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IRREGULAR'S HISTORIA  作者: 古河新後
第1部 Remaining story 残光
15/56

14.Mattress 内宙

 アパートの一〇三号室内で、ふわふわと光が浮いていた。

 田舎の夜道で見る蛍の様に、不規則に飛びながら少女の手元に降りてくる。そして、彼女の掌に乗ると、吸い込まれるように消えた。


 「と、言う事だ」

 「わかるか!!」

 「なんだよぅ。解りやすく、我が“人”ではないと説明しただろう?」


 ちゃぶ台を挟んで、扉側が普通組―――冴烈、九九、光陽。窓側が普通じゃない組―――少女。と言った様子で彼女の話を聞いていた。


 「やれやれ」

 「なんか、マジック見てるみたいね~」


 冴烈は呆れるように溜息を吐き、九九は独特の認識感覚から、特に異常な現象とは捉えていない。

 二人とも少女の人外さにさほど驚いていなかった。


 「ごめん。訳わからないのオレだけ!?」

 「そんなことないわよ~。叔母さんもさっぱり~」

 「全然そんな様子には見えないんだけど……」


 九九は頬に手を当てて、いつもと変わらずにコロコロと笑っている。さほど衝撃を受けているようには見えない叔母の事を、改めて大物だと認識した。


 「昔、こういうのと遭遇したことがある」

 「え? そうなの?」


 冴烈が呟く。少女に事で祖父が妙に落ち着いている事に疑問を感じていたが、昔こういう経験があったらしい。


 「黙ってたのは、言っても信じないと思ったからだ。それに“本家”には全く関係ない事だ。下手な情報は変に場を混乱させる。後、再び会うとも思っていなかったからな」


 何か言おうとする光陽の疑問は、一言で全て説明した冴烈に押し黙らされた。


 「ふむ。質問は終わりかな?」

 「いや! まだある!!」


 ここで色々と聞き出すつもりで光陽は引き下がらない。未知との遭遇に関して、キッチリと説明を聞かなくては、今後の気構えもできない。


 「お前、屋上で、“『内宙(マトリス)』へ、エネルギーを流した”とかなんとか言ってたよな? どういう意味だ?」

 「ほう。中々、的を射た発言だ」


 すると、少女は着ている上着を脱いだ。そして、その下に着ているセーターも脱ぐ。


 「ぶっ!? 何やってんだ――――」


 保護者が居るのに、こいつは何やってんだ! 白いYシャツ姿で豊満な胸を持つプロポーションがよくわかる。そして、少女は光陽の手を取って胸と胸の中心に触れさせる。


 「これが『内宙(マトリス)』だ」

 「……は?」


 次の瞬間、何も無い、ただ明るい空間に光陽は居た。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 上も下も右も左も、間隔を測るモノは何も無い、完全な無の空間。

 明るく、同時に眩しさは感じない不思議な光域。そして自分自身の存在も浮いていた。いや、足で地面に着く感覚が無いのだ。無重力とか経験するとこんな感じなのかもしれない。


 「って! ここはどこだ!!」

 『失敬だな。貴様は』


 その光域に反響する様に響く声は、少女のものだった。


 「お前か! 今度は何しやがった!?」

 『何って、貴様がソレを知る事を望んだのだろう?』

 「説・明・し・ろ!!」

 『ふふん。確かに、これでは話し難いな。では――――』


 すると、先ほどまでのYシャツ姿でミニスカートと足に包帯を巻いた少女が現れた。光陽と同じように浮いている。


 「ここは、我の全てを構成する、(エネルギー)そのものだ。自らのエネルギーを出来るだけ凝縮し、この世界に適した器に閉じ込めたモノを“内宙(マトリス)”という」


 この何もない“光域”こそが、少女の存在そのものを構築するためのエネルギーである。

 基本的に、人は……この世界に対応した存在であるため、肉体の確立が世界に約束されている。

 だが、少女のような存在は、この世界とは別の“軸”に適した“存在”であるのだ。そのため、世界に対する確立状態は人とは大きく異なる。


 「我らの理論と仮定は、完璧に貴様たちの世界に対応し、“感情”や“個性”を持つことで、個々での価値観も独立している」


 一般的な輪廻の枠には嵌らないが、それ以外の理論には当てはまると言う事だ。


 「貴様たちは優秀だ。知識を積み上げて構築した文明は、光さえも使役下に置いている。街中のテレビを見た時はビックリしたぞ。仕組みを知れば何とも簡単な知識の寄せ集めだが、それを効率化し映像化する事は簡単では無かったハズだ」

