした挙句、質を一切問わぬ多量の眷属を己に侍らせるその矜持、臆病者の貴様では生きる資格も無いわ」
最後の一人が倒され、白の姫は不満げに笑う。
俺の方は漸く思考が“異常”と追い付いたのか、現実を理解し始めた矢先に、堪える暇も無く胃の中のものを吐き出した。
膝をつき、嗚咽を漏らしながら地面に吐瀉物をまき散らす。
「何だ、普通の人間風情か」
白の姫は、さも感心なさそうな表情で俺を見下ろす。
こっちは人殺しの現場を目撃した俺の口封じするのではないのだろうかと感じ、「ひっ」と小さな悲鳴を漏らし、動かない足で必死に後退りする。
「お主、その様な震えた足で何処へ行こうというのだ?」
「あ……あぁ……」
恐怖のあまり声が出ない。
身体は強張り、歯はガチガチと震えている。
「まあ、良い。此処で出会ったのも何かの縁だ」
ゆっくりと此方へ向かって歩き出す白の姫に俺は成す術も無い。
殺される――――そう思った瞬間、俺は本能的に目を閉じるが、その様な事は無かった。
―――――何もされない?
恐る恐る目を開けると白の姫が何故か悪戯を思い付いた様な笑みを浮かべていた。
好奇心と言うヤツだろうか。何かを試す様な素振りを見せている。
「いい加減、彼奴等が放つ塵芥の掃除にも飽いた。丁度良い小間使いを探しておった所故………其処の小心者、この出会いを縁として我と契約するつもりはないか?」
その言葉に俺は言葉が出なかった。
そしてこれが白の姫との最初の出逢いであり、この後、長年連れ添う事に成る主従となる言霊とは今の俺にとって知る由も無かった。