第六話-1
第六話 呪いを解く方法 呪術師に頼る。
随分と気が楽になったがそれは俺だけではなく、妹も表情が明るくなった。
この合宿で妹が気に入っているのは、札子の髪を弄る事で、札子は毎日髪型を変えている。
札子が美少女なのは間違い無いのだが、コイツは本当に何も手を加えていなくても美少女で、さらに妹が髪に手を加える事で印象が大幅に変わっている。
「札子ちゃん、やっぱりキレイねー」
「銭丸先輩、写真撮っていいッスよね」
咲さんと井寺坂もベタ褒めしているが、何故か妹が誇らしげにしていて、札子は面倒そうな表情をしている。
褒められるのは気分がいいはずだが、札子はそれさえ面倒に感じているのだろう。一方の妹は札子の髪型を弄るのが楽しくて仕方がないらしい。
井寺坂はまあ放っておいて、実際札子は髪型をきっちりした方がさらに美しいのも間違い無い。だが、とことん怠けたいらしい。
「どうですか、佐野さん。改めて札子ちゃんを見て、どうですかー?」
「どうって、どうなんですか?」
銭丸グループの面々は、何かにつけてそんな事を言ってくるが、そんな手には乗らない。たしかに札子は超絶美少女だし、脱いでも凄いのは海でもプールでも、この合宿中にも服を着るのもメンドくさいと下着でうろついて妹に捕獲されているのも目撃している。
さすがにガン見してしまった。こればっかりはもう、どうしようもないだろう。いかに子供の頃から知っているとはいえ、同い年の女子の発育とは比べ物にならないダイナマイトボディーが下着でうろついてたら、そりゃ男として目を奪われるのはいたって自然な現象だ。
ただ、その時には俺よりガン見しているヤツがいたので、俺は目立たずに済んだ。
「み、み、見ましたか? 見ましたか、今の! 今、女神が降臨したのを見ましたか!」
井寺坂が興奮して俺に掴みかかってきた。
「待て待て、落ち着け。神が降臨したのは、お前の頭の中だけだ」
「見なかったんですか? 眼鏡割れましたか?」
「お前の頭より大丈夫だ! 一回落ち着け。まず座れ」
俺の襟首を掴んでいる井寺坂の肩を掴んで、椅子に座らせる。
近い、近いんだよお前は。こうやって私服の時には野暮ったいダメガネだが、札子や妹が言っていた変身キャラと言うのもあのプールの一件で分からなくもない。
井寺坂も札子に負けず劣らず髪型には特に気を使っていない。後ろ手に束ねているだけ、という感じなのだが、あのプールに落ちた時眼鏡が外れ、髪型も変わっていた。
Tシャツも髪も体に張り付き、今までに見た事も無い井寺坂がいた。
惜しむべきは眼鏡が無いと目付きが悪くなるところだ。
「札子ちゃんは天然なのよねー」
と、咲さんも苦笑いしていた。
色んな意味で天然素材なのかもしれないけど、世の中の男子高校生が俺ほど紳士とは限らないんだ。何かあったらどうするつもりなんだ。
と、思ったがアイツに下手に手を出そうとするなら、全身複雑骨折させられる覚悟も必要だ。ケンカで勝つのは至難の技と言える。
俺自身はケンカなんてした事も無いし、そんな無駄な事をするつもりもないのだが、もしそうなった時には弱くはないだろう。だが、とてもじゃないが札子に勝てるとは思えない。純粋な日本人では無い札子は筋肉の付き方が見た目では分からないので、超絶美少女でダイナマイトボディーのくせに、パンチ力は女子ボクシング界でも今すぐ通用するし、バネに優れたしなやかな動きは足技にも向いている。しかも百メートル走でも日本記録に迫る瞬発力も持っているらしい。
そんな化け物と素手でやり合うなんて、自殺行為だ。
で、生殺しな環境に置かれている。
だって、この合宿、男手は俺一人だぞ? 妹はいい。コレは対象外だし、今では身長が一メートル未満なので、このままだったらどうしようと考えない訳にはいかない。井寺坂はこれまでただの眼鏡で、クトゥルフ好きな珍妙な生き物だった。あの性格だし、言動もアレなのでどうしようもないヤツだと思っていた。
が、この合宿でちょっと違ったところが見えてきた。
まず、着痩せするという事。地味で野暮ったいダメガネのくせに、やれば出来る子なのだが常に札子の陰に隠れて目立たなかったのだ。
とはいえ、井寺坂も目を奪われていた札子がウロウロしているのだから、俺には色んな意味でツラい。いや、眼福なのも間違い無いんだが、これはもう、男ならわかってもらえる、いや男にしかわからない言葉に出来ない辛さである。
俺には俺のキャラがあるので、これは維持していかないと。畜生、なんで俺はこんなキャラ立てなんだ。スケベを前面に出せるキャラじゃないのが悔やまれる。
その点、井寺坂が羨ましいと思う事もある。
「銭丸先輩、今日は遅いですね。私が起こしてきます。うひひ!」
井寺坂は不審者の笑顔を浮かべて走っていく。
「あの子も相当なものですねー」
咲さんが口に手を当てて、上品に笑う。
この人も日中に上品な笑い方をしているのに、何故かホラーでバイオレンスな雰囲気なんだよな。良い人なのは間違い無いんだけど、どうにも苦手なのを克服出来ない。
「井寺坂さんも、やれば出来る子なのにねー」
咲さんは笑顔で言う。
やれば出来る子なんですよ。ただ、『出来ない自分像』が気に入っているという困ったヤツなんです。だから咲さんの方から説得して下さい。
と、心の中で思う。
「出来ない自分が気に入ってるみたいだから、佐野さんから説得してみたらー?」
俺の考えがわかるのか? それともまったく同じ事を考えてしまうくらい、井寺坂が残念なのか? まあ、きっと後者だろう。アイツは残念なヤツだ。
「俺から言っても聞きはしませんよ」
「そんな事無いわよー。佐野さん、案外鈍いのねー。『残念』とは言わないけど『惜しい』とか言われないー?」
占い師から散々言われました。でも、何故? 俺は頭も顔も成績も良いし、背も高いし運動神経も良い。足りないのは財力くらいだが、これは両親の年収やバイト禁止の校則を守っているから仕方が無い。
だいたい『惜しい』って何が? どう言う事?
