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IRREGULAR'S HISTORIA  作者: 古河新後
第1部 Remaining story 残光
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11.Proof of the value 価値の証明

 目の前に立つ【英雄】に対して勝算は無かった。

 敵は―――この世界の型に存在しない、【英雄(げんそう)】であり、普通ならば逃げるのが当たり前だ。


 「――世界は広い。こんな奴に敵意を抱く事があるなんてな」


 だが、その程度の事で、桜光陽が背を向けて逃げる理由にはならなかった。彼は一年前の、妹を失った事件で決めていたのだ。

 二度と……手の届く範囲で“護れない”という事は絶対に起こさないと――――





 光陽は少女の前に立ち、臆することなく【英雄】と対峙する。

 鎧と剣と翼。それを携える【英雄】は、立ちふさがった光陽に対して、距離を置いて離れていた。何か考えている様子で、行動が停止している。


 「対光削除、障害確認。軸外対応。可決要請…………承認。適応姿対応」


 録音された音声の様に【英雄】から淡々と発せられた聲は、感情は一切感じられない。

 瞬間、【英雄】の持つ剣が分解されるように消える。そして翼も同じように消えた。


 「おいおい……」

 「これは―――」


 左肩から腰ほどを隠す小さい外套と、腰回りの鎧にも腰布が表れていた。


 「軸外対応。始動開始。対応初期模倣」

 「やれやれ―――」


 剣も翼も消えた。その形態に光陽は、完全に下に見られていると捉えていた。

 機動力も攻撃力も、先ほどより消え失せたのである。今は、素手で戦う事を考慮し、動きやすく鎧も変化していた。


 「なんのつもりか知らねぇけどな、他人の土俵にわざわざ踏み込むなんて……馬鹿な奴だ」


 光陽は腰を落した。中腰の姿勢で敵に対して半身を向ける。軽く脱力し、姿勢を維持するだけの力を脚に込め、間合いを測るように片手を前に出し、もう片手は退いて、二の手として備えた。


