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土地神さまと二人の祭り

作者: 椿

 高校一年生の冬。年も明けて再来月に進級を控えたそんなある日のことだ。

「おお~! よく来たのぅ~!」

「……」

「嬉しいのぅ~参拝客なんぞ何年ぶりじゃろか」

「……」

 俺は生まれて初めてUMAってやつに遭遇した。でも、これがネッシーやビックフットなら写メでも撮って週刊誌にでも売り飛ばすところだが、ここは湖でも雪山でもない、ただの古ぼけた神社の境内。むちゃくちゃ長い石段をのぼらされた以外は、別に特記すべきことはない。

 そして、今俺の目の前にいるのはどう見ても女の子で、小学生の低学年かもっと下か、身長は俺の腰くらいだ。まっさらな銀色の髪を肩まで垂らし、白地に桃色の帯がついた浴衣を着ている。いいところのお嬢様なのか、それなりに似合ってはいると思うが、やはり季節はずれな感じは否めない。ガキっぽい見かけとは裏腹の年齢錯誤激しい『のぅじゃ』口調。で、どのあたりがUMAなのかというと――

「まあゆっくりして行くがよい。茶は出せんがの? なっははははは!」

「……」

 頭の上から生えている耳、銀毛のふさふさしたしっぽがついているあたりだ。本物かコスプレかどうかわからないが、こんなのを撮った日には、幼女をコスプレさせている変態高校生だと思われること間違いなし。

 というわけで俺は――無視することにした。

「あっ! こら~何を帰ろうとしておる~!」

 帰ろうと背を向けた俺の服を、そいつはむんずと掴んで引き止めた。

 服を掴んでいる。

 ああ、これで見間違いってオチが消えてしまったか。あと考えられるのは――と、俺はこの現実を否定するオチをつけるため、必死に頭を働かせながら足を進めるが、

「ゆっくりしていけと言うておろうが!」

「……~」

 ぐいぐいと腕をひっぱってくる。が足は止めない。

「それに、神社へ来て何もなしに帰るつもりか! 賽銭くらい置いてけ~!」

「……~~~~」

 さらに俺の腕を木登りみたいによじ登る。だが足は絶対に止めない。

 そしてそのまま頭の上まで登りきり――ぬぅっと俺の目の前に顔を出した。

「こりゃあ! 聞いとるのかああぁぁ!」

「~~~っだあああぁぁぁ! うっとおしい!」

 さすがにここまでされたら我慢できず、俺は足を止め叫んだ。俺の声に驚き、「わわっ!」とバランスを崩したものの、頭にしがみついてなんとか体勢をたてなおす。

「な、なんじゃ? いきなりわめきよって」

「うるさい! せっかくお前の存在を完全否定しようとしてんのに邪魔すんな! つーか下りろー!」

「ケチくさいのぅ~わらわの柔肌を堪能させてやろうと思うておるのに」

 と、体を押しつけるように抱きつ――いや、しがみつく。ガキのくせに何が柔肌だ。でも、しがみつかれる感触は本物で、どうやらこいつは否定しようのない現実のもの。

 強引なオチで全面否定していた頭を切り替えた俺は、襟首を掴み頭から引き剥がした。

「わひゃ!」

 こいつ、軽い。まるで風船みたいだ。

「こ、こらあ! 何をする離さぬか! 人をペルシャ猫のように扱いおって! はっ、さてはおぬし……わらわの柔肌に欲情して襲うつもりじゃな!」

 じたばたと暴れだす。

いろいろツッコミたいところはあるが、あえてスルーして俺は言った。

「で、お前は何なんだ?」

「はあ、おぬしは何を言っておる? わらわは神じゃ。見てわからんか?」

「見てわからんし、聞いてもっとわからなくなったよ」

「ふむ。ならば教えてしんぜよう。わらわの名は月夜。この地を治める土地神じゃ。おっと、こすぷれなどではないぞ?」

 これでどうだと言わんばかりに、頭の耳をピコピコと動かしてみせた。

「……」

「ぐぅの音も出んようじゃのぅ? ほ~れほれほ――わひゃっ!」

 こいつが神かどうかはわからないが、とりあえずむかついたので手を離してやった。風船みたいに軽いやつだが、ちゃんと重力にまかせて地面に落ちる。

「いたた……こら! 神を落とす者がおるか、このバチ当たりめ!」

「お前が離せって言ったんだろ?」

「くぬぬぅ~~っはあ、何年ぶりの客じゃというのに、こんな無礼な輩が来よるとは」

「悪かったな」

 最初の歓迎ムードはどこへやら。月夜はやさぐれたように半目で言った。

「で? ここには盗む賽銭もなければ、出してやる茶すらない。わらわが言うのもなんじゃが、おぬしは何のためにここへ来たのじゃ?」

「………」

 何のために、と聞かれると非常に答えに困ってしまう。

 ただなんとなく――学校から帰る途中に、なんとなく道草して、なんとなくいつもと違うルートを通って、そして偶然見つけた長い長い石段をのぼってみたらここに辿り着いた――ただそれだけのこと。まさか神社があって、自称神さまの変なガキがいたなんて想像もしていなかったけど。

