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24:つまさきは静謐に白く(爪先)

 板張りの広い場所。

 そこは、体育館に近いところでした。

 ごくごくみじかい時間、ご主人とその人は、素足で対峙していました。

 珍しく、ご主人もその人も剣道着のようなのを着ていて、袴を履いています。

 二人は竹刀を構えます。いわゆる青眼の構えというやつです。

 ご主人もちゃんと構える時は、爪先に力を入れています。ご主人は利き手の都合、左足が前に来ていますが、右足は爪先だち。

 そして、相手の方は、すうっと右足を出しています。そのひとの、爪先が板の上でしろく見えます。

 真剣を持っているわけではないですが、そのひとの冷たい空気を、ご主人が感じているように、スワロも感じたのを覚えています。

 その人のそばに蝶々が舞い飛んでいて、キラキラ音を立てています。

 黒い袴からのぞく、そのひとの爪先の白さが、何故か印象的です。

 

 *


 ご主人たちは、刀を使って戦います。

 獄卒のひとは、元の素行が悪すぎるので銃器の携帯が禁止されているのです。

 でも、ご主人曰く、それだけではないみたい。

「囚人ってのは、悪意に染まったナノマシン汚泥の集合体だが、あの形になるからには核があるわけだ。核を破壊しないとトドメは刺せない。が、生半可な銃器だと、無駄に汚泥を飛び散らかせるだけになることもしばしば。核をピンポイントで撃ち抜ける技量と威力が必要ってわけだ。なので、近接兵器の方が扱いやすいんだよ」

 とのことです。

 そんなことで、ご主人曰く、より対応に特化した戦士は、近接の武術や格闘技をよくすることが多いんですって。


 なんでそんな話になったかというと。

 今日は、タイロがお仕事で獄卒の実態について報告書を書くためにご主人から情報をもらっていて、そんな話になったのです。

 というのは、ていの良い理由で、実際はご飯を食べに行ったり、カフェでお茶をしたりしているだけなんですけどね。

 今日はカフェでお昼ご飯を食べた後、まったりコーヒータイムです。

 ご主人に色々インタビューしているていですが、タイロはケーキセット頼んでいるので、良い身分だと思いますよ。

 香り高い珈琲の香りと甘いケーキの香りの漂う喫茶店。気だるい午後の時間をまったりすごすいい感じの時間ですが、その割に、二人のする話がすんごく物騒です。

 タイロもそういうことは、あんまり気にせず、呑気に物騒な話を聞いては、タブレットにぽちぽちと聞いた話をメモしています。

「ほえー、そうなんですか。管理局には重火器があるって聞いたんですが」

「それを俺にきくか」

 ご主人は苦笑します。

 こうむいんのタイロよりも、ご主人の方が管理局の事情に詳しいのはどうかですが、タイロのような新米には、情報は伝えられないことが多いです。

 ここの管理局は、なにせ情報統制はされていますからね。

 ご主人はそれをもって、「ディストピアもいいとこ、なかなかの地獄だぜ」と言ってますが。

「管理局の対汚泥関連の武装部門の隊員や治安維持局には、対策の武器はあるさ。アイツら、対人間、犯罪者や不穏分子相手に対してはプロかもしれんが、囚人相手には素人なところがあるから、短兵器はリスクが高い。ということで、全部吹っ飛ばせる重火器を使用しているんだが、俺からするとエネルギー資源の無駄だな」

 ご主人が珈琲をすすりつつ、

「あんなもん、核を打ち抜けば済む話だからな。あいつらは汚染されたナノマシンの塊だが、凶暴な化け物の形を取れるのは、中心核があるゆえだ。そこを打ち抜けば、動かない汚染された物質にもどるだけで脅威はぐんと低くなる。清掃班にお掃除してもらえば終わる話」

「ふんふん」

 ケーキを頬張りつつ、わかっているのかいないのか、あいずちをうつタイロ。

「とはいえ、さっきも言った通り、銃で狙撃して体内を動く核をぶちぬくには、それなりの修練がいるわけだ。だから、軍人のあいつらは広範囲をぶちぬけるでかいバズーカみたいなのを使うわけ。だが、そんなもん、素行不良の獄卒に持たせると、反乱のもとだろ。だから、一律、獄卒には火器の所持が禁止されている」

「それで、獄卒の人は剣とか槍とか、そういう武器を使って対囚人の戦闘をするんですね」

「もろもろの事情と効率を考慮すると、それが一番だぞ。まあでも、こちらも修練は必要。ダイレクトに本人のレベルがでちまうんだがな」

 ふむふむ、と、タイロは、うなずきながらケーキのイチゴをほおばっています。

 この子、ケーキ、一つで足りるのかな?