 一般的には八極拳の構えに類似しているが、彼の一族に伝わる独自の体術によって、自然と、その構えに行きついたのである。


 「こいつを殺りたきゃ、オレを越えて行けよ」

 「素晴らしく頼もしいな。我は、ヤられるのは貴様だけが良い」

 「黙って足を治してろ」


 少女は半身を起こしつつ、手と片足で這いながら少しずつ距離を取る。

 目の前に存在する光陽の背中は、この世界に降りて何よりも安心できるものだった。出会って一日も経っていないが、彼は絶対に引かない事だけは少女も解っている。

 例え、勝てない相手だとしても怯まずに対峙する。一体どう修練すれば、それほどに強靭な精神を得ることが出来るのか。

 少女は光陽の生い立ちが普通とは明らかに違う事を感じていた。

 彼の事を知りたい。その背中に護られる存在は……どれほど幸福なのだろう。そして、彼は何人の人間を、その背に庇ってきたのか――


 「だが、追及は後だな――――」


 今は邪魔にならない様に、少しでも離れる事だった。せめて、彼が全力を出せる程度には離れたい。


 「あまり離れすぎるなよ」

 「――――ああ。そうしよう」


 思わず驚いた。その言葉ではなく、少女が遠ざかっている事を、光陽が見ずに気づいた事に、である。


 「おい、いつまで悩んでる? こいつが立てる様になれば、お前の負けだ」


 光陽は姿を変えつつも、向かって来ない【英雄】を煽るように言った。少女は【英雄】に対して、互角以上に立ち回ったのだ。しかも光陽と言う足手まといを抱えつつである。

 ならば、手の内を晒した次戦では、少女の方が勝ると見ていたのだ。

 それでも、光陽は時間稼ぎをするつもりも無かった。本気で仕留めるつもりで敵意を向ける。

 光陽は、その構えを取った時点で隙なく神経を張り巡らせていた。得体のしれない相手であることは解っている。

 故に、どんな手を使って来ても最善に動けるように考慮して、“フロー”のように、密度を高める意識ではなく、蜘蛛の巣の様に、緩く広く、意識を一定の範囲に広げていた。

 制空権と呼ばれる、自らの決定打を打ち込める攻撃範囲を既に展開している。


 「――――震・打・脚・練武・模倣完[考察断]」


 スッと自然な動きで【英雄】も光陽と同じ構えを取った。中腰と両手の位置、まるで鏡合わせのように、お互いに見合っている。


 「おい。ふざけた事してるぞ? お前……ふざけ過ぎだ。ふざけ過ぎ―――――」


 数瞬早く仕掛けたのは光陽だった。意識の虚を突き【英雄】に対して、一歩踏込む。

 制空権に【英雄】が入った。

 同時に【英雄】も動いている。光陽に対して寸分違わず同じように踏み込む。


 「『玄武剛山』!」


 肘や掌底ではなく、背中が向けられた。ぶつける様に向けられた“背撃”は、互いに互いを吹き飛ばすために接触する。

 ダメージを受けていた地面は更に砕け散り、二人の踏み込んだ震脚を中心に、辺りへ亀裂が広がっていく。

 光陽と【英雄】の一撃は、常人を越えた衝撃であり、最大の威力を受け合った彼らは、互いの衝撃で吹き飛んだ。


 「……互角だと」


 光陽は純粋に驚いていた。自らの“体術”は落ちているとは言え、まともにぶつかりあって互いに吹き飛ぶなど、完全に互角である事を意味している。

 同じように吹き飛んだ【英雄】は片足着いた状態で、何事も無く起き上がっていた。そして、再び構えを取って光陽に対峙する。


 「…………」


 光陽も構えを取る。この構えは自らの誇りの体術を行使する基本であり、それに絶対的な自信もあったのだ。それが……見真似の奴と、互角である事に憤慨していた。


 「オレの『玄武双璧』は落ちてる……だが、見真似に負けるほど、安い生き方をしたつもりはねぇ!!」


 再び、光陽は踏み込んだ。それと全く同じタイミングで【英雄】も踏込み、自らの制空権を、光陽の制空権と重ねる。


 対外から見れば、単に踏み込んで背撃をぶつけるだけの攻撃動作である。だが、その一挙動に敵を一撃で倒すほどの威力を持たせる為に、光陽は命を賭けて鍛練を積んで体得してきたのだ。負けるわけにはいかない。


 踏込。足を地に打ち付けた際に、反復する衝撃を、体組織を通して背中へ流し、触れた瞬間に対象にぶつける。

 ただ、それだけの動作が、完全に体得することで岩を砕くほどのモノを得るのである。まだ、自身が未熟なのは光陽は承知だった。それでも、譲れないモノがある。


 再び、光陽と【英雄】の背撃がぶつかる。


 戦いと最初の震脚で損傷した地面では、十分な反復を得られない。しかし、それでも絶対に負けられないと、光陽の頭には【英雄】に、この技で打ち勝つ事だけを考えていた。

 理屈ではない。もはや、それは生き方を決めた時に心に宿った本能だった。

 背撃のぶつかり合いにより起こる衝撃が、大気を揺らし、二つの震脚によって更に地面が砕ける。そして――


 「―――――がっ……」


 吹き飛ばされたのは光陽だった。【英雄】は背撃の激突中心地から、浅く埋まった足を引き抜き、彼を見下ろす。


 吹っ飛ばされたの……オレか?

 まるで信じられない。不完全な足場だったとはいえ、今持てる渾身だった。いや……言い訳が出ると言う事は、違う……。雑な体運びになってしまっていたのだ。

 俯せに倒れた身体を、両腕を立てて力なく起き上がった。


 「ふっ……ひゅー」


 声が出ない。まるで空気だけが器官を通り抜け、口から吐き出される。

 負けてプライドを揺るがされたからではない。受けた衝撃によって一時的に声帯機能に支障をきたしているのだ。

 精密で洗練された一撃は、自身を完全に上回っている。光陽は両膝を着いたまま【英雄】を見上げていた。


 「…………オレは何をしてる!」


 ガクガクと足が震える。しかし、光陽は無理やりにでも奮い立たせ、立ち上がった。この震えは恐怖や、技量のぶつかり合いで負けた所為では無い。

 光陽は、しっかりしろ! と言い聞かせるように自分の足を叩く。そして……ずっと失っていたものを思い出していた。

 妹を失ったあの日から、ぽっかり空いた生きる意味。ソレを思い出せたのだ。


 技量を競う? 自分が上と証明する? オレは馬鹿か!!

