Prologue-Side A
時間は正午。
天気は快晴だと言うのに、この部屋には光が届かない。
部屋の主の趣向か、態々幕を下ろして遮られた光。室内を満たしている甘いお香の匂いは、本来なら心安らぐ匂いかもしれないが、決してその様な事は無かった。
一言で片付けるのであれば陰鬱。
此方より一段高い奥座に鎮座する主たる私の母様は深紅の眼を睨むように凝視している。
―――――雰囲気に呑み込まれるものか。
気合を入れ、私はいつも通りに所定の位置に座れば、母様が溜息を吐く。
それが私達の問答の合図だ。
「何故、狩らぬ?何故、躊躇う?」
挨拶も脈絡もないが、これだけで互いは内容を把握していた。
狩る対象も、得るべき糧も。
対象は、人間。
糧は、血。
ソレだけ言えば判るだろう。
私と母様は世に言う『吸血鬼』の様なものだ、と。
だがらこそ、母様の口から語るその言葉だけで私達の間で解る為、対する私も「必要ない」と即答する事が出来る。
「貴様は誰のお陰で狂わずにいると思っている?――――――餌も己で獲れぬ雛鳥風情が、よくそんな世迷言を吐けるな」
眼光鋭く私を見詰める母様の強烈な一言に声は事実であるが故に反論出来なかった。
だが、永き時を経れば、時代も大きく変化している。
例えば、輸血用血液と言う品。今はホラー映画の様に人間を襲わずとも摂取出来る時代となった。我々と人間との関係も変わっていく筈と思いたい。
「しかし、母様の頃とは時代が違う筈です。態々狩りを行わなくても手段さえあれば、人間と共に生きる事が出来ます」
「人間と共に……だと?笑わせる。半人前の貴様の口からそんな戯言を何度聞いたことやら………」
ククク、と嘲笑するこのヒトに、私の怒りの沸点を超える。
「――――っ!戯言ではありません!!」
「貴様は本物の絶望と渇きを知らぬから、そのような妄言が易々と吐ける」
知っている。何度もこのヒトから聞かされた。
ホンモノは何物にも代えが効かない甘美なモノだと。
それこそ、言葉では言い表せない至高の一品だと。
衝動は本能に刻まれ、理性で抗う術は無いのだと。
―――――確かにこのヒトの言う通りだ。私は直接手を下した事が無いのだから。
でも、反論はある。
私だって人間社会に溶け込んで今まで何事も無かった。そしてコレからもその自信だってある。
「ですが、私は今まで―――――」
「――――戯け。取り返しがつかなくなってからでは遅いのだ。貴様がどんな高潔な理想を掲げようが、所詮は幻想だ。永き時を己が心身に誓いと言う名の鎖で縛り上げた先には、唯の地獄しか残らぬ。そして最後は――――――最も我等が忌み嫌う見境の無いケダモノに堕ちるのみ」
話す事はもう無い。
そう言わんばかりに母様は席を立ち上がり、私を見降す。
「箱庭に居座れる内に術を磨け。我等の生きる道は一つしかない事をいい加減理解しろ――――――出来損ない」
―――――私は貴女の思い通りにはならない。
想いを込めてキッと見返せば、ニヤリと哂う。
「最後に一つだけ忠告してやろう。………今のオマエは馬鹿の極み、我々を駆逐する狩人にとって格好の獲物だ。異物が在れば排除する―――――人間社会はオマエが抱くほど甘美なモノでも無いぞ?」
私の感情論に対し、いつも冷静に返す母様。どちらが正しいのかは、明白。多分、私が間違っている。
今存在する輸血用血液は全て母様が手を回してくれたものであり、私自身は何もしていない。
唯、餌を待ち続ける雛鳥と同義であり、己が身すら守れない未熟者―――――何ら成長していないと言う事だから。
だけど、言い続けたい。
時の移ろいだ平穏な時代だからこそ、共に歩むことが出来るのではないのだろうか、と。
短編『世代の確執≪吸血鬼編≫』を長編に統合しました。
話自体は変わりません。
※サブタイトル、変更しました。