✿「入れ替わりの病」(2)
目を覚ますとそこは、天蓋つきのベッドだった。
俺は重たい体を起こし、ベッドから腰を上げる。
部屋は客人用の部屋らしい。神童の部屋ほどではなかったが、とても豪華そうで大きな
鏡が置いてあった。
それに自分の姿を映すと、そこには苦手なアイツが確かに存在していた。
神童の婚約者である、佐川の姿。
《夢じゃなかったのか…》
佐川の顔が、困ったような顔をする。
俺は彼の額に髪飾のようなものがあることに気づき、その髪飾を髪からはずし、手のひらに
乗せた。
菖蒲色に光る綺麗な髪飾には菊の花が描かれていて、とても惹かれた。
「これが…佐川の母親の形見…か」
俺にはそんなの無かった。というか、家が貧しかった所為で、身につけていたもののほとんどを
金に換えて生きてきたからなのだが…。
佐川も、神童も、そして…俺も。
親がいなくなった頃から一人で生きてきたのだ。
「どうだ?俺の体は」
背後から俺の声が聞こえる。振り向くと、そこには髪を降ろした俺が立っていた。
「どうやらほんまに入れ替わってもうたみたいやな…。まあ、俺は好都合やけど。」
そういって俺の姿の佐川は部屋の椅子に腰を下ろす。
「俺の顔でその口調は止めてくれ…。」
俺がそういうと、佐川は俺の顔で頬を膨らませ、子供のように怒った。
俺って、こんな表情もできるんだな…。
「そんなこといったら君もそうやろ?」
「…まあ、そうだな。でもなんとなく違和感だからさ。」
2012年 *月/**日 午後8時。
入れ替わってしまった俺達はそれぞれのやるべきことに戻ることにした。
俺である佐川は夕飯の手伝いに。
佐川である俺は部屋に戻ることにした。
佐川は去り際、「何で俺がこないな事を…」などといっていたが、素直に調理室に向かっていった。
それから一時間たっただろうか…?
いつもなら夕食の時間は8時半なのに。
俺は不思議に思い、佐川のいる調理室へと向かうことにした。
2012年 *月/**日 午後9時25分。
「…は?」
調理室の中は爆発したかのような焦げがあちらこちらにあった。
そこには、何かしら皿をもったまま倒れていた俺の姿が。
佐川…料理下手だったんだな…
俺は哀れみの目で佐川である俺を見ていた。
「しょうがない。俺が作るしかないか。」
俺は服の上からエプロンを着用すると、すぐに作業に取り掛かった…。
2012年 *月/**日 午後9時31分。
食堂の中、神童と佐川の婚約者の姿はそこにあった。
その部屋の端に立っているのは、大勢の使用人。
俺と桜庭の姿もあった。
テーブルの上においてあるのは、先程俺が作ったメバルの白ワインビネガーと野菜のソースが
他に作った料理とともに並べられていた。
神童はにこにこと笑顔のまま話し出す。
「雨傘さんの作られるお料理、とっても美味しいんですよ。」
「あ、ああ…そうなのか…じゃなかった…そうなんや。」
正直俺が作っていたのだと言ってやりたかったが、今そんなことを言えば、俺が佐川では
無いことがばれてしまう。
なんとなく、胸がちくちくと痛むのを感じた。