30:みらいからのおつかれさま(花束)-1
「旦那、本当によくお似合いですよ」
ご主人、今日はご機嫌です。
「へへ、想像通りだな。ちゃんとピッタリ仕上がってるぜ。相変わらずオヤジは腕がいい」
ご主人、今日は仕立て上がったジャケットを仕立て屋さんに取りにきています。
織りの入ったジャケットは、いつもよりもやっぱり派手な気もしますが、仕立て屋さんが上手にまとめてくれていて、いい感じに上品です。
……。
いえ、言いすぎました。やっぱり、ガラはそこそこ悪いです。でも、なかなかオシャレですし、うーん、ギリギリですが、ドレスコード合格でしょうか。
とりあえず、ご主人にはよく似合っています。
今までのジャケットと大きく違わないですが、デザインもちょっとだけシャープで、細身のご主人がよく映えます。ご主人、お世辞抜きに足は長いんですが、こうしてみるとなかなか格好良いですね。
あまりいうと調子に乗るので、スワロはいわないですけれど。
「動きも申し分ねえし、着用も楽だ。まあオヤジに頼んだ服は大概楽に着られるけどな。マグネットやらピンやらで留められるから、扱いやすいぜ」
「お気に召して何よりですよ、旦那」
「うん。ちょっと高い買い物だったが、新調して良かったぜ。確かにこれならフォーマルな場所の仕事の時もやりやすい」
「そうでしょう。そうそう、このブローチも似合うようにしておきました。旦那には絶対お似合いですよ」
そう言って、仕立て屋さんはご主人に小さな箱を渡します。ショーウィンドウからはあのブローチが下げられていて、あの箱の中身がそれだというのは、スワロにもよくわかりました。
「お、おう、まあつける機会は多くねえと思うがな」
ご主人、箱を開けて中を見るのかと思いきや、そのまま受け取って箱ごとしまっちゃいました。
素直に喜んでるのとは違うのかな?
ご主人、ふくざつな気持ちもあるのでしょうか。
と、その時、店の奥の扉が開いて、十三、四歳くらいの女の子がスワロを見て、ちょいちょいと手招きをしました。どうやら、スワロにこっちに来て欲しいと言っているようです。
スワロはご主人と仕立て屋さんがお話している間に、お店の奥の品物を見るふりをひて、そっと女の子に近づきました。
女の子は多分ここの仕立て屋の娘さんみたいです。仕立て屋さんに、年頃の娘がいるってご主人言ってましたもの。
「あなたがスワロちゃん?」
女の子はスワロがうなずくと、微笑みます。
「ウィステリアさんから頼まれていたあれ、ちゃんとできあがってるよ。おとうさんにも協力してもらったけど、アクセサリーやミニチュアの雑貨はわたしが作ってるの」
あっ、もしかして、スワロのかわいいお帽子やかばんを作ってもらってるのは?
いつもありがとうございます。
スワロは、言葉では伝わってないまでも、きゅっきゅっと鳴いてお礼を伝えようとしました。
急に頼んだのにつくってもらえてうれしいです。
「ううん。あなたのマスターさんは、絶対こういうの似合うと思うから」
と、彼女は、うっすら頬がピンクです。
そういえば、ご主人、この娘さんを悪いやつから助けたことがありましたねー。相変わらず、無意識によそのお子さんの初恋をうばっているみたいです。
けしからんご主人ですね。
スワロは、小さなラッピングされた箱を受け取りました。
ウィスとスワロが打ち合わせした通り、夏に似合う黄色の包装紙に可愛いレース。リボンは白で、ひまわりの花のモチーフが添えられています。
昨日、ウィスができあがりを確認してくれたときに、ラッピングしてくれたようです。
うん、予想通りかわいいです。
今日はスワロ、小さなショルダーバッグを持ってるので、それをそっとしまいました。
「おい、スワロ、何やってる?」
ご主人の声が聞こえました。
女の子が慌てて隠れます。
「おっ、そうだったな。オヤジには娘さんがいるんだったな」
ご主人は、子供にはつよいのです。強面のご主人ですが、子供の扱いにはなれていて、ちょっと親しみやすい笑顔を浮かべて、
「まりんだったな。久しぶりだ。スワロと遊んでくれてるのか? いつもスワロの帽子、ありがとうな。本人も気に入ってるんだぜ」
名前覚えてるんだ。
さすがは天然タラシといわれたご主人です。
名前を覚えてもらっていた上、作品を褒められたまりんちゃんは、顔を真っ赤にしてうれしそうです。
つみぶかい。
「顔を見せてくれるの、珍しいな」ら
「他の獄卒のお客さんには危ないやからも多いんで、まりんには店の表に顔を出すなって言ってるんですが、今回は旦那だから特別なんですよ」
「それはありがてえな」
確かに昔はご主人も会えていなかったらしいです。ここは特殊なバトルスーツもし立てられるお店です。強化兵士のひとは、お世辞にもカタギとは言いがたいですから、仕立て屋さんの気持ちもわかりますね。
「うちのスワロも、また似た年頃みたいなもんなんでな。仲良くしてやってくれ」
まりんちゃんがうなずきます。
「なんせアシスタントにも情操教育っていうのが大切だっていう。人工知能だって丁寧に育てていけば、感性っていうのが磨かれるって本に書いてあったんだよな。俺はスワロには、そういう感性を磨かれたAIになって欲しいんだ。だから同じ年頃っていうのも変かもしれないが、そのぐらいの女の子とも付き合って欲しいんだよな」
ほごしゃ、みたいなことをいうご主人です。
いつもは、あんなにスワロに面倒見させるのに、得意げにいうご主人ですよ。
「仲良くしてやってくれるとうれしいぜ」
「はい。こちらこそ」
ご主人のドヤ顔はおいといて。
確かに、スワロ、マリンちゃんとは仲良くなれそうですよ!
