5:夕月とご主人(三日月)
「さあ、はったはった!」
「旦那、遊んでいきましょうよー」
スワロは、ご主人の良くないお友達のいるところはすごく嫌いです。
ここはご主人の住む廃墟街からもうちょっと街の方に入った獄卒街。
獄卒の人たちの居住が多いのでそう呼ばれています。スラムのような場所もあるほか、飲食店なども連なって、一種の治安の悪い歓楽街を形成しています。
いるのは獄卒の人ばかりとは限りません。
あやしいネオンに輝く雑居ビルの廊下を進んでいくと、たばこの煙がもくもくしています。スワロは機械なので咳き込んだりしませんが、空気の汚染がひどいです。
今日のご主人のお仕事は、お昼には終わりました。
「お仕事終わりに、ちょっとやつらと遊んでくる。メシまでに戻るからお前は先に帰ってろ」
と言われて、獄卒仲間の人と遊びに行ってから、とっぷりと夕方。もう三日月が煌々とほそく輝く時刻です。
帰って来ないご主人を、スワロは業を煮やして迎えにきました。
スワロ、夕ご飯だってちゃんと用意して待っているのに、ご主人!
忘れて食べちゃってないかな。少食だから。何か食べてたら要らないって言われそう。
もやもやしながら、雑居ビルの一室に入ります。周りにはこわいおじさんたちがたくさんいますし、番人もいますが、スワロはご主人のってわかってるから顔パスです。
獄卒の人はアシスタントを使うのが多いですが、スワロみたいな人工知能のある自律型は珍しいみたいです。
今日もおはなしできるアシスタントの機体はここにはいなさそうですが、いても話が合いそうにないですね。ご主人より、こわそうな人しかいません。
スワロはすんなりとお部屋に入れましたが、雑多でうるさい音楽がいくつも混ざって流れていて、狭い室内にみっしり人がいます。
ここでみんなが、やってることはギャンブルです。
こういうギャンブルは違法ですが、ガス抜きのために管理局に見逃されているということで、摘発の危険性は低めです。
でも、ご主人には、ギャンブル、できたらやめて欲しいんですよね。ご主人は、スワロが怒るほど負けることは少なめですが、ここ、治安が悪いです!
女の人を連れ込んでいるひともいますし、本当、ご主人に悪影響あります!
ご主人、どこかなー?
あ、いたいた!
ご主人はというと、いつもの遊び仲間と一緒にトランプを広げて、賭けポーカーの真っ最中です。
外出の時によくかけている燻んだピンクのサングラスにいつもの白いジャケット、赤いシャツに変なネクタイ。
煙草をふかしているのが、すんごくガラが悪いです。
ご主人ー! 帰りますよー!
近づくとすぐに気づきました。
「お? なんだ、スワロ。迎えにきたのか? 仕方ねえな、もうこんな時間か。ちぇっ、いいとこだったのに」
とか言いつつも、ご主人、素直に帰りじたくをします。
「あー、ユーレッド、もう帰るのかよぉ」
と立ち上がるご主人の不良仲間。ご主人とは違う系統の、なんだかはっちゃけたパッチワークでできたジャケットを着ています。趣味の悪さがとんでもない。ご主人と、ファッションセンスのおかしさはいい勝負です。
「ウザ絡みするなよ、ハブ。迎えが来てるからよー。こいつ、怒らせると面倒なんだよ」
「そんなまともな妻子もちみたいなこというなよぉ。勝ち逃げかあ」
「言うほど勝ってねえだろうがよ。チッ、しょうがねえなあ。ちょっと勝った分、俺様がお前らにおごってやるよ。これで酒でも飲んでなぁ」
といって、現金をひらっとちらつかせるご主人。
信用のない獄卒の社会では、何よりキャッシュが優先です。キャッシュレスが進んだ今でも、この世界では現金優先なので、まだお札が使われています。
「わー、旦那、太っ腹ー」
「よーし、一杯ずつ好きなものを頼もうぜ!」
ふふんと笑うご主人。
あああ、あぶく銭とはいえ、こんなやつらに……無駄遣いです。
「じゃ、帰るぜ。スワロ」
ご主人は、そういうと変な熱気に満ちた部屋をするりと抜けでました。
獄卒街の、あやしげな極彩色のネオンが煌めく空に、か細い三日月がビルの谷間に沈んでいく時間です。
スワロとご主人は、歓楽街を足早に抜けていきます。
三日月みたいに顔の反対側だけネオンに照らされたご主人は、ちょっと別人に見えます。
さっきだって。
あんなところにいるときのご主人、時々別の人みたいに見えて、スワロは心細くなります。
すごく冷たく見えます。
ご主人、もしかしたら、ちょっと三日月に似ているのかも。
なんだかずっと満たされない何かがあるみたいな、飢えた獣みたいに、何かが欠けたみたいに見えます。
そういう時のご主人は、近寄りがたくて、スワロはすこし後ろをふよふよとついていきます。歓楽街の一見にぎやかな空気は、どこか荒んでつめたいです。だんだん人気のない道に向かっていきますが、早く抜けたいと思いました。
「ん? どうした?」
不意にご主人が振り返りました。
「今日は、小言言わねえんだな。拗ねてんのか?」
ご主人は苦笑します。
「悪かったよ。意外に勝っててさあ、時間を忘れちまってたんだ」
ほら、とご主人はスワロを肩に乗せます。
「なんだよ。寂しかったのか?」
違いますよっ! ただちょっと……。
「ちょっとなんだよ?」
ご主人はきょとんとします。
「変なやつだなあ」
そう言って、スワロを撫でるご主人の左手は、触覚センサーにほんのりあたたかな温度を示します。
そういう時のご主人は、スワロの知っているご主人に戻っていて、スワロはご主人の温かい左手が好きです。
ご主人は、お月様みたいに見え方が変わるのかな。
スワロは、スワロの知っているご主人で、ずっといて欲しいです。
「スワロ、今日のメシはなんだ?」
ご主人に尋ねられて、スワロはこたえます。
今日のご飯は、焼き魚とほうれん草のおひたし、お味噌汁です。
「チッ、肉にしろよ。粗食だなあ」
失礼な。栄養バランスもかんがえましたし、お魚だって高いんですからね!
ご主人の憎まれ口に、ちょっとイラァっとしつつも、なんだかそのやりとりにスワロは安心するのでした。
スワロのお小遣い帳
残高:720円(+100円)
メモ:お買い物を工夫して100円捻出しました! せつやく、でも、難しいんですよね。ご主人は少食だけど、栄養のかたよりがあってはダメですから。
目標まで9,280円