勇者に支配された世界―後編―
.seluena.
私は勇者によって魔王ヴォルデニクスが倒された後、城の中を歩いていた。
廊下の通路には至る所にモンスターの死骸や赤い液体が散っていて悲惨な状況になっていた。
中には知力の高いモンスターであり仲の良かった者もいたが胸のあたりか空洞になって息絶えていた。
辛うじて取り留めた命、私の場合あまりの衝撃で気絶していたのを死んだのと勘違いされたのだと思われたのだろう。
これからどうすればいいのか……今思えば無視してでも勇者に襲い掛かるべきだった。
魔王による命令は絶対。いつからか、そんな風潮になっていたのが原因なのかもしれない。
今さら後悔しても遅い。そんなことはわかってる、何もかも終わってしまったんだ。
しかし、そんな絶望に沈んだ心を少しでも癒してくれる存在が私の前には現れた。
赤ちゃんだ。
霊廃堂近くで見つけたその子は毛布に包まって置き去りにされていた。
魔王やメイド、ここに居る魔族たちは皆赤ん坊だったころの記憶が無く、実際に見たことも無かった。
でも私は街などに食材の調達に行っていたから人の子を見たことはあった。
なのだが魔族の子を見たことがない私には、この子が魔族の子なのか人の子なのかわからなかった。
そして高価な宝石を扱うようにその子を優しく持ち上げた。
気持ちよさそうに寝ているこの子を見て育ててみたいという母性本能かどうかわからないけど、そういう気にさせた。
それから数年の月日が流れた。
無事に健康に育ってくれた子の名前はレウクスと名づけた。
ディアブロ童話に出てくる七つの大罪が実体化した神を全て倒したと称される魔人から取ってつけた。
毎日が楽しかった。でも心の底から楽しめたのはそう長くは続かなかった。
なぜならある日のこと、この子が人間の子だとわかってしまったから……
今思えば、魔族の子供を見たことが無いのになぜそこまで思い込んでしまったのか、加速していく愛情は私の勝手な思い込みからだった。
.reux.
「なに? 毒で死んだ?」
勇者が現れたから外に出てみたものの毒の沼で息絶えていたか、最速と呼ばれる足で渡ろうとしたのだろうがあの沼は俺でさえ死にかねない。ド○クエで言えば一度画面が赤く表示されたらHPが100減るくらいやばい。とにかくやばい。Lv99あっても10回持たない。
ある噂だが、ラタトゥーユが料理で使い終わっただし汁などが溜まって出来たとか言われているが定かではない。とはいいつつもRPGでいう噂は絶対というところ真相が気になる。
「折角、魔王様初の戦闘だったというのに残念でなりません」
下を見るようにして目を擦っていのだがあれは泣いているのか?
まあ、俺のために情報をかき集めてきてくれたというところに関しては同情する。だが泣き真似に騙される俺ではないのだが……よし
「心配するな。またすぐにやつらは来るだろうしな」
ここは素直に騙されてやろう。
「イテテ、目にゴミが……」
騙されてもいなかったのか、心配した俺が馬鹿だったな。
それにしてもセルエナがこんなことをやるやつだったとは意外だ。
それから一週間ほど経った。
それにしても一週間とは早いものだ。ゲームをやっていたらほぼ一瞬のように感じられる。
その日の朝、セルエナに次に来る勇者の偵察とその報告とやらを3時間後にする、とのことらしい。つまり暇な時間が出来た。やることは1つ。
「クククッ。フハハハハハ!! 私色に国が染め上がっているぞ!!」
見たか勇者、これからは私の時代だ。
国の隅々まで暗黒色に染め上げ、モンスターにとって住み心地のいい土地を作り、二度と敵が復活しないように城を破壊する。
いやはや気分がいい……っと、なんだこれは?
「DLC? 絵柄はこのゲームと同じだがどういうことだ?」
よくわからないメモリーカード的なやつをゲーム機本体へと差し込んでみたが、これは追加ストーリーだと……?
なにがなんだか知らないが新たな敵が私の領域に乗り込んでくるとはいい度胸だ!
「おお! 新・大・陸! これは必ずしも征服しなくてはならないな」
スタートボタンを押した後に広がる光景は素晴らしいの一言だった。
しかし、相手をする勇者は相変わらずセーブポイント製造機と白フードばかり、そんなものは当に攻略済みだというのに。
なんと愚か、愚か過ぎる…ククク……。
「魔王様ぁー?」
ったく誰だこんなときに……図に乗るなよ勇者よ、私の軍勢は指揮が無くともお前たちを滅ぼすだろう。
「あールイナか、今は取り込み中なんだ。後にしてくれ」
「最近ずっと篭りっきりじゃないですかー。遊んでくれないとヴィーシェを焼け野原にしてしまいますよー」
かなり膨れっ面だが俺に危害を加えないところが可愛いものだ。正直、ヴィーシェの街はどうなってもよいのだが、手下どもと街の食材流通が途切れると遠征費がかさばるからな。
それに最近ヴィーシェの街は勇者によって武器とか火薬置き場とかに使用されているらしい、そんなところに焼け野原にしようとかで炎魔法ぶち込んだらヴィーシェ以外の街にも被害が及ぶ大爆発が起こる。
まあ、俺の軍勢が簡単にやられることも無いだろうし、しばらくはルイナと一緒に行動するか。
「しょうがない。遊んでやろう」
「え? 本当に? やったー♪」
……遊ぶ。この言葉は本来両者が楽しいことを意味する。ましてや食べることと混同させるなんて持っての他!
「とっておきの料理をお願いします。ラタトゥーユさん」
「ルイナちゃんのお願いなら仕方が無いわね」
これから何が始まるというのだ。料理のくだりはさすがに呆れさせてしまう。
誰を? 言わずもがな読者にだ!