 くだらないプライドで『玄武双璧』を使う。それほど愚かな事はない。


 「違う……そうだ」


 【英雄】は、光陽が立ち上がりつつも、攻撃する様子が無いので、その横を通り過ぎて少女の元へ向かおうとした。


 「礼を……させてくれ」


 光陽は、その【英雄】を引き留める様に構える。二十年以上積んできたモノを、ついさっきまで本当に忘れていたのだ。


 「今までは『玄武双璧』じゃなかった。だから……ここからがオレの本気だ」


 強い意志を【英雄】に向ける。あと一歩でも、背後に居る少女へ歩み寄るなら、そのまま踏み込む気だったが―――


 「……次の撃で、今までの分を返す―――」


 足を止めて、同じように構える【英雄】に感謝した。まだ付き合ってくれるのだ。

 【英雄】としては、単に無視できない障害としてぶつかるだけだった。それでも光陽としては、このくだらない意志に向き会ってくれる【英雄】に心の中で頭を下げる。


 沈黙が……光陽と【英雄】の間を包む。先ほどまで彼らの起こしていた衝撃の音も、吹き荒れた衝撃も、まるで無かったかのように静まり返っている。


 三度の睨み合い。三度の構え合い。三度の踏込みが、同時に互いの制空権に侵入し――


 「『玄武剛山』!!」


 “誇り”と“義務”が背撃にてぶつかり合った。





 爆発とも言っていい衝撃によって起こった空気の流れが、少し離れた少女の髪を撫でていた。

 同時にぶつかった。威力の程は少女の眼からでは解らない。そして、性能だけ見たとしても、どちらが勝るのか導き出すことは難しい。

 しかし、少女は解っていた。最初から光陽が【英雄】に向かい合った時に知っていたのだ。

 必ず勝つ。庇うように見た彼の背中から負ける様な未来は見えなかったからである。絶対の確証を感じていた。そして、ソレは―――――

 三回目の攻撃のぶつかり合いで、現実となった。


 「引きずり出したな。“非現実”から……“現実”に」


 【英雄】は光陽の背撃とぶつかって、吹き飛んでいた。背を殴られたように身体を反りながら吹き飛び、何度か水切りの様に地面をはね、転がって停止した。


 「……っは」


 光陽は肩で一度大きく息を吐くと、三度の背撃のぶつかり合いで陥没した地面から、踏込で埋まった足を引き抜いて出る。


 「……おい」


 少し離れた場所に吹き飛んだ【英雄】に向かいながら、ソレから目を離さずに、光陽は少女に問う。


 「どうすればいい?!」


 背を向け離れていても聞こえる様に声を張る。【英雄】は弱々しく起き上がりながらも、まるで形を保てないように、その姿は崩れていた。


 効いているのか?


 少女の攻撃では、止める事の出来なかった【英雄】は、光陽の攻撃によって存在自体が危うくなっていた。荒々しく立ち上がりながらも、背撃を受けた身体の中心が不安定で、再生と剥離を繰り返している。


