第二話-1
第二話 呪いを解く方法 海に行ってみる
「妹ちゃんに呪いがいっちゃった?」
妹の頭を撫でながら、札子は困った様に言っている。
「いやー、まさかさのりんに行っちゃうとはねー。部っ長、どうしますか?」
「どうしますじゃねーよ。初心者用の呪術だったら解けるだろ?」
俺は来てから、すぐに呪いの解き方が無いかを調べ始めた。
この呪術書的なモノのコピーを手に入れてから、毎日色々調べているが、さすがにググったところで情報は出てこない。札子の情報であるサンなんとか語を調べたが、これもまったくヒットしなかった。
なので呪いの効果も分からなかった。
と言うより、今でも俺には効果が分からない。
妹が泣きじゃくっているくらいなので、本当に背が縮んでいるんだろうとは思う。妹は自分の身長の低さを相当気にしているからこそ、自分の身に起きた異変に気付くのも早かったと思われる。
「具体的にどれくらい縮んでるの?」
札子は妹をなだめながら、色々と尋ねている。妹の事は札子に任せておこう。
「部っ長、どうっスか? 何か見つかりました?」
「いや、まったく手掛かり無し」
俺は覗き込んできた井寺坂に答える。
「実はですね、私もオカルト好きなので、色々調べてみたのですよ。で、色んな呪いの解き方をまとめたサイトを見つけまして」
「マジか?」
「お役に立てそうッスか?」
「どこだよ、ソレ」
俺は井寺坂に言われ、その呪いの解き方をまとめたサイトというところを調べる。
話が聞こえたのか、札子と妹もやって来る。
「ココか?」
「そうッス。で、ココの色が変わってるところをクリックすると、詳細な呪いの解き方みたいなのが見れるッスよ」
井寺坂に言われて、俺は色が変わっている『ココ』の文字をクリックする。
『ぎゃあああああああああああ!』
「きゃあああ!」
「うぉあっ!」
画面一杯に血の涙を流す女の顔が現れ、大音量の断末魔と共に入場者をお出迎えと言うあからさまなホラーな演出に、妹と俺は思わず声を上げてしまう。
「あー、このサイト? ここ大して何も無かったよ」
血の涙を流す女にも、大音量の断末魔にもビクともしない札子は平然と言ってのける。と言うより、口振りではこのサイトを知っていたようだ。
オカルトに興味無いくせに、なんでこういうサイトを知ってるんだよ、こいつは。
「そうなんスよね。大して良い情報無かったんスよね」
井寺坂はそんな事を言っている。
と、言う事は何か? こいつは驚かせる為だけに話を降ってきたって事か。一回殴っておくか。
心臓がバクバクしているが、ここではポーカーフェイスを貫く。こういう時、冷たい雰囲気で整った顔が役に立つ。
「部っ長、ちょービビッた?」
「はあ? 何をおっしゃいますやら」
ニヤニヤしている井寺坂を、俺は睨みながら答える。
ビビッて無いフリを貫かないと、今後もコイツは同じ手で脅かしに来る。頑張れ、俺。
「銭丸先輩、呪いのかけ方が分かるんなら、呪いの解き方も分かるんスよね?」
「んー? ほっとけば治るでしょ?」
驚く程無責任な事を札子が言う。
「はあ? 札子、お前本気か?」
「何が?」
札子は本当に呪いの解き方を知らないらしい。
「オカルト研究部なんだし、呪いの解き方は研究部で探せば良いんじゃない? せっかく夏休みなんだし、一ヶ月あるんだし」
「おおっ、そりゃナイスアイディアッスよ銭丸先輩! 新学期までにさのりんを元に戻してあげましょう!」
「新学期って、早く戻してやれよ!」
他人事な札子や井寺坂に、俺は思わずツッコミを入れる。
「そんな事言ってるけど、利休には何か考えがあるの?」
「え? い、いや、今のところは」
「じゃんぬは?」
「いやー、残念ながら私も今のところは無いッスね。何か探してきます。銭丸先輩には何かあるんスか?」
「んー、海に行こう」
札子の言葉に、俺達は全員が呆然としている。
「札子さん、それって呪いを解く方法としてはどうなんですか?」
全員が同じ事を思っていただろうが、それを口にしたのは妹だった。
「えー? 清めるって言ったら、やっぱり塩でしょ? それに大きい海で伸び伸びとしてたら、気持ちも体も大きくなるんじゃない?」
どういう理屈だよ。
「じゃ、水着を用意しないと」
何故か井寺坂がノリノリである。
「え? 私ちっちゃくなってるんですから、それどころじゃないですって。水着だって無いし」
「うん。今から買いに行こう」
「今から?」
さらりと言う札子に、井寺坂も妹も驚いている。
「だって、何日かしたら妹ちゃん、もっとちっちゃくなるかも知れないでしょ? その前に海に行って、大きくならないと」
「どう言う理屈だよ。大体佐野家はそこまで裕福じゃないから、今から水着買うとか言われても妹もそんなに手持ちは無いだろう?」
「それは私が出すから気にしないで」