「だいたいわかりました。でもそれなら、獄卒さん達は、より日頃の鍛錬が必要じゃないですか。ジムとかそういうとこで、武術にはげむみたいなこともするんですか?」

「さあて、それはそれこそ、ひとによる話だな。お前も知っての通り、獄卒ってのは、重犯罪者が死刑や終身刑を免れる代わりに堕ちるものが中心だ。日頃の鍛錬の態度もまちまちだよ」

「ユーレッドさんたちはどうなんですか? たとえば、ユーレッドさんなんかは、剣をやってるし、道場とかで?」

「俺?」

 不意にそうさしむけられて、ご主人は苦笑いです。

「俺はそんな熱心に鍛えるタイプじゃねーんだが、……昔は板張りの道場使っていたことはあるし、体育館みたいなところで真剣以外での練習はあったな」

 ふむ、とご主人はうなずきます。

「練習試合とかもするんですか?」

「あんまりしねえなあ。やると、練習どころか真剣勝負になりかねねえし。喧嘩なら喜んで買うんだが」

 だめですよ、ご主人。

「ただそういうとこにくるヤツは、喧嘩売りに来ねえのが多いから、ほぼ立ち合うことはないぜ」

 あーでも、と、言った。

「そうそう、ドレイクなんかと鉢合わせすることはある。アイツ相手なら練習試合にはなるかな」

 ご主人は肩をすくめました。

「何気に、ヤツと対峙するのは疲れるんだ。アイツを相手にすると、真剣でもそうでなくても同じでな。アイツ、気が長いから、俺が待ち疲れちまう」

 そう言われて、スワロ、ちょっと思い出しました。

 ご主人、たまたま鍛錬に出かけた場所で、その名前のでたドレイクさんと鉢合わせして、そのまま、立ち会ったことがありました。

 スワロはその時のことを思い出しました。



 ドレイクさんは、ご主人と関わりの深い獄卒のひとです。

 黒い髪の整った顔の男性で、黒い服を着ていることが多いです。いつも冷静で表情がうすく、あまり話すこともありません。

 ドレイクさんは、物騒な都市伝説のある獄卒で、出会うと一般人も殺される、などと言われていますが、本人は意外にも穏やかです。

 ただ、とても危なっかしいような気配があって(これはご主人だってそうですが)、人を寄せ付けない感じ。スワロもこわいって思うことが、前はよくありました。


 そんなドレイクさんは、機械仕掛けの蝶の姿のアシスタントを連れています。ビーティアさんです。

 ビーティアさんは、とてもきれいで、キラキラ音を立てて飛んでいます。これはドレイクさんの目が不自由で、視力が一定しないので、ビーティアさんが音でアシストしているからでもありそうです。

 ビーティアさんは、スワロやロクスリーさんの連れている金魚のマルベリーさんと同じアシスタントなのに、スワロ達とは少し違う感じがします。ロクスリーさんも「キミたちは彼女と成り立ちが少し違うから」と、そう言ってました。

 ビーティアさんは、もともと人間の女の人だったって聞いています。

 科学者だった彼女は、もう人の姿は失われていて、心だけが機械の中に残っている。それは彼女自身が望んで行ったものだ。

 ご主人やロクスリーさんの、はっきりとは言わない、ぼんやりした話を総合すると、そんな感じでした。

 ビーティアさんとは気軽にお話しできる時と、本人の人格があるのかわからない、応答のない時があります。

 ビーティアさんはとてもきれいですが、そのせいか、スワロ達とはちがって、はかなくて……それゆえにすこしこわいのです。


 たまたま出会ったご主人とドレイクさんが、なぜそこで立ち会うつもりになったのかは、はっきりわかりません。気がつくとそうなってました。

「ドレイク、たまには本気でやれよ?」

 ご主人は色々悪態をついていましたが、奇妙な信頼もドレイクさんに寄せていましたから、多分本気の殺し合いのつもりはなかったと思います。本当に訓練の一環なのかも?

