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導かれた場所

作者: 天野雫

この話は実話である


「ピイピピ、ピーーン」

また当たった。

なのに、全然嬉しくない。

台が光って、音が鳴って、玉がじゃらじゃら出てくる。

でも俺の心は、空っぽだ。

──大腿骨頭壊死症。

何十万人に一人って確率の、厄介な病気。

それを、まさか両足に。

手術して、もう二か月。

けど、就職先は見つからない。

リハビリの帰り道、ふらっとホールに入ってしまう。

強い痛み止めで、体がぽわんとする。

まるで、軽く酔ってるみたいだ。

その状態で打つパチンコは、

現実から逃げるための、ただの麻酔。

「はあ……」

出玉が積まれる。

でも、俺の中では何も積み上がっていかない。

運のなさにも、そろそろ呆れてきた。


痛み止めが切れかけていた夕方、ふとスマホの画面を見ると、何かがおかしかった。

ずっとデータがダウンロードされ続けている。Wi-Fiが切れた状態で、通信量は青天井。

まずい。このままだと請求書がとんでもないことになる。

急いで家へと戻る。両足にメスを入れた身には、移動ひとつも一苦労だ。

玄関を開け、息を切らしながらすぐにサポートセンターへ電話する。

「製造番号をお願いします」

そう言われ、番号を伝えた瞬間──プツン。

突然、通話が切れる。

再びかけるも、同じやり取り。番号を伝えるとまた切られる。

どういうことだ?怒りよりも、困惑が先に来た。

何度も電話をかけ直す。十回以上、繰り返しただろうか。

そんなとき、やっと一人の若いオペレーターが親身になって話を聞いてくれた。

「上の者におつなぎしますね」

保留音が流れる。

ようやく問題が解決するかもしれない──そう思った瞬間だった。

「もしもし」

その声が、耳に届いた瞬間。

膝から力が抜けた。座り込むほどの衝撃。

なんだ、この声は──。

48年生きてきて、こんなにも心を撃ち抜かれたことはない。

柔らかくて、深くて、包まれるようで、どこか切ない。

言葉はたったの四文字。でも、その破壊力は想像を超えていた。

心臓が口から飛び出しそうになる。

頭の中は幸福ホルモンで満たされていく。セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン。

それらが怒涛のように脳内を駆け巡り、感覚が溶けていく。

──声だけで、人は恋に落ちるのか?