 俺が何も答えない様子を見て、俺の心中を察したのだろうか、月夜はふぅとため息をつき肩をすくめた。

「まあそんなに急いで帰ることもないじゃろう」

 そう言って、石段のところに腰を下ろした月夜。

しかしさっきも言ったが、どうも見た目の年齢とのギャップが激しい。大人というよりは年寄りくさい雰囲気を持っている。

 神……まさかな。アニメじゃあるまいし。

「おぬしも来い。ここからの景色は格別じゃ」

 ここに座れと、自分のすぐ隣のスペースをぺちぺちと手で叩いた。

ちょうどいい。長い石段をのぼらされて休憩したいと思っていたところだ。

 俺は月夜の隣に腰を下ろした。そこからは村が一望できる。まるでガラスケースに入った模型を見下ろしているみたいに。

ここ天海ヶ丘村あまみがおかむらはそのくらい小さな村なのだ。都会から離れた山々の谷間にひっそりと存在する、村というより集落といったほうがしっくりくる。まわりは田んぼや畑ばかりで家もまばらで、1時間に1本しかないバスで山を越えないとコンビニすらない時代遅れな村。だから余計に、圧倒されてしまったのだろう。俺が知らなかった、この村の姿に俺は声を失った。

「綺麗じゃろう? これがおぬしの生まれ育った村なのじゃよ」

 何十年もそこに立っていて古くさいと思っていた民家も、田植えを終えたばかりの田園の緑が混ざり合う景色はなかなか、いやすごく綺麗で、夏間、近所の子供達が泳いでいたやかましい川も、清らかで静かで雄大な姿をしている。

「村は変わらなくても人は変わってゆく。おぬし達にとってはつまらなすぎる村でしかないじゃろう?」

 心を読む力があるんじゃないかと思ってしまうくらいに、月夜が俺の心のなかを言い当てる。

「じゃがいくら時代に合わぬからと言って、消えてよいということにはならん」

「っ!」

「本当に人は変わってしまった。大切なものが何なのかも忘れ、自分勝手に傷つけてしまう。情けない」

「知ってたのか?」

「わらわは土地神だと言ったであろう? 知っていて当然じゃ」

「……そっか」

「この景色ももうすぐ消えてしまうのじゃな」

そう。この景色、この村は、もうすぐなくなってしまう。ダムの底へと消えてしまうのだ。


 ダム建設の計画はずいぶんと前からあったらしい。当然のことながら、村の住民は一斉に反対の声をあげた。

 反対派と推進派の連中はお互いに譲る事無く、長い間膠着状態が続いていたのだが、ついに去年、俺たち子供にはわからない強大な力によって、反対派はあっさりと白旗を振ったのだ。村の住民は絶望して、ひとり、またひとりと村を出ていき、今では人口の1/3も残ってはいない。

 茜色を通り越して薄暗くなりはじめた冬空の下、学生としての1週間の業に終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。つーか、やかましすぎる。スピーカーが古くてイカれているため、大音量&雑音まじりで耳障りこの上ない。

 HRも早々に終え、生徒達が我先にと教室を飛び出していく。不思議なことに、生徒って奴らは教室から昇降口の間にどこからともなく気のあう者同士が集まりだし、校庭に出る頃にはひとつのグループになってわいわいと騒いでいるのだ。そのグループが四つ、今俺の前を歩いている。だいたい顔触れはいつも同じ。仮にその内のひとりがいなくなっても、1日2日しゅんと静かになったあと、またすぐに残ったやつらだけで、変わらずわいわいやるのだろう。実際、別のグループでだが、そういうのを何度か見たことがある。

 俺はふと思い立って、後ろを振り返って校舎を見上げた。横長長方形で焦げ茶色の木肌がむき出しの三階建てに、それと渡り廊下でつながっている同じく木肌むき出しの体育館。ドラマやアニメに出てくるド田舎の学校ってのは、まさにこれのことだ。

1階にある職員室や保健室、その他特別教室を除けば、教室は九つしかない。しかも小中高を全部ひっくるめての数字なので、つまり全学年ひとクラスずつしかないということ。人口が1000人程度しかいないのだから、そうなるのも当然だろう。小1で入学してから高2の今まで毎日通ってきたが、この校舎はもともと古くてボロいからほとんど変わりないように見える。

 俺は校舎に背を向けて帰路についた。

 帰り道は、駄菓子屋の前をいつも通ることになる。コンビニがないこの村にとっては、築半世紀越えのこの駄菓子屋がコンビニ代わりみたいなものだ。事前に注文しておけばそれなりのものが揃う、というよりは取り寄せてくれる。ただしいつそれが届くかわからないし、絶対に届くという保証もないが。

 ちょうど、とある女子のグループが店から出てきたところにはち合わせた。くじがあたったのどうのと、小学生みたいにきゃあきゃあと騒いでいる。ちなみに彼女達は俺の同級一人と先輩二人の三人グループ。れっきとした高校生だ。

 グループのひとり、同級の女子が俺に気付いて、じゃあねっと手を振る。彼女のことは知っている。というより、この小さい村で知らない顔を見つけるほうが難しい。それなりに整った顔で、誰でもそれなりに接しやすい性格。明るくてかわいいって言ったほうがわかりやすいか。俺は何も反応せず、彼女の前を通り過ぎた。

