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26:灰色の雨の記憶(悪夢)

 ご主人ー!

 ご主人、どこですか?


 スワロは、ご主人のいない灰色の世界をさまよっています。

 ここはどこなのかわからない。

 とにかく、ご主人をスワロは探しています。

 早く探さなくちゃ。スワロがいない間に、ご主人は死んじゃうかも。

 スワロは、迷宮のなかをあてもなく飛んでいます。


 *


 雨の世界は、灰色の世界です。

 はじめ、スワロは、雨の降る建物の中にいました。


 そこは、毎日ざあざあ雨が降っています。雨は黒く汚れていて、おそうじがたいへんだな、と、スワロは外を見ながら思います。

 外には大きな観覧車がありますが、雨に打たれて朽ち果ててきています。昔はとてもきれいだったんじゃないのかな。

 ここは、どこなんだろう、とスワロは思いませんでした。

 普段のスワロなら、ここが知らない場所だってわかったはずですが、スワロは疑いもせずにそこにいます。

「何見てんだ? スワロ」

 ご主人の声が聞こえます。ご主人はハスキーボイスですが、ここのご主人はあまり声が枯れていません。声もみずみずしいです。

「雨なんて珍しくもないだろう?」

 ぴぴ、と、スワロは鳴いています。

「さあ、中に入んな」

 ご主人の大きな手に包まれて、スワロはお家の中に入ります。

 ご主人は今と服装が違って、ゆったりした着物を着ています。髪は後ろだけ長くしているようです。

 そもそもは、そういう形のショー用の衣装があるようでしたが、好みなのか、普段はそれを少し地味にしたものを着ています。

 雨が降る中、どうやら、ご主人とは二人ぼっちなのです。

 灰色の世界の中、色がついているのは、ご主人とスワロだけでした。

 ご主人は、安楽椅子に長い足を組んで座って、スワロを小鳥のように撫でます。本当にそこでのスワロは小鳥のようです。

「お前がここにきてから、そろそろどれくらいになるかな。数えるのはもう忘れちまったが、ずいぶん長く一緒にいる気がするぜ」

 やはり少しだけクリアに聞こえるご主人の声は、今よりその言葉にもトゲがありません。

 スワロが少し心配になっちゃうくらい。

 ただ、ご主人の手があたたかくて、スワロはその手に撫でられるのが好きなのです。

「この仕事、左遷だからよ。……おれはもう旧型だし、愛されちゃいないから。遊園地のスタッフなんて、なんでおれがやらなきゃならねえのかと思っていた。……でも、お前みたいな子供がきてくれるのは、正直、うれしかったんだぜ」

 けれど、とご主人はため息をつきます。

「お前みたいな子も、もう今はほとんど来なくなっちまったな。でもそれはそれで良いのかもしれない。お前みたいなかわいそうな子は、他にはいないほうが良いんだ。……ここは、強化兵士に改造される子供たちの慰問施設に使われた。お前は残されたもののカケラの一部だから、もうそんなこと覚えていないだろう。それはそれでいい。悲しい記憶なんて、思い出す必要なんてない」

 ご主人はいい、手元に思い出したように、なにかを引き寄せました。

「これは、まだあの観覧車が稼働していた頃に作ったもんなんだ。二箱くらい在庫があって……」

 そういうご主人は、観覧車がモチーフになったピンバッジを持っています。

「いや、よそう。もう過ぎたことだ。誰もおれに期待してるやつはいないし」

 ご主人は、寂しげな瞳でそういいます。

「スワロ。おれには、お前がいてくれれば……。もう、なにも、望まない」

 けれど、それはきっと、嘘なんだって、そのときのスワロは思いました。

 ご主人。本当は、また誰かに信頼されて愛されたいのです。


 その中で通信の音が鳴り響きました。スワロはその音にびくりとします。

 その場面は、さっきの場面と続いているのか、別の場面なのかわかりませんでした。

 いくつかの映像がまざったように、視界が二重に見えました。

  ご主人が青ざめた顔で、誰かと電話で話しています。初めはご主人は、スワロが羨むぐらい嬉しそうでした。しかし、その顔がみるみる青くなっていきます。

「わ、わかった」

 ご主人がうめくように言いました。

「お、おれがやるから……。その任務はおれが、やるから、兄貴にはどうかこのことは……。あの夫婦は今が大切な時なんだ。もしかしたら、子供を持てない体の、強化兵士にも子供がもてるかもしれないって。いま、実験中なんだよ。だから、そんな危険な任務は……」

 ご主人が何を話しているのか、スワロはわかりません。

「……わかってる。お前の役に立てるのは、良いことなんだって。お、おれは、もう旧型の使い捨てだから……、そんなことしか」

 ご主人の声がふるえていました。

 わけのわからないまま通信が終わって、ご主人がこわい顔のまま、スワロを連れ出しました。

「スワロ、ちょっと出かけるぞ」

 どこにですか?