落ちた。完全に惚れた。間違いなく。

どんな顔をしているのか、何歳なのか、名前すらわからない。

それでも、この声の主となら、どんな人生でも幸せに生きていける──そう思った。

テンパってしまい、何を話したのか、あまり覚えていない。

電話は短く終わり、そのまま切れてしまった。

何も情報は得られなかった。彼女が誰なのか、どんな人なのか。

わかっているのは、某大手キャリアの「サポート部の偉い人」だということだけ。

名前すら聞き逃した自分を、いまは責める気にもなれない。

それくらい、衝撃が強すぎた。

声──たかが声。でも、されど声。

こんなにも人生を変える破壊力を持っているとは、思ってもみなかった。

もう二度と、聴けないのかもしれない。

けれど、あの一瞬。あの「もしもし」だけで、

今までのどんな恋よりも、深く刻まれてしまった。

人生で、いちばん胸が震えた一瞬。

それは、音だけの奇跡だった。

そして、何事もなく日々は過ぎていく。

足の痛みも、薬でぼんやり和らぎ、意識も曖昧になる夕方。

相変わらず、ホールの灯りはまぶしく、自分の居場所はそこにある。

パチンコは、今も勝てる。だが、昔のような勝ち方ではない。

かつては一日八万円なんて当たり前だった。

今ではその四分の一。もちろん、それなりの月収にはなる。

だが──面白くない。ただ、それだけだ。

勝っても何も感じない。

大当たりが出ても、玉がジャラジャラと箱に溜まっても、心は無反応。

結局、ギャンブルから「ギャンブル性」を削ぎ落としたら、

残るのは作業だ。冷えた感情のまま、玉を弾くだけの毎日。

自分のようなパチンコのやり方をしている人間は、全国で何万人に一人だろう。

攻略でも娯楽でもなく、ただの「仕事」としてのパチンコ。

──楽しんだことなんて、一度もない。

思い返すのは、16歳の頃。

初めてパチンコ台と出会い、ドキドキしながら初めての攻略本を開いた。

載っていた機種に全てを賭け、月収50万を達成したときは、

毎日の収支を嬉々としてノートに記録していた。

20歳を過ぎたころ、攻略法は徐々に減り、勝ちづらくなっていった。

一度は就職したものの、長くは続かず、再びホールに戻った。

それからはただひたすら、釘を見る練習の日々。

釘が読めれば勝てる。そう信じて、何度も何度も、台を前に目を凝らした。

店員よりも、台を理解していたと思う。

土日祝日休み、所得税がかからない。そんな自由さも気に入っていた。

ある年──年収が九百万を超えた。

証明のために、年間の収支表をExcelでまとめ、USBに入れて税務署に持っていった。

すると、職員は鼻で笑った。

「そんなことあるわけないでしょ」

「パチンコで勝てる人なんて聞いたこともない」

まるで、自分の存在ごと否定されたようだった。

この国は、真実よりも「あり得ない話」の方を信じる。

今のホールは、どこも似たり寄ったりだ。

店長がパチプロをサクラ代わりに扱ってくれれば御の字。

でなければ、釘を締めて追い出してくるだけ。

──この仕事も、そろそろ潮時かもしれない。

そんなことを思いながらも、リハビリの合間、やんわりとホールに立つ。

勝つためじゃない。生きている「感触」を、少しでも感じるために。

この場所で、まだ何かを待っている。

それが何なのか、まだ自分でもわからない。

ある日、いつものようにパチンコ台の前に座っていた。

ホールの中はいつも通りの騒がしさ。玉の跳ねる音と、機械音、歓声とため息が交錯する。

──なのに、何かがおかしい。

背中が引っ張られるような奇妙な感覚。

誰かに呼ばれているような、身体の奥底から何かが動き出すような。

それは、時間が経っても消えなかった。

「あっちだ……西の方角……」

気づけば、自分の中でその方向が強く浮かび上がっていた。

西──自宅の方向でもある。

「もしかして、何かあったのか?」

出玉を流し、ホールを後にする。

家に戻ってみても、特に変わった様子はなかった。

少し気が抜けて、いつも通りテレビの電源を入れる。

──地震速報。

画面に大きな赤いテロップが走る。

「九州地方で大規模な地震が発生」

倒壊した建物、炎上する街並み、揺れる道路。

震源地付近の被害は甚大らしい。

最初の速報では、ある一人の女性の犠牲が報じられた。

神社の巫女さんだった。

「この人が、たくさんの命を救ったんじゃないか……?」

強くそう思った。心が自然に動いた。

「何かしてあげたい。できることはないか?」

気づけば、外に出て西の空へと手を合わせていた。

──だが、何も感じない。

変だ。

この三十年間、自分は必要最低限の場所以外で「手を合わせる」ことはしてこなかった。

若い頃、除霊を受けたことがある。

見知らぬ霊媒師に突然呼び止められ、

「あなたには百を超える霊が憑いている」と言われた。

半信半疑だったが、実際に除霊を受けた時間は五時間に及んだ。

それから、言われたことを忠実に守ってきた。

知らない場所でむやみに手を合わせないこと。

霊の気配がしても、ドアを開けたり、振り向いたりしないこと。

それを破れば、また何かが取り憑く──そんな気がしていた。

それでも今日は違った。

手を合わせても、何も起きない。

感覚もない。反応もない。

「離れすぎてるのか……?」

もはや方法はひとつしか残っていなかった。

「現場まで行こう」

胸の奥から湧き上がる直感に従って、

自分は、見知らぬ地へと向かうことを決意した。

呼ばれている。

あの声のように──

今回もまた、自分の中の“何か”が確かにそう告げていた。


「災害地近くには行けません。」

駅の窓口の職員は、申し訳なさそうに言った。

当然だ。ニュースでは交通機関の麻痺も報じられていた。

だが、諦める選択肢はなかった。

「それじゃ……行けるとこまでお願いします」