「アンタが珍しくここにきたってことは、練習相手が欲しかったんだろ、兄貴」

 ご主人、たまにドレイクさんを「兄貴」と呼びます。

 スワロも詳しく知るわけではありませんが、これは兄貴分とか舎弟とかそういう「アニキ」ではない気がします。

 二人は全然似ていなくて、一見兄弟にも血縁者にも見えませんが、兄弟に限りなく近い存在みたいです。

「お前が望むのなら相手をしても良いが」

 ドレイクさんはそう言って、ご主人と相対したのでした。

 蝶々のビーティアさんは、きらきらと音を立ててゆるく飛び回りますが、その感、すこしだけ崩したような構えのドレイクさんは動きません。

 すうっと爪先が伸びた足が、動く気配もないまま静止しています。

 スワロは、ご主人が内心焦っているのを知っています。

 心拍数が微かに上がって、アドレナリンの上昇を感じます。

 ドレイクさんの得意とする戦法は、いわゆるカウンターだってご主人言ってました。ご主人は気が短いから、先手必勝が主ですから、多分相性が良くないのでしょう。

 鬼みたいに強くて、いつも相手を挑発しているご主人が、こんなふうな態度を取るのはとてもまれ。スワロも緊張します。

 かといって、ドレイクさんは静止したまま。ご主人から動かなければ、きっと石像みたいに動かない。蝶のビーティアさんが無軌道にはたはた飛んでいるのが、不思議な光景です。

 ご主人もつられたように動かないですが、ドレイクさんのしろい爪先が、床を蹴ってくれることをご主人は望んでいます。

 じりじりとした時間。

「ちッ!」

 焦れたご主人が、だっと自分の爪先から踏み込んでドレイクさんに飛び掛かりますが、ドレイクさんはそれを外して反撃にかかります。予想していたご主人は、間一髪逃れて引き下がりましたが。

「あーあ、ダメだダメだ」

 と一言いって、肩をすくめました。

「俺は気が短いんだ。アンタみてえに、石の上にも三年いられるヤツ相手にしてるの、性に合わねえわ」

「そうだろうか。今のはお前が、深く踏み込んでこなかったからでは?」

「アンタのカウンターがやべえから、踏み込めねえんだよ」

 ご主人はそう言って苦笑します。

「やっぱり、もうちょっと工夫しなきゃな。てめえを相手にする時は」

 それだけで、ふっと空気が軽くなります。

 ドレイクさんは、変わらない様子でしたが、ほんの少し緊張が緩んだ気がしました。

 スワロにはわかりませんが、きっとこの二人、スワロが思うより、お互いリスペクトがあるんだろうなって思ったのでした。



 スワロがメモリーを辿っていると、タイロとご主人は、そのまま雑談に移行していました。

 そういえば、ドレイクさんは、昔のご主人のこともよく知っていそうです。

 一緒に遊園地で働いていたことがあるってききましたもの。

 もしかしたら、ご主人があのブローチをなぜ欲しそうだったのか、深い事情がわかるのかなって、思いました。

 声をかけづらいけど、タイロは平気で話しかけていますし、スワロにも教えてくれるのかな。

 

スワロのおこづかい帳

残高8,800円(+300円)

ご主人がタイロにケーキのおかわりをおごってあげていましたが、ご主人、「お前はケーキは食えないけど、お前も何かこれで好きなの買っても良いぞ」ってスワロにもおこづかいくれました。普段はおこづかいもらったら、かわいいリボンを買ったり、ぬりえを買ったりしてるんですが、うん、もう少しなんですもの。今回はおこづかい帳にためておきますよ。

目標まで1,200円

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