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27話

今日も、いつもより早く学校に来た。机に頬杖をつきながらぼんやりとしていた。


……はずなのに、いつの間にか教室にはクラスメイトのざわめきが広がっている。


「くぁ……」

 

 意識が、少し鈍い。


 昨日はいつも通りの時間にベッドに入った。

けど、百合に言われたことが頭の中をぐるぐる回り続けて、結局ちゃんと眠れたのかも分からないまま朝を迎えてしまった。


……父さんのこと、俺は思ってた以上に引きずってたのかもしれない。

 

無自覚だったから分からなかったけど、言われてみれば――たしかに、そうなのかもしれない。


──でも、ごめん父さん。

今はそれどころじゃないんだ。


 

『私たちさ……本当に付き合ってみない?』


 ――人生で初めて、告白された。

 しかも、あの百合から。


 普通の男子高校生なら、たぶん舞い上がる。

 俺だって、たぶん本来ならそうなるだろう。


 ……でも、あの時の俺は、嬉しいより先に頭が真っ白になった。


 だって、百合があんなこと言うなんて思ってなかった。

 あいつの性格なら、恥ずかしがって絶対に口にしないと思ってたのに。


 なのに、言った。


だから余計に、何を言えばいいのか分からなかった。


 俺の反応に気づいたのか、百合は慌てるように誤魔化した。そのまま、あやふやな空気のまま――俺たちはそれぞれの家へ帰った。


「はああぁぁ……」


 ……何やってんだ、俺。


 千亜希に散々「ヘタレ、ヘタレ」って言われてたけど、ほんと、そのまんまじゃないか。


 情けなさすぎて、自分で自分が嫌になる。


――しかし、あいつ。なんで告白なんてしてきたんだろう。


 ……俺があんな話したせいで、変な空気になったからか。


 ……わかんねえ。


「……はぁ」

 

もう一度ため息を吐いた、その時。


 バシバシと俺の肩を叩いてくるやつがいて、振り向くと――村田と吉村だった。

 吉村がにやりと笑いながら、いかにも面白がってる顔で口を開く。


「なんだ、敏之。一丁前にため息なんかつきやがって」


「んだよ。うるさいな」


「んまあぁぁ、村田さん、村田さん。敏之くんったら、お口が悪いザマスよ!」


「あらあぁぁ、吉村さん。こ・れ・は、思春期ですわね」


「あらまあ、なんてお可愛――ぐふぉぉっ」


「やかましいわっ!」


 俺は吉村のみぞおちを軽く小突いた。


 ――そんな時だった。


 教室の前扉が開く音がした。


「おっ、ナツおはよっ!」



教室全体に響くような松田の明るい声が聞こえて、俺の心臓が跳ねた。


反射的に、前扉のほうへ顔を向ける。


 そこには、扉のところで恐る恐る教室に入ってこようとしている百合がいた。


 百合は、まるで何かからバレないように辺りをきょろきょろ見回して――俺と視線が合う。


「……っ!!」


 次の瞬間、百合はびゅっと扉の向こうへ引っ込んだ。


「およ。どったの、ナツ?」


 松田が不思議そうに首をかしげ、そのまま百合を追いかけるように教室の外へ出ていく。


「……っ」


 俺自身も昨日のことを思い出してしまって、恥ずかしさと不甲斐なさで体温が一気に上がる。

 正直、百合のこと言えないくらい俺も逃げたい。


「も〜、何してんのナツ」


「うぅ〜……」


 松田が苦笑いしながら、百合を教室の中へ連れ戻してくる。


 その姿は、逃げた子猫が首根っこをつままれて連行されてるみたいで、

 こんな状況なのに少しだけ可愛いと思ってしまった。


「な、なんだ……今の百合」


「めっちゃ可愛いな。普段あんなウザそうな感じだったから、あれは……ヤバい。ギャップ萌えってやつか?」


「だ、ダメだ……! 俺にはリファエルちゃんっていう最推しがおるんじゃぁぁぁ!」


 百合の様子を見ていた村田と吉村が、朝っぱらからぎゃあぎゃあと騒いでいる。


……やめろ。

お前らまで言うと、余計に意識するだろうが。


 火照った顔を誤魔化すみたいに、俺は襟元をぱたぱたとあおいだ。


 途中、ちらっとだけこっちを見て――


「……っ」


 目が合った、と思った瞬間、百合はまたすぐ逸らした。


 ……俺も人のこと言えないけど。


 恥ずかしさと気まずさのなか、俺は朝のホームルームを迎えた。



 ◇◇◇◇


 教室の中だと、どうしたって何度も顔を合わせる。

そのたびに気まずくなったけど、学校では話さない――そんな約束のおかげで、なんとか放課後までたどり着いた。


 ――しかし、どうしたものか。


 百合とこのままの空気でいるのは、なんか嫌だ。

 かといって、何をどう話せばいいのかも分からない。


「いいか、お前たち。来週からはテスト週間だ。ちゃんと勉強やっとけよ」


担任がそう言い残して教室を出ていく。

ホームルームが終わった途端、教室はまた一気にざわめきを取り戻した。


 百合の周りには、いつの間にか松田たちが集まっていて、楽しそうに談笑していた。


 ……あれじゃ、どうしようもない。


 とりあえず今日は帰るか。

 そう思って荷物をまとめていると、教室の前扉のあたりが急に騒がしくなった。


 なんだ、と思って視線を向けると――


「げっ……」


 千亜希が立っていた。


「なっ、千亜希!」


 百合も気づいたのか、思わず声を上げた。


「あっ、ナツ姉。やっほー」


 千亜希はけろっとした顔で、百合に向かってふりふりと手を振る。


「え、なになに。この子、ナツの妹!?」


「えっ、あっ、そうだけど……」


 百合を囲んでいた松田たちが、わっと騒がしくなる。


 その声につられるように、教室にいた男子たちまでざわつき始めた。


「え、妹!?」

 

「めっちゃ可愛くね?」

 

「百合の妹ってことは、やっぱ遺伝子強ぇな……」


……なんでこいつがここに。


  まあ、百合に用があって来たんだろう。関わりたくない。さっさと帰ろう。


 俺は逃げるように荷物をまとめると、教室の後ろ扉へこっそり向かおうとした。


 ――が。


 教室全体を見渡していた千亜希と、がっつり目が合った。


 千亜希は俺を見つけた瞬間、まるで獲物を見つけたみたいに、にやぁっと頬を引き上げた。


(いやあああああああああああぁぁぁ……!)


 心の中で絶叫する。


 ――が。


 千亜希はそんな俺の願いなんて知るはずもなく、まっすぐ、なんの迷いもなく、こっちへ向かってきた。


「もう、トシ先輩。私、寂しくて来ちゃいましたっ!」


「なっ……えっ!?」


 ぎゅっと俺の腕にしがみつくように身を寄せてくる千亜希に、俺は言葉が出てこない。


 教室の中が、ぽかんと静まり返った。視線という視線が、一斉にこっちへ突き刺さる。


「ほら、昨日約束しましたよねっ! 私とデートするって! 行きますよ!」


「えっ、ちょ……おい!」


 千亜希はぐいぐい俺の腕を引っ張って、そのまま教室の外へ向かう。


 百合は口をぱくぱくさせたまま固まり、クラスメイトたちは今なにを見せられた?みたいな顔で言葉を失っている。


 ――その視線を背中に受けながら、俺は千亜希に連行されるように教室を後にした。

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