4:悪魔のおんがく(口ずさむ)
「おい、スワロ。散歩に行ってくるぞ」
今夜はご主人、おでかけです。
ご主人は、夜の散歩にお出かけするのが好きです。
スワロも連れて行ってもらえることも多いのですが、時々一人でふらっと行ってしまうこともあるのです。そういう時は、本当か知りませんが、トレーニングをしているらしいです。何かトレーニングの用具と武器が入った黒いボストンバッグを持っていきます。
確かにご主人の主なお仕事は、戦闘なので自主トレーニングは大切です。獄卒仲間と喧嘩するより、トレーニングしてくれる方が良いですもの。スワロも歓迎です。
そういう時スワロはお留守番をしています。
スワロとご主人は、基本的にネットワークでも繋がりを持てるので、どちらかに何かあればすぐに駆けつけられますし、位置もわかります。安心設計なのですよ。
なので、そういう時、スワロは家の中で家事をします。ご主人がいると邪魔でお掃除できない時もありますからね。
でも、最近不思議なことがあるんです。
ご主人がいない時に限って、獄卒街のどこかでヴァイオリンが聞こえるのです。
*
「スワロちゃん、ユーの旦那にプレゼントするのに、お小遣い貯めているの?」
このひとはウィステリアです。
ウィステリアこと通称ウィスは、表向きジャズシンガーをしている女性です。
ご主人がよくいくクラブやバーなどでも歌っているのですが、本当は管理局の仕事もしていて、ご主人に特別に仕事のお願いをすることがあります。
とても色気のある女性で、スワロもはじめはご主人に良くない感じで近寄るひとなのかなあと思いましたが、ウィスはこうみえて『おじょうさまそだち』らしく、おっとりしたところがあります。スワロが心配になっちゃうくらいです。
それにご主人のことがとても好きですが、ウィスには嫌な感じはしないのです。ご主人にめいわくかけられがちなのも一緒で、スワロともとてもなかよしです。
スワロは、ずっと前からウィステリアのことを知っていた気がするくらいです。スワロ、機械ですが、人間が『しんゆう』っていうおともだち、こういうひとのことをいうのかな、って思うことがあります。
ウィスとスワロは、そんなわけで、時々『じょしかい』をする仲なのです。
「これがお小遣い帳なのね。かわいいじゃない。シール貼るともっと可愛くなるよ。あとで、あたしが手帳に貼ってるシールあげようか? キラキラなのもかわいいのもあるよ」
本当ですか? スワロ嬉しいです。
「でも、おこづかい貯めてプレゼントしてあげようなんて、スワロちゃん、本当にえらいなあ」
スワロはご主人以外とは、直接、音声データで意思疎通ができない仕様なので、こういう時はスマートフォンなどを使ったテキストの通信で意思疎通しますが、何故か、きゅっきゅと電子音で鳴いているだけでも、そこそこわかってもらえることもあります。
慣れた相手との文字によるコミュニケーションは、最低限だったりするのです。ウィスには、大体通じてることが多いです。
「もしかして、思った通りには貯まらないの?」
そうなんです。食費の節約だけでは、難しいです。
「そうだよね。あたしも協力してあげたいけれど、あたしが、お金を出すのは違うだろうし。……あ、そうだ。スワロちゃんの持ってきたこの旦那の風鈴、あたしにいくつか売ってくれる? その売り上げを貯金に回すといいよ」
えっ、でも、ウィスにたくさん買ってもらうの悪いです。
「大丈夫。あたしは他に売る先があるの。ねっ、協力させて」
持つべきものは友ですね! ありがたいです。
ウィスのうれしい申し出に、スワロは安心しました。これならスワロでも、おこづかい貯めていけそうです。
「そういえば、お話変わるんだけどね。スワロちゃん。旦那の部屋のあたり、夜にヴァイオリンの音が聞こえない?」
はい、そういえば、ときどき聞こえます。
「そのヴァイオリン弾き、結構噂になってるのよ。廃墟街の悪魔って呼ばれてるんだって。音は聞こえど、ヴァイオリン弾きの姿を見た人がいないから、幽霊か魔物みたいだって」
えー、なんだかこわいですね。
「でも、あたしも聴いたことがあるんだけど、そのひと、結構上手くてね。……多分、ヴァイオリン自体もすごく良いものよ、グァルネリウスみたいな感じの音色で。良い音をしてるから、今度注意して聞いてみて」
