第三話-1
第三話 呪いを解く方法 通販に頼ってみる。
「い、妹ちゃんが」
俺達兄妹より早く部室にいてソファーに寝転がっていた札子が、妹を見て目を丸くしている。
「可愛くなってるー!」
魂の叫び声を上げる札子に、妹は驚いている。
どうかしてるな、こいつも。
確かにもう見て分かるレベルで小さくなっている。元々妹は高校生にしてはかなり小柄ではあったが、今のサイズはそろそろ外出も出来なくなるレベルである。制服のサイズも元々小さいサイズのはずなのに、それでも大きく感じられる。
おそらくだが、今の妹の身長は一二○くらいしか無いだろう。
「マジでヤバイって、この可愛さ! 妹ちゃん、超可愛いー!」
札子は妹に抱きついている。
活き活きしてるな。いつもの気だるげな札子じゃない分、新鮮でもある。ただ、この体力の塊には海の疲れはまったく無いようだ。
「さ、札子さん、暑いし痛いし苦しいです」
妹は札子の腕をタップしながら訴えている。
「コレはアレ? 塩がダメだったって事?」
「比較対象が無いからそうだとは言い切れないが、状況から考えるとそう考えられるんじゃないかと思うんだ」
妹自身が小さくなっていくのに気付くのに数日かかったし、俺はあの海の日にも妹から言われたのでそう見える気がする程度だった。しかし海から帰ってきて翌日には俺の目にも見て分かるくらい小さくなっていたので、おそらく塩が原因かと思われる。
ナメクジか、と思ったが言ったところで事態は良くならない。
「ところで札子さん、早いですね。何時頃から部室にいるんですか?」
海に行った前日は泣きじゃくって取り乱していたが、今の妹は冷静さを失っていない。それどころか、いつも通りになっている。
それはそれで良い事ではあるが、現実を受け入れられなくなってきているのかも知れない。かも知れないどころか、もう現実から逃げ始めている可能性もある。
「家にいると色々メンドくさいからね。ここは誰もいないし、このソファー寝心地いいから、半分以上ここで生活してるわよ?」
生活していると言っても札子の場合、ソファーでゴロゴロしている事を指す。銭丸家と比べると確かに夏休みの学校は人も少ないだろう。オカルト研究部は元々予備室なので、ここに用がある人物もいない。札子にとっては理想の環境に近いのだろう。
「妹ちゃんもココに住めば?」
「その事なんだが、札子に頼みがある」
俺が言うと、札子は俺の方を見る。
「もし妹がもっと小さくなる様だったら、お前のところで預かってもらえないか? 今より小さくなったら、親にも説明出来なくなる」
今でも十分疑われるレベルだが、佐野家は両親共働きで家族が揃う時間が極端に短い。さらに言えば俺の父が働いているのは銭丸グループなので、妹は札子のところに泊まりに言っていると言えば、そうそう疑われる事は無い。
「妹ちゃんなら大歓迎。利休も来る?」
断られたらどうしようと色々シミュレーションもしていたが、驚く程あっさりと札子は引き受けてくれた。俺はまだ札子を理解できていないようだったが、ここは素直に喜んでおこう。
持つべきは、理解のある友人だ。ホントにありがとう。
「俺は遠慮しておく。ここで呪いの解析を進められる限り進めたい」
「ほっとけば治ると思うんだけど」
「本当に治るのか?」
「さあ? 治し方を教わってないから、多分勝手に治るモンだと思うんだけど?」
理解のある友人は非常に有難いのだが、それはちょっと楽天的過ぎるな。根拠としても薄すぎる。
大体かけた呪いがほっといたら治ると言うのも、ちょっと考えにくい気がする。
今のところ、俺が呪いを解くヒントを得ようとしているのは、札子からもらったコピーに書かれた呪文である。
サンなんとか語は何か分からないままなので、世界の言語を調べて似た言葉を探している。今のところ文字の形はウルドゥー語に似ているので、ウルドゥー語をベースに調べているところである。
ウルドゥー語は主にパキスタンやインドなどで使われる言葉で、インドと言えばオカルトの宝庫である。ヒンドゥー教も調べると面白いし、失われた大陸の一つであるレムリア大陸もインドやインドネシアが元と思われている。
俺の先入観もあるが、これはインダス文明みたいな古代文明から流れて来た言葉なのだろう。日本でも古語や方言などで、文献でしか見かけない言葉や文字は多い。
