30:みらいからのおつかれさま(花束)-2
イトウさんからもらったバッジです。
ご主人、ブローチ買ったのに、中身も見ないでしまっちゃいました。なんでですか?
ご主人は少し黙りました。
スワロは。
ご主人が触れて欲しくないところに。スワロが触れたんじゃないかと思ってちょっと心配になりました。でも、ご主人はそこで怒り出したりしませんでした。
「ふっ、お前にはバレてるよな」
ご主人は言いました。
「そこでちょっと話していこうか」
ご主人は近くに有るベンチを指すと、自分が先に腰を下ろしました。スワロもそれに付いて行き、お隣に座ります。
ご主人は箱を開けると、中のブローチを取り出しました。
やっぱりそのブローチは。観覧車の意匠のあるものです。とてもきれいなガラス玉がキラキラ光っていました。
「これは俺が昔、発注して作らせたもんだ。お前のピンバッジもそうだよ」
ご主人はいいました。
「だが、俺がしかけたこの計画はうまく行かなかった。……うまく行かなかったんだ、何もかも。お前は俺が昔、ここに来るまでに遊園地で働いてたって知ってるだろ」
はい。知っています。
「その遊園地で働いていた時代、事情のあるガキどもの面倒を見ていたってのも、うっすら知ってるだろう。それはいずれ強化兵士となって行く子供たちだ。強化兵士っていうのはな、まあ、ありていに言うと人型兵器ってことなんだよ」
ご主人はいいました。
「引き取り手のない子供をそうやって改造して使っていた。倫理観なんてない。当時は確かに非常事態だったし、そんなきれいごとを言っていられるような状態ではなかった。でも、そうやって戦場に送られて行くガキどもが、俺はかわいそうになった。いやいや、押し付けられてやり始めた仕事だったのに、段々、あいつらに情が湧いてきちまったらしい」
ご主人は続けます。
「それに遊園地自体も用済みとなるところだった。子供の慰問施設としての機能すら奪われようとしていた。俺は危機感を抱いて、裏方をしてたドレイクを巻き込んで、ツアーを企画したんだ。まだ俺たちも、あの施設も、まだ役に立てる、存在意義を示したかったのかもしれない。俺は、そのイベントのために、こいつを準備した。このブローチは、ガイドになるスタッフがつけるものだ。俺とドレイクと何人かの協力者がこれをつけられる」
ご主人はため息をつきました。
「けれど、ツアーの当日になったが、子供たちはやって来なかった。理由は知らねえよ。その後呼び出しを受けて、排除の仕事をしたから本当に襲撃されて来られなかったのかもしれない。それか、或いは上層部に、俺の企画が弄ばれていただけなのかもしれない。その真実はわからないが、原因不明でドタキャンされて。もう機会は二度と与えられなかった。当時の俺はこれを見るのも嫌になってな。全部まとめて倉庫の一番下の段ボールに封印しちまった」
ご主人は言いました。
「で、店で、こいつを見た時も、最初は俺は嫌なことを思い出させるものだと思った。……でも、不思議なもんでな」
とご主人は苦笑します。
「このブローチが、他人のもんになる方がどうしても許せなくなって、結局、買い取ることにしたんだ」
……。
そうだったんですね。スワロそんなこと知らなくて。ご主人が、単にブローチが欲しいんじゃないかって思ってたんです。
スワロ、本当の事を言うと、たまったおこづかいで、そのブローチが欲しかったんです。
「なんだって?」
スワロは怒られるかと思いつつ、言いました。
あのとき、ご主人が、ずっとブローチを見ていたから、ご主人が欲しいんだと思っていました。でも、お金つかいすぎだから、遠慮したのかなって。
だから、スワロがおかねを貯めて買ってあげようと思いました。
ご主人は苦笑しました。
「馬鹿だな、お前。そんなもんに、気を遣わなくていいんだよ。お前は好きな物さえ買ってりゃ」
ご主人は言います。
「ほら、こうやって俺は、自分で欲しいものは買えるしな。欲しいものはどうにかして手に入れられる。その気になれば非合法な方法も辞さねえ俺だ。だから、お前は自分の欲しいものを考えてればいいんだ」
ご主人は言いました。
「お前、俺が買っちまったこと、わかってたんだろ? それで売約済みの札が出てて、落ち込んでいたのか?」
確かに、スワロ、どうしようと思いました。