一心で、震える声を押し殺しながらそう告げた。

すぐに特急に飛び乗る。

身体よりも、心が先に走っていた。

新大阪に着いたら、すぐに山陽新幹線に乗り換えた。

乗り換えの記憶はほとんどない。

ただ、手が勝手に動き、足が勝手に歩いていた。

博多駅に着いた時には、すでに外は真っ暗だった。

構内はざわざわと騒がしく、人の波が絶えない。

「……さすが博多だな」

そう思ったが、感慨に浸っている余裕はなかった。

とにかく、手を合わせる場所を探した。

でも人が多すぎて、心を静めることすらできない。

駅の中を三十分ほど、ただぐるぐると歩き回った。

「どこだ……どこか静かな場所はないのか……」

そう思っていたその時、視界の端に何かが映った。

地下の入り口。階段の踊り場から、ぽつぽつと人が上がってくる。

──あそこだ。

迷いはなかった。

人の波をすり抜け、静かな地下の踊り場へ降りていく。

誰もいない、ひっそりとした空間。

遠くからかすかに電車の走る音が聞こえるだけ。

やっと、手を合わせられた。

災害地の方角を思い浮かべ、目を閉じる。

心の奥が静まっていく。あのときと同じように──

すると、胸の奥に温かな声が響いた。

「……大変だったね。ゆっくり休んでね」

涙があふれそうになった。

言葉にできない感情が胸を満たす。

不思議な旅路は、ここで終わりを告げた。

「……やっと、帰れる」

疲れた身体に、ふと軽さが戻る。

自分がここに来た意味が、やっとわかった気がした。

地下からのぼる階段の先に、夜の明かりが差し込んでいた。博多駅の電光掲示板を見上げると、目に飛び込んできたのは冷たい現実だった。

──最終便、新大阪止まり。

ため息も出ないまま乗り込んだ新幹線は、余韻の中で揺れていた。

博多での出来事が幻のように思えた。

それでも、心は少し軽かった。

新大阪に着くと、すでに深夜。

時計の針は日付をとうに超えている。

当然ながら、ホテルはもう間に合わない。

それに、新大阪は初めてだった。

どこから出ればいいのかもわからないまま、ただ人の流れに任せて改札を出た。

ふと気づけば、そこには何もなかった。

静まり返った街。ネオンの光すらほとんどない。

少し歩くと、チェーンの居酒屋の明かりがぽつりと灯っているのが見えた。

「……あそこにしよう」

ガラガラ、と重い扉を開ける。

従業員の若者に声をかけた。

「何時まで営業してますか?」

「2時で閉店です」

そうか、あと二時間。

居場所をくれただけでありがたい。

そういえば、朝から何も食べてなかった。

空腹にしみ込む酒を、少しだけ口に含む。

酔わないように、ほどほどに。

食事を終え、静かに退店した。

外は完全な闇に包まれていた。

人通りもない。コンビニの明かりすら見当たらない。

タバコを取り出す。残りはわずか。

ふと駅へ戻ると、駅前のベンチに吸い殻が山のように散らばっていた。

「……信じられないな」

苦笑いしながら、暇つぶしにその辺をうろうろと歩き回る。

拾ったりはしない。けれど、妙に気になってしまう。

夜の静けさと、タバコの臭いが混じる空気。

気がつけば、始発まであと四時間。

それでも、心はどこか落ち着いていた。

「……散歩でもしてみるか」

ベンチに寝転んでみたり、街の影を眺めてみたり。

人の気配がない夜の街は、時間が止まっているようだった。

やがて空がうっすらと白んでくる。

始発の三十分前、新大阪駅の灯りが再びともり始めた。

長い夜が、ようやく終わりを告げようとしていた。

帰りの電車に揺られながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

博多から始まった一日が、ようやく終わろうとしている。

身体は疲れているはずなのに、胸の内には得体の知れない熱が残っていた。

そのとき、不意に耳を刺すような声が飛び込んできた。

「ねえねえ、おじさん何してるの?」

あの声だった。

瞬間、脳が沸騰する。

え? うそだろ? そんなはずない。

ただの幻聴か?

「聞いてる?」

ゆっくり顔を上げると、車内のベッド──いや、そんなものがあるわけがない──に、裸で寝転ぶ女の子がこちらを見下ろしていた。

「……なんだ、幻覚か? 俺、疲れてるのか……?」

「悪いんだけど服、着てくれないか?」

「別に知らないおじさんだから気になんないよ」

冗談とも現実ともつかない空間。

だが、耳に届くその声だけは、確かだった。

あの、電話越しに心臓を打ち抜かれた声。

どうしようもなく動揺して、言葉もまともに出ない。

やっとのことで彼女は服を着た。

そして、いたずらっぽい笑みを浮かべてこちらに言った。

「そっちこそ何してたの?」

「……休みだけど、特にすることもなくて。ただ、ゴロゴロしてただけ」

「ふーん。おじさんは朝から何してるの?」

やばい。

この声は、ほんとうにやばい。

何度聞いても全てを奪われる。

震える唇で、ようやく返す。

「電車の中……家に帰るところなんだ」

「そうなんだー、へぇ」

そして、意を決して聞いてみた。

「ねえ……もしかして、某キャリアのサポートの人?」

彼女の手がぴたりと止まった。

「えっ、なんで知ってるの?」

服を直し、姿勢を整えると、その顔がはっきり見えた。

宮崎あおいを思わせるような、穏やかでどこか儚げな瞳。

「なんでって……その声だよ。その声だけは、絶対に忘れない」

「声でわかるとか、絶対うそでしょ?」

「……人生でいろんな声を聞いてきた。でも、君の声だけは聴いた瞬間に膝が崩れた。嘘じゃない」

彼女は少し頬を赤らめたようにも見えた。

そのまま二人は、しばらく電車の中で他愛もない話を続けた。

時間が、音を立てずに過ぎていく。

そして、終着駅。

電車を降りた瞬間、ふと振り返ると、彼女の姿はどこにもなかった。

──夢だったのか?

