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終話

終話


「兄! 起きろ!」

「ゴフッ!」

 早朝、俺は強烈なプレスを受けて起こされた。

「お、お前、何年前の起こし方してるんだよ」

 呼吸困難になりながら俺は起き上がると、意外なくらい近くに妹の顔があった。

「兄、起きた?」

「起きたよ。見りゃわかるだろ」

 頭を掻きながら言うと、朝から妙にテンションが高い上に表情も明るい。今日は朝から機嫌が良い。最近では珍しいな。

 最近では、珍しい?

「妹、お前、体のサイズが……」

「へっへっへー、元に戻ったのよ!」

 妹は輝く様な笑顔で言っている。

「朝になったら元に戻ってたの。もう短剣は向けられないのよね?」

「そりゃそうだ。もう刺す理由が無いだろ? 井寺坂は睨んでおかないといけないけどな。ところでお前、服はどうしたんだ?」

「ジャンヌさんのを借りたんです。まあ、借りてくれたのは札子さんですけど」

 妹の着ているTシャツはサイズがあっていない様だが、札子や咲さんから借りるより井寺坂の方が体型も近いだろう。

「でも何で元に戻ったんだ?」

「さあ? 呪術師の儀式が効いたんじゃないの?」

 妹は元に戻れた事で満足しているらしく、そのキッカケは興味が無いようだ。

 呪術の儀式は確かに効果があったのは分かる。それが解呪の為に行なった事も、その手応えがあったと言っていた事も。ただ、目に見えた結果は昨日の通り、過去最小の妹になったのを見ると失敗だとしか思えない。

 アレに何か意味があったのか?

「ジャンヌさんも起こしてこよっと」

 妹は元に戻ったのが余程嬉しいのか、井寺坂の部屋に走っていってしまう。

 あの様子を見ると、小さくなっていくと言う精神的な不安や重圧は、俺が考えているより遥かに厳しいモノだったと思える。

 俺は一通り身支度を整えると、リビングに向かうとどこから現れたのか、呪術師と金夫氏が待っていた。

「やあ、おはよう。凛ちゃん、元に戻ったんだって?」

「ええ、お陰様で。でも、昨日の儀式はなんだったんですか?」

 俺は帰って来た呪術師に尋ねる。

「昨日のは、水着のお陰もありましたカラ、失敗は出来ないですからネ」

「何? 何で今日じゃないんだ、佐野君!」

 ジャック、あんたどれだけ水着好きなんだ。この際自分の会社の制服を水着にしてしまえばいいのに。

「いや、水着はどうでもいいんです。儀式の事を教えて欲しいんですけど」

「さすが、オカルト研究部部長だね」

 金夫氏は頷いている。

「私は呪術師だから、解呪は専門では無いんだが、私の初心者式呪術は一定の期間しか効果が無いモノなんだ。つまり結論から言えば、放っておいても元には戻ったんだよ。ただ、効果があり過ぎて期間が過ぎても戻らなかったみたいだから、昨日のは呪術の効果を促進させてみたんだ。まさかソレでも元に戻らないとは思わなかったよ」

 呪術師は苦笑いしている。

 相変わらずミラーのサングラスにアロハシャツ。ビーチで遊んでましたと言うちょいワルスタイルを貫いている。

「宝船氏から注文を受けた時の話で、大体十日くらいで効果は無くなるはずだったんだが」

 十日と言うと海から帰って来た時くらいか、それとも井寺坂のインチキグッズを試していた時くらいだ。確かにあの時、しばらく妹のサイズが変わらない時期があった。本当ならあそこが縮み止まりの予定で、それから数日で元に戻って笑い話で済むはずだった。そのつもりで呪術師は銭丸グループに呪術の儀式を渡したようだ。

 たしかにそれなら呪いの対象は妹じゃなく、仮に札子だったとしても大変な問題になる前に解決するはずだったので、まさに初心者向けだったわけだ。

 ところが、呪術師が言うには俺か井寺坂かのどちらかが呪術に対し、極めて高い資質を持っているらしかったので、本来効果が切れる時期を過ぎても効果が残り、それどころか進行していったのだ。

