23話
空が茜色に染まり始めていた。
夕方の光はやけにやさしくて、アスファルトに落ちる影さえ、どこか温もりを帯びて見える。
――なのに。
道の隅にしゃがみ込み、俺だけが灰色に染まっていた。
「最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ……」
クラスメイトの女子の目の前で、母親に説教を食らう。
羞恥心なんて言葉じゃ足りない。男としての尊厳が、粉々に砕け散った。
「終わった……もう、終わりだ」
乾いた笑いが、薄くほどけて消えていく。
「……大丈夫?」
隣から、百合の心配そうな声がした。
「あはは……俺はダメだ……」
「……私が言うのもなんだけどさ。なんか、デジャブ」
また百合の声。
「……あんまり気にしなくてもいいと思うよ?」
「…………」
「誰だってそういうことあるし。実際、私だってこの前――あったわけだし」
「……泣けてきた」
頬を伝うものが、熱いのか冷たいのかも分からないまま落ちた。
「……もう泣いてるよ」
「こんな情けない姿見せるなんて……もう、お嫁に行けない……」
「和泉くんの場合、お婿じゃない?」
苦笑い混じりのツッコミが飛んでくる。
「もうやだぁ……お家帰るぅ……」
「……その“お家”から放り出されたんだよ」
数分前。
母さんにしこたま怒られたあと、『うちは私がやっとくから。さっさと行ってきなさい』
そう言われて、俺は半ば追い出されるみたいに家を出た。
ついでに。
さっき由紀恵たちに渡した一万円札も、返ってくることになり
『ぬか喜びさせやがって……』
玄関先で、由紀恵がジト目で睨んでくる。
横の幸人も、同じ顔をしてうなずいていた。
百合は小さくため息を吐いた。
「……このままだと、本当に放り出されたままだよ。ほら、立って」
「……あい」
促されるまま、俺は重い腰を上げる。膝がぎしっと鳴った気がした。
「……まったく。恥ずかしい気持ちは、なんとなく分かるけど。さすがに凹みすぎ」
「すんません」
百合は微笑み。
「……でもさ。私は、いいと思う」
「……何が」
百合は少しだけ口元をゆるめる。
「和泉くんちの家族。みんな優しくて」
「そうか?」
「うん。優しくて明るくて」
「うるさいの間違いじゃないか?」
俺がぶっきらぼうに言うと、百合は小さく笑った。
「うるさいのも含めて……なんか、私の家みたいな感じがして」
「……まあ、何となく分かる気がする。千亜希がいるし」
「そーそ。まあ、うちの中ならまだ大人しめだけど……」
「それはないない」
「それは、知らないだけだよ」
百合はくすくす笑って、
「どっちかと言えば、お姉ちゃんの方がうるさいかな」
「マジで!?」
「何かあれば『菜月ちゃん、菜月ちゃん』、『千亜希ちゃん、千亜希ちゃん』って来てさ。うるさいし、しつこいし……」
「あぁ〜、そう言われたらそうだな」
初めて話した時も――というか、こいつら絡みの話ばっかだ。
「……そういえばさ」
百合は首を傾げた。
「ちょっと気になったんだけど――いや、さっき西村先輩の時もちょっと思ったけど……お姉ちゃんと、知り合いだったの?」
「あぁ〜。この前、百合先輩の荷物運び、手伝ったんだよ。その時かな」
「……てっきり、千亜希絡みかと思った」
「どっちかって言うと、お前絡みの方だな。百合先輩は」
「えっ、私……?」
「ほら、その……俺がお前にちょっかいかけてた件。あれ誰がやってるのか探すの、手伝ってくれって」
……結果的に、西村先輩に罪を被せることになったけど。
百合が、じとっと俺を見る。
「……和泉くんがやっておいて、それの犯人探ししてたの?」
「うん」
「バカじゃないの?」
「ごもっともで」
「あっ……そうだ」
百合は思い出したみたいにポケットからスマホを取り出した。
「お母さんに連絡してなかった……」
「お前なあ……松田にも同じことしただろ」
「うっ、うるさいな。い、いろいろありすぎて忘れてただけだよ」
百合は口を尖らせて言い訳する。しばらく画面を見つめ、送信したのか親指を止めてから――
「よし」
小さくつぶやいて、スマホをポケットに戻した。
「それにしても、今からどこ行くの?」
百合は首をかしげる。
「この前、俺たちが会った――あの駅、あるだろ」
「あぁ……うん」
俺たちがこんな関係になるきっかけになった、あの駅。うちの最寄りから電車で数分だ。
「そこから、ちょっと歩いたところ」
「……へぇ」
百合はそんな顔をして、
「じゃ、行こ」
俺たちはまず、うちの近くの駅へ向かって歩き出した。