 「……やっぱり、お前は宇宙人とか何か……なのか?」

 「ふふん。そうだな、その認識が普通だよ。この星に無いモノを見た時、自分たちの常識の範囲外のモノに遭遇した時、最初に考えるのが惑星外の技術だ。だが、それは相手が未知でないと言っている事と同じだって気がついているかい?」


 一般的な理論の範疇。空を跳ぶ円盤は、星の環境に合わせて物理的な概念の元に浮いているに過ぎない。解析すればいずれ辿り着く、既存の技術なのだ。


 「もう少し、人は先の発想へ至らなければならない。もしも、未知の存在と決めつけるのならば、我々のような存在がそうなのだと」


 実を持たず、高度な知的存在。宇宙の法則を無視し、だがこの世界の輪廻には縛られる。圧倒的な未知である。


 「……専門家なら解りそうなものだが。オレにはさっぱりだ」


 少女の説明に光陽は半分ほど理解できなかった。

 最初から全てを理解するには複雑すぎるのだ。全てを理解して説明している者と、それ以外の者の視点では、前者が後者に全てを理解させるには、即伝とはいかない。少しずつ段階を置いて理解しなければ全てを理解するのは難しいだろう。


 「うん。貴様には余計な事を知ってほしくないのが現状でもある。だが、これだけは言っておこう」


 少女は光陽に近づく。顔が触れそうなほど間近で二人は見つめ合う。


 「この『内宙』は不安定だった。あちらこちらから、エネルギーが漏れ出していたのだ」


 当初、この世界に形を成した少女は、“存在しないモノ”であるため、世界に拒絶されていた。

 だが、【魔王】との交戦により負傷したため、急ごしらえで『内宙』を形成しなければならなかった。

 本来、この世界に少女のようなモノが“在る”為には、宿主と呼ばれる者と“存在”を共有する方がエネルギーの安定と回復につながるのだ。そして、存在を共有する方法は二つある。


 一つは、この世界に居る存在のエネルギーを全て奪い、一時的にソレとして認識される事。この場合は一時的な応急処置に過ぎず、数日ほどで再び同じ事をしなければならない。


 二つ目は、この世界に居る存在と互いに“存在”を共有すると言う事である。こちらは依り代とする存在を“宿主”と呼称し、その存在意義を合わせるのだ。

 無論、半強制的に“宿主”は彼らの“軸”に居る者達との干渉に巻き込まれるわけなのだが。


 「ほんの数日持てばいいと思っていた。色々と失った物もあったからな。だが……貴様と対峙し、貴様のエネルギーを直接叩き込まれた時は、本当に驚いたぞ。アレのおかげで我はこの世界に在る貴様と言う“存在”と繋がることが出来たのだ」


