一九四一年呉大空襲! 『海燕』出撃
日本独自の『遺跡』技術解析により、高度な電算技術とその小型化により開発された正式名称一九式局地戦闘用可変型装甲歩兵『海燕』である。通常はエンテ式戦闘機の形状をしているが、双発プロペラを真上に移動することが出来、垂直離着陸が可能である。それにより、空中で“静止”状態になる事も可能であり、空中での格闘線では有利な機体となっている。最高速度は七百キロ/時。最高高度一万二千メートルという局地戦には持って来いの機体であった。
変形し垂直飛行形態になれば二本の『自動式姿勢制御脚』と呼ばれる空中での姿勢維持のための『脚』が姿を出す。『脚』といっても二足歩行は未だ無理であるが、この二本の『脚』の存在が滑走路の無い海面や陸地への着水や着陸を可能にしている。機首には三〇ミリ機関銃二挺。それと操縦席の左右真横には六〇ミリガドリング砲という重装備であった。戦闘機という機体ではあるが、爆撃や雷撃の力を借りずとも、たった数機で小柄な軍艦程度なら轟沈出来る攻撃力は兼ねそろえていたのだ。これは開発構想段階で小澤が多目的に使用でき、一撃必殺の威力をもった少数精鋭部隊を作るという発想にこだわった功績といえよう。これが応用されれば陸戦用の可変型装甲歩兵も可能であり戦車以上の戦果を挙げてくれるだろう。
残念ながら現在日本の工業力ではこの『海燕』は大量生産は不可能である。勿論、日本陸海軍も疑心暗鬼な部分もあり、本腰を入れていなかった部分もあるのだが、そのような状態でようやく大和に配属するだけの二〇機の生産が終了したのだ。従来の戦闘機とは特異な形状であり、飛行もまた特殊なものであり、ベテランの戦闘機乗りも難儀していたが、日本全国から経験年数を問わず選りすぐりのパイロット候補生を集めてようやく二〇名がそろった所である。そんな彼らは今日までここ呉で厳しい特訓を重ねてきていたのである。
20名の『海燕』パイロット達は一本の電話とサイレンによって慌しくなっていた。呉鎮守府からの初の出撃命令の電話と敵機襲来を知らせる轟音ともいえるサイレンの音であった。
「てめぇら!ビビッてんじゃねぇ!それでも帝国軍人か!」
と隊員に激を飛ばすのは『海燕』部隊初の隊長を務める九鬼重蔵大尉である。荒々しい彼の威勢は止まらなかった。
「俺たちは今日この日の為に訓練を耐えて来たんらろうが!怖いやつは故郷へ
とっとと帰りやがれ!」
他の隊員達もはじめは緊張していたものの九鬼の言葉を聞き吹っ切れた様だった。格納庫に眠る二〇機の『海燕』に乗り込み一機づつプロペラを回し初め呉の大空を飛び立っていった。
高度はあっという間に八千メートルを上回っていた。彼らはモノの数分でチョモランマの山程の高さを飛び越えていたのである。九鬼は通信機により再び罵声が飛ばした。
「いいか?訓練同様にやればいい。幸い敵さんはこっちには到達しちゃいなさそうだ、俺の合図とともに垂直飛行形態になって真正面からガドリング砲を御見舞してやれ!外すんじゃねぇぞ!」
その時電探は二〇機程の大きな爆撃機を捕らえていた。
(こいつは想像以上だぜ、新京壊滅もうなずけるな)
強気な九鬼も電探の移した未だ目視できない敵に対し心臓の鼓動が早くなってきていた。
「全機、垂直飛行形態に移れ!高度一万二千メートルを維持!」
九鬼は通信機で全機に指示をだす。
「了解ッ!」
部下達の掛け声と共に『海燕』の後部二基のプロペラは一斉に真上に向けられた。
第三帝国東洋強襲爆撃部隊ゲセルマイン少佐は、四十一年の新京大空襲の戦果を称えられ、この度少佐に昇進したばかりであった。生粋のゲルマン民族であり、彼自身も第三帝国に心酔しきっていた。
彼は口癖のように部下に言い聞かせる。「わがゲルマン民族の統治するドイツ第三帝国はやがて世界の統治者として君臨するだろう。未だ汚れきった文明を有する発展途上の有色人種を我々が浄化する。これは神から与えられた使命なのだ」と・・・。
