11:わすれじのやかた(蝶番)
風が吹くと、庭の扉のぎいぎいという音が聞こえました。なんだかなにかが壊れている気配。二つの電子音が、少し困惑気味に鳴っています。
ここはご主人の隠れ家の一つですが、街の中にはありません。
ご主人はフェンスの向こう側の荒野で『お仕事』をします。荒野は危険なので、日帰り推奨されていますが、もちろん、深くまで行くと帰るのに時間がかかります。必ず日帰りできるとも限らないので、ご主人ぐらいのベテランになると、夜に隠れられる場所をちゃんと作って置くのがセオリーらしいです。
夜は敵が活発化したり、獣もいますからね。安全ではないのです。
そんなわけでご主人は、荒野にもいくつかの泊まる小屋をみつけていますが、そのうちの一つに、元々大きめの邸宅だったところがあって、ご主人はそこも気に入って、ちまちま来ています。
そのおうちはきれいに保たれていて、人が住んでいないと思えないほどです。居心地がいい上に、ゲートからも程よい距離。他の獄卒も来ないので、ご主人的には良い隠れ家になっているみたいです。
今回はエモノの囚人を追い込んで、荒野の深いところまでいったので、日帰りせずにお泊まりになりました。
夕暮れになると危ないので、家に帰るよりはそこで夜を明かす方がいいとご主人は言いますが、ここ、ご主人は別荘みたいに考えているところもあって。ただ単にゆっくりするために来ているだけな気もします。
ここには一通りのものが揃っていますし、実際居心地がいいのです。食料も長期保管できる缶詰やレトルトを持ち込んで、保管してあります。
廃墟なのにきれいで良い場所なのには訳があります。ここには、家事ロボットと庭師ロボットがいるのです。
ハウスキーパーもガーデナーも、どちらかというと旧型。人間に近いフォルムですが、足は二足歩行でなくキャタピラだったり、タイヤだったりで、一目でロボットとわかる姿をしています。顔はモニターがあって、一応目がありますが、あまり表情は用意されておらず、了解や完了をしめすメッセージも現れます。
はっきりした人格みたいなものがあって、コミュニケーションをするわけではないのですが、真面目に働いている作業用としてつくられたひとたちで、ご主人とスワロにも好意的なようです。おかえりなさい、って表示が出て、にっこりした目で迎えてくれますからね。
このふたりが、どうやって放棄されたのかは経緯がよくわからないのですが、きっとここに住んでいたひとが避難する時に置いて行かれたんだと思います。
とても丈夫な作りをしていることや、ご主人がちょっとしたメンテナンスをしていることもあって、今でも動きは良好です。
ハウスキーパーのロボットがいるおかげで、ここの滞在はとても快適です。
ベッドは清潔でふかふかだし、お皿も洗ってくれて綺麗だし、お部屋もお掃除が行き届いています。
スワロがやることがないぐらい綺麗です。だからここに来たときは、スワロですらちょっとしたリゾート気分になります。
ホテルに泊まってるみたいですよ。
ガーデナーのいるお庭の方もすごく良いです。
人間がいないのもあり、囚人の襲撃を免れているらしく、四季折々の花が咲いて、お庭は緑でキラキラしています。
こんなにたくさんの植物を管理するのは大変だろうなと思うのですが、ガーデナーも文句も言わずにテキパキ働いています。
ご主人は、その庭を見に来るのも気に入っているようです。
「まあ俺が時々様子見にやんねえと、こいつら気にかける奴もいねえことだしな」
などと言っていますが、多分、あのふたりもふくめて、このお家全体が好きなんじゃないかなと思います。
ただ、彼らにも苦手な分野はあるものです。
今日はガーデナーが、庭の小屋でチッチッと電子音を立てながらご主人の方をみていました。
何か訴えかけています。
それは多分、あのぎいぎいする扉の音と無関係ではなさそう。
庭とお家をへだてる木戸の、蝶番が外れちゃったようです。
「ああ、これを俺に直せっていうのか」
ご主人はちょっと面倒くさそうですが、
「まあしょうがねえか。位置が悪いよなあ。お前らの縄張りのど真ん中じゃあ、競合するよな」
どうも複雑な事情があるみたいです。
この蝶番の壊れた扉はおうちとお庭の境目にあります。
ハウスキーパーと庭師のそれぞれの領域はおうちと庭です。
それぞれの領域の壊れた物があれば、それぞれが修理までやってくれるのですが、どうもその境目というのが良くないらしいです。
境目なので二人が揃って競合してしまい、かえって手を出しにくいというやつです。
と言ってもふたりが仲が悪いというわけではありません。
スワロほどちゃんとした人格はないけれども、日常会話するみたいに電子音を交わしてるのをよく聞きますし、ふたりでこのおうちを守っていくという目的を遂げているみたいです。
けれども、どうしてもプログラムが干渉しあってうまくいかない場所という物はあるもので、それがこの扉のようです。
なので、ふたりはご主人の到来を待っていたのかもしれません。
「しょうがねえな。まあこのままだと、風が吹くとうるせえし。俺もただで泊まっているわけだから」
ご主人、やってくれるようです。
スワロも、日曜大工は嫌いではなくて直せるのですが、こういうのはご主人のが得意です。といって、右手が不自由なご主人なので、スワロも少しお手伝いした方が良いので、一緒にやることにします。
蝶番の新しいのは、ハウスキーパーが出してくれました。ご主人は壊れた蝶番を外して、新しいのを丁寧に金槌やドライバーで設置して留めていきます。
ご主人は面倒くさがりですが、やるときはやるのでちゃんと直せたみたい。
「まぁ、ざっとこんなもんよ。昔は俺は施設の保守の仕事もしてたんだからな」
相変わらず、誰も見ていないところでついドヤ顔しちゃうご主人です。
扉を開くと蝶番から、きぃっと軽く音がしていますが、まあまあ、こんなもんでしょう。
「ほら、直ったぞお前ら。これで仲良くしろよなあ」
チッチッとふたりのロボットたちが電子音で鳴いています。表情はまんまるお目目のままですが、お礼を言っているようです。
ご主人はそういえば言ってました。
「このロボットたちはとても古いものらしい。旧型のロボットだが構造が単純なのと、失われた技術のところもあって、簡単なメンテで長持ちするタイプだ。それで、この屋敷を守ってるのさ」
ご主人は少し目を細めます。
「誰も来ないここを、ひたすら守っているだけの奴らだけど、おかげで滞在中俺は快適に過ごせるし、感謝はしてるんだぜ。宿賃がわりのメンテくらい、たまにきた時にはしてやるよ」
スワロには難しくてわからないことも多いですし、ご主人はひねくれもので本心かどうかよくわからない時もあります。
でも、少なくともご主人がこのお屋敷のロボットたちを、ほほえましく大切に思っているというのはわかります。
ご主人のなにやら得意げな様子に、安堵したようなふたりのロボット。
ふたりの静かな生活がこれからも続いてくれるといいな、ってスワロは思いました。
スワロのおこづかい帳
残高:2,800円(+300円)
今日はスワロもがんばったので、仕留めた敵に対するごほうびから、ご主人にお小遣いをもらいました。当然、ためますよ!
目標まで7,200円