 ご主人がひきつった顔のまま、スワロを安心させるように笑いかけます。

「こんな雨の中ばかり、気が滅入るだろう? 少しの間。晴れたリゾート地に行こう。……おれはちょっと難しい仕事があるんだが、お前はオオヤギのところでゆっくりしような」

 スワロは、その時、ご主人に置いていかれてしまったようでした。


 *


 探しても探しても、灰色の世界にご主人の姿は見えません。

 ご主人を探すスワロの姿は、今のスワロでした。赤くてまるいスワロです。

 スワロは、ご主人を探しています。

 いつもはすぐに返答をくれるのに、ご主人は何も答えてくれません。

 ご主人ー!

 スワロはなきそうでした。スワロには涙を流せないのに、泣きそうな気持ちです。

 さみしい。ご主人がいなくてさみしいです。

 早くスワロが見つけなきゃ、ご主人、きっと……『あの時』みたいに。

 『あの時』なんてスワロは知りません。

 それなのに、『あの時』をスワロは思い出します。

 

 『あの時』。

 置いていかれたスワロが、ようやくご主人を見つけた時、ご主人はたくさんの兵士たちに囲まれていました。ご主人が撃ち抜かれてしまうのは、明白でした。

 スワロはあわてて間に入りました。

 引き金が引かれて、あたりは閃光と轟音が支配してスワロの体が半分吹き飛びました。

 ご主人も体を撃たれていました。ご主人の体から真っ黒な花びらが、散っていくように見えました。

 残された力でご主人にちかづくと、ご主人がスワロに手を伸ばしました。

「ああ……、なんで、ついてきちまったんだ?」

 ご主人の声がうっすらと聞こえました。

 スワロはご主人の胸に抱かれているのを感じます。

「仕方ないな、おれと……一緒に、地獄に堕ちようぜ」

 スワロはご主人と、海の中に落ちる気配がありました。

 海の中で溶けていくご主人の体に、スワロは必死でしがみついていました。スワロもいっしょに溶けていったようでした。

 そうして、闇の中に包まれていきます。

 それが『あの時』のすべてでした。

 

 そんな記憶はスワロにないのに、なぜかスワロはそれを思い出しています。

 それがスワロを焦らせます。

 いやだいやだ!

 ご主人、スワロを置いていかないで!

 ご主人がお昼まで寝ていても怒らないです!

 ご主人が手伝ってくれなくても怒らないです!

 スワロ、ご主人のために、ブローチを買うんですよ! おこづかいだって、もうすぐたまります!

 まだご主人になにも渡せてないのに!

 だから、ご主人!

 もう二度と、スワロを置いていかないで!

 灰色の迷路の中で、雨が降ってきます。

 ご主人との薄く甘い雨の光景を壊す、強い酸のような雨です。灰色の迷路は溶け始めていましたが、それで余計に難しい地形になります。

 進むのも戻るのも難しくなるようで、スワロは、ご主人を呼んでみます。

 けれど返事がなくて、スワロは押しつぶされそうです。

 と、その時。

 灰色の世界に白い閃光が、走りました。

 灰色の世界が悲鳴を上げるようにして壊れていきます。色彩が戻ってきます。

 塞がれていた壁が崩れると、そこに誰かいました。

「大丈夫か?」

 見るとそこには黒い服の少年がいます。

 短い黒い髪の、目元の涼しい美少年です。

 彼はさっきそこを壊すのに使った刀を納めると、スワロを手のひらに乗せました。

「ふむ、私がやってきて良かった。つらい思いをさせたな」

 その後はスワロを撫でてくれます。

「昼間にどこかで汚泥に触れただろう? お前たちは汚染に強いが、やつらの悪意あるプログラムの影響を受けることはある。あれはウィルスのようなものだから」

 その子に見覚えがあります。

 七夕の夜の夢にいた『あにさま』です。きっとそうです。

 あ、ありがとうございます。

 スワロは、言葉が通じているかわからないまま、お礼を言いました。

 でも、スワロはご主人を探していて。

 ご主人、どこにもいないんです。早く探さないと、心配です。

「ああ、そのことなら仔細ない。これは、人間で言う夢のようなものだ。お前のマスターは、寝所で寝ているところだと思うよ」

 そうなんですか?

