第四話-2
なんとか札子を口説き落として、今回の占い代は札子が経費を払ってくれる事になったのだが、条件として妹は夏休み中は銭丸家で生活する事になった。
正直なところそうしてくれる方が有難い。今は銭丸家くらいしか妹を匿ってもらえないので、札子の厚意に甘える事にした。
「どこから攻めるか、決めたッスか?」
「まあ、近くから攻めるのが定石だな」
俺は地元の地理を考えながら答える。
井寺坂が言うにはこの街には占いの店が三件あるそうだ。一件はこの学校の近くに、もう一件は駅前の方にある。この二件は俺も知っていたが、三件目は正式には占い師では無く家具屋の工房で、副業で占い師をしているらしい。この三件目は井寺坂情報だ。
道なりに考えると、学校の近く、駅前、家具屋の工房の順になるが、家具屋の方は商売として占い師をやっているわけでは無いので、そこで占ってもらえるかは行ってみないと分からない。
「学校の近くって、あんまり評判良くないッスけどね。あんまり当たらないって」
「へえ、そうなんだ。私、行った事無いからねー」
札子の場合、俺と一緒で三件全ての占い師のところに行った事が無いだろう。俺もあまり占いというモノを信じていないのだが、札子は信じる信じない以前に自身の運気にすら興味が無いそうで、占われる事もメンドくさいと感じると言っていた事がある。
「俺も行った事無いんだが、評判が悪いって当たらないって事だけか?」
俺は尋ねてみるが、少なくとも札子とパンダには答えられないようだ。
「そうッスねー。客によって態度が違うっていうか、女の子にはセクハラめいた事を言いたがるみたいッスよ。で、男には嫌な事を言いたがるとか」
「パンダが行ったら何て言うんだろうね」
札子がパンダを見ながら言うが、いくらなんでもパンダが占いに来る事など無いだろう。ついでに言えば、ソレは俺の妹でパンダそのものでは無い。
これを予測出来れば大したものだ。その時には本物の占い師認定しても良いと思うが、たしかプロの占い師っていうのは自分を占う事はタブーだとか聞いた気がする。
学校の近くの占い師は『占いの家』と言う名前の、もう少しひねった方が良い店だった。
俺達が四人で店に入ると、思いのほか狭く、元は飲食店だったかのようなレイアウトでカウンターの向こうに占い師が座っていた。店は暗く雰囲気を出しているが、この雰囲気とカウンターの向こうのあからさまな占い師は、最初から占いに来てもらった人物には影響がありそうだ。
「いらっしゃい」
カウンターの向こうにいる黒いローブの男が、こちらに向かって声をかけてくる。
雰囲気は出ているが、とりあえず形から感もかなり強い。この雰囲気に酔えば、占いも当たりそうだが、逆にこの雰囲気に冷めてしまえばバカバカしさしか残らないリスクの大きい作りだ。
もし俺なら、ここまで形にはこだわらないかもな。
「占ってもらえる?」
と、席に付いたのは札子である。
女性にはセクハラ紛いな発言を繰り返すらしい占い師という評判だが、はたしてこの銭丸グループの令嬢にも同じ事を言えるのか。
「お名前をよろしいですかな?」
「銭丸札子」
札子が名乗ると、あからさまに占い師の緊張感が高まるのが分かる。
地元ではもちろん、日本中探しても銭丸と言う姓は多くは無い。その上、地元の女子校生の中では二人といない特徴的過ぎる美少女の札子なので、占い師もすぐに本物の銭丸家の令嬢だと気付くだろう。
さて、セクハラ発言が出来るかな?