 あの夜……少女との勝負を決した技『玄武重拳』。触れた状態から内部を反発する衝撃で激しく揺らす技。生き物が受けて、生存できる可能性は居ない。

 だが、少女のような存在には、逆に命を吹き込む行為だったらしい。


 「『内宙』の消滅こそ我らの“死”だ。だが、物質的障害では『内宙』を損傷させることは出来ない。【英雄】を覚えているな?」

 「ああ」


 甲冑に翼と剣を持つ襲撃者。明らかにこの世界には存在するはずの無いモノ。


 「アレはエネルギーの集合体そのものだ。存在定義的には、奴は頭から指先まで『内宙(マトリス)』そのものだろう」


 本来は、適した形を創った後で、その中に『内宙』を創る。そうしなければ数時間と経たずに世界に霧散してしまうからだ。

 つまり【英雄】は、時限型の行動者に過ぎない。しかし、その存在は凄まじいエネルギーを太陽が歩き回っているようなものなのだ。


 「一ついいか?」

 「どうぞ」


 ここで、光陽は初めて疑問を抱いた。この辺りに、少女に関する重要な事が解るかもしれないからだ。


 「この『内宙(マトリス)』ってのは、他の奴も、こんな感じに広いのか?」

 「広い、と言うよりも膨大なのかもしれないな」

 「膨大?」

 「情報量だ。増える経験によって『内宙』の内部は変化する。人が住みやすく、土地に建物を造る様にな」

 「ここは真っ白だぞ?」

 「生まれたばかりだからな」


 少女は、まだ基礎的な情報しか得ていない。せいぜい、他よりも逸脱した情報と言えば光陽のことぐらいだろう。


 「……いつ生まれたんだ?」

 「ふふん。まぁ、気が付いたら宇宙を泳いでいた。それからはこの星に行くことだけが意志として存在し、後は適当に『武具』とかを創りながら、夜の街に繰り出した」

 「……すまん。今から馬鹿な質問をする」

 「なんだ?」

 「もしかして、深夜に空に浮いてた“光の球”って―――――」

 「ああ、我だ。何とも面白そうな世界だったので、ちょっと手を出したら簡単に壊れたなぁ。同時に色々と情報を吸い上げたが」


 光陽は唖然とした。確かに、“光の球体”が消えた後で、少女とは遭遇した。あの【魔王】と戦って、空から落されたタイミングならば納得がいく。


 「あれは、お前か!」

 「反応が遅いよ? 気にするな。あの時はアレが役目だったのだから」


 あの大惨事の主謀者が、こいつ? いや……そう言う認識が間違っているのだ。

 明らかに、少女と共に居てから逸脱した存在の二つと通遇した。これは単なる偶然ではない。間違いなく、消しておかねばならない程に、彼女は危険な存在なのだろう。

 この世界にとっても―――――


 「そう悲観することは無い。我も貴様から色々と学んだからな。アレが凄まじく迷惑な行為だったことは認める。だが……」


 少女はさほど悪びれた様子も無く、ただ無邪気に笑う。


 「あの程度は、単に足を動かして積木を崩す行為に過ぎないよ。その気になれば、街一つを消滅させることだって出来た。今は、貴様が居るからしないけどな」


 少女はとんでもない事を平然と言っていた。しかし、光陽が気になったのはそこではなかった。

 なんとなく似ていた。昔最も傍で護っていた一人の家族が、去った時の雰囲気に……


 「お前は一体、何の為に……この世界に来たんだ?」


 その問いは少女だけに向けられたものではない。光陽自身にも当てはまる言葉だった。





 「…………」


 光陽の問いに少女は初めて押し黙った。そして、彼に表情を見られない様に、背を向けてしばらく沈黙する。

 ハリボテの理由でもいい。普段は信用ある“本家”が調べた者や、その身内を背に護る場合が多い。しかし、この件は完全に個人的な事だ。人ではない存在を護るには、何の為にここに在るのかを知っておきたかったのである。