ご主人が自分で買っちゃったの知ってからも、どうしようってなりました。
でも、ウイスやタイロに聞いて、アイデアもらいました。
それで、さっき、まりんちゃんに頼んでいた物を引き取って来ました。
スワロは、黄色の箱をショルダーバッグから、差し出しました。
ご主人。
このブローチがご主人にとって、よくない思い出を思い出させるなら、これは余計なお世話なんだと思います。
スワロ、まだみじゅくな機械だから、ご主人のきもち、全然りかいできてなくて、ごめんなさい。
でも、うけとってほしいです。
「お前」
ご主人がきょとんとしました。
「お前、馬鹿だな。そんなことしなくていいって言ってるのに」
でも、これはスワロの気持ちなんです。
きっと、昔のご主人もすごくがんばってました。だからうまくいかなくて、そのブローチいやなんだと思います。
でも、ご主人、スワロのお帽子にピンバッジつけてくれました。本当はご主人、きっと思い入れも深かったんだと思う。本当にいやなだけなら、目に入るスワロのお帽子につけてくれないです。
スワロ無神経ですから、ご主人が怒ったらごめんなさい。
でも、これはスワロの、お疲れ様とありがとうの気持ちなんです。
よかったら受け取って下さい。
そう言われたご主人はちょっと、動揺するような目をしました。
「あのな、お前、俺は……」
ご主人は、戸惑いつつ、それを結局受け取りました。
かわいいラッピングをそっと外します。箱を開けると、中からはコサージュがでてきました。花束の形をしたものです。
ちょっと渋めの赤い花が印象的で、でも、そんなに派手すぎることもなく、上品です。ご主人にはよく似合いそうです。
「これ、あの娘に作ってもらったのか?」
はい。ご主人、そのコサージュは、ブローチと一緒に合わせられるように作ってもらいました。
ご主人は、コサージュとブローチを重ねます。
コサージュの真ん中は丸く凹んでいて、ブローチがうまく入るようにできています。
ブローチだけでもきれいですが、花束のコサージュと合わさると、やさしい感じの色合いになって、調和しています。
まりんちゃん、本当にお上手です。
きっと、ご主人には似合うと思う。
ご主人は黙っていました。
怒っているわけではなさそうですが、しばらく黙っていましたが。
「おっ、お前、なあっ!」
ご主人、突然、スワロの頭を掴みました。
な、何するんですかご主人。
「ばっ、馬鹿だな、お前は本当に。俺にそんな気遣いしなくていいって言ってるだろう」
ご主人は、ちょっと怒ったような口調でしたがそれは怒ってるのではないようです。
ご主人は、スワロの視覚センサーを手のひらで押さえています。
「ば、っ、馬鹿だな本当に」
ご主人の声が、いつもよりもさらにかすれているような気がしました。
「まったく、こんな馬鹿な気遣いするように育ててねえのに。……でも、あ、ありがとうな」
ご主人に視覚センサーを隠されたまま、ぎゅっと抱きしめられました。かすかに水滴の気配がしましたが、それがなんなのかわかりません。
ご主人は、しばらくしてからスワロを解放してくれました。
顔を上げた時のご主人は、もういつものご主人でした。ちょっと目と鼻が赤い気がします。
ご主人の胸元にはコースターとブローチが揃って並びました。
花束のコサージュは、ブローチと調和してより優雅で華やかでした。
ブローチだけだとどこか寂しげな観覧車でしたが、蘇ったかのように明るいです。
ひとは、お仕事でもお疲れ様をいうために花束を渡すことがあるって、タイロ言ってました。
このコサージュの花束も、ご主人にお疲れ様をいっているようでした。
「……もう忘れるほど昔の話なのにな、いまさら、お疲れ様なんて言われると思わなかったぜ」
ご主人は苦笑いです。
でも、スワロは、ご主人にプレゼントができて本当に良かったと思いました。
おこづかい、ためてよかったです。
スワロのおこづかい帳
残高2,000円(−8,000円)
メモ:まりんちゃんは遠慮して5,000円で良いよって言ってくれましたが、本当は10,000円絶対にするお仕事です。お願いしてせめて8,000円にしてもらいましたが、おこづかい、あまりました。
次に欲しいもののために、しばらくおいておきますが、次は何のために貯金貯めるといいんでしょうか?
スワロゆっくり考えますね。
新しい目標は考え中。