「ついにラタトゥーユ様の料理を召し上がるのですね」
なぜかいつの間に隣で食事をしているカマ執事だが……今日はオーフェンか、リーフィアじゃないぶんかなり話しやすい。
理由は……まあいい。
しかし本当に別人なんじゃないかと思わせる変貌っぷりだ。
「未来永劫召し上がることは無い。今日もルイアの遊びに付き合っているだけだ」
「でもこれは遊びとは言いませんよ?」
そんなことはわかっている。
「私が楽しければ遊びですよ♪」
遠くでラタトゥーユと話すルイナがそう言ったが、あんな飯を食わすことを遊びというならばそれは一方的な殺人だ。それにしてもそろそろまずいな……料理が完成しつつある。この場を切り抜けるにはどうすれば……。
「ルイナ、腹の調子が悪くなったからトイレに行って来る」
「では出来上がり次第お運びしますね♪ そちらに」
怖い怖い。
「あ、いやちょっと待った。一旦部屋に戻って」
時間稼ぎさえすれば3時間後にはどこからともなくセルエナが来るだろうからそれまでの辛抱だ。
「わかりました。お部屋の鍵は私も持っていますので、寝ている場合でも起こして差し上げますね♪」
なに!? 何故俺の部屋の鍵を!? 俺がいつ渡したというんだ!
いや、そもそも鍵は1つしかない。
スペアキーはセルエナの部屋にあるから……まさかあのセルエナを出し抜いたのか?
……それはありえんな。
だとしても結局部屋もダメだ。どうすればいい。料理は着々と完成していく……
「魔王様。料理が運ばれてきたらルイナではなくこのリーフィアがあーん♪して差し上げます」
「うわっ!? お前いつの間に……ん? いや待てよ。そうか」
この際手段なんて選んでなれないな。
俺は断腸の思いでリーフィアを利用することに決めた。
そのためにはまず。
「ラタトゥーユ。料理の追加を頼みたい」
「フルコースですが……それ以上に何をお頼みに?」
ラタトゥーユの口がにやけた様に見えた。
というかフルコースだと?
俺が食べるかどうかもわからないというのに気合を入れる必要なんてないだろう。
ラタトゥーユは滅多にフルコースなんてものを作ろうとはしない。特別な日に出すぐらいで他の日は単品のみ、気合の入った料理はとろけるほどに美味しいと評判らしいが、俺の場合は死の意味でとろけそうだ。
さて、とりあえず俺がいつも頼んでいる料理も注文した。少しは時間稼ぎになるだろう。
次はあまり気が進まないが……
「リーフィアに大事な話がある」
リーフィアは男。
「あ、はい何でしょう?」
「とても大事な話だからここでは話すことが出来ない」
リーフィアは男。
「それならここを出ましょう♪」
「だがしかし、もうしばらくすると料理が出来てしまう」
リーフィアは男。
「それなら食べてからにしましょう」
「それじゃダメなんだ!!」
顔を近づけて言葉を強調する。変に勘違いされていそうな顔をしているがこの際どうでもいい。
「え、え~っと……そ、それは愛の告白という」
まともに話を聞くな。リーフィアは男、いいな? 俺。
さらに他に食事をしにきた若メイドたちにキャーキャー言われている。
そのキャーという意味はどちらのことを示しているのかという無駄な考えが頭をよぎった。
深く考えるな……男同士、話をしているだけだ。何も問題ない。
「確かに告白だ。しかし料理を食べてからだと考えが変わってしまうかもしれない。」
「……わかりました。それなら霊廃堂を出たところから人気の無いテラスまで移動しましょう」
そうだそうだ。これでいい、これで逃れられる。
しかしテーブルから離れた俺の腕に絡みつく腕がそこにはあった。
「魔王様……どちらへ?」
口は笑っているが目は誰かを殺ってしまいそうな目をしていた。
俺でさえ少しばかりの恐怖を覚える。まあセルエナ程ではないがな。
「さっき頼んだ追加注文が出来るまで少し散歩でもしようかと思ってな。まあ料理が出来る頃合にはここに戻ってくるから大丈夫だ」
するとルイナはすんなりと話してくれた。
以外にも笑顔で送り出してくれた。
はは。なんだ簡単なもんじゃないか。
しかし俺は、この時ほど愚かな結論に至ってしまったことを一生後悔することになる。
.seluena.
「結構あっさりやられてしまった勇者だったけど魔王がいることが知られた今、他の者も動いてくるに違いない……それにしても」
ずいぶんと懐かしい街。でも私にとってはあまり良い思い出は無い。
そう、私が本当のことを知ってしまったのもここが関係しているから。
勇者の情報はすぐにわかった。次に来る勇者は……
勇者情報NO.2&NO.3&NO.4 三者共にLv70前後、左から順に記載
称号:無限魔力/必中林檎/強度一番
名前:クラフト/ウィルソン/ロックス
性別:男/男/男
年齢:20/30/50
武器:祝福の杖/精霊の弓/Gハンマー
必殺技:オールリカバー/スピリットレイン/ワールドクエイク
勇者概要:富、名声を求め旅立った。
私からの一言:むさいです。
こんなところですかね。2回目と言えども魔王様は初戦も同然。まともに当たればかなり辛い戦況になりそうです。アルテマ洞窟を利用してもどうなるか……いざとなれば私は覚悟を決めなければならなくなりそうですね。
人間。私は幼い記憶が無いながらもその人種を忌み嫌う気持ちは最初からあった。
理由なんてわからない。とにかく憎かった。深くは考えたことは無い、でも私たちの敵であることにはかわりない。
まさか、あの子が人間だとは嫌でも理解したくなかった。
避けられない事実。ゴブリンの悪戯が招いたことだったなんて今でも信じられない。
だから私は忘れた。でも自分に嘘なんてつけない。
心の底から嬉しいと思えた感情はなくなっていた。
でも、それでも、この子は私が育てた子だ。
あの頃の感情が無くても私の家族とも言えなくない。
だとしても、このまま育てていてはいつかはバレてしまうのではないか。
もしも人間だということが知られてしまったらこの子はどうなるのだろうか?