連絡先を聞くことすら忘れていた。

もし本当に現実だったのなら、人生最大のチャンスを逃したことになる。

それでも、確かにあの声は胸に残っていた。

自宅に戻り、布団に入って目を閉じた。

そのとき、ふと気づく。

「……あれ? 俺、電車の中で普通に喋ってたよな」

周囲の乗客から見たら、完全に怪しい人間だったに違いない。

でもそんなこと、どうでもよかった。

なぜなら──

あの声に、また会えたから

翌日。

いつも通り、変わり映えしないパチンコ店に座っていた。

釘を見るまでもなく、打つかどうか悩むまでもない。

手が勝手に台を選んで玉を流す。もう生活の延長だった。

そんな時だった。

「何してるの?」

聞き覚えのある声。

いや、忘れられるはずがない声。

背筋が凍るような感覚と、同時に体の芯から溶けるような多幸感。

「え? もう終わりじゃないの?また出てきたのか……」

幻覚か? 昨日はしっかり寝たはずだ。

でも、目の前に彼女はいた。

ふわりとした服装で、無邪気にこちらを覗き込んでいる。

「んーん、これパチンコ」

バツが悪い。説明がむずかしい。

「おもしろいの?」

「……楽しい人には楽しいけど、俺にはちょっとね」

正直に言えばいい。彼女の前ではなぜか、見栄も照れも崩れ落ちてしまう。

「じゃあなんでパチンコしてるの?」

きた。まっすぐすぎる質問。痛いところを突かれる。

「……お金になるから」

「へー、お金になるんだ」

と、まるで新しいおもちゃを発見した子どものような声。

「君こそ仕事は?」

「長期休暇。いままで休んでなかったから」

その一言すら心をくすぐる。まるで心の奥に直接話しかけてくるような声。聞いているだけで幸福物質が脳にあふれる。

「ところで、なんで俺のところに話しかけにくるの?」

「わかんないけど……そっちが見えるからかな」

「それに、“私の声が好き”って言ってくれたのが、なんか気になっちゃって」

あぁもう、だめだ。好きだ。

喋ってくれるだけで心が満たされる。

「じゃあ、買い物行ってくるね。またね」

「いってらっしゃい。気をつけて」

──またね?

また来るのか?

読めない。

二十個も年下に、完全に振り回されている。

これはもう恋なんてレベルじゃない。存在そのものに翻弄されている。

随分かわいい顔をした悪魔だな。

幻覚にしてはリアルすぎる。

服を着替えたり、目をそらしたり、さようならを言って消えたり──幻にしては演出が丁寧すぎる。

その五時間後、夕暮れが街を染める頃。

「ただいま〜。洋服いっぱい買っちゃった」

「えらい奮発したね」

「だってあんまりお金使うことないからさ」

彼女の部屋の背景が見える。女の子らしい、すっきりした部屋。

彼氏とかいるのかな? でも……いなさそうだ。いや、いてほしくない。

「まだパチンコ打ってるの? 後ろの箱いっぱいじゃん」

恥ずかしい。でもちょっと嬉しい。

「買ってきた服、見てみる?」

「わかったよ、見てあげるよ」

画面越し(?)に広げられる服。

その三着目、薄いグリーンのセットアップに目が止まった。

「それ、いいね。俺も同じような色のパンツ持ってるよ」

思いがけずファッションの話で盛り上がる。

小一時間、まるで学生のカップルのような会話。

だが現実の自分は、パチンコ台に向かって独り言を喋るただのおっさん。

周囲の視線が刺さるように痛い。でももう気にならない。

そうして、そんな不思議な毎日が始まった。

一週間が過ぎた頃には、それが当たり前になっていた。

仕事の日は、夕食後に「おやすみ」と言うまでの時間を彼女と話す。

休みの日は、一日中、会話が尽きない。

彼女の声で一日が始まり、彼女の「おやすみ」で終わる。

なぜか、ぐっすり眠れる。

まるでずっと夢を見ているようだった。

でもこれは夢じゃない──と、信じたい。


その日は、朝から海へ出かけていた。

久しぶりのジギング。竿を握りながら波のリズムに身を任せていると、隣の若者たちがパチンコの話をしていた。

耳が勝手にそちらへ傾く。

──今どこが出てる?