 「……悪い。くだらない質問だったな。忘れてくれ」


 光陽は、自分から言っておいて、急に恥ずかしくなったので質問を取り下げた。


 「いや……くだらなくはないよ。素晴らしい思考だ」


 少女は少し考えた後に、口を開く。


 「……ただ、我は知りたいんだ」

 「知りたい?」


 少女はくるりと振り向いた。そして、先ほどとは違う、冷めた様な眼で光陽と向き合う。


 「一瞬でこの世界の常識を汲み上げた。そして、その中で最も強い“意志”の宿ったモノについて知りたい。そして知るには強く世界と繋がらなければならない」


 すぐに答えに辿り着かないその情報を、少女はどうしても知りたかったのだ。そして、その一端を経験した。桜光陽に対してソレを感じたのだ。


 「他を“愛する”と言う事」


 この世界の文明は、全て他に対する思いから形成されている。それは最も古い起源である“英雄の時代”からもそうだった。

 多くの兵士、英雄たちが戦うことが出来たのは、彼らを支える存在や、護るべき者達への“愛”だったのである。

 そして……英雄がいなくなった時代でも、それだけは変わらない。誰かを思うが故に生まれた技術が、今日の文明を築いてきたのだ。


 「ふふん。理由はふとしたことから、そしてソレは貴様と共に在る内に核心に変わっていた」


 少女は光陽を指差す。何も知らない子供が、父や母に好意を抱くような、穢れの無い真っ直ぐな瞳で、


 「我は貴様という存在と、共に在りたい―――」


 その告白に光陽は硬直していた。意味を間違えていない解釈だとすれば、少女は光陽に好意を抱いている事になる。


 「最初は、焚きつけて消えるだけの役目だった。だが、我に……それ以外で、我の存在を証明する意志が。少しでも慈悲が……この世界にあるのなら……せめて短い間でも知りたいと思ったんだ」


 “知りたい”

 死にたくない、ではなく、知りたい? なんで……そう思えるんだ?

 まだ死にたくないと言ってもらった方が、気が楽だった。助けて、と、せがまれる方が良かった。

 重なるのは、否定された妹の存在。覆ることのない“本家”の決断は、光陽にとってもどうしようもない事であると解っていた。

 それでも、オレだけは信じてあげなければならない。オレだけでもいい。家族を……その存在を、否定することなど出来なかったのだ。


 「……馬鹿言うな。この世界に“必要とされない存在”なんて―――」


 そして、彼女は一人だった。

 この世界に現れ、たった一人で消える。後は、居た事が……無かった事にされてしまう。誰の記憶にも残らない。孤独に消えていく存在……そんなの……


 「……悲しいだろ」

 「本当に、貴様は優しい奴だな」


 光陽は感情を抑えきれず涙が流れていた。湧き上がる感情はどうしようもない事だと知っている。ただ、彼は涙を隠す事も、止める事も出来ない人間であり、誰よりも直情的であった。