「どの様な事を占いますか?」
「それを占ってみて」
札子は平然と言う。
こう言う事を自然な口調で言えてしまうのが、いかにも札子だ。しかも本人があまりにも嘘くさいので、こんな事を言っても自然に聞こえてしまう。
「どんな事を占うかを聞かないと占えないんですが」
「そう言うモノなの? 占いって」
札子にしてはもの凄く非協力的だな。コレはコレで珍しい。
札子はとにかく面倒臭がるので、空気を読んでさっさと終わらせようとするのがいつもの札子だ。こんな形で粘って相手を困らせるという事は、基本的には無い。
「銭丸先輩、怒ってませんか?」
後ろで見ている井寺坂が、小声で俺に言う。
俺もそう思う。
口調はいつも通りで、感情的になっているという事は無い。
俺達は札子の後ろに立っているので表情は見えないが、おそらくいつも通りの気だるげな表情だと思う。だが、このいつもの表情と言うのが、俺達オカルト研究部の面々は見慣れているので大した意識はせずにすんでいるものの、見慣れてない人から見ると冷ややかに見透かされている錯覚に陥るらしい。
なので札子に見られるのは、見つめられていると言うより不良より怖い何かに睨まれていると言う恐怖を感じると、クラスの連中は言っていた。
本人が意識していないところですらそうなのだ。本人が意識したらどうなるか。それを今、占い師に試している。
「珍しいよな」
俺も小声で井寺坂に答える。
ここに来る前に話していた、この占い師のセクハラ発言が気に入らなかったのか、単純な興味なのかは分からないが、ちょっと面白い事になってきた。
「何か探し物かな?」
薄暗い店の中で、占い師が猫なで声で札子に尋ねるが、札子は答えない。
言葉ではもちろん、首を縦にも横にも振る気配は無く、微動だにしていない。
「悩み事があるんじゃないかい?」
占い師はヒントを得ようと頑張って質問しているが、札子は何も答えない。
あのオッドアイを真っ直ぐ向けられると、落ち着かなくなるのはよくわかる。慣れている俺でもそうだ。いかに客商売で収入を得ているプロとはいえ、居心地が悪そうになってきたな。
占い師はソワソワしだしている。
「恋の悩みか。誰にも言わない事は約束するから、教えてくれないかな。ヒントを上げられるかもしれないよ?」
今度は札子にも反応があった。
と言っても、冷ややかに鼻で笑う程度だ。
言葉では言わないが「あんたの予想は的外れよ」と、言葉以上に態度で示している。
「終わり?」
札子が占い師に尋ねる。
「一回占ってもらうのに、幾らかかるの?」
札子は財布を取り出して尋ねる。
「高校生は千五百円だけど」
「映画一本分、ね。今の占いでも払わないとダメなの?」
キッツイな。やっぱり怒ってるんじゃないか?
声に荒ぶっている感じは無い。それどころかいつも通りのやる気の無さが全面に出ているが、口調はともかく発言は札子らしくない。
「い、いや、今日のところは占ってないから」
「そう? お邪魔しました」
札子はそう言うと何の未練も無さそうに立ち上がり、さっさと出て行くので俺達も札子に続いて店を出る。
「どうした、札子。何の情報も無かったぞ?」
「アレじゃ話にもならないでしょ?」
札子は呆れた様に言う。
「詐欺の手口と同じよ。コッチから情報を聞き出して、相手の望む事を言ってやる。私はそういうのを占いと認めたくないの」
札子はパンダの手を引きながら歩く。
「占いってそういうモノじゃないのか?」
「違うッスよ! それはただの話術で占いとは言わないッス」
食いついてきたのは井寺坂だった。
「タロットにしても占星術にしても、カードを並べたり星の動きを見たりするのは素人でも簡単に出来るっしょ? そこから意味を読み取るのがプロってものッスよ。それが出来ない様なら、占い師を名乗る資格は無いッス」
「代弁ありがと。まあ、おおよそ私も同じ事を考えてたのよ。ねえ、妹ちゃん?」
札子が尋ねると、パンダが大きく頷く。
そういうモノなのか。女性陣の、しかもオカルトにほとんど興味の無い札子や妹までも、占いというものには何かこだわりがあるようだ。
俺としては、占いというのは十枚三百円の御札の束とは言わないが、お守りと同じ類のものだと思っていた。詐欺紛いの巧みな話術であったとしても、それで不安が取り除かれるのなら役に立つのだから。
血液型による性格診断や星座占いも目安であって、こういう個人の占い師も先行きの目安をマンツーマンでそれっぽく促してくれる程度の事を言うと思っていたが、女性陣はそうは考えていないらしい。
まあ、今の占い師は雰囲気に呑ませるつもりが、札子に完全に圧倒されていたので話にはならないのだが。
「一件目はダイナミックに外したッスね。次は駅前で良いんスか?」
「場所はそこで良いけど、今度は誰が占ってもらうんだ? また札子で試すのか?」
「私はもう楽しんだから、今度は妹ちゃんで良いんじゃない?」
札子が尋ねると、パンダは首を横に振る。
