プロローグ
プロローグ
1937年。満州国 新京。
立ち並ぶ真新しい建物。東京にはまだ程遠いが、いずれ東アジア一の大都市になる素質のある街だった。日本はその地域を「新京」と命名し、そこを新興国家満州国の首都とした。
「五族協和」にふさわしく、日本人、朝鮮人、漢民族、満州族、モンゴル人が生活し、公用語は日本語と定めてはいるが、街には中国語や朝鮮語など聞きなれない話し声が聞こえてくる。
まさにアジア人による、アジアの為の他民族国家なのだ。近年では、米英の資本介入も目立ち、日系企業も苦戦はしているが、日本政府が満州国に対する政治の不干渉を表明したため、日本政府と対等に外交交渉できる代償ともいえる。
日本海軍技術将校、小澤幸成は大連から新京へと届く南満州鉄道に乗り込み、新京へと向かっている途中であった。大連は数年前日本が日露戦争の勝利によって獲得した土地であり、その名残で現在も日本領になっているが、新京に通づる南満州鉄道の始発があるため「満州国の海の玄関」としては十分であった。
列車の優等席の車窓は大連を離れ、満州国境を越えるとすぐに広い荒野を小澤に望ませてくれた。
(この辺もだいぶ静かな土地になったな・・・)
数ヶ月前に日本政府の援助により、満州国では馬賊等の治安対策として特別警備隊が敷かれ、馬賊の取締りを強化していたのだ。
「高島少尉、入ります!」
優等席のドアの向こうからまだ初々しい青年の声が聞こえてきた。小澤は返事をすると高島という青年は小澤の前で緊張丸出しの敬礼をして見せた。
「高島少尉。今は硬いのは無しだよ、楽にし給え」
小澤は硬直しきっている高島をエスコートした。
「失礼します!」
小澤の無礼講な対応は高島には通用しないようだった。
「高島君、どうだ?良かったらここでお茶でも付き合わんか?新京までの長旅、一人では退屈なのだ」
「し、しかし自分は・・・」
「これは命令だ!」
小澤は今の高島に対してこの言葉が一番リラックスできる言葉だろうと思った。
列車の優等席の二人は満州の広大に広がる大地を眺めながら海軍仕込みの紅茶を嗜んでいる。はじめは緊張の連続だった高島も次第にその状況に慣れたのか、笑顔も見え始めていた。
「ところで高島君、この平和は続くのだろうか?」
小澤の唐突な質問に戸惑いながらも高島は改まった口調で返す。
「この満州と日本。いえ、この東亜の秩序は我々帝国海軍が堅持するべきであり・・・」
「それは答えになっておらんよ、君が言っているのは建前に過ぎん。われらが平和を望んでいてもよそはこちら側を狙っているやもしれん」
「はい、恐れながらしかし、そのために一刻も早くあの計画を達成し東亜の安全保障を有利にしなければなりません。」
小澤は目を鋭くし高島に近づいた。
「問題はその後だ、あの計画を我々が達成した後の世界だよ、世界はあの計画に釘付けになるだろう。そうすれば世界はわれらを放っては置かないだろう?」 「だからこそ、厳しい報道規制を敷き、国家機密としました」
「これは私の推測だがどうやら、あの『遺跡』は満州だけでは無さそうなんだ」
「し、しかし、その様な情報は確認しておりません!」
「当たり前だろう、あんな『遺跡』が見つかればどの国にとっても国家機密だよ」
小澤は不敵な笑みをみせた。
「だが、不幸中の幸いで、欧州各国はその『遺跡』の研究が大戦影響での足踏み状態だ」
「ならば、その間にわれ等が一歩先進して帝国海軍の強さを知らしめてやりましょう」
「しかし、大戦で大して影響を受けなかった国があるんだ。もしその国が『遺跡』の研究を達成すればかなり厄介なことになるぞ」
「その国とは?・・・」
二人を乗せた列車は次第に満州の心臓部、新京に近づき始めていた。
小澤は、新京郊外に位置する。満州国防省研究開発部の施設を訪れていた。沢山の研究員が住み込みで働くこの施設は研究員だけでも1000人は超える一種の街となっていた。
小澤は施設内の厳重なチェックをパスし、牧場の牛小屋を模した施設の隠し通路へ向かった。
そこへ小澤を迎えていたのは、麦藁帽をかぶったふくよかな体格の牧場主が出迎えてくれた。
「ようこそ森繁牧場へ、お待ちしておりましたよ小澤少佐」
泥まみれの素手を服で拭い、小澤に握手を求めた。
「うん、久しいな森繁。研究は進んでるか?」
「その話は中で話そう、以前と違って最近は警備も厳重になってるんだ」
牛小屋の中に隠してある螺旋階段を下りると牛小屋の外観とは打って変わりコンクリートに覆われた施設に到着した。
さっきのふくよかな牧場主だった森繁はその間に有能な科学者に変身していた。
「小澤少佐。見てくれ、これが我々の発掘研究の姿だ」
小澤の前に表れたのは、外観は大きめな水上機にそっくりな機体であった。
「森繁。水上戦闘機なら帝国海軍でも作れるぞ?」
「これは水上機なんかじゃないよ。立派な新兵器だよ」
森繁は目の前にある遠隔操作ができるリモートコントローラーで水上機そっくりの新兵器に指令を出す。
「こ、これは!」
小澤が目の当たりにしたのは明らかに水上戦闘機が人型に『変形』する姿であった。森繁は小澤に近寄る。
「発掘作業開始から約5年の歳月は長かった。しかし、人類がこの超越した技術を手に入れる時間にしては瞬きの瞬間程の時間に過ぎん」
「我々があの『遺跡』を発見し、この遺跡を守るために、沢山の血が流れた。これで先に散っていった者への弔いができる」
二人はこれまでの人類の歴史を大きく覆すきっかけとなる新兵器を見つめていた。