恐怖した。
だから6代目魔王ギルザラードの嘘話を作った。
今現在、私以外のメイドたちは魔王のことは知らない。知っているものたちは皆殺された。
ビクビクと恐れながら嘘をついたことを今でも覚えている。
あの時はそれで良かった。でもその嘘は長くは持たないだろう。
人間は魔族と比べれば年の取り方が違う。どうしようもないことだった。今更人間のところに返すわけには行かないし、けれどこのままでもいけない。
困り果てた私は、いっそのこと、この手で……。
出来るはずがなかった。わが子のように育ててきたというのに殺そうだなんて。
最終的に考え付いたのはどこか遠いところに逃げてそこで暮らす。
これしかなかった。
いざ決心した私の行動は早かった。みんなが寝静まった頃、城から出て行くことを決意した。
しかし門の前には何故かラタトゥーユが居た。
何かを決意したような目で私を見ていた。
「その子を魔族にしてあげる方法を教えましょう」
.reux.
なんとか霊廃堂から逃げてこられたというものの考えがまとまらないうちにテラスに着いてしまった。
「着きましたよ。魔王様……あの」
「あー待て待て、少し落ち着け」
俺が落ち着くんだ。ここまで来たというもののどう切り返すか……
「なあリーフィア。俺がもし人間だったらどうする」
「え? いきなり何を?」
こういういかにも過去に何かあった的な嘘話で時間を稼いで事をあやふやにさせる作戦。
で行こう。
「だって魔法が使えないんだぞ、俺は」
「それは先代魔王が誤って魔法を封印されてしまったからで」
「その目で見たのか?」
「それは、見てませんけど」
「そうだろ? そもそもその話はセルエナしか知らない。何か怪しいとは思わないか?」
なかなかにまともな嘘を話せた。
これなら冗談にも聞こえないだろう。
「そんな。セルエナ様を疑うことなんて出来ませんよ。ですが仮に魔王様が人間だったとしても私は構いませんよ」
むぅ……そう来るか。
でも、セルエナしか知らない話か。
改めて考えると、本当に怪しい感じがするが……ただの思い過ごしだろう。
「それで、その……」
まずいな。話を戻させてしまうと本当にいろいろと厄介なことになってしまいそうだ。
「その告白っていうのはだな、実は」
あれ? 誰だあの人影は……まさか!
「お取り込み中失礼します。魔王様、次の勇者の情報が手に入りました。のちほど私の部屋に来てください」
「待て待て、今行く」
「でも宜しいのですか? 何か大事な話をされていたようにお見受けしましたが」
「確かに大事な話だが、勇者に関する情報を優先したい。すまないがリーフィア、この話はまた後出にしてくれ」
小さく頷くリーフィアの目が予想以上に悲しそうな目をしていたことに少しばかり心に残った。
「あの私も! そのときに違うことで話したいことがあります」
背後でそう言われ、軽く手を上げると俺はセルエナの部屋へと移動した。
そしてセルエナに一通り勇者の情報を聞かされ資料も見た。
感想としては……強くなりすぎだろ!!
一戦交える前に最終エリア到達! 見たいな事になってるぞ……。
トロフィー狙いとか、縛りプレイとか、そんなものじゃないというのに。
「とりあえずアルテマ洞窟を利用しましょう。その後のことは魔王様がお考えください」
「その後のことか……なかなかに難しい」
そんな高レベルのやつらをアルテマ洞窟に誘導しても結果はわからない。
だが、今頭に浮かんでいる作戦がうまくいけば勝てる見込みはある。
「俺がアルテマ洞窟に行って最奥にある武器を取ってくる」
「そうなりますか……アルテマ洞窟の最奥には確かに最強の武器があります。ですがあまりに危険です」
「それは承知のうえでだ。今回ばかりは悠長にしてられんからな」
思い立ったらすぐ行動。俺とセルエナはアルテマ洞窟入り口に来ていた。
セルエナが言うには勇者が来るまで残り2時間ほど、それまでに最奥までたどり着かなければ死ぬかもしれない。
「魔方陣は見えていますね? あのタイプの魔方陣は色によって発動条件が変わってきます」
「そうなのか。かなり面倒だな」
「赤は中心通り。青は枠内中心以外通り。黄色は触れぬよう。緑は10秒以内に通り抜けてください」
案外どうにかなりそうだな。俺は入り口付近の魔方陣を一通り言われたように通ってみた。
まるでマルチプレイの時の色の分けようだとか思ったが口に出すのは控えた。
「よく出来ました。ですが洞窟内では半端ではない数の魔法陣が散りばめてあります。お気をつけください」
俺は返事を返すと身長に洞窟の中へと入った。
.seluena.