 その挙句、妹は人としてありえないサイズになったらしい。

 呪術師が行なったのはいずれ解ける呪いなので、その効果を一気に促進させて効果を切れさせようとしたのだ。

 実際にそれは効果が有り、妹は効果が切れる直前まで進行した結果五センチくらいまで小さくなったという訳だ。

 ちなみにあそこまで小さくなるのは通常は二ヶ月くらいかかるらしいが、一ヶ月ちょっとでここまで小さくなった事が呪術師には驚いていた。

「一度私の元で本気で修行してみないかい? オカルト研究部のダブル眼鏡で」

「ハッハッハ。オカルト研究部の眼鏡は本当にオカルトに興味がある面子だからね。佐野君、一度考えてみたらどうだい?」

「やめときます。今回の事で呪術はこりました。俺は元々オカルトでもオーパーツの方が興味があるんで」

「まあ、僕ももう呪術はこりてるからね」

 金夫氏が頷いている。

 金夫氏も高校の頃に友人の一人を獣化させそうになったと言う経験がある。こちらは呪術師の計算通りに十日程度で収まったそうだが、試したのが夏休みでは無く冬休みだったので十日でも問題があったらしく、同じ様に呪術師に効果を促進させて元に戻してもらった経緯があった。

 それ以来、呪術にはこりているらしい。

 そのわりに自分の妹が同じ事をやろうとした時に止めようとしない辺りに、面白ければ良いと言わんばかりの性格が出ている気がする。

「じゃ、私が教わりましょうか?」

 札子がやって来る。

「銭丸家から呪術者は出せないぞ」

 金夫氏は札子に言う。

 対外的なモノももちろんそうだが、ありとあらゆるモノに恵まれた銭丸家も呪術の才能には恵まれなかったらしい。術の先導をするナビゲーターなら出来るらしいが、術者には先天的に向かないと呪術師も言っていた。

 コレは持って生まれたモノなのでどうしようもない。

 なので、金夫氏は銭丸家からは呪術者は出せないと言ったのだ。

「さて、帰る準備は出来てるかい? 長距離ドライブが待ってるぞ」

 金夫氏は凄く楽しそうだ。この人、昨日までいなかったって事は、その長距離ドライブで来たばっかりじゃないのか?

「ああ、帰りは咲さんのヘリで帰るから、もっとゆっくり出来るわよ」

「何? そんなに大人数は乗れないだろう」

「だから、女性陣と男性陣に分かれて帰るの。ジャックと利休と呪術師さんは車で帰って、私と妹ちゃんとじゃんぬ、義姉さんがヘリで帰る」

 札子はさも当然の様に言う。

「マジで? 俺もヘリに乗ってみたいんだけど」

「佐野君、裏切る気か?」

 金夫氏が俺を睨む。

「いや、裏切るとかそういうんじゃなくて、単純な興味で言ってるんですけど。俺、飛行機にも乗ったこと無いし」

「車の方がいいって。ここは男同士で親睦を深めようじゃないか」

「あー、でも眼鏡ちゃんとトレードならアリですネー」

 呪術師がそんな事を言ってくるので、俺は車の方に決定した。

 こんな奴等のところに井寺坂を入れたら、間違いなくスクール水着がどうのと言う話になって、あらたなトラウマになるだろう。

 ここは俺が犠牲になっても、この変態共から部員を守らないといけない。


 こうして俺達の夏休みの呪術騒動は終了した。

 呪術師は変態の頼りにならないオッサンではあったが、確かに遊び感覚で呪いの儀式をやるべきではないと言う事を学習した。

「今後の為に、君にはこれを授けよう」

 呪術師を空港に送った際に、呪術師は別れ際に俺に一振りの短剣を渡してきた。

 言うまでもなく『真・解呪の短剣』である。買おうとすると、百ドルの短剣。あらゆる呪いを解呪するらしいのだが、今のところ効果は不明である。

 こんなものを持ち歩いていると、銃刀法違反で実刑もあり得るので要らないのだが、まあ受け取っておく。

 今後の為って、何の為?