さすが、銭丸グループの娘。サラッと言ってくれる。
「じゃんぬも行くでしょ?」
「海、ですか?」
「そっちは選択の余地無しで参加決定だから、水着買いに。じゃんぬだって可愛いんだから、可愛い水着を準備しないと」
「ええっ? いやいやいや、銭丸先輩には及びませんって! て言うか可愛くないッスから!」
井寺坂は必死になって否定している。
「ジャンヌさん、ワザと地味にしてるんですよね?」
「いやいや、さのりんまで何言ってるかな? ワザとじゃなくて、地味なの!」
「えー、その髪型も眼鏡もワザと地味にしてるんですよね? 変身キャラなんですよね?」
「ち、違う違う! 変身とか出来ないから!」
えらく必死だ。らしくないな。
「じゃんぬ、変身キャラじゃん。神の声も聞こえてるんでしょ?」
「いやいやいや、神の声聞こえませんから。っていうか、ダルクって姓じゃないんで、私はただの井寺坂家の娘だから!」
「この際だから、デビューしちゃおうよ。夏休み明けには別人になってよう。おお、何かこの夏休みって色々目的があって楽しみね。妹ちゃんを元に戻して、ジャンヌも綺麗になって、利休も常識を身につけて」
「待て、この中で最も非常識な人間にそんな事言われたくないぞ」
「いや、部っ長。ツッコミどころはそこじゃないっしょ? この流れだったら私のフォローじゃないッスか?」
井寺坂はそう言っているが、俺としてはそこだけは訂正させるつもりだ。
今の発言では、まるで俺が一切常識の無い人間かの様に聞こえるが、少なくとも俺はこのオカルト研究部内はもちろん、北高でも有数の常識人だ。どう考えても、常識を身に付けるべきは俺では無い。
「そうと決まったら、水着を買いに行きましょう」
「待て、札子。何も決まってないだろう」
「あ、利休は部室に居ていいわよ。私達だけで行ってくるから」
そう言って、札子は妹と井寺坂を伴って部室から出て行く。
本当に行っちゃうんだ。俺も誘ってくれたりしないの?
俺は血の涙を流す女の画像が映し出されたパソコンの前で呆然としていた。
翌日。
「めちゃくちゃ人が多いな」
「夏だしね。妹ちゃんは迷子にならないように、私が手を握っててあげるね」
「札子さん、私、札子さんと一つしか歳変わらないんですけど」
妹はそう言いながらも、札子の手を握っている。
言われてから意識して見ているせいかもしれないが、確かに妹の身長は縮んでいる様に見える。元々小柄だった妹で、長身の札子と並ぶとそれが分かる。
しかし、今の妹は服も大きく見えるし、札子と並んでいるとこれまでの妹の頭の位置が低くなっている様な気がする。
「か、か、かわええ」
一人まったく関係無いところで鼻息を荒くしているヤツもいる。
「ここ、これから水着に着替えるんスよね?」
井寺坂が札子に確認している。
海には驚く程の人がいたが、今のところコイツが一番の変質者だ。
「着替えるのはあんたもよ、じゃんぬ」
「い、一緒にッスか?」
「なんなら利休と一緒に着替えても良いんだけど」
「え? どっちが?」
妹が札子と井寺坂を見ながら尋ねる。
「んー? 私が利休と一緒に着替える?」
「待て待て、お前、男の脱衣所使うつもりか?」
さすがに驚いて札子に言う。
この金髪美少女が堂々と着替えていたら、おそらく誰もがポカンとして見入っている事だろう。喋らなければ、この女が純粋な日本人だとは思わないのだろうから、多分誰も声をかけてこないと思われる。
しかも札子にはとっておきのナンパ撃退方法がある。
ナンパで声をかけてくる野郎共は、そこまで学が無い可能性の方が高い。また、学があったとしても「Thank You」や「謝謝」に反応できたとしても、「Бодьшое спасибо」に返せる人間はそう多くない。
つまりナンパ目的で声をかけられた時には、ロシア語で返すと言う方法である。
見た目には金髪オッドアイな事を考えると日本人には見えない。しかも母親仕込みのロシア語で話しかけられると、ほとんど確実に相手が逃げて行くと言うわけだ。
まあ、そうだろう。
「君、かわうぃーねー」
てな感じの作ったチャラ男が声をかけてきた時、
「Очень притно」
なんて言われたら、とてもじゃないが会話なんか成立させられない。しかもナンパ男達が周りにまで声をかけ始めたら、札子がロシア語で怒るのですぐに撃退出来るのだ。ついでに言えば運動神経抜群で、国際強化選手級の基礎体力を持つので場合によっては腕っ節で追っ払う事さえできる。
今のところ撃退率は百パーセントである。
ただ、余程の事がない限り札子は何もしない。ナンパ男達も、札子の外見から声をかけてくる事も実は少ないのである。
俺は女性陣と別れ、海パンに着替えると合流地点に行く。
しばらく待っていると、大勢の海水浴客達の視線が一点に集まっている。
「お待たせー」