「行ってしまわれましたか」
今思えばここまで来れたのもラタトゥーユのおかげかもしれない。
私は昔の記憶を思い出した。
門の前にはラタトゥーユが居た。
何かを決意したような目で私を見ている。
「その子を魔族にしてあげる方法を教えましょう」
そのときの私はどれほど驚いた顔をしていただろうか
それにここまで真剣な表情をしているラタトゥーユを初めてみたかもしれない
でもそんなことはどうでもよかった。魔族に出来るというのはまたここで暮らすことが可能なのだから……
後になってわかったラタトゥーユがレウクスの事を知っていたのは第一発見者だったからだ。
毛布の件についてはあの時の私が気付くはずも無かった。なぜ気付けなかったのか……答えなんて考えるまでも無く、あまりにどん底にいた私が見たレウクスは、希望の光であり他に何も考えたくなかっただけだった。
「魔族にする方法は簡単。私の特製料理を食べるだけ。いえ、性格には魔族の好む物を食べることが条件」
なんと簡単なことか、それだけのことでレウクスを魔族にすることが出来るのなら。
私たちは早速霊廃堂へと移動した。
ラタトゥーユが運んできた料理、とても美味しそうな香りがする。私自身がつい食べたくなってしまいそうになるがここは我慢。レウクスの口へと料理を運ぶ。
ぶふぉっ!!「まじぃ…」
口に入れて一秒経たずに吐き出すレウクス。
顔を覗き込んでいた私とラタトゥーユの顔には見事に料理がかかった。
「……わ…私の料理が……まず…い?」
私は愕然とするような声を聞き振り返る。
そこには涙をぼろぼろと流すラタトゥーユがいた。
しまいには厨房へと戻っていってしまう。
普通なら料理を残しただけで怒りを爆発させる彼女が、目の前で料理を吐き出されたうえにマズイとまで言われて怒りを通り越して泣き出してしまったのだろうか。とにかく申し訳ない気持ちだったがレクセルには少し変化が現れた。いくらなんでも魔族化するには早いがレウクスの頭には角らしきものが生えていた。あまりに嬉しくなった私はかわいそうに思ったが少し無理やり食べさせることにした。
しかし十分も経たずに私は断念。
ある程度食べさせることは出来たが大泣きされては無理に食べさせるこっちも辛い。
あと、確実にこの泣き声はラタトゥーユに聞こえていたのだろう、厨房を駆け足で去っていった。
私自身もうレウクスに食べさせる気力も無く部屋で一緒に寝ることにした。
そして次の日。
レウクスは完璧に魔族化し、成長速度も速いようであっという間に背丈が3倍近くになった。
だがそこからまた数日経った時、ある問題が発生した。
それは私が予測していたことだ。
魔法の種類が防御のみ。比較的、攻撃より防御の方が魔力消費が少ない。ということはやはりレウクスは魔力が少ないのだろう、それは魔王として生きるにはあまりに致命的なことでありこれから生きていくのは不可能に近い
とりあえず魔法が使えないことをまわりのメイドには6代目魔王ギルザラードの嘘話でどうにかなり、自我を持ち始めレウクスが魔族だと思い込んだ時もこの話をして信じさせた。
それからラタトゥーユにこのことを言うと防御しか使えないのは料理に関係するといわれた。
私の考えは間違っていたようだ。
幼い頃に食べさせた料理は身を守るモンスターから作った料理だそうで、ラタトゥーユはまず最初に身を守ることをレクセルに覚えて欲しかったそうだ。どうやら食べさせる順番で魔法の強弱が変わるようでレウクス自信が成長するたびに魔法も強化されていくらしい。
それからしばらく料理を食べさせようとしたが全く口にしてくれなかった。
ラタトゥーユは今でも無理だとわかっていても食べさせようとしてくれている。
レクセル自身は幼い頃に食べたことを忘れているようだけどこのことを話したら口にしてくれるだろうか……
そもそも話すのを恐れているのは、元は魔族ではないことがバレてしまいそうだから、恐くてとても話せそうに無い。
.reux.
「さて、意外にも簡単に来れたな」
俺は洞窟の最奥まで来ていた。
モンスターの居ない罠だけの洞窟は恐ろしく静かで緊張感が増したが俺に不可能など無い。
最奥には4つの玉が転がっていた。それと何かを置く台座的な物……もしや、いやもしやではないこの玉をこの台座的なものに乗せれば何かが起こる。
「おお、魔方陣が浮かび上がった」
その魔方陣の色は黒なのだが黒とはなんだ?
効果がわからんな。セルエナに後で聞いてみるか
「それは魔法弾を発生させる魔方陣ですね。どれほどの大きさでしたか?」
あの大きさは……直径百メートルはあった気がする。
だいたい狭い通路とは裏腹に最奥の部屋がでかすぎだった。
「それほど巨大な魔方陣ですか……それなら勇者も肉片一つ残さず消え去るでしょう」
なんとも恐ろしいことを言う……
しかし、これであいつらに勝てる可能性は出た。
おびき寄せるのも俺が何とかするとして作戦はこれでバッチリだ。
しかしながら俺の言葉に対してセルエナは不服そうだった。
「これでは駄目か?」
「料理を食べましょう」
「は?」
本当に「は?」である。作戦に不服かと思えば腹をすかせていたとは……
にしても腹をすかせてるにしてもこんな顔をする必要があるか?
「なぜそんなに深刻そうな顔をする」
「ラタトゥーユが作った特性料理をぜひ食べていただきたいのですが」
「無理」
即答である。それに話が噛み合っていない。
深刻そうな顔をしているから心配してやっているというのに一体どういうことなんだ?