相変わらず感じ悪いわね――と、後ろから聞こえてくる。陰口を叩くのならせめて本人に聞こえない様にしろよって思うが、まあそれもいつものことだから気にしていない。

それに、どうせもうすぐこいつらもいなくなってしまうんだ。そうなれば一生会うこともないだろう―――――


「ふぅ~満腹じゃ、満足じゃあ! もう動けんわ~」

 月夜は寝転がって腹をポンポンと叩く。そりゃあ肉まんを三つも食えばそうなるだろう。

 あの日、ここで月夜と出会ってから2週間が過ぎた。あれから俺は毎日、この神社を訪れている。学校が終われば特に何もすることはないし、ここから見える景色が気に入ったからだ。まあ神社なので、供え物のひとつやふたつ持ってきてやっている。今日は駄菓子屋で買った肉まん三つ(二つ+おまけ一つ)。ちょうど今、月夜が俺の分までぺろりと平らげたところだ。

俺と月夜は石段の上に座って、景色を見ながらしょうもない話をして日が暮れたら帰る。それがいつのまにか習慣になっていた。

 そういえば月夜は何者なのだろう。本人は相変わらず土地神だと言い張っているが……まあどうでもいいや。耳が生えてるとかしっぽが生えてるとかしゃべり方が変とか、最近じゃあもうぜんぜん気にならなくなっていた。

「また、誰かが村を出ていったようじゃ。声が村から遠ざかろうとしておる」

 いつもこういう神様っぽいことを言いだすのもだいぶ慣れた。だから俺は普通に返す。

「ああ、今週だけで三人も転校したらしいぜ」

「寂しい話じゃのう」

「そうか? 静かになってちょうどいいだろ」

「冷めとるのぅ……そんなでは友達ができんぞ?」

「別にいいよ……俺もすぐここを出ていくんだ。そうなったらどうせ、顔も名前も忘れちまう。他人のことなんて、どうだっていいんだよ」

「……おぬしももうすぐ出ていくのか?」

「ああ」

 というか、もう転校先は決まっていて、向こうの受け入れ準備が整い次第すぐ引っ越すことになっている。来月末あたりの予定だ。

「そうか。では最後の思い出に祭りを開かぬか?」

「祭り? そんなの俺たちだけでできるわけねぇだろう?」

 よくは知らないが、祭りを開くにはかなりの金と労力とめんどうな手続きが必要になるって聞いたことがある。だがこの自称神様は自信たっぷりに胸をどんと叩いた。

「無理なものか。わらわは神じゃぞ? 不可能などないわ!」

「………」

「なんじゃ? 学校の屋上でUFOを呼んでいる不思議系美少女を発見してびっくり! でも萌え萌え〜みたいな顔をしおって」

「どういう顔でどういうシチュエーションだよ」

「どうやら、いまいち信じておらんようじゃのぅ」

「いまいちどころか、かけらほども信じてねぇんだけど」

「うむ、ならばここらでお主に見せてやらんといかんな。おい、ちょいと屈め」

「?」

俺は言われた通り、ちょっと中腰になる。すると月夜は俺の額に手をかざし、そしてにやりと笑った。

「わらわの力をとくと見よ。そりゃ!」

「(バチッ)うわっ!」

いきなり電気に触れたみたいな痛みが頭のなかで弾けた。でもそれは一瞬で、痛みはすぐに消える。

「な、何したんだよ!」

「力を与えてやったのじゃ。祭を開くために、おぬしには少々働いてもらわんといかんからの」

「ち、力?」

「まあ明日になってからのお楽しみじゃ。あまりにすごすぎて腰を抜かすでないぞ?」

 ニシシッと笑う。思わずぶん殴ってやりたくなるようなむかつく笑いだ。

(絶対に何か企んでるなこいつ……)

と、そんな嫌な予感を抱きつつ迎えた次の日――

「おい! これはどういうことなんだよ!」

「おおっ! 予想どおりの反応じゃな!」

「ふざけんな! お前のしわざだろ? この声!」

 目が覚めた時から聞こえている奇妙な声。

 「痛い……」とか「重い……」とか「苦しい……」とか誰もいないはずの部屋でそれが聞こえてくる。ホラーとしてはベタすぎるネタだが、実際目の当たりにすると洒落にならないくらい怖い。

「お、お前! 俺に何をしたんだ!」

「おぬしに与えたのは聞く力。声を持たぬモノたちの声を聞く力じゃ」

「声を持たない、モノたち?」

「おぬしたちが普段『物』と呼んでいる者たちのことじゃ。奴らにとて心はある。じゃが声を持たぬゆえ、おぬしたち人間には分からぬ。そんな物たちの声を聞き分けるための力じゃ」

「なんでそんな力を俺に?」

「祭りの材料を集めてきてもらうためじゃ」

「はあ?」

 そして俺は『祭りの材料』とやらを集めに行かされることとなった。集め終わるまで力(俺にとっては呪いだ)の効果は消えないなんて言われたら行くしかないだろう。

『そんな難しいことではない。ただわらわが祭りを開くことを伝え、協力してくれる物をここへ持ってきてくれればよい。そうじゃのぅ……十年前から変わらずにいる物がいいかもしれんのぅ』

