23:かたゆでたまごな夜(探偵)
タイロは、ご主人をノセるのがうまいひとです。スワロも感心するくらい、ご主人に「カッコ良い」とか「頼りになる」とかいいますし、ご主人は単純にそれを喜んで受けています。
口うるさくなっちゃうスワロには、できない芸当ですねえ。
でも、タイロもまんざらあざといおべっかだけではないらしいです。
「ユーレッドさんて、ハードボイルドだよねえ。渋い男はカッコ良いよー」
そんなことをスワロにも言います。
「この間、探偵ものの映画見たんだけど、そういう感じの男憧れるよねえ」
かわいくて童顔のタイロは、確かに本当にご主人みたいなハードな男子にも憧れがあるみたいです。
「俺にはハードボイルドな気配ないもんなあ」
スワロは『かぶん』にして、ハードボイルドはよくわかりません。言葉はデータベースから情報を取れますが。
うーん、……かたゆでたまご?
「ハードボイルドがなんだって?」
そんなことを考えていると、ご主人がやってきました。
「いいえ、ユーレッドさんは、ハードボイルドでカッコ良いなあって」
「またお前、俺をのせようと。なんかおごらせようったって、そうはいかねえぞ」
「違いますよー。本心ですって」
そう言いながらも、ご主人はふふんとドヤ顔をしています。これは、いわれてうれしいんでしょうね。
そんな顔した時点で、『かたゆでたまご』じゃないのでは?
目が一つあるだけのスワロは、表情って表情はないのですが、しっくりきてないのが何故かタイロにはわかったようです。
「うーん、スワロさんには渋い男の世界はわかりづらいかなあ」
タイロに言われると、余計わかんなくなります。
「あっ、そうだ。そこまでハードボイルドじゃないけど、この推理小説面白いから、スワロさんにおすすめしておくね。確か、ユーレッドさんのお部屋にもあったけど、電子書籍を送ってあげよう」
ご主人は、結構古いものも好きで、おうちにはどこから集めてきたのかわからない紙の本もありますから、スワロも紙の本も読むのです。
紙のご本、なかなか味があって、スワロは好きですが、出先で読むには電子の本も便利なんですよね。
「待ち時間なんかに読んでみてよ」
『たんていしょうせつ』ですか。
タイロがいうなら、読んでみようかな。
*
そんなご主人ですが、実は、本当にいろんなお仕事をしています。
普段のお仕事以外にも、タイロのお願いによるお仕事や護衛もつとめるし、ウィステリアから頼まれて特別なお仕事もしています。
今日はそういうお仕事らしく、ご主人、いつになくまじめです。
ご主人、結構めだつ姿のようでいて、意外と潜入や尾行が得意です。時には服装も変えてもう少しおちついた色の服にすることもありますが、今日はそのまま。
けれど、対象をこっそり尾行しています。
スワロが空から尾行した方が早いこともありますが、ご主人自身が行うことも多いのです。
今日は対象のひとが、とあるビルに入っていくのを確認しました。
「ウィス、マルタイを確認したぞ。座標を送っておく」
ご主人、ウェアラブル端末通じてウィスに連絡します。
こういう時のご主人は、A共通語を使うので、確かにちょっとエージェント感もあります。
「この後の会合に参加するヤツを確認する。手前のビルに張り込んで記録してやるが、俺が協力できるのはそこまでだぞ」
『ありがとう。それでも十分よ』
ウィスからもそう返答がありました。
獄卒街には、廃ビルのような場所もそこそこあって、思わぬ住人がいるところもあります。ですが、ご主人が張り込みのため潜入したところは、特に誰も潜んでいなさそうで、スワロもチェックをしました。
「まったく、エリックのヤツ、俺に面倒な仕事を振ってきやがって」
ご主人は、小声でそう吐き捨てます。
「ったく、ウィスを通じて俺に調べさせるの、やめろって言ってんのに、あの野郎。頼むなら、直接電話してこいよ!」
直接電話したら、たぶん、ご主人、絶対にお仕事受けないですもんね。
エリックのいうウィスの上司のひと、とても偉い人みたいなのですが、ご主人はよく文句を言っています。
なので、エリックさんから頼まれても、素直に応じないと思います。ウィスに頼まれても。一回めは「はァ? なんで俺に頼むんだ?」のようなことを言っていますからね。