「魔王様?」
「なんだ?」
「申し訳ありません」
突然謝られた。そしてその理由を思考させる暇も与えないほど間髪入れずに気を失った。
そして次に目を覚ましたときにはなんとも豪勢といわざる負えない料理がずらりと並んでいた。
見ていて生きた心地がしないし体を縛られているようで身動き一つ取れない。
しかも縛るのに使われているのはラタトゥーユの髪の一部だった。
髪の長さを生かした……って異次元から飛び出てるぞ
「やっと食べてくれるのですね」
満足そうな笑みを浮かべたラタトゥーユ。
無理矢理縛り付けておいてどの口が言うか
そもそも俺は食べる気がないのだが……
「魔王様は魔法が使えないと仰っていましたよね」
突然話し始めるセルエナだが深刻そうな顔は変わらずだった。
「確かに。しかし、正確には攻撃魔法が使えないということなのだが」
「騙されたと思って一口食べてくれませんか?」
「だから無理だといっ―――」
「食べてもらわないと困るんですっ!!!」
いきなり大声を出すものだから霊廃堂の音が消えた。
歩く音、パイプオルガンの音、食器の音、話し声が何も聞こえなくなった。
「なぜだ。そこまでいうのなら理由があるのだろう」
「理由……それは」
「それはなんだ?」
「食べれば魔法が使えるようになるからです」
「なんとっ!? それなら食べてみよう……って馬鹿かお前は! 実にあほらしい考えだ。嘘を言うにしてももっとマシな嘘というものがあるだろうが」
「本当です」
「誰が信じるか」
しかし、ここでラタトゥーユまでもが本当だと言い出した。
セルエナや他のやつらが言ったとしても嘘だと疑うがラタトゥーユはそうはいかない。
あいつは嘘は言わない。
「私の作った魔界料理ですがこの食べ物は魔王様の魔力を元に戻す力を持っています」
にしても今更である。今まで魔法が使えないことを不便だと思ったことは無いが使えるようになるのならもっと早くに食べていた。これではつい最近まで避けていた俺が馬鹿ではないか……
「ラタトゥーユ。お前が言うからには本当なのだろう。しかしなぜ今まで黙っていた?」
ラタトゥーユが口を開こうとしたがそれをセルエナが止めた。
どうやらセルエナが話すらしいが、ラタトゥーユに訊いているのにそれを遮ってでも話そうとするには何かしらの関係があるということか?
「信じられないかもしれませんが」
さてはて、セルエナが口にした真実を俺はどう受け止めればいいものか……
俺が元は人間だと? ふざけている。あまりにふざけた話だ。
だがセルエナやラタトゥーユがふざけているようには全く見えない。
魔法が使えないのもそこに関わってきているようで、他のメイドたちに人間だというのを隠すために6代目魔王ギルザラードの話をした、か。
少し前に俺が気にかかったことが本当になるとは思いもしなかった。
そして幼い頃に俺はすでにこの料理を食べていたのか……そしてそれが原因で少しは魔族らしくなったという。
不思議な話だ。人間が魔族の料理を食べると魔族になるなど……
俺はついにラタトゥーユの作った料理をまともに食すことになる。
「お味はどうですか?」
記憶にある限り、視界が狭まっていくと同時にラタトゥーユの嬉しそうな笑みも見れた。
セルエナが心配そうに声を掛けてくるのも微かに聞こえる
確かに今まで料理を食べてこようとはしなかった。
今までしつこく料理を食べさせようとしていたのはこういう理由があったからだったとはな……
と、言う訳でそこから短い気絶を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返しながら少しずつ魔力を増やしていくという地獄のような時間を過ごした。
俺も頑張っていたが魔力がカンストしたとかラタトゥーユに言われたときはやっと開放されるのかと天にも昇る気持ちだったが、なぜかルイナ登場。
「魔王様。約束破りましたね?」
「あー料理のことな。それなら今食べてるだろ?」
「すぐに戻るといっていました。なかなか戻ってこないから心配になった私は探しました」
「悪かった。迷惑かけたな」
「……てください」
「ん? なんて言った?」
あー突然耳が悪くなったりしないものだろうか……
この場から突如消えることは出来ないものか……
ルイナはルイナ自信が満足するまで料理を食べさせないと気がすまないと言い出した。
今までは食べれば食べるほど魔力を感じられたからいいがここからは何の意味も無い。
これは……たぶん死ぬな。
そして無事に魔力を取り戻した俺は、勇者との戦闘に備える。
結果から言えば圧勝だった。
あれはゲーム世界のチートと呼ばれる攻撃に違いない。
勇者たちが洞窟を横切った瞬間、まるでどこかにワープしたかのように跡形も無く消えた。
ちなみにアルテマ洞窟もあまりの衝撃に消えた。
魔法弾が通った……いや、あれは弾ではなくビームだな。どうみても。それが通った場所は地下にかなり長い距離の穴を作りそれが横方向にもかなり長く続いていた。延長線上に居た人たちも巻き添えとは……恐るべし魔法弾。
「私たちの敵ではありませんでしたね」
「ああ、そうだな」
とはいっても同じ手は使えない。
アルテマ洞窟自体が消え去ったためである。
次に勇者が襲ってくるまでに魔法をどうにかしなくては……
いろいろ悩む俺だったのだが、何か忘れているような気もした。
何だ? ゲームだ!!
「まあいい。さすがにステージ1はクリアしているだろ」
俺の部屋まで来ると誰かがいる気配がした。
「あれ、兄貴じゃねーですか! どうです? あっしが開発したDLCは?」
やはりダンテローグの仕業だったか……ってあれ?
なんだなんだ? 画面にloseって見えるんだが、まあステージが進めばいつか負けてしまうか、認めたくは無いが……
「そういえばゲームが好きな割りに割りと弱いんじゃないですかい?」
「なに!?」
私の最強の軍勢が弱いだと……
「だってですよ、ステージ1で負けるんですから」
私はゲームのコントローラーを取り続きから開始する。
敵は同じ、製造機とフード。それにしてもやけに大量だな
しかし余裕でクリアした。次の勇者は……
《ああああ》が現れた。
これは……何か異様な空気を発するこいつは一体……
「えぇ。そのキャラは前に解析を頼まれていたゲームのようなもののデータを抽出したんですよ」
あまりに装甲が硬い。魔力の量がおかしい。回復量がカンスト……
攻撃力は無いようだが、これでは勝ち目が無いではないか!!
はぁ~。息抜きに霊廃堂に来た。
相変わらずバハンの曲は良いな、心が安らぐ。
俺が耳を澄ませて曲を聴いていてもラタトゥーユは特性料理を進めてくる。
もちろん断固拒否。もう食べる必要性は皆無だ。
そんなこんなでそそくさと退避、俺は外に出て魔法のレベル上げをすることにした。
3時間ほど経った。レベル上げと言えばRPGを最も特徴付ける概念の一つだ。現実世界では魔法学や体力トレーニングの成果は見えにくいのだが、RPGは成果を数値に表してくれる。ゲームは素晴らしいな。
何が言いたいか。全く成長した気がしないのだ……
デフォルトで地形に大穴を開けてしまうのは元々の魔力があまりに強大だからだろうか?