「なんのこっちゃ」

何がどうなってるのかよくわからないが、まあ十年前から変わらない物なんてこの村には山ほどある。なにせここは、時間が止まってしまったド田舎村なのだから。


「おお! たくさん集まったではないか! ご苦労じゃったのぅ」

 『祭りの材料』ってやつはすぐに集まった――祭りとは縁遠いガラクタばかりなのだが。こいつの言うとおりに、何十年もほったらかしにされている空き家とかで声をかけ、協力してくれる物を手当たり次第に集めてきたのだ。

「うむ。これだけあればよい祭りが開けるぞ」

 積み上げられたガラクタを見て月夜は満足そうにうなずいた。これをどうするのかどうか見当もつかないが、ただ気になることがひとつある。

「なあ、月夜?」

「うん?」

「この神社で祭りなんてあったのか?」

 そう。俺が声をかけた時、ガラクタたちは『久しぶりの祭りだな』と言っていた。

「ああ、昔一度だけな。そういえばあれから、もう十年くらいになるのぅ」

「そうなのか? ぜんぜん知らなかった」

「当然じゃ。川の向こうに、どこぞの神宮が分社なんぞを造りおって以来、みなの心は遠退いてしまい、この有様じゃ。おぬしもここのこと、今まで知らなかったのじゃろう?」

「あ、えっと……わ、悪い」

「気にするでない。今の話はおぬしが生まれるずっと前の話なのじゃ。そんなわけで、おぬしは何年かぶりの客人。そんなおぬしのために、わらわは祭りを開きたいのじゃ」

「けど祭りをやるにしてもどうするんだよ? 二人じゃ人手が足りなすぎるし、なんか許可とかもとらなきゃいけないんじゃねぇのか?」

「『普通』はな。じゃがそんなものは必要ない。なぜなら――」

そう言って、ガラクタの山を前で柏手を打った。するとパンッと軽い音が響いたあと、眩しい光があたりを包み込んだ。とても目を開けていられない。

「うっ……!」

「なぜならわらわが神だから! 見てみよ! これがわらわの力じゃ!」

 目を開けた俺は、その光景に目を見張った。

 ここがあの寂れた神社なのか? 立ち並ぶ出店に漂うやきそばのソースの香り、どこからか聞こえる祭囃子。本当に、今俺の目の前で、祭りが行われていた。

「マジかよ、いったいどうなって――月夜!!」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 えらそうに自慢するとでも思っていたが、そのまったく逆で、月夜は苦しそうに息を切らせて蹲っていた。

「大丈夫か!?」

「あ、案ずるな。すこし疲れただけじゃ。思った以上に……力が弱まっているようじゃな」

「力が弱まるって?」

「土地神の力の源は、その地に住む者たちの心。そうじゃな……賽銭とか賽銭とか、あと賽銭なんかもあれば嬉しいのぅ」

「全部金じゃねえかよ」

「それだけ、みながわらわを必要としてくれておったのじゃ。それが今では……おぬしが持ってきてくれるお供え物ですこし力が戻ったかと思っておったのじゃが、ははっ……まいったのぅ」

 空元気のつもりなんだろうけど、その乾いた笑いからは、元気がかけらほども見えていない。さっきまで憎たらしいくらい自信満々だったのに――月夜のそんな姿を見ていると、なぜか胸の奥がチリチリと痛くなった。

「人を、集めればいいんだよな?」

「え?」

「だったら俺が集めてくる。明日学校で声かけてみんなを集めてくるよ」

 どうしてこんなことを言ったのか自分でも不思議なくらいだった。ただ、何とかしたいと思ったんだ。月夜はあっけに取られた顔で俺を見上げたが、すぐにぷっと吹き出すように笑った。

「ふふっ……じゃがおぬし、友達おらんのじゃろ?」

「うっ……べ、別にいないってわけじゃ……」

「無理はせんでよいぞ? わらわとおぬしで楽しめばよい」

「だけど、せっかくのチャンスなんだぜ! 人が集まれば、お前は力を取り戻せるんだろ?」

「ほお? 一丁前にわらわの心配をしてくれておるのか?」

「そ、そんなんじゃねえよ! とにかく! 明日、客を連れてくる! 祭りはそれからだ!」

「ああ、おぬしがそう望むのならそうしよう」

「絶対に連れてくるからな! だから……だからちゃんとここで待ってろよ!」

「ああ。約束しよう」

「や、約束だぞ!」

 俺は月夜に背を向けてそそくさと神社を降りた。火が点いたみたいに顔が熱い――絶対、情けないくらい真っ赤になっていると思う。


 次の日。俺は石段の前で二の足を踏んでいた。なぜなら、絶対に客を連れてくるという約束を守ることができなかったからだ。あれだけえらそうに啖呵を切っておきながら一人も連れてこれなかった。いや、むしろ誰も俺の話を聞こうとしなかったと言ったほうが正しい。今まで他人を信用せず、冷めた態度をとり続けてきたツケがこんな形で返ってくるなんて。

これじゃああいつに会わせる顔もない。いっそ、もう会わないでおこうか――いや、きちんと謝ろう。約束守れなくてごめんって。

「そうか。いや、民の心がこの村から離れてしまっていることはとうに知っておった。じゃが、おぬしの心遣いが嬉しくて……すまん。わらわのわがままのせいで、辛い思いをさせてしまったのぅ」