 「ただ、今の我はソレだけが目的と言える。もう少し力が戻る時か、来るべき時が来たときは潔く、結末を迎えるつもりだ」

 「……消えるってことか?」


 思わず強気な口調が出てしまった光陽は、彼女を見る。対して少女は、そんな彼の様子をさほど気にせず、


 「進むべき者は進み、残るべき者は残る。ただ、それだけのことだ」


 少女は恐れる事も無く、そう言葉を出すと無邪気な表情で笑っていた。





 色々と聞きたいことが山の様にあった。だが、結局はその全てが意味の無い物として扱われるのだ。

 知ったとしても意味が無い。何故なら少女は、ただ消える為だけに、この世界に来たのだ。

 最初からその為の存在。何の為にではなく、もはや終わりは決まっているのだと言う。


 「【英雄】が真っ先に我の元に現れた理由がソレだ。そして、貴様の存在と僅かにも繋がってしまっている事によって、奴は貴様も狙う」


 嘘ではなかった。少女が説明した全て、そして……これからの事は間違いなく現実に起こる。強く彼女と繋がっているが故に、光陽は全ての事柄を把握していた。


 「……オレは出来る事なら関わりたなくない。今まで通りに生きられるなら越したことはない」

 「ああ、それでいいよ」

 「……自分の生き方を否定してまで、生き延びるつもりもない」


 不謹慎だと思っていた。

 何故なら、少女と(ヤエ)を少なからず重ねていたからである。妹は否定されてしまった。オレが護らなければならなかったのに……護りきれなかった。


 「……オレは絶対に否定しない」

 「何を言って―――」

 「例え、世界中の人間が、全てが、お前の事を否定したとしても、オレだけは絶対にお前の事を忘れない」


 オレに何が出来る? 【英雄】と戦う事か? 【魔王】と対峙する事か? まだ見えない少女を狙う脅威に立ちふさがる事か? どれも違う。

 たった一人でも良いんだ。自分自身の存在を覚えていてくれる、必要としてくれるだけで、きっとここに在る意味を感じることが出来る。

 人が独りで生きられないのは、誰からも知られずに、忘れ去られてしまうからだ。


 「はは。ああ、それなら我も気が楽だ」

 「……冗談だと思ってるだろ?」

 「半分は」

 「おい」


 にしし、と歯を見せて小悪魔の様に少女は笑った。


 「消える前に、【英雄】だけは最優先で何とかするさ。そうしなければ、貴様が安心して眠れないだろ?」


 全て自分が片付けると少女は意志を固める。あの一個の災害のような存在には、同じような存在である自分が対応するしかないと思っているのだろう。


 「……半分だ」


 光陽は、先ほどの少女の発言に対抗するようにその言葉を口にする。


 「半分だけ【英雄】を討つのを手伝う。お前が巻き込んだんだ。オレにも清算させろよ」


 彼の言葉に少女は面食らったように目を丸くしていた。まさか【英雄】の戦闘力を目の当たりにして、そんな事を言われるとは思っていなかったのだ。


 「まったく……貴様と言う奴は、もっとロマンチックに言えんのかね? “お前はオレが護る!”とか“オレが傍にいる”とかさ」

 「少しでも、お前がまともだと思ったオレが馬鹿だった」

 「ふふん♪」


 相変わらず無邪気に笑う少女。だが、どこか今までと違う雰囲気の笑みだった。


 「あ、ちょっといいか?」

 「なんだ――――」


 少女は光陽に近づき身を寄せ、少し背伸びするように彼へキスをしていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「わぎゃ!?」