成長の兆しが見られないので終了。
城の中へと戻るとリーフィアを発見した。……あ、やばい。忘れてた。
見なかったことにしようにも発見した段階で目が合ってしまったため断念。
「魔王様。あの」
「あー悪いな。勇者の事でいろいろ忙しくて話聞いてやれなくて」
俺ながら酷い嘘である。
だが、リーフィアは特におこることも無く俺の袖を掴むと歩き出した。
向かっている場所はあの騒動で抜け出た行先のテラスだろうか
「わ、私。実は……女なんです」
テラスに着くなりいきなりそう言われた。まさに、はぁ? である。
何を言っているのか理解できない
「そう。そして僕はオーフェン、まあリーフィアとは双子って感じです」
「な、なななんだ!? 体の構造が変わって男に……」
「セルエナ様が形状変化、ラタトゥーユさんが髪を自在に操るように僕にはこういう特性があるんです」
「それは意外だったな」
普通に言葉を交わしているように傍から見れば思うかもしれないが内心驚きすぎて逆に冷静になってしまっている。
「ですので彼女は男ではないのです」
「はい。オーフェンの言うとおり私は女です」
「それにしても突然変わるんだな」
二人には悪いが、正直気持ち悪いと思った。
「単刀直入に言いますが、ここに婚約を認める石があります。魔王様は手をかざしてくれれば、めでたくハッピーなのですが、どうです?
どうです? ではない。 今まで男だと思っていた奴がいきなり女だと言われ、ましてや結婚してほしいと頼まれ、はい、いいですよ。などと簡単に言えるものか。
「悪いが、二人がせめて別々にならなければ考えるにも無理がある」
「やはりそうですよね」
はい、やはりそうです。オーフェンよ。残念だが、とにかく諦めろ。
しばらく沈黙が続き、リーフィアが部屋へ戻りましょうと言いだし、テラスから消えた。
俺も、この変な鬱憤を晴らすためにゲームに取り掛かるとでもしよう。
街の景色を見渡した後、城の中へと戻る。
「待っていろ勇者よ、私がお前たちの息の根を止めてやる!」
「魔王様」
ばっちりポーズを決めていたが、何事も無かったように無表情に立っているセルエナを見る。
「……どうしたセルエナ。何か用か?」
「はい。次の勇者の情報です」
勇者情報NO.5&NO.6&NO.7NO.8 フルメンバーLv99、左から順に記載
称号:神の祝福/混沌テイマー/アルティメットエレメンタル/光速騎士
名前:ミソパエス/モレク/ソネイロン/ヴェルリネ
性別:女/男/男/女
年齢:18/19/22/19
武器:神に認められし宝杖G/ベルゼブルの剣G/死神と真実G/龍王八神剣G
勇者概要:世界は貰った。ただそれだけだ。
私からの一言:先代魔王に勝った勇者の子孫で全員レジスト持ちです。
三戦目にして最強軍団とは……。
「先代魔王に勝った勇者の子孫とはな。苦戦が強いられそうだ」
「そうですね。それにレジスト持ちですからね」
レジストとは魔法耐性の事である。
さて、どう対策するか……
「セルエナ、こいつらはいつ来るんだ?」
「五つ離れた街にいましたから……あの距離だと一日かかりそうですね」
一日か……。それまでに何とかしなければならない。
俺がそう考えている時、城の中でなにやら騒ぎが起きていた。
「はぁ~。あの子たちのしつけも大変です」
セルエナは溜息をつきながら階段を下りて行った。
しかし、そのセルエナは一分経たないうちに俺の目の前に戻ってきた。命の危機でも迫っているかのような顔をしていた。
「魔王様、大変です! 勇者たちがヴィーシェの一個先の街にいると情報が入りました!」
「なにっ!? そうなると残り時間はどのくらいだ」
「二時間か早ければ一時間かと」
「なぜそんなことになった。第一、セルエナが確認したんだろ」
セルエナが誤情報を伝えるのは今回が初めてだ。
「どうやら時空系の魔法を使ったようで街へワープしたようです」
おのれ勇者め、現実世界でも悩ませるとは……
どうする。
残り時間は一,二時間程度……
アルテマ洞窟は使えないしそもそもあったとしても効果があったか分からない。
新たに魔法を習得したが、勇者には魔法耐性がある。
物理は問題外。
「とりあえず、私が足止めしますのでその間にお考えください」
「おいっ!」
引き留めようとしたが先に行ってしまった。
これでいいのか?