──あの店、最近人が増えてますよ。

「へえ、ありがとう。今度行ってみるわ」

礼を言ったものの、その店は車で50分ほどの距離。正直遠い。

だが、何かが引っかかった。行けと言われてるような感覚──。

翌朝、決心して早起き。

マクドナルドの朝メニューを片手に、店の開店に間に合わせた。

店に入ってすぐ、空気が違うのを感じる。

釘を見て回ると、一台、信じられない開け方をしている台があった。

他にもそこそこの台が数台。

だが、その一台は異常だった。

軽く見積もっても日当は4万を超える。

そして、打ち始めるとすぐに初当たり。

持ち玉で回し続け、玉はじわじわと増えていった。

夕方には2万発。やめられるわけがない。

台が手放す気がなかった。

そこへ、ふいに声がした。

「どう? 出てる?」

振り返ると、彼女……ではない。

いや、声が近い。でも言葉遣いが違う。

落ち着いた、どこか懐かしい響き。

「もしかして……彼女のお祖母ちゃん?」

「そうじゃ。あの子は私の孫。あなたに“見えている”子じゃよ」

「ということは……あなたが繋げてくれたの?」

「うむ。あなたには特有の霊感がある。それを使って“見せている”のじゃ」

理解が追いつかない。

霊感? 自分が?