「今後の人生で、他人に呪いをかけられる事も無いとは限らないだろう。その時にはこの『真・解呪の短剣』を胸に突き立てれば呪いは解ける」

 呪いは解けるだろうけど、呪いの効果と一緒に色々終わりそうだから、絶対にやりたくない。むしろこの短剣は、どんな呪いにも負けるなという戒め、お守り感覚で持っておく事にしよう。

「それじゃ、金夫君も元気で」

「ええ。出来る限り呪術師の手を借りない生活をする事にします」

 金夫氏も笑いながら言う。


 で、終わりのはずだったのだが。

「利休、二学期からのオカルト研究部の活動って何するの?」

 九月になり二学期が始まった始業式の日。

 慣れ親しんだオカルト研究部の部室に来ると、いつものソファーに寝転んでいた札子が俺に気付いてすぐに上体を起こす。

「どうした、札子。えらくやる気じゃないか」

「妹ちゃんが可愛かったから、また呪術をやってみようよ」

「ダメだ。今度こそ取り返しのつかないことになりかねない」

 俺は自分の席について、パソコンの電源を入れる。

 昨日、部室に来たのは俺と妹、井寺坂の三人だった。向かいの妹は元のサイズに戻ったテンションはまだ維持していたので、鼻歌混じりに自身の小説を進めていた。その際に俺と井寺坂は夏休みの初めに行った海の写真と、ついでに別荘での写真のデータの一部をこっそりもらっていた。ちなみに札子はさすがに捕獲されて、夏休みの最後の一日は銭丸家で一日過ごしていたらしい。

 井寺坂の秘密データの中にはもっと色々あるらしいが、俺がもらったのは水着の札子の写真だけ。これでも十分ではあるが、井寺坂の秘密データの中にはどんなモノがあるんだ? 海の時の話では、けっこうとんでもないモノもありそうな気がするが。

「今度は効果がはっきりしてる術だから大丈夫だと思うけどね」

「何をするつもりだ?」

「獣化の術式をちょっと。ほら、妹ちゃんって、猫耳とか似合いそうだし」

「絶対やらないからな」

「聞きましたよー!」

 雄叫びを上げて部室に入って来たのは井寺坂である。

「ちょー可愛いじゃないッスか! やってみましょー!」

「待て待て井寺坂。必ず妹にかかるとは限らないぞ? 札子にかかる可能性だって十分あるんだからな?」

「銭丸先輩に?」

 井寺坂は札子を見る。

「なお良いじゃないッスかー! 猫耳銭丸先輩! うひょー!」

「落ち着け、井寺坂。いよいよ不審者だぞ?」

「そうね。呪術の成功のため、コンセントレーションを高める為に水着を着てもらえば成功の可能性は高いかも知れないわね」

 札子が言うと、井寺坂の高かったテンションが一気に低くなる。

 よほどスク水分を吸収されたのだろう。

「何にしても、もう二度と呪術はさせないからな」

「えー? 妹ちゃん、ちょー可愛いのに」

「え? 私が何か?」

 妹がちょうど部室に入ってくる。

「あ、妹ちゃん。呪術の儀式やらない?」

「やりません。絶対嫌です。札子さん、本当に勘弁して下さい」

 さすがに妹もこりた様で、呪術と聞いた途端に表情を曇らせる。

「えー、可愛いのに。ねえ、じゃんぬ?」

「可愛いッス。ねー、さのりん。また呪われても、私の『解呪の短剣』があるから心配無いッスよ」

「絶対嫌です」

「でも妹ちゃん、小さくなってた時って何か性格変わったみたいにはっちゃけてたよ? 楽しかったでしょ?」

 札子に言われて、妹は激しく首を振る。

「あの時はどうかしてたんです。もう忘れてください! 兄、何とか言ってやってよ」

 妹が俺の方に助けを求めてくる。

「そうだな。金夫さんを呼ぶか。あの人なら井寺坂のスク水分を求めて来てくれるかも知れない。そしたら井寺坂は大人しくなるだろうし、札子はもうすぐ飽きるだろうからどうにかなるだろう」

「利休、甘いわよ。スク水分を補給させてあげると言ったら、ジャックはこちらに協力してくれると思うわよ」

 しまった、そうかもしれない。

 さすがに金夫氏と札子の二人を相手取り、その上井寺坂まで口を出してくるのでは俺では制御出来ない。

 が、ここで呪術なんかに手を出させるわけにはいかない。

 変に味をしめた札子と井寺坂を相手に、俺達佐野兄妹はしばらく呪術関連の事で戦わされる事になった。

                                       終


 最後まで付き合って頂いてありがとうございます。


 いただいた感想を活かせなかったところは、大いに反省しています。

 次回作に活かせるように頑張ります。

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