でも、ご主人、断ってウィスが自分で追跡調査をしようとするのも嫌なのです。ご主人、『かほご』ですから、ウィスが危ないことするのはダメなんですって。
廃ビルの一室に陣取って、ご主人は固形食料をかじります。
ご主人ときたら、ほとんど味気ない固形食料少しでも満足してしまいます。少食な上に、味覚があまり鋭くないって本人は言いますが、本当は、スワロはまだしも菓子パンでも食べてほしいレベルです。
今日はコンビニで買ってきたもので、スワロが選んだので、えいようもあるし、味も少しはいいヤツですが、ご主人、晩御飯これで終わりそう。
「わかってるわかってる。あとで、ちゃんとしたモン食うって」
ご主人はそう言いますが、どうだかなあ。
タイロがいると、外食に誘ってくれて、ご主人も乗り気になりますが、一人だと結局食べないこともしばしばです。
珈琲の缶ボトルのキャップを、スワロは開けてあげます。ご主人は、それを受け取って珈琲を飲んでひとやすみ。
そこまでやっても、向かいのビルに動きはありません。
「こいつは長丁場だな。ま、気長に待つか」
ご主人、暇を持て余して電子煙草に火をつけて一服です。
ご主人の煙草は、本当はタバコじゃないことも多いです。
聞いたところによると、かじょーな攻撃性をおさえる効果のあるものとか、特殊な体質のご主人には必要な栄養素を効率よく取得するためのサプリメントといいます。
特に戦闘前後に吸引しているのは、疲労を急速に回復させるものらしいです。
これを出しているのがドクター・オオヤギことオオヤギ先生なので、あやしいのではないことは確か。
そこは安心できます。
今日のは、フレーバー付きのサプリメントだと思います。
ふーっと水蒸気の多い煙を吐くご主人。
ネオンの輝く妖しい都会の夜に、かすかな煙がたなびいて消えていきます。
スワロも周りの警戒をしながらも、ほんのり、空き時間です。タイロにすすめられた電子書籍のつづきを開きつつ、スワロ、改めて、お仕事中のご主人をまじまじ見てみます。
確かに、この感じ。
このタイロにすすめられた古典的な探偵さんの出てくる『たんていしょうせつ』に出てくる主役のひとと感じが似ていますね。
張り込みしてビルの一室の窓辺にひそんで、簡単な軽食を済ませつつ、ちょっと気だるく煙をはいてみたりしているの、ご主人にしては渋い雰囲気です。
じーっとスワロが見ているのに気付いたのか、ご主人がふと苦笑しました。
「なんだよ、そんなに。そんな見られたら穴があいちまうぜ」
スワロが見てても穴はあかないとおもいますよ。
「ん? なんだって? 俺が私立探偵みたいだって? そういう仕事もしたらどうか?」
ご主人はふっと笑います。
「ジョーダン。毎度こんな面倒な仕事してられっかよ」
ご主人は肩をすくめます。
「こういう地道な張り込みするより、刀振ってる方が楽に決まってるだろ。まったく、ウィスがたのんでこなきゃ、受けてないぞ、こんなの」
うーん、ご主人らしい返答です。
ただでも、『たんていしょうせつ』読んでいたら、タイロが言わんとくることもちょっとわかる気もしてきました。
なんとなく探偵さんっぽい時のご主人、ちょっとカッコ良い気がしますね。
「んっ? なんて?」
スワロは、あくまで小声できゅきゅっと鳴いただけですが、ご主人、謎に聞き取れたみたいです。
「えっ、なんだと? こういう俺がかっこいい?」
ご主人、唐突にニヤッとします。
「なんだよー、お前まで俺をノセるつもりかー? ダメだぞ、そんなこと言っても私立探偵の真似事なんて、これっきりだからなー!」
ご主人、急にでれっとしました。
「まあ、どうしてもっていうなら、たまにはウィスの手伝いでしてやらんでもないけどな。スワロもダンディズムがわかるようになるとはな。俺もそれならもうちょっと、自分を磨いてだなー」
……。
なんか言い始めました。
基本、ご主人、ほめられるのすきなんですよね。
もう、せっかくカッコよかったのにな。
ご主人、この程度でそんなドヤ顔してたら、全然、『かたゆでたまご』になれませんよ?
スワロのおこづかい帳
残高8,500円(+200円)
今日はコンビニのごはんにしたので、あまり節約できなかったのですが、缶コーヒー買ったらもう一本おまけでつきました。せっかくですし、その分をおこづかい計上しておきましょう。
目標まで1,500円