こういう事が元々あまり妹は好きじゃない。まして今は小さくなっていっている最中だし、今日はパンダである。乗り気では無いだろう。
「今度は俺が行こうか? 出来るだけ情報を与えない様にするんだろ?」
「部っ長で大丈夫ッスか? 余計な事言いそうなんスけど」
「井寺坂ほど顔には出さないだろ」
札子や妹に言われても心外な事を、このメンバーの中で一番隠し事の出来ない井寺坂に言われるとは思ってもいなかった。
札子ほどでは無いにしても、俺もキレのある鋭利な美形なのでそれなりに雰囲気を出せるし、目力もある。
先程の占い師ほど手玉に取れる事は無いが、こちらから余計な情報を与える様なヘマはしない。
「ま、利休で良いかな? じゃんぬは最後のお楽しみね」
部長は俺だが、さすがにスポンサーの意向は無視出来ない。
トリを井寺坂に讓るとして、一つ問題があるとすれば俺は先程の占い部屋が生まれて始めて入った占い屋で、俺個人が占い師に占ってもらった事が無い事くらいだ。
意識すると緊張してくるが、まあ椅子に座って頷いていればいいだけの事だ。
「アレ? 利休、緊張してる?」
「はあ? してるわけないだろ。大体何で緊張する必要があるんだ? たかが占い師に占ってもらうだけで緊張なんてするはずないだろ? それに俺を占ってもらうんじゃなくて、妹を元に戻すためのヒントを得るためのものだ。俺が緊張する必要なんてどこにもないだろう。何を言ってるんだ、札子」
「めちゃめちゃ緊張してるじゃない。利休って、ホントに本番に弱いと言うかアドリブが効かないと言うか。残念なマニュアル型ナルシストなのよね」
「まったくもってその通りッス」
井寺坂が乗ってきた上に、パンダまで大きく頷いている。
どう言う事だ? 俺は確かに緊張もしてきてはいるが冷静さを失っていない。度胸もある方だし、本番でしくじるような事も全く無い訳ではないが、そう多くは無い。
そんな俺が残念だと? しかもまた出てきたか、マニュアル型ナルシスト。
「まあ、せっかくヤル気になってるから利休で行きましょう」
ヤル気の無い札子にだけは言われたくないんだが。
イマイチ腑に落ちないところはあるが、札子とパンダが前を行くのでそれについて行く。
どこがマズかったんだ? 緊張していない事をアピールするために、的確に現状を説明したつもりだったんだが。
「アレ? 銭丸さんのとこの娘さんじゃない?」
駅前にあるという占い師の所へ行く途中、スーツ姿の美女が声をかけてきた。
「あ、雫さん。こんにちは」
「こんにちは……って、ちょっとコレ、何コレやだコレ、可愛い子連れてるじゃないの」
スーツ姿の美女は札子が連れているパンダを見て驚いている。
まあ、普通は驚くよな。
「貴方の妹さん?」
「え?」
スーツ姿の美女が俺に尋ねてくるので、俺は驚いて尋ね返してしまった。
だってそうだろう?
札子の知り合いの様なので、札子に弟や妹がいない事は知っているのだろう。
「そのパンダを見て、どうして俺の妹だと分かったんですか?」
「あ、やっぱりそうなのね。確信したのは今よ」
スーツの美女はニッコリ笑って言う。
なるほど、今のに引っかかった事は認める。とはいえ、いきなり俺の妹だと思うのはいくらなんでも情報が無さすぎるだろう。
「ははは、考え込んでるね少年。悩め悩め。それこそ青春だ」
「雫さん、今日は仕事じゃないんですか?」
札子が尋ねると、雫と呼ばれるスーツ姿の美女は笑顔で頷く。
「今日はオフよ。何? 用事があった?」
「占ってもらおうと思ってたんスけど」
井寺坂も話に参加する。
何だ? 井寺坂も知り合いか? だとすると、井寺坂にも弟や妹がいない事は知っているという訳だ。それでも札子が手を引いている以上、俺の妹と言うより銭丸家の親戚と思う方が自然だとは思うんだが。
「占い? 今の君達には必要無いと思うけどね。悩み考えて答えを出す事も青春よ。答えを先にもらう事だけが正解じゃないからね」
雫氏はニコニコしながら言う。
「だから、パンダちゃんも心配しなくて良いわよ?」
札子の後ろに隠れようとするパンダに、雫は優しい笑顔で言う。
「えっと、名前なんだったっけ、有難い名前だったのは覚えてるんだけど。パールヴァティーちゃんだったっけ?」
「雫さん、そっちの方が超覚えられなくないッスか? 聖女です」
「そうそう、イデアとジャンヌの名前を持ってるって凄いよね?」
気さくな人だな。何者なんだ?
「けっこう北高では有名よ? 今年の北高一の美少女が所属するオカルト研究部のメンバーって、よく噂に上がってくるからね。あらゆる意味で『惜しい』部長君も込みで」
雫氏は俺の方を見て、含みのある笑顔を向けてくる。
まあ、俺は背も高いし成績も良い。運動神経も顔も悪くないので噂になるのも無理も無い。それに北高一の美少女と名高い札子も一緒なら、なおの事だろう。
そこは俺も認めるところだが、『惜しい』ってどう言う事だ?