音楽家のウィスがいうからには、腕に間違いなさそうです。
でも、なんでそのひと、悪魔って呼ばれるんですか? 幽霊でも良さそうなものなのに。
「それはね、悪魔はヴァイオリンを弾くって昔からいうから、幽霊より適役でしょう。それに、なにより、悪魔は綺麗なものが好きなんだ」
*
そういわれてから、スワロも耳をすませて、いえ、聴覚センサーを鋭敏にして音を拾うようにしていると、確かに、時々、ヴァイオリンの音が聞こえることがあります。
大体がクラシックの曲ですが、確かにプロの音声データと比較しても遜色ない気がします。野良ヴァイオリン弾きなのにすごいです。
スワロの分析によると、時々悲しげなのに、たまに攻撃的な印象の音色が個性的なイメージ。
機械のスワロには、ヒトの芸術は正確に理解できませんが、それでも、スワロも、ウィスと同じくこのヴァイオリン好きです。
このまま、スリープに入ったら、なんだかすてきな気がします。ウィスが音色を聴きながら眠ってみたいって言ってたわけもわかりますね。
いくつか曲がありましたが、今流れてるこの曲、スワロ、曲名もわかります。
データベース検索しなくても、ウィスに昼間ピアノで弾いて教えてもらっていた曲でした。最近、この曲の練習をしているのかも、とのことです。
うーん、良い曲です。タイトル通り、瞑想に向いています。
機械のスワロでもこんなに感傷的になるのですね。
そう考えると、それに比べてご主人は……、って思います。前にウィスの曲を聴いた後、こんなことを言ってましたもん。
「今時、クラシックだの、ピアノだのヴァイオリンだの古臭えなあ。そんなの聞いてたら眠くなっちまうぜ」
ほんっとう、ご主人は芸術のわからん男です。スワロよりダメです。スワロのが絶対ふーりゅーがわかります!
やがてヴァイオリンの音が止みました。
そして、スワロがお洗濯物を片付けた頃に、ご主人がふらっと散歩から帰って来ました。
どさりとバッグを定位置に置いて、
「汗かいたからシャワー浴びてくるぜ」
ご主人、とりあえずシャワーを浴びに行来ます。
スワロはお着替えやタオルを用意して、風呂場のカゴに置いてあげます。
ざああというシャワーの音と共に、ご主人の鼻歌がちょっと聞こえます。ご機嫌ですね。
しかし、相変わらず、……下手、だな……。
実は、ご主人は歌がだめなのです。音程がズレていることが多くて、自覚もあるらしいですが、機嫌がいい時は鼻歌まじりでシャワーを浴びるのです。
だからご主人が何歌っているのかは、大体わからないものなのですが。
その日はたまたま、ご主人の歌声の中に同じフレーズがあって、スワロもピンと来ました。
冷蔵庫の前で、お風呂上がりにバスタオルをかぶって、ミネラルウォーターを飲んでいるご主人。
スワロは聞いてみました。
ご主人、さっき歌っていたの、クラシックの曲ですね? 同じ曲、さっきお外で流れてました。
ブフッ、と水を噴き出すご主人。ご主人、なぜか動揺しまくっています。
「な、なっ、なんだ? ちちち、ちげぇよ? ヴァイオリンなんかきいてねえし、お、俺は別にタイスの瞑想曲なんか」
えっ。瞑想曲?
ご主人、曲名わかるんですか?
「た、たまたまだっ! と、通りすがりに迷惑なやつが弾いてるのきいて、みみみ、耳についちまって、口にでてたんだよ。呪いみたいなもんだぜ」
ご主人、なぜ、赤くなってるんでしょう。お風呂上がりだからだけでなさそう。
ご主人、もしかして、ヴァイオリン弾く趣味ありますか?
ご主人の右手は義手で、出力は低いですが、ヴァイオリンの弓くらい持てますよね?
「は? 何言ってる。俺がヴァイオリンなんぞ弾くわけねえだろ。そんな器用じゃねーし、あんな古い楽器興味一切ねえよ。は、はは」
うーん。
ふーりゅーもわからぬはずのご主人なのに。
まさかのまさかだと思いますが、なんだろ、この表情、すごく怪しい。
今度、こっそり後をつけたくなりました。
スワロのおこづかい帳
残高:620円(+500円)
メモ:ウィステリアに風鈴を買ってもらいました。いくつか売ってもらうことにしたので、売れた分の手数料分をおこづかいに回せそうです。持つべきものは友ですね!
目標まで9,380円




