一二月八日 超弩級戦略機動戦艦『大和』出撃!(前編)
一九四一年一一月二五日。海軍将校小澤幸成は東京にある海軍軍令部から東京に急遽戻るようにと命令をうける。早速軍令部に戻るが否や大和の計画の中心人物である彼に『大和』艦長の辞令が下りたのである。
大和は一応連合艦隊の傘下には入るが、はるか遠いイギリスまで遠征を行うためほとんどが独立した指揮を任される事になった。超弩級戦略機動戦艦という名称の通り、洋上の臨時大本営の機能を果たす事になった。出撃は一二月八日、小澤はその日まで異例の休暇をもらう。軍令部からの帰り道、小澤は久しぶりに帝都を歩く事ににした。帝都は独逸との戦闘状態である事実を忘れさせてくれる様ないつも通りの様子だった。ただ違っていたのはいつもより街に軍人が多くなったことくらいである。東京駅は昨年から着工したばかりの東京-大阪間の超高速鉄道のホーム拡張工事の真っ只中であった。『遺跡』の技術である新エネルギーに基ずく原子炉発電方式の発電所が福島で建設された事により、関東一円の電力事情は格段に向上する事となる。やがては全国各地に原子炉発電所を設置し、動力源が電気である超高速鉄道は最終的東京-から長崎佐世保まで繋ぐ事になる。『遺跡』の技術は人々の生活のために平和的利用されてこそ本望なのかもしれない。
「あなた・・・」
小澤の後ろから女性の声がしたので振り返ると、小澤の最愛の妻サナエであった。今日からの休暇の為に自宅から呼び寄せ、東京駅で待ち合わせをしていたのである。
「サナエか、遅くなってすまんな」
妻サナエの横には今年で一五歳になる長女スミレと尋常小学校に入学したばかりの長男幸惟も一緒にいた。
「お父さん、またしばらく逢えなくなるのね」
長女のスミレが言葉を切り出す。
「ああ、今度はイギリスだ、戦争が終わるまでだろうから一年や二年ではすまないかもしれない」
「あ~ねーちゃんまた泣いてる~。あのね、僕がいるから大丈夫だよ!」
長男幸惟の言葉に安心したのか硬かった小澤の表情も少しは和らいだ。
「そうだな、お前は小澤家の長男だもんな。しっかり勉強して母さんや姉さんを困らすんじゃないぞ」
小澤は幸惟の頭を撫でてやった。
「あなた、この国は一体どうなってしまうの?噂で、日本は十倍以上もある独逸と全面戦争するそうじゃないですか。独逸はあの新京を一日で焦土にしてしまったんでしょ?もし東京にやってきて空襲でもされたら・・・この子達の事が心配で・・・」
妻サナエは不安で一杯なのが表情で解った。珍しい程に嘘がつけない女性だ。
「心配するな、東京、いやこの国には爆弾の一つ落とさせやしないさ、その為にイギリスへ行くんだ」
不安なサナエに対して幸成は笑顔で答えたのだった。
「さ、湿っぽい話は抜きにして今日はパッといこう家族で銀座でも繰り出すか?」
幸成は内心これが家族との最後のひと時ではないかと悟っていたのだ。東京駅に呼び寄せたお抱え運転手付の車で銀座のデパートに繰り出す。小澤曰く最後になるかもしれない一家のひと時を満喫するのであった。銀座から東京郊外の小澤の自宅に帰り、小澤は妻と晩酌を始めていた。隣の部屋では長女と長男が遊びつかれて熟睡していた。ほろ酔い加減の彼は箪笥の中から一冊のノートを取り出していた。
「サナエ、これを見てくれ」
一冊のノートの中には小澤自身が仕事の合間に描いた絵の様なものが沢山描かれていた。
「まぁ、あなた絵画でも始めたの?」
「なら良いのだがな。これは俺の夢なんだ」
「あなたの夢?」
「そう、私は『遺跡』の研究調査に携わっていただろ?実はあの『遺跡』は遺跡そのものが宇宙航行艦じゃないかって事が最近解ったんだよ」
「宇宙航行という事は宇宙へ行けるの?」
「今は無理さ、でもいずれ研究が進むと可能になる」
「もしそうなれば、あのお月様をもっと近くで見られるのね」
小澤はお猪口に残っていた酒を一気に飲み、再び酒を注ぐ。
「この『遺跡』は地球外生命体、つまり宇宙人の置き土産ではないかと本気で唱えている学者もいるんだ」
「空想科学小説の様ね」
「ああ、だから誰も信じてくれないさ、今の段階ではな。人類はこの地球の事すらも解っていないのに宇宙のことなんて解るはずもない。我々人類の科学がこの『遺跡』を本来の宇宙航行艦として蘇らせれた時、その謎が解けるかもしれないんだ。『遺跡』は地球人類進化の謎を解く何らかの鍵の様な気がしてならんのだ」
酒のつまみがなくなり始めた頃、時計は夜の一二時を過ぎていた。その時、自分が酒に酔っていたのを自覚したのだった。