自身に視線が集まっている事をまったく意識していない札子と、手を握られて恐ろしく恥ずかしそうにしている妹が来た。
こいつ、目立つよな。
何しろ女子校生にしてはかなりの長身、天然の金髪オッドアイ、ドカンと出てシュッと引っ込むダイナマイトボディー。しかも身に付けている水着もパールカラーのビキニと、一般的な女子校生が身につけていたら違和感が強烈なはずだが、札子の場合はスクール水着より自然に見える。
連れている妹は、フリフリのいかにも子供っぽい可愛らしい水着で、札子と並んでいると一つしか歳が変わらないとは思えない。下手すれば親子である。
札子は外見的に日本人らしからぬ外見なので、正直なところ見た目では年齢が分かりにくい。一方の妹も誰がどう見ても高校生には見えず、見た目だけで年齢を当てようとしたら小学校高学年止まりである。
可愛いフリフリの水着と、大きなビーチボールを持たされ、札子に手を引かれている姿は小学校中学年に見える。
「うひ、うひ、うひひひひひ」
二人の後ろからついてくるのは、同性同学年の変質者と化した井寺坂である。
水着には着替えているのだろうが、その上から濃い灰色の大きなTシャツを着ているので、どういう水着なのかは分からない。首から下げたデジカメで札子や妹を写真に撮っては、不安感を煽る含み笑いをしている。
井寺坂は着やせするらしく意外とむっちりした太ももではあるが、それよりなにより不審者丸出しの表情がコイツには近付かない方が良いと思わせる。
「す、すげーッス。私、もうこれで海に来て良かったって思えるッス」
お前はそれで良いのか、井寺坂。
「いや、海に来た目的はそうじゃねーだろ。井寺坂はひとまず置いておいて、浄化のための塩というのは目の付け所は悪くないと思う」
「利休、あんた堅い。そんなもの口実に決まってんじゃん。私は妹ちゃんと海に遊びに行きたかっただけよ」
そうだろうとは思っていたが、そこはぶっちゃけてくれるな。
「妹ちゃん、遊びましょう」
「おいコラ、札子お前」
「いいからいいから。伸び伸びと遊んで、大きい気持ちになれるでしょ?」
「あのな、妹はお前みたいに十キロくらい平気で泳げる様な体力も運動神経も無いんだから、あんまり遠くにまで連れて行くなよ」
「もう、お父さんは心配性なんだから」
誰がお父さんだ。大体俺と札子の間に仮に子供が生まれたとしても、妹みたいな娘は生まれてこない。
「妹ちゃん、行こうか」
妹の表情としては遊びに来た様には見えないが、札子は妹の答えを聞かずに、海に引っ張っていく。
「で、お前はそこで何をやってるんだ」
デジカメで撮った写真の画像を見てニヤニヤしている不審者、井寺坂に俺は声をかけてみる。
「着替えです。銭丸先輩の生着替えの写真、うひひひひひ」
「お前、それはガチで犯罪だろ。脅迫でもするつもりか? 銭丸グループ、超怖いぞ」
俺達の通っていた小学校では、伝説になっている事件がある。
札子は外見がアレなので、異様に目立つ。そのため小学生の頃に上級生のいじめっ子グループに目をつけられていた。
そんなある時、学校の前に『黒塗りの高級車』が止まっていて、そこから『黒服の男達』が降りてきて、いじめっ子グループと『よく話し合った』結果、学校全体からいじめが無くなった。
俺はそれを目撃したわけではないので真偽の程は分からないが、これが小学校で語られた『銭丸事件』の全容である。
小学生の頃は詳しく考えなかったが、今考えると超怖い。
「そんな事するつもりなんかさらさら無いですよ。これは私の青春のフォトグラフィーとして、井寺坂秘密フォルダの中に保管します。たとえ部っ長命令でも、コレは見せる事も消す事も出来ません。うひひひ」
妹にかかってしまったという呪いも大事だが、近い将来を考えると井寺坂の更生も急務の様な気がしてならない。
「井寺坂は泳がないのか?」
さすがにオルレアンの乙女とはいかないが、運動神経はそんなに悪くなかったはずだ。それでも井寺坂はTシャツを着たまま、海に行こうとしない。
「今日の私は写真部です。うひひ」
「いや、十分オカルト研究部だよ。って言うかお前の存在がオカルトそのものだよ」
「はっ! 海で遊んでる、濡れ濡れな銭丸先輩の写真も撮らなくては! これは井寺坂聖女一生の不覚!」
誰が悪いと言う訳では無いが、救国の英雄も後世で同名の人物がこんな事になっているとは思わないだろう。
「銭丸先輩、今から向かうッス!」
井寺坂は猛然とダッシュして行った。
理解せざるを得ない。オカルト研究部の連中は妹の呪いを解くつもりは無いらしい。
あいつらはダメだ。ここは俺だけでも呪いを解く鍵を探さなければ。
ロシア語ですが、
「Бодьшое спасибо」→「どうもありがとう」
「Очень притно」→「はじめまして」
と言う意味です。