 また、俺の心を見透かしたような――いや、知っているのだろうな。

「でも、客が来なきゃ祭りはできねぇし、お前の力だって」

「わらわのことは気にせんで良い。それに客ならちゃんとおるではないか」

「えっ、うわっ!?」

「今宵はわらわとおぬしの祭りじゃ! 存分に楽しもうではないか!」

 月夜が俺の手を取って走りだす。

『わらわとおぬしで楽しめばよい』 

 ああそうか、初めからこいつは俺のために祭りを――自惚れかもしれないが、それでも嬉しかった。だから思い切り楽しもう。そう思った。

 焼そば、いか焼き、りんご飴、射的、くじ引き、金魚すくいと懐かしい定番の出店が並んでいる。店の人がいないのに、食べ物や景品はなくならず食べ放題の遊び放題だ。不思議なことだけど、そんなこと気にならないくらい、俺は祭を楽しんでいた。

 そういえば祭りなんて何年ぶりだろう? すごい懐かしい感じがする。

 ドーン――出店をひと通り廻り終わったあたりで大きな音が聞こえてきた。その音の正体は夜空に咲く大輪の花。打ち上げ花火だ。

「やはり祭りの締めといえばこれじゃよ!」

 この時期に花火? なんて常識も忘れてしまうくらい、冬の寒空に咲くこの花に心を奪われていた。

「冬の花火も悪くないな……あれ?」

 デジャブか……前に同じような台詞を聞いたことがある気がする。

 でも、いつどこで?

「このような花火は好きでないか?」

「えっ?」

「浮かぬ顔をしておるように見えるのでな」

「ち、違う違う! ちょっと驚いてただけだ!」

「そうか。おぬしの好みがわからなかったので、もしかしたらと心配しておったのじゃ」

「………」

 この花火は俺のために――また顔が熱くなってきた。なんでこいつは、俺のためにここまでしてくれるのだろう。

 いつもの場所に腰掛けてしばらく花火を眺めていると、火薬音に混じって人の声が聞こえてきた。それも大勢の声――石段の下あたりから聞こえているみたいだ。見てみると、そこには村の人たちが大勢集まっていた。みんな、花火を見に来てくれたのだろう。

「月夜、見てみろよ!」

「ん?」

「村のみんなが来てくれたぜ! 俺、呼んでくる!」

「待て」

 月夜が、みんなのところへ行こうとした俺の手をつかむ。

 だけど俺の手をつかんでいるのは、あいつらしくない、白魚のように細くなめらかな指。

 俺は驚いて振り返った。するとそこにいたのは、銀色の髪をした女性――本来の姿を取り戻した月夜がそこにいたのだ。

「もうよい……これで十分じゃ」

 彼女は笑った。とても寂しそうに。俺はとっさに彼女の手を握り返した。細い指が折れてしまうくらい強く――そうしないと、彼女がこの世界から消えてしまうんじゃないかと思ったから。

 そして、祭りが終わって数週間後。俺が村を出ていく日がついにやってきた。転入先の学校から、受け入れの準備が整ったと連絡があったのだ。

「行くのか?」

「ああ」

「そうか」

 彼女は幼女の姿に戻っている。人が集まったのはあの花火の時だけで、みんなの心がこの神社に向けられることはなかった。結局、俺は彼女に何もしてやれなかったのだ。

「なあ? お前は――」

「達者でな。運がよければ、また出会えるかもしれんのぅ」

「えっ? あ、ああ……

「その日のために……ここは、笑って別れようではないか!」

「……ああ」

 俺は短く答えると、彼女に背を向けた。

言いかけた言葉――『お前は、村がなくなったらどうなるんだ?』

その答えを確かめられないまま。

そして彼女の、今にも泣きそうな笑顔の意味を確かめないまま――


 村を出てから三ヶ月が経った。俺は今、首都圏のとある町で暮らしてる。進級してこっちの学校にも慣れてきて、このあいだ新しいバイトを始めたところだ。今は親と別々に暮らしている。だからバイトをしているのは生活費を稼ぐため。

 母さんから仕送りもしてもらっているができればこれには手をつけたくない。俺と母さんのあいだには深い溝がある――というよりは、俺が一方的に拒絶しているだけなのだが。

 俺の両親は三年前に離婚をした。原因は家庭内暴力。日頃から母さんに対してふるわれていた暴力が、ついに子供の俺にまでエスカレートしたことで、俺と母さんは逃げるように家を飛び出した。それが十年前のこと。それから親戚を頼って7年が経ち、ようやく離婚が成立し、財産分与で与えられたあの家、あの村に戻ってきた。だが、あの男はダム建設の計画を初めから知っていたに違いない。自分の親ながら、なんて最低な男なんだ。

そして、そんな最低野郎と7年間も離婚しないでいた母さんのことも俺は許せなかった。理由を聞いてもただごめんなさいと言って泣くだけ。母さんのことは嫌いじゃないのだけど、気持ちの整理をつける時間がほしかった。

 そんな母さんから今日電話があり、とうとう俺たちの家の取り壊しが始まるそうだ。だから最後に見に行かないかという誘いだった。でも俺は行かないと答えた。特にあの家に思い入れもないし、まだ母さんと顔を合わせられるほど整理ができていない。