そんな中、再びゲセルマインにベルリンより出撃命令が下ったのである。今度の標的は極東の小国日本帝国である。つい数十年前までちょん髷と日本刀を身につけ、非文明国であったあの国である。彼らは猿真似の様に我々欧州の文化や技術を吸収し、瞬く間に一等国へ仲間入りを果たしている。それもキリスト教国でもない仏教国がである。ゲセルマインはそんな日本人に差別意識と同時に脅威すら抱いていたのだ。
ゲセルマインが任された部隊は世界最大超重爆『エウロパ』三〇機で構成される強襲戦略爆撃部隊である。
全長五〇メートル、全幅五八メートルの巨大な『エウロパ』は日本と同様に『遺跡』の技術研究の賜物である。ドイツが自力で研究してきたジェットエンジン技術を土台にして開発された。さすがに日本もここまでは技術は追いついていないだろう・・・。彼はそう思っていた。
新しく建設された新京の巨大な戦略爆撃基地から出撃したゲゼルマインを乗せた『エウロパ』二〇機はあっという間に北九州の上空を見下ろしていた。
(東洋の猿どもめ!日本を石器時代に逆戻りさせてやる・・・)
ゲセルマインのそんな独り言はレーダー係の一人によってかき消された。
「一二時方向より敵機らしき機影を捕らえました」
「何だと!ここは高度一万二千だぞ!何かの間違いではないのか?」
「確かに二〇機。しかも静止しています。航空機ではありえません!」
「まさか!レーダーが故障しているのではないのか?」
ゲセルマインは完璧にパニック状態になっていた。彼だけでなく一万二千メートル上空に航空機が存在するのは全世界でおそらくこの『エウロパ』のみと信じていたからである。
爆発音と共に大きな揺れが起こった。窓の外には炎を噴出すジェットエンジンが見えていた。
(まさか・・・)
『エウロパ』は日本の『海燕』のガドリング砲を食らっていた。
ゲセルマインは窓の外で仲間達がみるみる炎で焼き尽くされる姿を目の当たりにしていた。これで彼の思考回路は完璧ゼロ状態に陥った。
「悪夢を見ているのか?」
『海燕』容赦ないガドリング砲攻撃は休むまもなく『エルロパ』に食らいついていた。一瞬に横切ってゆく赤い日の丸の航空機。悪夢の正体を目の当たりにした瞬間であった。
「少佐ッ!もうだめです。墜落します!」
額から血が滲んでいる操縦士の一人はゲセルマインに呼び掛けた。操縦士は二名いるがもう一人はすでに流れ弾の餌食となり即死していた。
「冗談じゃない!何かの間違いだ!これは悪夢だ。爆弾の一発も落とせずに易
々と堕ちてたまるか!」
するとゲセルマインは操縦士を跳ね除け自ら操縦桿を握る。
「こうなれば、第三帝国の軍人らしく自らが流れ弾になってやる!」
彼はちょうど真下にやっと見えてきた呉軍港をめがけて操縦桿を動かした。高度はグングンと下がってゆく。急激に落下するので無重力状態で安全ベルトを着用していない彼は多少体が宙に浮き始めていた。今度は頭上から戦闘機の機銃とは思えぬガドリング砲を一斉に浴びることとなる。その弾丸は搭載された爆弾に引火し、『エウロパ』の巨体はあっという間に木っ端微塵に吹き飛んでいった。
上空約一万メートル。九鬼大尉率いる精鋭『海燕』部隊は木っ端微塵に吹き飛ぶ『エウロパ』隊長機を見下ろしていた。
「敵編隊壊滅を確認!全機帰還せよ!」
「了解!」
隊員たちが後に続き返答を繰り返した。敵機全滅。味方機被害無し。『海燕』の華々しい戦果であった。その間二時間。『海燕』の最大稼働時間は空中戦も含めて三時間に設計されている。帰還する時間を考えればギリギリの勝利であった。
しかし、この戦果を受け、帝国陸海軍は本格的にこの装甲歩兵タイプの戦闘機の本格的量産を決定することとなる。