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25:溶けるアイスと黒コート(じりじり)

 暑い。

 じりじりする太陽の輝く夏の昼です。


 耐熱性のあるスワロはこのくらいのは平気なのですが、にんげんは大変だと思います。

 そうはいえども、ご主人ったら、お買い物に行くと約束をしていたのに「今日は暑いから無理。こういう日は外に行かねえ方がいいんだ」とか言って、冷房の効いた部屋のソファで寝ちゃいました。

 お買い物いかないといけないのにっ!

 今日は、お野菜とお肉が安い日なんですよ!

 スワロは、仕方なくひとりでおでかけしました。そして、クーラーボックスにお買い物袋を詰めて持ち帰っているところだったんですが。


「世話になってすまなかったな」

 公園の木陰にあるベンチに、スワロはとある人と座っています。

 隣には、スワロの渡したミネラルウォーターとアイスクリームを手にした男性がいます。

 表情も顔色も変わっていませんが。

「思ったより気温が高かったようだ」

 隣にいるのは、ドレイクさんです。

「戦闘後にクーリングが必要なのはわかっていたが」

 確かにドレイクさんと、近々、お話ししたいとは思っていましたが……。

 謎の沈黙が続きます。

 なんだろう。……謎に空気が重たいです。

 こういう時、タイロがいたら良いんですが……。

 どうしてこんなことに……。


 *


 スワロがドレイクさんと出会った経緯は、このようでした。

 お買い物帰り、公園を横切っていました。

 こっちの方が、おうちまでショートカットの道なのです。暑いので持ってきたクーラーボックスに、お買い物袋ごと入れて運んでいるスワロでした。

 今日はとくばいびだったんです。

 お野菜とお肉のほかに、ミネラルウォーターもちょっと買い足し。

 ご主人は甘いものはあまり食べませんが、夏ですし、タイロが遊びに来たら食べますから、箱入りのアイスクリームも一つ追加。

 あとは、ここのお店のめいぶつの、美味しいお惣菜も。

 最近、ご主人ったら、簡単な食事で済ませちゃうことも多いので、ちゃんとしたのを食べてほしいですからね。

 せつやくしながらも良いお買い物ができました。

 スワロは満足して、帰り道をすすみます。

 しかし、公園の木陰にさしかかったときに、急にふおんな気配を感じました。

 うーん、これは、汚泥の反応です。囚人がひそんでいるかも? 

 スワロに危害を与えるほどの強さではないかもですが、ご主人と一緒でないと危ないですから、早めに通ってしまわないと。

 そう思いながら、かけあしの速度でふよーっと飛行していましたら、反応が突然消えました。なるほど、スワロが感知する前に、管理局のひとたちもわかっていたようですね。

 おそらく、排除が行われています。

 よかったー。さいあく、ご主人を叩き起こして呼ばないとと思いましたもの。

 そう思ったスワロは、気を取り直して進もうと来たところ、しげみから黒いものが出てきました。びくっとしましたが、少なからず人の姿をしています。

 敵も人の姿をしていることもありますが、汚泥の反応もなさそう? と観察していますと、黒い服を着た男性のようで、なるほど、このひとが先ほどの反応の囚人を排除したんでしょう。

 スワロがニンゲンだったら、心拍数爆上がりでどっきどきしているところ。

 とりあえず、安心して良さそうです。

 スワロの方をみることもなく、男のひとは歩き始めましたが、木の幹にふらりと寄りかかります。

 だ、大丈夫でしょうか。

 スワロがそーっとのぞきこみますと、どうも見たことのある顔です。あれっ、もしかして、ドレイクさんでは?

 きゅーと、鳴いて、声をかけます。

 だいじょうぶですかー?

「あつい」

 不意にボソリと呟くドレイクさん。

 も、もしかして、熱中症とかでしょうか。それはあぶないです。

 顔が青ざめているのが元からっぽくて、スワロでは判断しづらいんですが。

 スワロはクーラーボックスをあけて、ミネラルウォーターとアイスクリームをさしだしました。


 こうして、スワロとドレイクさんは、公園の木陰のベンチに共に座ることになったのです。

 ドレイクさんは、ミネラルウォーターを飲んでアイスクリームを、ごくごく静かに、しかし、ぺろっと食べてしまった後、すっかり落ち着いたようです。

 顔色は全然変わりませんし、顔は涼しげだったんですが、暑かったんですね。

 しかし、ドレイクさんは、黒のコートのような服。

 ……。

 暑いなら、それを脱ぐことから始めた方が良いと思いますよ。

 今日はビーティアさんが見当たりません。いつもは、襟元にいることが多いのですが。

 それで、つっこんでくれる人がいないのかな?