 「そうだな。出来る事なら――――」


 と、不自然に少女の言葉が途切れたので、光陽は彼女へ向き直った。そこには、少女ともう一つの“存在”が彼女を見下ろす様に佇んでいる。


 「―――――【魔王】……」


 少女が、その存在の名称を見上げながらつぶやいた。


 「……執行する瞬間まで、喋る事を許そう」





 「ふざけんな!」


 光陽は瞬時に理解した。あのデカイ図体をした髑髏頭の異形は明らかに味方ではない。それどころか、少女の様子を見る限り、間違いなく敵であると判断する。


 同時に少女を救う為に走る。だが、誰がどう見ても間に合わない距離だった。

 少女は動かない。いや、動けないのだ。片足はまだ焦げて立ち上がれる状態ではないである。先ほど光陽が見た時よりは回復しているが、それでも逃げる事は出来ない。


 「彼は無関係だ」

 「吾輩も鬼ではない。彼はまだ、こちら側でないからね。なかった事として見逃そう」

 「助かる」


 【魔王】―――アスラは丸太の様に太い筋肉のついた腕を振り上げる。単なる手刀だが、弱った少女の現状ならば、それを振り下ろすだけで消滅する。


 「何諦めてんだ! 逃げろよ!!」


 なんでもいい。這ってでも、命乞いでも良い。生きようとしろよ! なんで簡単に――


 「そんなんで良いのかよ! お前は――――それで良いのかよ!!」


 アスラの腕が振り下ろされるまで、本当に僅かな時間しかない。光陽は力の限り走る。少女は、そんな彼へ視線を向け、


 「少しだけ、早かっただけだ。ただそれだけ――――」


 聞こえるかどうかも分からない、その言葉を伝わらないように呟き、笑っていた。

 アスラの手刀が振り下ろされる。光陽は少女に手の届く範囲にも辿り着いてもいなかった。


 「―――――」


 決めていた……もう二度と、いや……二度だって見捨ててなるものか!! オレの目の前で……もう嫌なんだ――――

 重なる。あの夜。燃える都市。死んだ人々。積み上げられた死体。その上で嗤う……ヤエ――

 往生際が悪いとか、そんな事ではない。せっかく取り戻したのに……護る意味を思い出したのに―――オレはまた……間に合わないのか―――

 妹に……全てを否定された。今度は……お前が――――世界が否定するのか? オレの生き方を―――


 その時―――必死に走る光陽の横を一本の剣が飛翔する。そして振り下ろされたアスラの手刀を下ろす右腕を切断した。


 「!?」


 その場にいる全員が驚く。アスラを狙って飛翔した剣は、的確にその右腕を落していた。そして、少女に対して向けた手刀は届いていなかった。


 「む……」


 アスラは、残った左腕を振り上げて、今後こそ仕留めるつもりで振り下ろす。だが、それは割り込んだ光陽によって受けて流される。


 「おぉぉぉ!!」


 まるで鉄筋が振ってきたような威力を持つ腕を、光陽は持てる技量の限り横に流した。


 「この距離じゃ……二の撃は無いだろう?」


 至近距離。単純に力任せに攻撃するだけでも【光王】は確実に消滅していた。だが、受けて流される事態は想定していなかった。

 光陽は、アスラへ踏込み、腹部へ掌底打を叩き込む。


 「『玄武一門』!!」


 まともにソレを受けたアスラは、よろけながら距離を開ける。くらった腹部を摩りながら光陽を見た。


 「……まいったねぇ。口約束でも“約束”は違える気は無いんだけど」


 それでも、効いていない様子で、何事も無かったかのように告げる。

 二メートルを越える身長と、見たことのない漆黒の民族着に威風堂々とした雰囲気。髑髏の頭は作り物でもマスクでもない。その頭で燃える藍炎も現実のモノだ。明らかに、存在そのものに置いて、強力な存在感を漂わせている異形は……見ただけで絶望する、“災害”を彷彿とさせる。