*
「やっぱりよ、こう新しい服っていうのはいいよな」
とりあえず新しいスーツ一式から、古い方のジャケットに着替えてご主人帰路につきます。新しいスーツも着たい一方、ちゃんとしたときに下ろしたい気持ちもあるらしいご主人です。
「やっぱパリッとしてるというか、バシッとしてる背筋が伸びる感じがするぜ」
そんなこと言うご主人、結構猫背なんですが。変化、あったかな。まあ、多少伸びてる?
うーん。
「なんだよ。お前、難しい顔してんな」
そうですか?
スワロには表情はないはずなんですけれども、なぜかみんな、スワロには表情がある気がするって言います。顔に出ちゃうタイプなのかな。それとも動き?
余計に難しい顔で考えちゃいそうです。
と、ご主人がスワロに言いました。
「で、お前、元気出たか?」
えっ、なんですか?
「いや、最近、お前の様子がおかしかったからよ。落ち込んでるみたいだったり、考えこんでいるから、なにかあったのかなと」
スワロはきょとんとします。
「だってお前、ウィスと一緒にいるときも変だったし、それに昨日までもなんだか落ち込んだり、考えたりしていて。せっかく小遣いが溜まって欲しい物が買えるっていうのに、うれしそうじゃなかったり。なんかあったのかと思ったんだ」
それでお迎えに来てくれたりしたんでしょうか。ご主人、そんなに心配してくれていたんですね。
本当は、ご主人、その気になれば、スワロが考えていたか、何を見てきたかを全て把握することができます。スワロの記憶や気持ちなども読み取る権利がご主人にはあります。
でもご主人は、無理やりそういうことをするつもりはないみたい。
「オオヤギのところに預けてから、なんか変かなってさ。フカセの野郎に変なプログラムでも吹き込まれてないかなって」
はそんな事はないですよ。フカセさんはちゃんとしてくれてました。
「あいつは天才プログラマーなんだけど、それがために人工知能を人間っぽくするって、そういう試みをやってた男なんだよ。でも、急激にお前に人間っぽい思考をするアップデートかけたりすると、お前自身が戸惑う事もあるんじゃないかと思ってな」
ご主人は言いました。
「お前の様子がおかしいのはそれかなと。それに、俺の記憶や思考にも影響受けやすいから、お前が知らない記憶が流れ込んで悩まされたりしてねえかなと」
ご主人、そんな事まで心配してくれていたんですか?
スワロそんなこと全然気付きませんでした。
ご主人もろくでもないことをしか言いませんから、ついスワロだって、どくぜつはいありしちゃいます。ご主人とけんかになることもあります。
でも、やっぱりご主人、スワロの事をよく見てくれてるんですね。
「まあお前が元気なら良いんだ。で、こづかいで欲しいものはなんだったんだ? これから買いに行こうぜ。お前がすぐに買いに行かな買ったところみると、遠いところに店があるんだろ?」
スワロは、すぐにお返事せずに、ご主人に尋ねました。
ご主人。さっきブローチ買ってましたよね?
「ああ、そうだぜ」
あれって、スワロが帽子に付けてるこのピンバッジと同じデザインですよね。
ご主人が少し困惑した様子になりました。