俺はそういう事でパソコンの前で今日もウルドゥー語を独学で調べているが、立ち直ったのか現実から逃げているのかは分からないが、妹はいつもの調子で札子と自作小説の話をしている。
前に札子が妹にベストセラーを書いて養えとか言っていたが、案外本気なのかも知れない。確かに妹がデビュー出来れば、文句無しに美少女女子高生作家として有名になるだろうが、今のところ小説の内容が面白くないのでそれは夢物語だと思う。
最悪銭丸グループの財力で自費出版すれば本にはなるだろうが、それではベストセラーにもならないし、そもそも札子を養う事など不可能だ。
まあ、そのベストセラー計画はオカルトに興味の無いオカルト研究部の二人が考えれば良い事で、俺は呪文の解読を進めていく。
数日調べてもまだ全く分からないが、文字の形は原本のコピーで、読み方の発音は日本語訳の方で分かるので少しはわかるかと思ったが、そう簡単ではなかった。
ただ、呪文や魔法陣の周りに時々『時間』や『変化』といった言葉が出て来るのは掴んだ。これが札子の言う様に時間で元に戻るというものなら良いのだが、それが妹の身に起きた呪いに関係している事としてのヒントにはなっていると思う。
「なあ、札子」
「んー? 何よ?」
「親父さんの知り合いの著名な呪術師って、連絡つかないものなのか? 独学で解呪法を探すより、呪術師に答えを教えてもらった方が早くて確実だろ?」
「えー? 面白いじゃない。調べなって」
「妹の事を考えると、その方が良いと思うんだけど?」
「んー、メンドくさいから調べてね」
お前はやっぱりそうなのか。
「札子さん、私を元に戻すのメンドくさいんですか?」
妹が目を潤ませながら札子に訴えている。
「そう言う事じゃないのよ? でも妹ちゃん可愛いから、今年の夏はこのままで良くない?」
「良くないですよ」
「ほらほら、泣かないの。ちゃんと私が面倒見てあげるから」
たぶん、面倒を見てもらうより、元に戻してもらいたいと思うぞ?
俺は妹と札子の話を聞きながら、パソコンで呪文を調べてみる。型はウルドゥー語に似ているという事で調べているが、元々これはサンなんとか語であってウルドゥー語では無い。なので完全に解読するのが不可能なのはわかっている。
断片的な情報を集めたところで、つなぎ方が分からない。それでもパズルのピースを集めなければパズルは作れない。
一方の札子は自分の失言で妹がグズり始めたので、一生懸命になだめている。
普段の札子なら自分の失言で相手が泣いたからといって、眉一つ動かさずにソファーにゴロリと寝転がるところだが、そこは可愛がっている妹なので、放っておけないのだろう。
「利休、妹ちゃんが泣き止まないんだけど」
「お前が余計な事言うからだ」
「何かヒント的なの、見つかってないの?」
「今のところはまだだ。いくつかの単語が分かったくらい」
俺の答えに札子は心底ガッカリしたようだ。
俺は俺で頑張ってるんだが、さすがにまったく未知の呪術の解き方をパソコンでちょっと調べて分かるという事も無い。
「遅くなりやしたー」
いつもなら無駄にハイテンションな井寺坂が、普通なテンションで部室に来る。
「確認するまでもないと信じてましたけど、みんな部室にいるんスね」
井寺坂は全員がそろっている事を確認して言う。
「で、部っ長、今度は何をやったんスか?」
「何がだ?」
「だって、部っ長がさのりんイジメて銭丸先輩が慰めてるんでしょ?」
「何の情報も無い状態のくせに、思い込みでモノを言うな」
俺が大事な妹をイジメる訳が無い。もし万が一俺が妹を泣かせてしまったとしても、札子に慰める事を頼む事も無い。
俺の言葉に井寺坂は鼻で笑いながら、背負っているリュックを机の上に置く。
いつもなら小さいバッグ程度しか持っていない井寺坂だが、リュックを背負っているのは珍しい。
「荷物が多いみたいだが、何を企んでるんだ?」
「うぉう、早速ですか? さすが部っ長、エスパーッスか?」
これでエスパー認定を受けるのなら、この学校に通う八割強はエスパーになれるだろう。特に井寺坂の場合、顔に出るのでなおの事だ。
「今日は私がいかに役に立つかを、皆に見せ付けてやろうと思いまして」
こいつがこんな事を言う場合、札子と同じようにロクな事にならない。
表情も切羽詰った感じではなく、明らかに面白がっている。
この部には妹を心配しているのは、俺しかいないのか?