 あ、あの、お、おひとりですか?

 スワロは、きゅっきゅとないて話しかけてみます。ご主人やビーティアさんがいないと、スワロの言葉は伝わりそうにないですね。レシートに印刷したり、端末に文字を送ることもできますが、ドレイクさんには視力の問題がありそうです。

 すこしの間。

 ……沈黙が重たいです。

 タイロだったらドレイクさんにも、

『ドレイクさんは静かですよねっ。今日はお一人なんですか? 暑いですよねー。だめですよ、水分補給しないと。あれ? アイスクリーム好きなんです? もう一本食べましょうか! あと、そんなコート着てたら、熱中症になりに行ってるようなもんです。ユーレッドさんといい、暑さには弱いんですから、そんなもんは脱いで、夏の装いにしましょうっ!』

 とか流れるように話しているところですが……。

 タイロ、どういうメンタルをしているのでしょう。

 この重たい沈黙のドレイクさんに、あれだけすらすら話しかけられるなんて、タイロ、平凡に見えて普通の男の子ではないですね。ご主人の舎弟をつとめるだけはあります。

「ビーティーだが……」

 唐突にドレイクさんが口を開きます。流石にスワロの意図することに気づいてくれたみたい?

「本日はメンテナンスで、預けてある。その間、簡易なアシスタントで視覚のアシストをしてもらっている」

 今日のドレイクさんは耳元にイヤカフをしていますが、なるほど、それでナビをしてもらっているのでしょうか。

 納得しました。

 が、また沈黙。か、会話が続きません。

 というか、スワロの力で会話を続けさせるのは至難の業。だって、スワロ、きゅっきゅとしか鳴けないですもん。

 タイロ、切実に通りがかってほしい! この際、ご主人でも良い!

 じりじりの太陽の下。スワロもちょっぴりじりじりしています。

 ドレイクさん、食べ終わったアイスの棒を見ています。も、もしかして、二つ目がほしいのかな。

 ダメ元で、きゅきゅっとクーラーボックスを開けて、チョコクランチのアイスクリームを差し出してみます。

「ネザアスも必要なのでは?」

 ドレイクさんは、ご主人のことをネザアスって呼んでいます。ご主人の昔の名前だと聞いています。

 スワロは首を振ります。

 ご主人は、少食だし甘いもの好きじゃないから良いですよ。食べちゃってください。

「それなら、いただこう。すまぬ」

 とドレイクさん。さっそく、ぱくっと食べています。

 ……アイスクリーム好きなのかな?

 ご主人からは、ドレイクさんは、やきそばやたこ焼きなどの小麦粉でできた食べ物が好きと聞きましたが。

 そういえば、スワロ、ドレイクさんのことは、よく知りません。

 タイロがくるまでは、ご主人も苦手なところのある、怖い獄卒さんという印象でもありました。無口で無表情だし、こわい噂もあるし、雰囲気もこわい感じ。

 こんなふうに、二人でお話しすることはありませんでした。

 アイスクリームを食べているドレイクさんをみると、なんだか少しだけ緊張がやわらぎそう。

 もしかしたら、思ったより優しいひとなのかな? タイロは実は良い人だって言ってましたし、ご主人も、本当はドレイクさんのこと、きらいじゃないみたいです。

 と、ドレイクさんが、ふとスワロの帽子を見ました。

「バッジ……」

 とだけぽつり。

 今日はスワロ、麦わら帽子をかぶっています。その上に、あの観覧車のピンバッジをつけていました。

 もしかして、ドレイクさん、このバッジのこと知っていますか?

