一二月八日 超弩級戦略機動戦艦『大和』出撃!(後編)
一九四一年、一二月八日。呉は雲一つない晴天であった。寒い冬の日であったが、太陽がさんさんと照らす今日は少し暖かく感じていた。
艦の中に充満するペンキの匂いはまだその艦が新造艦である事を物語っていた。小澤は一足早く大和の艦橋にいたのである。艦橋からは巨大な主砲四六サンチ砲二基しか出来ない。全長二九〇メートルの大和はまるで山城から望む風景と錯覚を起こしてしまうような大きな艦であった。
「準備の方は順調であります」
大和艦長の原は小沢の背後から話しかけていた。大和の艦橋が他の戦艦と違う点は、電探や高性能電子演算器などの計器が多く占められている点である。
これはこの艦隊の大きな特徴で、艦同士の通信回線を二進法方式にしているためである。レーダーからの情報を即座に計算し、主砲や機関砲などの弾道計算を行えるのだ。小さい対空機銃などはレーダーからの情報を直接機銃に暗号化したものを送り自動的に射撃が可能なのである。つまり世界初のレーダー射撃システムなのである。
したがってこの船には砲撃担当の士官は電探と演算器に集中する事になる。したがって当然艦橋の面積は広々としたものになっている。レーダー自動射撃が可能なのは現在この艦だけであるが、いずれは廉価版などが開発されれば全艦に取り付ける予定である。
主目的は英国救援。英国艦隊との合流であり、旅立つ艦は大和の他に同じく電子兵装強化型に改修された重巡『古鷹』『高雄』。そして軽巡『天龍』『播磨』駆逐艦『神風』『睦月』『吹雪』の八隻である。
少ない編成であるが、現在はユーラシア大陸に渡ってきた第三帝国軍との交戦の関係上ここまでが精一杯であったのだ。
乗員三千人を前に艦上で出航式を行う。小澤は豆粒のように見える船員にマイクを使い話しかけた。
「いいか諸君!これから我々は太平洋と大西洋を越えはるか遠い英国へ向かう。英国とは明治維新の頃、海軍技術を学ばせてもらった言わば我が帝国海軍の恩師である。そして今日、その恩返しをする日が来たわけだ。あの頃はまだ日本の海軍力は発展途上で自らの力で軍艦すら作れる技術も無かった。しかし今は違う。英国人技師の知恵と、日本人の本来の知恵と努力により世界一の戦艦を建造できる国にまで進歩したのだ。諸君等もそれを胸に刻んでおくように。敵は我々の十倍以上の戦力があるといわれるドイツ第三帝国である。陸上戦力が目立つようだが、奴らの潜水艦は侮れん、それらによってもう一つの友好国である米国が恐怖にさらされている。帝国海軍の力を今奴らに見せつけてやろうではないか!」
軍楽隊の演奏とともに大和以下七隻は母港呉を出撃した。大きな技術革新を遂げた日本はこの出撃により、これから史実とは全く異なる歴史を辿ることになる。
大和率いる援英機動艦隊は呉を出港し、瀬戸内海を抜ける。第三帝国軍の空襲は朝鮮半島や大連で奮闘を続けていた陸軍の関東軍と朝鮮軍のおかげで本土空襲間でにはいたっていない為、今のところ確認されてはいないが、油断は許されなかった。
途中まで伊号潜水艦の護衛の下、日本近海を航行していたが、横須賀で最初の補給を終えた際、彼らと分れた。出港から二日目の夜。マーカス諸島(南鳥島)沿岸に差し掛かり、小澤は停泊地であるマーカス諸島を見つめていた。
マーカス等は空から見ればまさに平べったい三角形の形をした島である。数年前まで一応島民が存在していたが、現在はすべて撤収している。その後海軍の観測所が設けられ、飛行場等の建設と併せ要塞化が進んでいた。呉軍港とまでは行かないが、一応港湾も用意されており、停泊は可能であった。最終的には和解によって終息したが、米国との領有争奪を繰り広げた土地でもあった。今になれば不謹慎な考えだが、この島がもし米国領で、日米が戦争する事になれば、ミッドウェー諸島同様。まさに「目の上のタンコブ」になっていただろう。土地面積その物はとても人が生活出来るスペースではないが、飛行場が作れるほどのスペースがある事は日本にとっても米国にとっても戦略上とても大きい意味がある。現在この地には零式偵察機等が配備され、偵察任務が主である。
艦隊は停泊するや先ず現地駐屯兵士から歓迎を受けた。小さな海軍基地という事もあり、食事は質素だったが、酒は兵士らが持ち込んだものがあったので沢山あった。日本の南の孤島で宴が行われた。
「自分はこんな大きい船見たことは無いです。帝国海軍は正に世界最強であります」
小澤の下にお酌をして来た見るからに泥酔状態のマーカスの若い兵隊である。見れば二〇前後に見える。若い兵隊はつづけて「帝国海軍は独逸に負けたりはしません!陸と空では手ごわい相手ですが、海では帝国海軍が遥かに上です」
「うん、私も同感だ。しかし、昨年飛来して来たあの巨人機を忘れてはならん。あれが帝都まで飛来されたらひとたまりも無い。これからは航空戦力は無論だが『遺跡』の超越科学こそが戦況を大きく左右する。大艦巨砲の時代は終わるよ。この大和はその『最後の悪あがき』といったところかな?」と小澤は若い兵士に苦笑して見せた。
マーカスの夜は長かった。援英機動艦隊は翌日より次なる寄港地ハワイ真珠湾へと旅立つ。