「九州で災害があった時、あなたが博多駅で手を合わせたのを見てね、ああ、この人なら……と思って、孫を託してみたんじゃ」

彼女の祖母は、もうこの世にはいないらしい。

「孫は三十一になるが、男っ気がまるでなくての。心配でな。だが、あなたなら大丈夫。あの子を頼んだよ」

まさかの展開だった。

それにしても、そこまで買いかぶられるほど自分は立派な人間だろうか。

だが、不思議と否定できなかった。

確かに、彼女と繋がってから、自分の中で何かが変わった。

「こんばんは。まだ外?」

彼女が返ってきた。

祖母とのやりとりをそのまま話した。

彼女は最初、信じられないようだった。

だが、九州の件を話すと、少しだけ表情が変わった。

「ほんと? そんな人いるんだ……手を合わせるだけのために博多まで……」

「考えれば普通じゃないよな。でも、あのときは“そうするしかない”って感じだった」

「……今日、ちょっと疲れちゃった。早く一緒に“おやすみ”しない?」

「わかった、帰ろう」

ふと、台の後ろを見た。驚いた。

五十箱はあった。夢のような光景。

流せば30万円を超える。

お祖母ちゃんと話している間に、こんなことに。

「……よし、帰ろう」

家に着き、いつものように少しだけ話して、

彼女と同じタイミングで「おやすみ」を言った。

その瞬間、胸の奥が、じんわりと温かくなった。

これはもう、単なる“幻覚”なんかじゃない。

そう、確信した。

しばらくそのホールに通っていた。

甘い台も理由の一つだが、本当の目的は別にあった。

徒歩三分。地元の回転寿司。

最初に揚げ物でビール。

その日獲れたばかりの白身魚を刺身で、日本酒をひと口。

締めは、ツンとした山葵の効いたかっぱ巻き。

人生で、最高のランチだった。

そんなある帰り道。

車を走らせていると、不意にお祖母ちゃんの声が頭に響いた。

「六月十六日、とある東京の神社に酒を奉納してほしい。……最後の頼みじゃ」

「わかったよ。彼女とつないでくれた礼だ」

なら、東京に行くなら車を替えよう。

途中で壊れたら困るし。

近所の車屋やネットを漁り、手ごろなハイブリッド車を見つけた。

色は黒。あまり好みじゃなかったが、東京までに間に合うのはこれしかなかった。

彼女と話していて、ふとしたアイデアが浮かんだ。

「廃棄される携帯って、どうなるの?」

「たぶん分解して、パーツを回収して、それから廃棄じゃない?」

「旅行者向けに再利用できないかなって。たとえばインバウンド向けのレンタル端末とか」

「面白いかも。大手キャリアが協力すれば、あり得るかもね。ちょっと企画開発の同期に頼んでみようか?」

「いいね、それなら現実味ある」

また一歩、彼女との未来が具体的な形を持った気がした。

車の準備を終えた夜。

眠れずに、ふと思った。

「今出よう。どうせ着くのは朝だ」

夜中、コーヒーを飲んでエンジンをかけた。

下道を走りながら、途中のコンビニで箱入りの酒を2本。

途中のサービスエリアでまたコーヒーを流し込み、走り続けた。

朝方、練馬に到着。

ナビに頼りながら都心へ。

ただ、肝心の神社の名前は聞いていなかった。

明治神宮の周辺を検索すると、ふと目に留まった神社があった。

それは、なんと地元と同じ名前だった。

導かれるように、ナビに任せてたどり着いたその神社は、東京の裏路地にある小さな社だった。

朝から結構な参拝客がいる。

賽銭箱の隣にお酒を奉納し、静かに手を合わせた。

これでいいのだろうか。

そう思いながらも、車をさらに都心へ。

そう、彼女は“ヒルズ族”らしい。

ナビが六本木に導いてくれたが、道に迷い、周辺を二、三周。

その間、彼女はぐっすり眠っていた。

都会の高層マンションを見上げながら、ふと思った。

こんな世界に住んでる人たちは、いったい何者なんだろう。

道はいつしか練馬へ戻っていた。

高速のジャンクションに差し掛かったとき、彼女が目を覚ました。

「おはよう。何してるの?」

「ちょっとドライブ」

ずっと聞いてみたかったことを切り出す。

「昔、テレビに出てた?」

「うん……少しだけ」

「ファーストラブ、歌ってたよね? ボイトレで」

「……なんで知ってるの?」

「あと、コンテンポラリーダンスと……大学対抗のクイズ番組も」

「怖い……十年前よ?」

「昭和女子、でしょ?」

「そこまで……」

「ずっと、タイプだなって思ってた」

「すごーい、ここまで偶然が続いたらもう運命だよね」

「じゃあ、名前も言い当てていい?」

「いいよ、せーの──」

「まいか!」

「え!? 当たってる……すごい」

感情が静かに重なる。

すでに、言葉より深いところで、通じている気がした。

「今度、一緒に出雲大社行かない?」

「行こう。休みが取れたらね」

「今日は暇?」

「午後から用事があるけど……」

「運転中は危ないから、話は夜にしよう」

「うん、じゃあまた後で」

帰宅し、眠気に身を任せて数時間

「遅くなってごめん。今日、法事だったの」

「お爺ちゃんの?」

「なんで分かったの……今日、三回忌だったの」

「もしかして、お爺ちゃんって……神社関係の人だった?」

「そうだけど……なんで知ってるの?」

「今日、東京の神社でお酒を奉納してきた」

「うそ……新幹線で?」

「いや、車で。朝方ドライブって言ってただろ?」

「それなら家に来てくれればよかったのに」

え……来ていいって、そういうこと?