 スワロ、確かに、昼間にご主人と囚人と戦ってきました。でも、ちゃんと洗浄していたのにな。影響されちゃうなんて、情けないです。

「時にそういうことはあるものだ。繊細に作られていればいるほどな。気にしなくても良いぞ」

 ところで、あなたは? 『あにさま』ですか?

「ああ、私は、その」

 あにさまの男の子は、少し困惑したようでした。

「通りすがりというか、すこしお前に会いたかったのだ。この間、尋ねられた話をうまく話せなかったから、ここで、さらにこの姿であれば話せると思ったのだが」

 あにさまは、頭に手をやって。

「うまく周波数を合わせて、お前と会えたと思ったが、かえって私のせいで悪い夢を見せたかもしれない。私はやつらを誘き寄せる習性があるもので……お前には悪いことをしたものだ」

 きゅ、とスワロは小首を傾げます。

 なんの話でしょうか。

「先ほどの妨害で、今日はもう時間がない。また落ち着いた時にお前のもとにくるので、その時にきっとあの話をしてやろう」

 スワロは飲み込めませんでしたが、あにさまがまたきてくれるというのは朗報です。

 おねがいします。

 そう頼むと、あにさまはにっこり笑います。

「うむ。それではまた」

 あにさまがいなくなると、周りも明るくなっていきました。

『スワロ? なんだ、まだ寝てんのか?』

 不意にご主人の声が聞こえました。



「おう、おはよう」

 スリープが解除されて起動すると、ご主人が珍しく早起きして立ったまま、アイスコーヒーを飲んでいました。

「スワロ、どうした? ずいぶんスリープからの起動が遅いから、心配したぜ? フカセのやつの整備が悪いのかもな」

 ご主人は、そう声をかけてきました。それ以上、スワロを気にすることなく、窓の外を見ます。

「ちッ、今日は雨か。……あーあ、せっかく、早起きしたが、外に行く気がしねーなァ」

 きゅ、とスワロは鳴いて、ご主人に抱きつきました。

「おっ、なんだ、どうした? なんだなんだ」

 ご主人はこぼしそうになったアイスコーヒーをテーブルに置くと、スワロを手のひらで抱き止めます。ご主人の手は大きくて温かいです。

「なんだよ? 怖い夢でも見たか? お前は繊細だから、怖い記憶を繰り返しちまいがちだからな」

 ご主人はそういって、スワロを撫でてくれます。きゅっきゅとスワロは鳴きます。スワロに涙は流せないですが、ヒトの子が泣いている気持ち、わかる気がします。

「んー? 俺がいなくなるかもって? 何言ってんだ」

 ご主人は、けろっとそう言い苦笑します。

「俺はここにいるだろ? 心配するなよ」

 きゅっきゅ、となくスワロにご主人は言いました。

「安心しろよ。俺はどこにも行かねえからな。行くところもねえし」

 ご主人の声は、夢の中のご主人より、しゃがれてハスキーです。

 その声のご主人が、夢の中と同じように優しく撫でながら言います。

「俺もどこにも行かねえから、お前もどこにも行くなよなあ」

 スワロ、やっぱり、ご主人の大きな手が好きです。

 ずっとご主人と一緒にいたいと、スワロは、思いました。


スワロのおこづかい帳

残高9,600円(+500円)

今日は雨も降っているし、へんな夢を見てしまったのでせつやくもできなかったのですが、臨時収入がありました。「なんかドレイクがお前にってさ。こづかいなんだとよ。理由はなんで? それは俺も知りたい。アイツ何考えてるかわからねえんだ」

うーんと、ご主人、お礼をちゃんと伝えてくださいね。

でも、ドレイクさんかあ。そういえば、あの『あにさま』、ほんの少しドレイクさんに似ていますけれど。でも、まさかですよね。

目標まで400円

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