 と思いましたが、スワロが訴えてもうまく伝わりそうにないです。

 きゅっ、きゅー、と鳴きながら、スワロは、ご主人がこの観覧車のブローチに反応したことを聞き出そうと思いますが、伝えることが多そう。

 それでも、きゅきゅ、と鳴いていると、不意にドレイクさんが小首をかしげました。

「そのバッジがなんなのか知らないのか?」

 きゅ、とスワロはうなずきます。

 スワロは、これが、昔、強化兵士となる改造の被験者の子供たちに配られるはずのもの、としかきいていないのです。

「そのバッジは、とある遊興施設のツアーのために作ったものだ。……私も関わりがある」

 ぽつりというドレイクさん。

 えっ、そうなんですか? そ、それは気になります。関わりって、なんの関わりですか?

 と、いろいろ聞いてみたいですが、直接伝わらないんですよね。

「在庫が残っていたとは思わなかった……。失われたかと思ったが」

 そこの詳しいお話を。

 と、ほんの少しの沈黙。

 ああ、じりじりしてもどかしいです!

「そのツアーは、白騎士の作成の後期に企画されていた。準備をしていたが、実現は叶わなかった」

 そのあたりはイトウさんに聞いたので、予想がついていました。

「そもそも、そのバッジのツアーを計画した目的と人物は……」

 ようやくゆっくり口を開いて、そこまで話してくれるドレイクさんでしたが、その時、

「こんなところにいたのか?」

 と声がかかりました。

 声の主は、がっしりしたひげのある年配の男性です。眼鏡をしていますが、かなり眼光が鋭くて、ちょっとこわい感じですね。

「ツカハラ、標的の排除は完了ている。安心して良い」

 ドレイクさんは、あくまで機械的に答えています。

「それはサーチしてわかっているが、なかなか帰ってこないから見にきたんだ」

 とツカハラさん。

「今日のお前にはアシスタントが不在だからな、無理をしていると悪いと思ってな」

「問題ない。だが、気温が高く、戦闘後に少し熱暴走気味だったから、休んでいた」

 淡々と話すドレイクさんと男性。

 やはり、気配のあった囚人を倒したのはドレイクさんで、管理局が排除命令を出していたみたいですね。

 と、その時、また別の声がしました。

「おーい、スワロ! って、おっ、なんだ! ドレイクだけじゃなく、ツカハラまでいるのか!」

 ご主人です。

「スワロ、遅いと思ったら、なんてやつらと寄り道してるんだよ? 濃いヤツ特盛じゃねえか」

 これはご主人に言われたくないです。

 ご主人、遅い! さっき、沈黙が続く時に来てくれたらよかったのに。

「ん? 誰かと思ったらお前か。宵っぱりのお前が、昼間に出歩くとは珍しいな」

 ツカハラさんが、ご主人に尋ねました。

「本当は昼寝中だったんだよ。でも、うちのアシスタントが、おつかいから帰ってこねえし、囚人の気配がありそうだし。迎えに来たんだ」

「その標的は、俺がドレイクに依頼して仕留めてもらった。排除は完了済みだ」

 ご主人は、肩をすくめます。

「ははー、相変わらず、ツカハラ隊長、アンタも大概仕事熱心だねえ。イトウのオヤジが言ってたぜ。たまにはうちにも寄れってな」

「ふん。あんな血の気の多いイカレたヤツ、相手にしてられん」

 ぶっきらぼうなツカハラさん。

「まあそれには同意するが。それはそうとして、ツカハラさんよー」

 ご主人は怪訝な顔をして眉根を寄せます。

「戦闘依頼するなら、そこの馬鹿に、せめて夏はコート脱げって勧めとけよ。いくら、汚泥対応の戦闘服っていっても、この暑さでそんなの着てると熱暴走でなんらかのエラー出て当然だろ」

 ご主人の的確なツッコミ。

 スワロの言いたかったことを言ってくれるのは良いですが……。

 ご主人が来ちゃったので、ドレイクさんの話の続きがきけそうにないですね。

 ドレイクさん、すっかりくちをつぐんでしまい、アイスクリームを食べるだけになっています。

 あれ、なんて言いかけたんだろう。

 ドレイクさんが関わっているなら、きっとご主人にも関わりのあること。

 ……せっかく、お話聞けそうだったのになあ。


スワロのおこづかい帳

残高9,100円(+300円)

とくばいのお買い物でせつやくちゃんとできました。とうとう千円を切りましたよ!

これなら数日中に達成できそうです!

……でも、ドレイクさんのいいかけた話が気にかかります。

目標まで900円

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