だけど、そんな電話があったせいだろうか、俺はその夜に夢を見た――夢というよりは、小さい頃のことを思い出した。

『これ童。今日も泣いておるのか? ビービーと泣いている暇があるのなら、わらわと遊ばぬか? ん? わらわか? わらわは土地神、神様じゃ。とてもえらいのじゃぞ?』

――――

『今日は祭りをしよう。何を言う? 冬に祭りをしてはいかんという決まりはあるまい? まかせろ。わらわは神じゃ。不可能などない』

―――

『これ引っ張るでない。そんなに急がなくとも祭りは逃げたりせぬ。焼そばも、いか焼きも、りんご飴も、なんでも遊び放題じゃ』

―――

『花火? 確かに冬の花火というのもなかなか乙なもの。ではさっそく――ん? ほう、母上と父上として楽しかったと? それはぜひ、わらわもしてみたいのぅ。明日持ってきてくれるのか? そうか……ああ、また明日じゃ――ああ、またここで遊ぼう――絶対じゃ、約束しよう』

―――

「っ!!」

 なんで忘れていたんだろう。俺は彼女に会っていた、いや、彼女と約束していたんだ。

「俺が約束を忘れていたから、あいつは……」

 ずっとあの場所に――

 力が弱まって、あんなに小さな姿になってまで――

 神の力の源はその地に住む者たちの心――

 それじゃあ、村に人がいなくなった今、あいつは――

 居ても立ってもいられなくなった俺は、朝一番で家を飛び出した。ここから村までは電車をいくつも乗り継がなければならない。始発を捕まえることができれば、なんとか昼前には辿り着ける。そう思っていたのだが、あと一歩のところで想定外の壁が立ちふさがっていた。

「廃……線?」

 村へと向かう唯一の線が廃線になっていたのだ。そもそもこの線は村と近くの街を往復するための線なので、村がなくなれば当然廃止になる。

 背筋に冷たいものが走った。唯一の入り口がなくなった、つまり、村には人がいない。

神の力の源はその地に住む者たちの心――

 俺は走った。

 電車で2時間以上かかる距離。そんなの走ってなんとかできるものじゃないことくらいわかっている。でも、今の俺にはこの方法しかない。一秒でも早く彼女のところへ辿り着かないと、という想いが俺を突き動かした。

 だけど、現実はそう甘くない。アップダウンの激しい山道は俺の体力を削りつづけ、とうとう限界を越えてしまった。2時間? 1時間? 30分?――どれくらい走ったのかはわからないが、ただひとつわかるのは、まだ半分も進めていないということだ。

「はぁっ……はぁっ……くっ、くそぉ!」

 涙が出てきた。約束を守らなかったどころか、彼女を止めることさえできなかった自分が情けなくて。

『だ――れるのに……』

 その時、どこからか声が聞こえた。男とも女とも聞こえる中性的な声。まるで、頭のなかに直接流れ込んでくるように。こんな人気のない山道で、普通なら頭がおかしくなったんじゃないかと思うところなのだが、この感覚には覚えがあった。まだ残っていたのか、彼女からもらった、物の声を聞く能力が。

『まだ、走れるのに――』

 声の聞こえるほうを見ると、そこにあったのは不法投棄された自転車。俺は生まれて初めて、奇跡ってやつを信じてしまった。

 本人(?)いわく、どこも壊れていないし、ただちょっと錆びているだけで十分に走れるとのこと。俺はこいつに最後のチャンスを託した。

 俺は全力でペダルを漕いだ。やっぱり走るより段違いに速い。だが悪路仕様になっていないこいつじゃ相当きついだろう。ペダルやタイヤが文字通り悲鳴を上げている。それでも俺は、こいつには悪いが、立ち止まるわけにいかなかった。

「あきらめるわけにいかねぇんだ……ここであきらめたら、俺は一生自分を許せなくなる! だから頼む! 力を貸してくれ!」

 このまま走り続ければ壊れてしまうかもしれない。俺のわがままに無理矢理付き合わされて、こいつにとってはいい迷惑なはず――だけど、これは気のせいだろうか、ペダルがすこし軽くなったような気がした。



タタタッ

 子供らしい軽快な駆け音が遠ざかっていく。月夜は、少年の小さな背中が階段を下りて見えなくなるまで、ずっと見送っていた。

「また明日……じゃな」

 ぽつりとつぶやいた月夜の顔は、寂しそうに眉をひそめていた。だがすぐ、その感情にかぶりを振る。

「ばかばかしい。何百年と生きてきて今更……さて、片付けるとするか」

 月夜は境内のほうへ振り返った。役目を終えて灯を落とした屋台たちが残っている。

「ごくろうであったな、おぬしたち。有事の際はまた力を貸しておくれ」

 そう言って月夜が柏手を打つと、周囲を淡い光が包み込み、光がおさまると屋台たちは消え、見飽きた境内の景色がそこにあった。彼らは元ある場所へと帰っていったのだ。人の手を離れ、何年も放置されたモノとして。