俺がそう思いながら呆れていると、井寺坂はリュックから色んな怪し過ぎる色んなグッズを取り出す。
黒い蝋人形、色取り取りの紙の束、大き目のお守り、持ち歩いているのがバレたら銃刀法違反で捕まりそうな、鞘に収まった二十センチくらいのナイフなどである。
「井寺坂、なんだコレ」
「部っ長、よくぞ聞いてくれました。実はあの呪術の後、私は超ビビッてですね、そんな訳で解呪グッズ的なものをイロイロ調べまして、それを集めた訳ですよ。これならさのりんを元に戻せるかもしれないでしょ?」
「マジか、やればできるじゃないか井寺坂」
「ぬっふっふ、これでもオカルト研究部ですからねえ」
俺と井寺坂の会話が聞こえていたらしく、札子と妹もこちらを見ていたが、妹の表情は優れない。
「じゃんぬ、それってどうやって手に入れたの?」
「ネット通販とか、オークションとか、駅前で買ったりとかッスよ?」
井寺坂を信じた俺がバカだった。
俺だけではなく、札子や妹も深々とため息をつく。
「な、何スか? 私が期待してたリアクションと違うんスけど?」
「そりゃそうだろう。どう考えても本物の解呪の道具っぽくないよな?」
「試す前から疑ってどうするんスか。呪いの解除法っていろんなモノを調べたんスけど、こういうのは気の持ちようとか、思い込みが大事だって書いてあったッスよ? 知恵袋で調べてベストアンサーに選ばれてたッスから間違いないッス!」
井寺坂は力説している。
呪いというものがネガティブな思考から効果を発揮するというものは多い。その上での解除法はポジティブな思考というのも、オカルトを少しでもカジっていれば知っている事でもある。
が、その呪いというものは、目に見えるものではない事が多い。
少なくとも俺が調べた限りでは、『小さくなっていく人物を元に戻す方法』というものはヒットしなかった。
まあ、当たり前である。
「ものは試しッスよ」
「まあ、それもそうだが、それは妹の意見も聞いてからにしないか?」
夏休みの前に呪術を実行しようとしていた時より、今の妹は不安を表に出している。
「痛くないですよね?」
妹は机の上にズラリと並んだ、あからさまに怪しい解呪グッズの中でも一際物騒な鞘に収まったナイフを見ながら言う。
「じゃ、この大本命は避けときますか」
井寺坂は残念そうにナイフを机の中に戻す。
「そのナイフが大本命? 何に使うんだ?」
「コレは『解呪の短剣』と言って、このナイフで突けばどんな呪いでもたちまち解けるという優れものらしいッス。結構高かったんスよ。円高だから少しは安くで手に入りましたけど」
「具体的にはいくらくらいだ?」
「百ドル」
井寺坂は、解呪の短剣とやらを鞘から抜いて言う。
「百ドル? その短剣に?」
「そうッスよ。三回に分けて送られてきて、組み立てて短剣になったッス。試しにリンゴの皮を剝いてみたんスけど、切れ味良かったッスよ?」
「ジャンヌさん、それで突くって、どういう事ですか?」
妹の顔色が目に見えて悪くなっていく。
「ん? 言葉通りの意味だけど?」
鞘から抜いた短剣は鋭く尖り、物騒この上無い。
「突くって簡単に言うけど、どこをどう突いて解呪するんだ?」
「そりゃまあ、胸を一突き?」
「それは呪いを解くどころじゃないだろう」
俺はそう言って、井寺坂が用意した短剣を鞘に収めさせる。
「じゃんぬ、いくらなんでもソレは無いわ」
「銭丸先輩もッスか? 高かったのに」
いや、高い安いの問題ではなく、その使い方に疑問を持たなかった井寺坂の方に問題がある。
「他のから試してみましょう。その短剣以外で元に戻れるんなら、その方がいいんですから。っていうか、その短剣だけは絶対嫌です」
妹は札子の陰に隠れながら言う。
俺だって短剣を試させる気は無い。いかに妹を元に戻すためとはいえ、冗談では済まされない。指先を切るだけでも止めさせるつもりだ。
「大丈夫よ。妹ちゃんは私が守ってあげるから」
元を正せば札子、お前がスタートだけどな。
と、俺は思うが、さすがに札子にそうは言えない。それに札子一人が悪いわけではないのでなおさらだ。