何か嫌な予感がする。
それから数分もかからないうちに俺も城の外へ向かった。
移動中、いろんな奴に話しかけられたが一切無視して外に出てきた。
巻き込むわけにはいかない。
アルテマ洞窟跡地までくると見慣れた人影が見えた。
「魔王様ー! 私も連れて行ってください」
「ルイナ……。危険だぞ」
出来ることなら連れて行きたくは無いのだが、言い出したら聞かない性格だからな。
結局は一緒に行くことになった。
相変わらず一直線上に大穴が空いているアルテマ洞窟跡地を軽々飛び越えるとまず最初にヴィーシェの街へ向かおうと急いだ。
「魔王様も来てしまったのですか? さすがにここまで状況が考えられない人だとは思いませんでした」
結構な速さで走ってきたため気づけばいつの間にか追いついてしまった。
何か文句を言われたが気にしない。
そして、もうそろそろヴィーシェに着くころに奴らは現れた。
「もうこんなところまで来ていたのか」
「私が燃やし尽くしてあげます!」
遠くの方で四人の人影が見えた。おそらく勇者であろう。
そしてそいつらに向かってルイナが魔法を放とうと詠唱を始めた。
真っ赤な文字がルイナの体を螺旋状に回りながら地面に輪を作る。
二重、三重、四重、五重、六重、七重……
しだいに大きくなる輪は十個の円を作り、そこで止まった。この間十秒もかからなかった。
そして軽やかに円の中心から外へ出ると両手を地面に向け、発動させた。
地面を突き破り地上へと出てきた炎を纏う巨人。ルイナはいつの間に召喚魔法を覚えたんだか……
その巨人は魔法陣から二本の大剣を取り出すといきなり攻撃を仕掛けた。
地面を引きずらせるように切り上げると、溶岩の様な物がドバドバと噴出しながら勇者たちへ向かった。
普通の人間なら近づいただけでもひとたまりもないだろう尋常じゃない熱さが遠くにいる四人に覆いかぶさる。
「呆気ないなー」
人をそれをフラグと呼ぶ。
ルイナがそう言った後、虹色の光とともに炎が弾かれる。
そして間髪入れずに相手の攻撃が炎を纏う巨人を襲う。
勇者らしい光属性の攻撃、針のような槍が地面から上空から串刺しにする。
体から大量の血を流しながら倒れ、溶けるように消えていく。
「あれがレジストの能力と先代魔王を倒した勇者の子孫」
セルエナが言った。
あれほど恐ろしい攻撃を無傷で防ぐほどの魔法耐性があるとは……
フフフ。さてここは俺が一発、魔王の恐ろしさを教えてやらないとならんな。
「待って下さい。魔王様」
「なんだセルエナ、勇者も目の前まで来てるんだぞ」
「私に良い案があります」
セルエナは勇者の情報を調べるときにヴィーシェに武器や爆薬などが大量に蓄えられていることを知っていた。
そして、ありったけの魔力でその全ての爆発物を爆発させることで勇者を倒せるのだと言った。
炎の魔法と爆弾では耐性も関係ないらしく、それを利用すれば倒せるというのがセルエナの案だった。
だが、それでは気になることがある。
「魔法の耐性が関係ないのならセルエナ自身はどうなる」
「いつかこんな日が来るような気はしていました」
「セルエナ様?」
ルイナの心配そうな声をよそに話を続ける。
「貴方を幼い頃から今まで育ててきて、出来ることならこのような戦いをせずのんびりした街でゆっくり暮らしたかったものです。ですがそれも叶わぬ夢、今までなんだかんだで楽しかったです」
なんだ、この別れの挨拶みたいなものは
これではまるで……
というか俺は幼い頃からセルエナに育てられてきたのか?
あんまり記憶が無いのはなぜだ?
「昔の記憶がありませんか、それもそのはず、魔族化したことで記憶が曖昧になってしまわれたのでしょう。赤ちゃんの頃から大事に育ててきたのですよ」
その優しい笑みに懐かしさを覚えたが、それ以上何も感じることはなかった。
「貴方を見つけることが出来なければ、今頃私は絶望の中で死んでいたかもしれません。言わば命の恩人でしょうか、さて、そろそろ時間ですね。いろいろ言わなければならないことがたくさんありますが、お別れです。魔王様は、城へ戻って待機していてください。それとルイナ、ちょっと来て」
ルイナに何を話したのか、一方的な会話を終えるとセルエナとルイナは、ヴィーシェの街へ入って行った。
少しの間をおいて、勇者も入って行こうとする。
今まで育てられてきたのならセルエナは俺の母親というわけか、全く実感が無いな。
だが……
「魔王様、どこへ行くんですか?」
ヴィーシェの街の入り口にはルイナがいた。
声をかけるまで全く気配が無かったのは勇者に気づかれないためか……俺まで驚いたぞ。
「セルエナを死なせるわけにはいかない」
「でも、魔法は効きませんでした」
「俺の魔法ならまだわからない」
その後のルイナの話をすべて無視してセルエナの後を追う。
.seluena.
正直、死ねるわけが無かった。
まだまだこれからなのにそんな簡単に死んでたまるものかと。
それでもこの作戦が必ず成功するわけでも無いから真実を全て話してしまった。
とりあえず、生きて帰らなければならない。
私が偵察途中に爆薬物を魔法陣でいつでも爆発させることが出来るように仕掛けておいたから、あとは発動呪文を唱えるのみ、それから身を守る呪文を使えば……魔法以外の攻撃を防ぐ魔法は少し時間がかかるけど、計算上何とか間に合う。しかしタイミングを誤れば生き残る可能性は低い。ミスは許されない。
私はゆっくりと深呼吸をし勇者と対峙した。
ここに来るまでに魔法耐性を反射に変えてきている。かなり優秀な魔法使いがいると見た。対策は完璧と言ったところか、ずいぶん厄介な。
だけど、その魔法反射の意味は全く意味が無い。そしてこの街の爆発とともに死ね。
.reux.