 【魔王】――アンラ・アスラ。この存在と正面からまともに戦える“存在”は、世界に五つと居ない。


 「だが、この場でソレに吾輩の耐性を持たせることは、もっと得策ではない」


 隙無く構えている光陽の目の前に、割り込むように【英雄】が突っ込んできた。

 弱っていた先ほどの様子は微塵も無く、完璧に回復したようだった。翼が開き、地面に投げ刺さっている剣は分解し【英雄】の手元に戻って再構築されていた。


 「いやぁ、元々君たちには八つ当たりだし、なんかねぇ。色々と壊してくれちゃったりしてるし……やっぱり、殺しておこうか―――」


 アスラは重々しい身体で一歩、光陽と少女へ踏み込む。だが【英雄】は二人を護るように【魔王】に剣の切先を向けた。


 「……まいったなぁ。結構ね……参ってるのさ。ずっと後で後で、って考えてたからね。でも、それもおしまいにするよ」


 そして、光陽と少女から【英雄】に意識を移した。


 「そろそろ。本気で戦争をする。ちゃんと決めないといけないからね。誰が残るのか―――」


 それ以上は喋らずに、ただ右手を上げてアスラは去っていく。背を向け少し歩き出したところで、一度吹き流れた風にさらわれるように消えた。





 「やれやれ。本当に凄まじい奴だな」


 少女はアスラが消え去った事に、奴も大変だな、と笑っている。


 「まだ、こいつが残ってるけどな……」


 【英雄】は剣を片手に、再び光陽と少女へ向き直った。先ほどまでの瀕死の様子ではなく、完全に形を取り戻していた。少女と対峙していた時の姿――翼と剣を持つ甲冑騎士へ戻っていた。

 そんな【英雄】に対して光陽は再び構える。先に仕掛けるか、それとも“後の先”を取るか、決めあぐねていた。


 「軸外対応。可決審判―――承認。姓『桜』。名称『光陽』対物対抗最優人材。軸受準備期間必」

 「あ?」

 「…………」


 相変わらずの機械じみた言動に、光陽は意味が解らなかった。ただ、何かしそうな素振りでもあったので、油断なく構える。


 「最終執行待機[考察断]」


 【英雄】は抜身の剣を鞘へ納めると、次の瞬間、自らの翼に包まれた。途端、突風がその場に吹き荒れ、光陽は思わず視界を片腕の肘で覆う。

 そして、その風が弱まったタイミングで、肘を退かして、【英雄】の姿を確認しようとしたが、目の前には舞い散る羽以外に、何も存在していなかった。


 「……ったく。本当になんなんだ?」


 周囲は更地。そして、少女と光陽以外に人の姿は無い。誰かに見られている気配も感じないし、完全に【英雄】は消え去ったようだった。

 そこまで確認してから、全身の力が抜け、光陽はその場に胡坐を掻くように座り込んだ。同時に大きく息を吐く。

 少女の片足は、焦げ跡から火傷ほどに回復している。そして、器用に立ち上がりながら、何かを考えるように空を見上げていた。

 まだ、走り回るのは無理だが、動き回れるほどには回復したようである。


 「訳わからん。さんざん命を狙ってきた癖に、最後に助けやがったぞ?」

 「詳しい事は我にも解らんさ。ただ、敵でも味方でも無い、第三者が現れた故に、耐性を欲しようとした結果かもしれん」

 「……なに? つまり、奴は貪欲なのか?」

 「お? 少しずつ解ってきたじゃないか」

 「全然嬉しくないけどな」


 少女が最初に言った。奴は【英雄】であり、不具合を正す為に存在する、“存在”であると。ならば、少女を含み、先ほど現れたデカい奴もソレに含まれているのだ。

 光陽も雰囲気で理解していた。【魔王(アレ)】は人が戦って勝つモノではない。いや、勝つ、負けるの概念ではないのだ。存在そのものの次元が違う。

 人を蟻だとするならば、少女や【魔王】は人間であるだろう。つまり、人と彼らの二つの存在には、それほどの差があるのだ。


 彼らが本気を出せば人類など簡単に滅ぼせる。だが、それをしないのは、彼らが“滅び”よりも利のある理由があるからだろう。

 理性があり、人よりも遥かに優れているから、“滅び”よりも“調和”を選んだのかもしれない。滅ぼせば“跡”しか残らない。だが、調和ならば文明の中に居ることが出来る。

 何の目的で“調和”を選んだのかは解らないが、少なくとも人に利害がある事には間違いなさそうだ。


 「……今考えても意味ないな」


 あれこれ考えたが、そんな事を考えている場合ではない。

 光陽は少女が動けるようになったのなら、もはやこの場に長居は無用であると考える。これ以上長居をすると、もっと色々なモノを引きつけそうだったからだ。曰くつきの場所はとっとと離れるに限る。