 景色が部屋に戻った。光陽は変な声を上げながら弾けるように反射的に後ろへ尻餅をつく。


 「あらあら。一体どうしたのかしら?」


 九九は、悪戯に成功した様に笑っている少女と、慌てる様に驚いている光陽を微笑ましく見ている。


 「ハァ……ここは――――」


 光陽は、一度荒く息を吐くと自分がどこにいるのか確認するように見回す。無論、自分の部屋。祖父と叔母も居て、当然少女もいる。


 「どうした?」


 冴烈は変な状態の光陽へ問う。冷静ながらも肩で息をする彼の様子を心配していた。


 「祖父ちゃん。オレ、何分くらい硬直してた?」

 「何を言っている? お前が、童に触ってからすぐ放れたんだろ?」


 結果的には、一秒ほどしか経っていない。体感時間的には三十分は話してた気はするが――


 「前払いし損ねた♪」


 少女は唇に人差し指を当てて頬を赤く染めながら、残念♪ と光陽を見ていた。


 「お、お、お、お前なぁぁ!!」

 「お。襲うか? いいよ……一緒に寝よ?」

 「ぐぬぬぬ……」


 少女に対して、何をしても裏目に出そうな現状では悔しそうに歯を食いしばる事しか出来なかった。そんな光陽の様子を見て、少女は小悪魔の様に笑っている。


 「あらあら。若いっていいわねぇ」


 冴烈と九九は、二人の様子に完全に置いて行かれていたが、光陽の少女に対する警戒心が完全に消えている様子を読み取る。ある程度は話がついたと感じていた。


 「やれやれ。これから前途多難だぞ……光陽」


 その中で唯一の理解者である冴烈は、彼らと付き合っていくことが、どれほど大変なのかを知っている為、そのような事しか言えなかった。





 「なんか、倍増しで疲れた……」


 光陽と冴烈は部屋の外に出て、アパートの通りの街道のガードレールに座って星を眺めていた。

 今、叔母と少女が風呂に入っているので、浴室から出て来るまで考慮して、外に待機となったのである。

 少女は一緒に入る事を進言したが、光陽は即効で逃げ出した。

 今現在は、【英雄】を含む、その他の襲撃に備える意味もあって冴烈と共に、外で待機しているのである。


 「いちいち、構っていては気が持たんぞ。ある程度は受け入れる事が大切だ」

 「うーん……」


 光陽としては、ある程度距離を置いて、親友とか友達と言った感じをイメージしている。

 しかし、少女の言動は過激と言うか……下手に身を任せればあっという間に“友達”以上に踏み込んできそうなのだ。


 「女って……恐い」


 なんていうか……自分の貞操を護る意味で。


 「アレは特殊な例だ。お前はヤエに依存し過ぎていたからな。これからは自分の事も少しは考えろ」


 妹ばかり護る事を考えて、本当に自分の事は二の次だった。今更異性との距離の取り方は……友達とか後輩とか、それくらいしか考えられない。


 「祖父ちゃん、祖母ちゃんってどんな人だったの?」


 ふと、祖父の妾について尋ねた。

 父に聞いた事はあったが、まだヤエも歩きはじめていないほどの小さい頃だったため、どのような事を言っていたのか覚えていない。


 「純情可憐。頭脳明晰。解語之花。迦陵頻伽。気韻生動。謹厳実直。才色兼備―――」

 「あー、ごめん。すっごく美人だったってのは伝わった」


 永遠に四字熟語が続きそうだったので、口を挟んで止める。


 「だが、身体が弱かった。特に肺の病でな。“本家”でも、三〇まで生きられないと診断されていた」

 それどころか、子供さえ身ごもる事もできなかった。当時の医療技術では、彼女の女としての希望すら叶えることは出来なかったのである。


 「だが、この世界のモノでない“存在”がソレを叶えた。絵斗を産み、五年間育てた後に亡くなった」


 そして、冴烈の妻は、光陽の産まれる前に他界していたのだ。


 「……ごめんなさい」

 「謝るな。同情してもらう為に話したのではない。ただ、知っていて欲しかった。今までは時間が無かったし、こうしてお前がそう言う事に興味を持つ性格でないと解っていたからな」


 ずっと知らなかった。進んで話すような事でもない以上、聞かなければ答えなかっただろう。光陽は妹の事に構い過ぎていたことを、恥ずかしく感じていた。


 「忘れられることが、どれほど悲しいか……忘れられた事を知る者にしか解らない。本人は当然ながらな。ワシは後悔していないが、お前も自分の選択だけは、後悔するな」


 その言葉は、これから光陽がかつての自分と同じ道を辿る可能性から出た言葉だった。


 「世界が何と言おうと、他がどう思おうと、お前は、お前の意志で前に進め。その生き方をワシは恥だとは思わん」

 「祖父ちゃん……」


 光陽は今になって震えがきていた。とんでもないモノと対峙し続けて、一番安心できる人間の傍で気が抜けたのだ。だが―――――


 「誰だ?」


 隠すように近づいてくる気配に、瞬時に震えが止まる。切り替わったのである。

 こちらに向かって来る気配は、明らかに闘気を消した、その手の熟達者のモノであると瞬時に悟ったのだ。

 冴烈も気が付いていた。しかし、不動に佇む様子から、光陽がソレに対応する為に前に出る。


 「あ、ちょっと待って! 僕だよ!」


 と、聞き覚えのある声に光陽は思わず眼を見開いた。


 「ノハ? お前か?」


 冴烈は声から目の前の夜道からこちらに歩いて来る青年を見て、彼の名前を読んだ。


 「お久しぶりです、桜師範。それと―――」


 光陽は殴りかかっていた。単調で大振りの振りかぶった拳をノハは掌で軽々と受け止める。


 「よう。優等生」

 「やっぱり、君は変わらないなぁ。コウ」


 爽やかに苦笑いする青年は、光陽にとって、同世代で信頼のおける親友の一人――朷矢(とうや)之破(のは)だった。





 ノハと光陽の接触を、彼らの認知しない遥か遠くのビルから監視している“影”があった。

 ゆらゆらと、黒い炎の様に揺れるソレは、“影”を身にまとったサスター・タナトスである。


 「……接触した。指示は?」

 “ノハ氏の合図があるまで待機。合図と共に、アパートごと【光王】を吹き飛ばす”

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