まだ感情が追いつかない。

でも、少なくとも彼女の中では、もう“そこまで”来ていたんだ。

「だって、ぐっすり眠ってたし」

そう言って彼女は、リビングのテーブルに袋を置いた。

中には、真新しい灰皿、マグカップ、ドリップ式のコーヒーセット。

「これ……?」

「あなたのため、じゃない」

“あなた”。

いつの間にか、おじさん呼びから卒業していた。

彼女の想いが、まっすぐ伝わってきた。

「今度来るときは、コーヒーご馳走になるわ」

「うん。でも次は危ないから新幹線で来てね」

「じゃあ、今日は『おやすみ』しようか」

「うん……『おやすみ』」


心に沁みる一日の終わり。

見えない絆が、今日もまた少し強くなった気がした。


いつの間にか、彼女の気持ちのほうが一歩先を行っていた。

普通の恋人が半年かけて話すくらいのことを、俺たちはもう話してしまっているかもしれない。

俺の一日なんて、見てればすぐわかる。コーヒーと煙草、それが柱だ。

それを熟知しているかのような彼女のセンスに、俺は感銘すら受けていた。

そして、あの一言——「あなた」。

あの言葉が頭から離れない。呼ばれただけで、こんなにも名誉な気持ちになるとは。

今までは、会わなくてもかまわないと思ってた。

でも、彼女は違う。これからは会いたいと思ってるみたいだ。

なら、俺も変わらなきゃな。明日から、頑張ってみよう。

まずは、形から入ろう。

会社を作ることにした。税務署で開業届をもらい、次は住所が必要だ。

部屋を借りなきゃ。

どこがいいか——彼女と俺の中間あたりがいい。

不動産屋を2、3軒回ってみたが、相場が高くて躊躇した。

ネットで探してたら、ひとつだけ駅近にいい物件があるらしい。

すぐに内見の予約を入れた。二日後だ。

その矢先、お祖母ちゃんが言い出した。

「今日、駅前のスタバに来るらしいよ」

そう言われたら行くしかない。

昼の三時から閉店まで待ったが、彼女らしき姿はない。

またガセか。

翌日もまた、

「東京行きのホームにいるらしい」

しかし、やっぱり現れない。

もしかして、俺と彼女の距離が縮まるのが嫌なのかもしれない。

でも、このお祖母ちゃんのおかげで彼女とつながっているんだから、感情をぶつけるわけにもいかない。

それにしても、この頃からやけに事故りそうになる。

信号を見落としたり、ヒヤッとする瞬間が何度も。

車を替えて間もないのに、これはおかしい。

嫌な予感がする。思い切って車を乗り換えることにした。

次は白の外国産車。ネットで注文した。

そして内見の日。

物件はフルリフォーム済みで清潔感があり、広さも十分。

ワンエルの部屋。控除対象にもなりそうだし、もうここしかない。

四日後から住めるとのこと。住所をメモしてもらい、その日は解散した。

翌日、税務署で開業届を提出した。

ネット環境も整えなきゃ。家にあるパソコンを使おう。

パーツが必要なのでショップで購入し、自作に取り掛かる。

深夜、ようやく完成。電源を入れるとちゃんと起動した。

数日後契約を済ませ、不動産会社から鍵を受け取る。

ついに入居。部屋に寄って、リビングで大の字になって寝転がった。

なんて爽快な気分だ。

彼女にも事務所の住所と合鍵の場所を伝えた。

いつでも過ごせるように。

数日は事務所で準備に追われた。

家具はアマゾン、生活必需品はドラッグストアで揃えた。

その日、自宅に帰ると彼女が玄関前にぼーっと立っていた。

「どうしたの?」

「……あのね、二人で考えたプロジェクトの企画、通ったみたい。観光庁で会議があるって」

「すごいじゃないか、おめでとう」

「それと……観光庁の長官から直電があって。一人で考えたのかって聞かれたの。

でも、あなたの名前も連絡先も知らなくて、うまくはぐらかしちゃった」

「それでいいよ。見返りを求めてたわけでもないし。なにより、おめでとう」

「ありがとう……こんな形だけど」

「仕事、忙しい?」

「うん、でも落ち着いたら、事務所行ってみる」

「ぜひ来て。気が向いたらでいいよ」

「じゃあ……おやすみ」

「おやすみ」

彼女の背中を見送りながら、心の奥があたたかくなるのを感じた。

ああ、やっぱり——俺はもう、彼女の「あなた」なんだ。


その夜、不思議なほどに月が眩しかった。

窓から差し込む光に誘われるように、俺はふらりと外に出た。

どこか、胸騒ぎがする。

少し歩くだけで、体の奥がざわついて仕方がない。

町役場の前を通ると、深夜なのに電気が煌々とついていた。

なんだか異様な空気が流れている。

そのまま歩を進めると、月明かりがどんどん強くなってきて、耐えがたいほどになってきた。

思わず、民家の裏手へと逃げ込む。

その瞬間——

差し込まれるような、心の芯を突くような強烈な恐怖が襲ってきた。

背筋が凍るという言葉の意味を、初めて本当の意味で理解した気がした。

気配に気づき、辺りを見回すと、黒塗りの大型車が何台も神社の方角へと静かに向かっていくのが見えた。

一体、何が起きているのか。

眩しくて、怖くて、体がまったく動かない。

その場に膝を抱えて、ただ時間が過ぎるのを待つしかなかった。

気づけば七時間が経っていた。

空はようやく白み始め、朝が近づいてきた頃——

視界の端に、影のようなものが、凄まじい速さでこちらに向かってくるのが見えた。

反射的に目をそらしたが、次の瞬間、その影は目の前でふっと静止した。

「……叔母ちゃん?」

間違いない。

にっこりと優しく微笑み、まるで宙に浮いているようにスーッと俺の横を通り過ぎていった。

叔母ちゃんは、俺が幼い頃にとてもお世話になった人だった。

近所の神社の宮司さんの奥さんで、俺のやんちゃぶりにも嫌な顔一つせず、いつも温かく迎えてくれた。