「ウチの人は佐野さんの事を買ってるみたいだけどねー」
それは多分、俺を囲っておくともれなく妹も付いてくるからだろう。もしくは現役女子校生の所に行きにくいから俺をダシに使っているんだろう。スク水分に飢えてたし。
「今のままじゃ、惜しいのよねー」
「惜しいって、何がですか?」
「惜しいのよー。ちょっとアレなだけでー」
何? まったく伝わってこないんだけど。あと、楽しそうな会話してるはずなのに睨まれてる様な気がするんですけど?
「兄、大変、大変!」
妹の声が聞こえてくる。
が、足音も聞こえないし、姿も見えない。
「兄、こっち!」
声は聞こえるけど、姿が見えないのは何故だ?
「利休、下よ、下」
部屋に入って来た札子がそう言うと、妹を持ち上げる。
「見て見て! こんなにちっちゃくなっちゃった!」
もうすっかり受け入れているのか、自棄になっているのか妹のテンションが高くなっている。
昨日まででもただでさえ小柄な妹の半分くらいの大きさになっていたが、今は二十センチくらいのフィギュアサイズになっている。
「まあ、可愛いー」
咲さんは笑顔で言うが、可愛いとかそんな次元で話して良い状態じゃ無いだろう? なんで簡単に受け入れちゃってるの?
「利休、すっごい顔してるけど、どうしたの?」
「どうもこうもないだろう? これまでも十分だったけど、この大きさは完全にアウトだろう! 何でお前達はそんなに楽しそうなんだ?」
「可愛いじゃないの」
平然と札子は言う。
「可愛いでしょ?」
「可愛いー」
札子は良い。この際、どうでもいい。同じ様に井寺坂もしょうがない。ただ、妹や咲さんまでどうしたんだ? これも呪いの効果なのか? それとも俺がおかしいの?
「可愛いって、お前、服とかはどうしたんだ? そのサイズの服はどう考えても自然なモノじゃないだろう?」
妹は小さくなっていってるが、身に付けている物も同じ様に小さくなるわけではない事は、夏休みの最初の方の、井寺坂が持ってきた怪しすぎるグッズを試した時に気付いていた。あの時すでに一回りくらい小さくなっていたが、そのせいで制服が大きくなっている様に見えた。
「札子さんからもらったの」
妹は着ている服が気に入っているのが、すっかり現実を受け入れられなくなったのかテンションが高い。
ほぼ自棄にしか見えない。
「もらったのって、札子。そのサイズの服ってどう考えても着るモノじゃないよな」
「着せるモノよ。私の手作り」
「札子ちゃん、人形好きだもんねー」
だもんねー、じゃないでしょ咲さん。札子が人形好きなのは俺も知っているし、露骨に怠惰な性格だが器用極まる札子なので手作りで自分の人形に服を作る事も、作れる事も不思議ではない。ただ、今この場で持っているのはどう言う事だ?
「札子ちゃん、人形好きだからねー」
「それはさっき聞きました。え? 札子、人形持ち歩いてるの?」
「うん。何かのために一体は持ち歩いてるけど、ソレが?」
何かのためって、何のため? 人形一体持ってたら何か解決するのか?
「今日の午後には呪術師さんがお見えになるそうですから、元のサイズに戻れますよー」
咲さんはニコニコしている。
「服は良い。それはわかった。でも、パンツとかどうしてんの?」
俺が妹に尋ねると、妹と札子はグッと親指を立てる。
いやお前ら、頭悪いだろ。そのリアクションは特に。ホントに大丈夫なのか、いろんな意味で!
そのまま札子と妹は俺達とは合流せずに、どこかへ行ってしまう。
「案外楽しんでるみたいねー。さすが凛ちゃん」
咲さんは笑顔で言うが、精神異常一歩手前に見えている俺としては楽しんでいる様には見えないので、早く元に戻してやりたいんだが。