「ゴミを集めてお祭騒ぎとは。相変わらず暇でうらやましいな」

声のほうを振り向くと、金色に輝く公家風の衣裳を身につけた男が立っていた。月夜は半目になり「ふん!」と鼻を鳴らす。

「相変わらず貴様の口からは嫌味しか出てこんようじゃの、成金なりきんめ」

「成金って言うな!」

「貴様こそ彼奴らのことをゴミなどというな。そもそも暇なのは貴様がこの村に来たせいではないか」

「まだそんな昔の話を根に持っているのか? 本当に暇なのだな」

「やかましい! 親の七光の分際で! 年がら年中キンピカしおって欝陶しいわ!」

 神である月夜をいらいらとさせるこの男も、同じくこの地にすむ神である。彼は全国でも名の知れたとある神の息子で、親がまつられている神社の分社としてやってきた。いわゆる生まれついてのエリート。かたや月夜は長生きした狐が神格化した名も知れない一介の神だ。村人の心が、この成金神に向いてしまうのは当然の結果だろう。

 男はやれやれと首を振り話題を変えた。

「あの子供、よくここに来ているようだな」

「ああ。最近は毎日来ておるよ」

 月夜は本堂の階段に腰掛け、ついさっきまでここで少年と話をしていたことを思い出し表情を緩めた。だが男は険しい表情をしている。

「忘れたか? われら神は――」

「ああ、知っているとも。神は人の生業なりわいに干渉せずただ見護ることを楽しみとし、また役目とする。じゃがあやつはわらわに会うためにここへ来ておる。求める者には施しを与える。それも神の役目であろう? 貴様の社の賽銭箱、あれはただの飾りだと言うかの?」

 にたりと嫌味たっぷりの笑みを浮かべる。今度は男のほうがいらいらする番だ。

 彼のいらついた顔を見て満足したのか、月夜は「んん〜!」とわざとらしく伸びをした。

「今日はちと疲れた。そろそろ床につくとしよう。おい、成金。用がないのなら早よう帰れ。まさか夜這でもするつもりか?」

「…っ…この村はダムの底に沈む」

「ああ、そういえばそんな話があるようじゃの。まあわらわにはどうでもよいことじゃ。ふあぁ〜」

くだらないとばかりに大きなあくびをした月夜。だがその時――

『いたい! いたい、やめてよ!』

「――っ!」

 頭のなかで響くその声に、月夜は身を強ばらせた。

「どうした?」

 どうやら男には聞こえていないようだ。

『やめて! やめてよお父さん!』

 これは偶然なのだろうか。月夜にだけ聞こえるこの声は間違いなくあの少年の声だ。

 そういえば、両親がよくけんかをしていると、少年が話してくれたことがあった。

だがそれが、夫から妻への家庭内暴力のことだった。そして今、ついに父親がわが子にまで手を挙げるようになってしまったのだ。

「くっ! 今すぐ止めなくては!」

 しかし――バチッ

 駆け出した月夜の体は、階段手前で、見えない壁によって阻まれた。

「なにっ! 結界?!」

 疑問符を浮かべる月夜に、男が冷静な口調で言った。

「神は人の生業に自ら干渉してはならない。求める者にだけ施しを与える」

「だから今助けに――」

「あの少年は、お前に助けを求めているのか」

「っ!」

「これは、あの少年の声がお前に聞こえているだけにすぎない。助けを求めていることにはならない。よって、神であるお前は、あの少年の元へ行くことは許されない」

 男の言うことは、残酷ではあるが正しかった。現に月夜は、この境内から出ることすら適わない状況にある。だが、月夜は納得できなかった。

「なぜじゃ……あの子がこんなにも苦しんでいるというのに、こんなにも泣いているというのに! 何もしてはならんなど……こんな馬鹿なことがあるか!」

 そして、月夜は神あらざる行動に出た。神の規律を正すためにあるこの結界を破ろうと挑んだ。力と力が拮抗しあい、だが結界の外敵を拒絶する力のほうが上回っており、月夜の体を傷つけていく。

「何をしている月夜! やめないか!」

「大切なものを守れずに何が神じゃ! そんな神ならわららはいらぬ! じゃから……じゃから行かせてくれ! あの子を助けに行かせてくれ!」

男の言葉など届いてはいない。月夜には、少年が苦しみ泣いている声しか聞こえていなかった。どんなに傷つけられようとも、彼女は前に進むことをやめない。何度も何度も、少年の名を呼び続けながら。


――今から十年前の、ある冬の夜の出来事だ。

 

 俺が村に着いた時には、もうすっかり日が暮れてしまっていた。ほとんどの家屋は解体されていて、宵闇のなか、作業車の化け物みたいなシルエットだけが浮かび上がっている。

 物たちの声がまったく聞こえない。何もかもが死に絶えてしまったみたいに静かだ。俺は急いで神社に向かった。もしかしたら、神社も取り壊されているかもしれない。そんな嫌な予感を頭から振り払い、俺は這うように、相変わらずあほみたいに長い石段を駆け上がった。そしてなんとか登りきり、俺は力の限りに彼女の名を叫んだ。