街の角を曲がるとすでに、セルエナと勇者が対峙していた。
セルエナの表情は俺でさえ緊張してしまうほどの怖さを持っている。今はまさにそれだ。
さながらRPGの戦闘画面にも見える風景はゲームではなく現実。
これほど勇者に近づいても気づかれないのは俺も気配が消えているからか、きっとルイナがかけてくれたのだろう。これなら不意打ちも可能だ。
よし、俺の魔法さえ当てることが出来れば勝てる。
だが、俺が魔法を唱えた瞬間、凍りつくような表情をしていたセルエナが恐怖の顔に変わった。
何かを叫んでいるようにも聞こえる。集中しきっている俺には何も聞こえないが、ここまで来たことを怒っているなら後でいくらだって説教を聞いてやる。
ありったけの魔力をぶつければ耐性効果のある防御など紙装甲も同然。俺の周りには二十を超える魔法陣が完成しようとしていた。
「消え去れ、勇者よ!!」
しかし、魔法を使う前に不思議な事が起きた。
俺の足場が急に宙に浮いたような感覚になり背中に強い衝撃を受け建物にぶつかった。これはどういう事だ。
視界がぼやける中、辛うじて見えたのはセルエナが俺に対して魔法を使っていたことだ。
何をしているのか理解できないでいると、直後強い揺れとともに爆発が起きた。
街全体、至る所にある爆弾や火薬の入った箱などが爆発しているのはセルエナが何か仕掛けたのか、これなら勇者にも勝てる。
気づけば俺の体には防御魔法がかけられていたがその理由に気づくのにはそう時間はかからなかった。
・・勇者歴9998年・・
あの戦いから二年ほどの歳月が過ぎ、俺は半分以上領地を取り戻した。
ヴィーシェの街は新しく建て直し、魔王軍の基地として使っている所だ。
「魔王様♪」
「ルイナか、何か用か?」
「オータニア城を陥落させてきました」
仕事が早いな。この調子なら残り一年もあれば全ての領地を我が魔王軍で支配することも出来る。
ルイナの頭を撫でてやると嬉しそうに笑顔を見せる。
セルエナが消えてからもう二年か、今ではゲームなんてやっていない。
消えたという表現をしたのは、あの戦いの後セルエナの姿らしきものが一切なかったからだ。
肉片が無くなる程強力な爆発では無かったはず、あの時の勇者には十分効果的だったが、というわけでゲームなどしている暇などないから魔王軍を総動員して探している。
そして、ついに……
「魔王様、セルエナ様らしき人を辺境の村、ヘーゼルにて見つけたそうです」
「ご苦労。……やはり生きていたか」
どれほど探したか、湧いて出てくるふざけた勇者を倒しながら村や街、国までもを我が領地にし、数多くの魔物や人を使って探し続けてきた。ここまでくるのに長かった。
「ここがヘーゼルか」
のどかな町だった。戦いの知らない静かで美しいところだ。
そんな中にポツンと小屋があり近くには噴水を色とりどりの花で囲まれている。
そしてその噴水に腰を掛ける彼女はこちらをみて微笑みかけてきた。
「久しぶりだな。あれから二年経つが、調子はどうだ」
「魔王様らしいですね。私は元気に暮らしていますよ」
聞けば、あの時の爆発に巻き込まれないように辛うじて防御魔法をかけたらしいが未完成の魔法は爆風から身を守ることが出来ずに遠くまで吹き飛ばされたそうだ。全身打撲で動くことが出来ない中、ヘーゼルの町の人々に助けてもらったそうだ。なにより無事で本当に良かった。
「私が用意する勇者の情報が無くても平気そうですね」
「そうだな。二年でほとんどが我が領地へと変わった。今ではゲームはやっていないが、ダンテローグに勇者の情報をシステム化してもらった。ゲーム風にな」
それからセルエナは足が不自由で歩くことがとても困難だと言った。
そんな状況の中、また城に戻れなど酷な事など言えるはずもなく、その日はその村で過ごした。
「レウクスは彼女の一人でも出来たの?」
「いくら母親とはいえ、その呼び方には慣れんな。ともあれ、今はルイナと暮らしている」
「あら♪」
「なにが『あら』だ。ったく悪いか」
「だって、リーフィアもレウクスの事が好きだったじゃない」
「母親口調とはセルエナらしくないな。リーフィアの事は全て解決した。ラタトゥーユの新メニュー食わせたら見事に男と女に分離した。その後のリーフィアは俺の専属メイドのような感じになったな。あいつもそれで満足しているみたいだし」
「そう。それならよかった」
「またここに様子を見に来る。それまで元気にな」
「その時はどんな時かしら」
「魔王に支配された世界とでも言おうか、まあ次はもっといい知らせを持ってくる」
それからの魔王軍は堕落した勇者を倒し続け、ついには全滅へと追い込んだ。
・・魔王歴9999年・・
全滅に一年ほどかかったが見事に歴が勇者から魔王へと変化した。
変化したかどうかの確認は、誰かが知らせに来るとかいう伝説があったが本当に現れた。
「お前は誰だ?」
「僕はいわゆる神って言われている存在だね。君たちにチャンスを与えたのも僕だよ」
姿も声もまるで子供だった。だが身に宿る力は計り知れない
少なくとも勝てるとは全く思わなかった。
「そうだね。僕に戦いを挑んだら一秒経たずに世界を果てさせることも可能だからね」
「心まで読めるとは恐れ入るな」
「どうも。まあ神だしね。さて、残り一年残して見事に書き換えてくれたね。良いものが見れたよ」
「ずっと見ていたのか」
「暇つぶしにね。これからは君たちの時代だ。思う存分楽しんでほしい。それにしても人間の中から魔王が誕生するとは驚いた。そこらへん僕の介入も少しはあったんだけど、セルエナさんとラタトゥイユさんだっけ?」
「そんなことがあったのか、それはそうとラタトゥーユな。間違えると怒るから」
「あーそうなんだ。わかったよ。とにかくその人たちのおかげもあって異例の出来事は幸運を導いてくれたね」
「運など関係ない。実力だ! あ、お前はこれからどうするんだ?」
「お前という呼び方はやめてほしいな。僕にはゼウスっていう名があるんだから」
「そうか、ならゼウスはこれからどうするんだ?」
「正直、ゼウスは仮名なんだけどね。僕はこれから違う世界に旅立つよ。この世界はもう平気みたいだしね。それじゃあ、最初で最後の会話だったけど久しぶりに会話が出来て僕は嬉しかった」
そう言うと、ゼウスは姿を消した。それからは平和が訪れた。
「これからは俺の時代、か。いろいろ楽しみになってきた。さてと、全て終わったことだしここはひとまずゲームでもするか!!」