「そう言えば、ジャンヌちゃんは高校に行くようになってからウチにあんまり来なくなったわね。中学生の時には色々悩んでたみたいだけど」
「雫さんのお蔭で乗り切れたッスから。また何かあったらよろしくお願いするッス」
「本業の方でね。銭丸さんのとこも家具壊れたら電話してね」
雫氏はそう言った後、パンダと俺に目を向ける。
「ま、良い経験だから、大いに悩む事よ。若いって良いわねー」
そう言って、手を振ると去っていく。
「今の、誰?」
「三件目に行こうとしてた、大本命の方だったんスけどいきなり会っちゃいましたね」
井寺坂が笑いながら言う。
確か家具屋の副業で占いをやってるとかそんな話だったと思うが、今の人は家具屋の職人と言うより完全に接客業の人だと思う。それに占い師と言うより、超能力者とでも言うような謎過ぎる雰囲気を醸し出していた。
「ほら、私って中学時代イジメられてたっしょ? もう嫌になってどうしようも無かったッスけど、雫さんに相談したら銭丸先輩に助けてもらえるって教えてもらって。で、今に至ってるって訳ッス。銭丸先輩と同じく、私の恩人ッスね」
やっぱり占い師と言うより超能力者じゃないのか? 胡散臭い著名な呪術師とかに頼るより、雫氏なら何とかしてくれそうな気がするんだが。
「無理じゃないッスかね。雫さんも基本的には銭丸先輩と同じ様なタイプッスから、余程じゃないと手を貸してくれないと思うッスよ?」
俺が尋ねると、井寺坂は苦笑いしながら言う。
確かに手助けしてくれるのなら、今まさに手を貸してくれたと思うが、雫氏は何故か終始楽しそうだった。パンダを見てテンションも上がってたみたいだし。
とはいえ、確かに井寺坂が中学生の頃に名前で軽いイジメにあっていた事は聞いていたが、それを札子が自主的に助けた事には多少の違和感も感じていた。
札子自身は基本的にどんな事でも我関せずな事が多く、友達想いなところは確かにあるものの自分から井寺坂の事を解決させるのに積極的に動いた、と言うのは妙だとは思っていた。井寺坂もそう言う事を自分から言うタイプでは無いと思っていただけに、他人からの後押しがあったのであれば、スッキリする。
「でも、よくこの状態のさのりんを『妹』だって断定出来たッスね。さすが雫さん。マジパネーッス」
そこは完全に同意する。
見た目には完全なパンダで身長は一メートル前後。一言も喋っていない状態で男か女かを当てるだけでも半々なのに、銭丸ファミリーでは無いと見抜くのはもう超能力のレベルだ。
「雫さんなら不思議じゃないけどね。あの人、一人でタンスとか抱えて運んだりするし」
とんでもない事を札子がサラリと言う。
何、あの人モンスターなの? だったらなおの事呪いとか解いてくれるんじゃないの?
とか思ったりもしたが、その後どんな事を要求されるかが分からないので深入りはしない方が良さそうだ。
銭丸ファミリーもそうだが、この街には触れない方が良い『何か』が意外と多いのかもしれない。
オカルト研究部としてはそこを研究しても良いのだが、まだ命は惜しい。
こう言うとなんだが、銭丸ファミリーや先程の雫氏には妙に怖いところがある。
「今の雫さんって、どこの家具屋に行けば会えるんだっけ?」
「駅の向こう側ッスよ。八代工房って家具屋の工房があるんで、そこに行けば会える可能性も高いッス」
「利休、雫さんにモーションかけるのはリスクが高いと思うけど?」
札子が冗談めかしていうが、俺だってあの人に近付く事はリスクを背負う可能性が高い事くらい、肌で感じられる。
「そんな事じゃなくて、もし妹が元に戻らなかった場合相談に行こうと思ってな」
「大丈夫よ。私が面倒見るから」
「大丈夫ッスよ。まだ最後の切り札『解呪の短剣』が残ってるッスから」
お前達が頼りにならない事はよくわかった。ここはやっぱり俺がなんとかするしかない。だが、今のままでは俺はただの素人なので、なんとか情報を手に入れないといけない。
そのためにもさっきの雫氏に詳しく話を聞きたいところではあったが、あの楽しむ様な口ぶりでは例えこの呪術に対して何か有効な情報を持っていたとしても、素直に教えてくれるとは思えない。
「駅前の占い師のところに行ってみるか」
正直なところさっきの雫氏のインパクトが強過ぎて、消化試合な感じもするがそれでも情報を得られる可能性があるのなら、行ってみるしかない。