「月夜ー!」

 返事がない。それでも俺は何度も叫び続けた。

 間に合わなかったなんて、そんな結末を認めたくなかったから。

『――ここ、だよ……』

 声が聞こえた。男か女か判別のつかない中性的な声。本堂の方から聞こえる。きっと本堂そのものが彼女の居場所を教えてくれているのだろう。

「っ!」

 本堂へあがる階段のところに何かがある。小さくて白い――小さな白狐が横たわっていた。間違いない月夜だ。

「月夜! 月夜! おい!」

「――っ……おお……おぬしか……」

 彼女は苦しそうに目を開きいつもの姿に戻ったが、その輪郭はぼやけ薄くなっていた。

「なんじゃ……またビービーと泣いておるのか? 男のくせに情けないのう」

「月夜……ごめん。俺……約束、ずっと忘れてて」

「それは違うぞ? おぬしは何も悪くない」

「えっ?」

「あの夜……あの祭りの後、おぬしに何があったのか、土地神であるわらわが知らぬと思ったか?」

「っ!?」

 あの日は俺にとって、最高の幸せと最悪の絶望を同時に味わった日だった。最高の幸せは、月夜と祭りを楽しめたこと。そして最悪の絶望は、あの男が俺に暴力を奮い、俺と母さんが家を逃げ出したことだ。

「おぬしにとっては、忘れてしまいたいくらいつらい記憶じゃろう……だから、おぬしは悪くない」

「違う……」

「神とは道を示す者。人の進む道を示し、人が歩んでいく姿を見護ることが役目であり、幸せでもある。わらわもそう思っておった……じゃがあの夜。おぬしが苦しんでいるのに、泣いているというのに! わらわはなにもできなかった! 神などと偉そうなことを言っておきながら、おぬしを助けることができなかった!それは神だからというのなら神などいらぬ!……このまま朽ち果ててしまおうと思ったのじゃ」

「何言ってるんだよ…………」

「消える前に、もう一度おぬしに会えてよかった……願ってもないことじゃ」

「……やめろよ」

「さあ、ゆきなさい。わらわのことはもう忘れ――」

「ふざけんな!」

 話を聞いていると頭がカッと熱くなって、そして俺は月夜の頬を思いきり叩いていた。

「このまま朽ち果ててしまおうと思っただの、自分のことは忘れろだの……勝手なこと言ってんじゃねぇよ!……原因を作ったのは俺なんだろ? だったらなんで俺をもっと責めなかった! 俺が約束を守らなかった、忘れちまってたせいだって!」

「違う! おぬしには関係ない――」

「関係なくない!」

 俺は彼女の手を取った。

「一緒にこい!」

「えっ……?」

「居場所が必要なんだったら、俺がお前の居場所になってやる! 俺がお前のことを見てる! だから……だから消えるな、消えないでくれ!」

「………っ!!」

 突然、まばゆい光が目の前を覆った。いつかの時のような光。だけど以前とは違う。ひだまりみたいな、温かい光だ。

 そして光が晴れた時、彼女はそこにいた。俺の思い出のなか、あの日一緒に花火を見上げた時の、本来あるべき姿で。

「こ、こんなことが……?」

 初めて見たかもしれない。自信過剰でえらそうな月夜が、こんな、あっけに取られた顔をしているのは。そして――

「は、はは……まいったのぅ……こんなのは初めてじゃ……ははっ」

 涙と、そして最高の笑顔を、見ることができた。

 帰り道は当然自転車だ。すっかり力を取り戻した月夜が、なんかワープみたいな術を使ってやると言っていたが、俺はそれを断った。

「では、月でも眺めながらゆっくり帰るとしよう」

 と、月夜が月を見上げながら言った。走る自転車。

 俺がペダルを漕いで、彼女はその後ろで荷台に腰掛けている。

「なあ、月夜?」

「ん?」

 俺は背中ごしに声をかけた。

「帰ったら、花火しよう。昔、約束してたやつ」

「うむ、やはりあの打ち上げ花火は違っておったか」

「あんなでっかいの、普通の家じゃやらないって。まぁあれはあれで綺麗だったけど」

「それで、約束の花火というのは?」

「線香花火。あれに比べたら、かなりしょぼいけど」

「そんなことはない。おぬしと一緒にする花火なのだぞ? この世の何よりも美しいに決まっている」

「…………」

 このシチュエーションでこのセリフは反則だ。ていうか、さっきまで消えるだのどうのとか言ってたのはどこの誰だよ――

「……あっ」

「うん?」

「いや。何でもない」

 今、母さんがあの男と7年間も離婚しなかった理由がわかった気がした。

(そっか。母さんもあきらめたくなかったんだ……)

「やっぱ親子か……」

「今度はどうした? 急に笑ったりして」

「いや、ちょっとな」

 明日にでも母さんに電話しよう。今度の連休に帰るって。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 椿さん、こんばんは。ミミズです ^^ ご依頼をいただいてから随分と遅れてしまい、申しわけないです。 短編でしたが、じっくりと楽しめました (´▽`) 話がうまくまとまっていて、描写も丁寧…
[良い点] おもしろい発想でした。 ただ祭りを開くだけではなく、その後にもう人波あるのがいいです。 よかったですハピエンで。 [気になる点] 改行が上手くいっていないところが何カ所か。 投稿する前…
2010/08/01 15:52 退会済み
管理
[一言] ほっこり優しいお話で、心があったかくなりました。いいですね、高校生と獣耳神様! キャラクターの口調が定まっていないというか、てっぺんからつま先まで統一されていないのが非常に気になりました。…
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