 「それはそうと、目をつけられてしまったな」

 「一体何のことだ?」


 光陽は立ち上がりながら少女に問う。狙われてるのはお前だろ、と言い加えるのも忘れない。


 「貴様も奴に狙われるぞ」

 「……は?」

 「まぁ、不運としか言いようがないか。お互いにな」


 悪戯な笑みを浮かべる少女とは裏腹に、光陽は唖然としてしばらく放心していた。





 「歩けないなら、そう言え」

 「意外にも足以外に損傷が激しくてな。立つには問題ないが、歩行するとなると結構きつい」


 光陽は少女を背負って、自らのアパートに向かっていた。

 時刻は日が沈み始めた夕闇の時間帯。ぽつぽつと外灯が灯り始めて、夜の雰囲気へ変わっていく。


 「よくよく考えれば、お前を、あのデカい奴に差し出せば問題解決だと思うんだが?」

 「つれない事言うなよ。キスした仲じゃないか」

 「……汚点だ」

 「お、認めたな? 既成事実確定♪」

 「今ものすごく捨てて行きたくなった」

 「酷い奴だな、貴様は」

 「お前に言われたくない」


 本当はアパートに連れて行く気も無かった。少女が普通の人間だったら、そのまま知人の病院にでも後は任せて、いつもの日常に戻るつもりだったのだが……そうもいかなくなったのだ。


 少女はある種の“光”である。常識外のモノを引きつける、闇に光る強い光。事情を知らない人間が関われば、もっとひどい事になる気がしたのだ。


 「結構弱っていてな。匿ってくれ」


 光陽は背負った少女から、ある程度の説明を聞いていた。


 この世界には少女のような存在が四人居り、その全てが先ほど対峙した【魔王】と同等の力を持っているらしい。ちなみに少女も本来は、【魔王】と同じ実力を持っているとの事だが、今は力の一部を失って、その配下程度の実力しかないそうだ。

 そして弱っていても、その存在を求める者達も多く、ソレを阻止する者や手を組もうとする者など、様々な存在が、近い内に訪れるらしい。


 「やっぱり、置いていくか」

 「そうか。なら世界を滅ぼそう♪」

 「…………」

 「我は寂しいぞ? 寂しすぎて世界を滅ぼしそうだ」

 「…………」

 「あんっ。そう睨まないでぇ」


 と、言う話し合いから仕方なく光陽は、最低限の力が戻るまで面倒を見る事にした。一応、不本意だが少女に対しても借りがあるので、ソレを返すつもりと自分に言い聞かせてある。


 「色々言いたいことはあるけどな、力を取り戻したらすぐ出て行けよ?」

 「いいよ。まぁ、子供でも作って、のんびり余生でも考えようじゃないか」

 「……もう、言い返す気力も無い」


 半日も無い時間で、ここまで気を張ったのは久しぶりだった。故に、寝る前と同様に酷い疲労感が身体全体にのしかかっている。少女を背負っていると言う事もあるだろうが。


 「ふふん。今失礼な事を考えたな?」

 「ご想像にお任せする」

 「なら、想像しよう。なんだ貴様は胸が好きなのか?」

 「やっぱり、お前降りろ!」

 「いやん」

 「いやん、じゃねぇ!! とっとと降りないと『玄武剛山』をくらわす―――」


 と、イチャイチャしながらもアパートの前までいつの間にか辿り着いていたらしく、光陽はその前に立つ気配に思わず停止した。

 そして、ぎぎぎ、と動きの悪いブリキ人形の様に首を動かしてそちらに視線を移す。

 十五年間。修練する時にずっと感じていたその気配。ソレの持ち主を見なくても解る。


 「……色恋とは無縁だと思っていたが?」

 「えぁ……これは……あ、はい……」


 光陽は目の前で腕を組む着物姿の老人に、回らない口調でなんとか言葉を発する。


 「はぁ……光陽。お前の人生だ。口を出すつもりはないが……話をしようか?」


 未だ衰えない鋭い眼光を持つ、光陽の祖父―――(さくら)冴烈(ざれつ)は、彼の背に居る少女を見て、最低限の弁解を聞くつもりで、ため息を吐いた。

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