あの笑顔を、俺は一生忘れない。

その人が、今、ここに現れた。

言葉はなかった。でも、それで十分だった。

まるで「もう大丈夫」と言ってくれているような気がした。

やがて、朝日が空を染めはじめた。

月の光がようやく退き、俺は静かに立ち上がった。

そしてゆっくりと、家へと歩き出した。

どこか、心が軽くなっていた

事務所からの帰り道、いつもと違う違和感が胸の奥をざわつかせていた。

インターの前に停まっていた黒いワンボックスカーが、やけに目についた。

「なんか…嫌な感じがする」

車を走らせながら、カーステレオから流れてきたラジオのニュースに耳を奪われた。

——「本日、市内某所で発砲事件がありました。犯人は未だ逃走中とのことです」

その瞬間、背後のルームミラーにさっきのワンボックスが映った。

まるでこちらを追ってくるように。嫌な予感が確信へと変わる。

俺は即座にルートを変更し、裏道を選んだ。

だが、振り切れない。信じられないくらい、奴らはしつこくついてくる。

「撃たれるかもしれない……」

恐怖に駆られ、近くのパチンコ屋に飛び込んだ。

ぐるぐると駐車場を回り、出たと見せかけてまた裏から出てみる。

それでも——追ってくる。

一時間近い逃走劇の末、俺は家電量販店に車を乗り捨て、フェンスを乗り越えて隣のマクドナルドへ逃げ込んだ。

厨房に飛び込み、震える手で警察へ電話をかけた。

「近くのマックにいます……誰かにつけられてて、発砲事件と関係あるかもしれない。パトランプつけて、2台で来てくれ!」

数分後、現れたのは私服の男たち。

一人がバッジをちらっと見せ、俺の腕をがっしりと掴んだ。

「……ん?なんか、おかしくないか……?」

俺は被害者のはずだ。何もしてないのに。

外に出ると、赤色灯のついていないパトカーと大きめのハイエースが待っていた。

男たちは皆、私服。まるで、最初から段取りされていたように、俺をハイエースへ乗せようとした。

「やめろっ!」

本能的に抵抗した。

一度は振りほどいたが——その先の記憶は、ぷつりと途絶えた。

目を覚ますと、そこは保護室だった。

意識はぼんやりとしていて、どうやってここに来たのかもわからない。

「……薬だ、注射か何かを打たれたんだ」

頭がガンガンする。

二リットルのペットボトルのお茶が置かれていたが、何が入っているかわかったもんじゃない。

「寝ちゃダメだ……明日の朝八時になれば出られる……たしか、保護室の規則で……」

眠気と恐怖の中、俺はずっと目を開けたまま朝を待った。

八時。

常駐していた警察官に声をかける。

「もう時間でしょ?出してくれよ」

「迎えが来るから、それまで待ってて」

まもなく現れたのはまたも私服の男たち。

両腕を掴まれ、俺はそのまま外へ連れ出された。

駐車場に停まっていたのは、親の車。

だが、俺は後部座席の真ん中。両隣には警官。まるで犯罪者のように。

「なにが……起きてるんだ?」

車はある病院に着いた。

待合室にはさらに警官たちが現れた。

まるで、逃げ場のない空間。

名前を呼ばれ、診察室へ。

医者は俺の顔を見るなり、静かに聞いた。

「……何があったのか、説明できますか?」

「誰かにつけられて、逃げてた……」

「炭酸リチウム、飲まれてました?」

「最近……飲んでないです」

「……じゃあ、入院ですね」

「え……?」

頭が真っ白になる。

「双極性障害で……こんな風になるんですか?」

「かなり激しい躁状態です」

俺の思考は混乱した。

彼女のことは? すべて幻だったのか?

無理やりベッドに押し込まれ、また鍵付きの個室。

窓の外から、ふと声がした。

——「大丈夫? 連絡先は〇▽◇……」

聞き取れなかった。それでも、その声が嬉しかった。

「あれは……現実だったはずだ。つながったのは随分前で、薬が切れたのは最近。なら、関係ない」

「……でも、なぜ繋がりきれなかった?」

それは、恐れだった。

もし本当につながってしまったら、世界が壊れてしまいそうで、怖かった。

だから踏み出さなかった。

……その結果が、これだった。

深い後悔のなかで、静かに眠りについた。

——目を覚ますと、看護師が告げた。

「丸三日寝てましたよ」

五日目には一般病棟へ。

もう、彼女の声は聞こえない。

朝食を食べて眠り、昼を食べてまた眠り、夜は眠剤を飲んで眠る。

そうして、十日後。退院の許可が下りた。

彼女の声は、もう二度と聞こえなかった。


残されたものは、もうわずかだった。

事務所と、車。それと——忘れちゃいけない、出雲大社。

「そうだ、約束してた。出雲に行こう」

片道半日以上かかる。泊まりの準備をして、すぐにホテルを予約した。特急を二本乗り継ぎ、ゆらゆらと西へ。

出雲大社駅に着く頃には、もう夕方だった。

近くのコンビニで缶ビールとつまみを買い、ホテルの部屋で静かに一人飲んだ。

部屋には「出雲大社 参拝のしおり」が丁寧に置かれていた。

バスの時刻表もついていて、気配りの行き届いたホテルだった。

「明日は朝イチで行こう」

夜が明け、しおりに従って境内へと向かう。

空気が張り詰めている。すっと背筋が伸びる。

本殿の前、巨大なしめ縄を見上げたとき、何かが胸を打った。

「すげえな……」

その場に立ち尽くし、深く頭を下げる。

——二礼、四拍手。

「……どうか、彼女と繋げてください」

しばしの静寂。風も止み、鳥の声さえも聞こえない。

それはまるで、沈黙という名の返事のようだった。

「……そうか。ダメなんだな」

ここは日本一の縁結びの神社。

そこで願いが届かなかったのなら、もう仕方がない。

土産屋でお守りを二つ買った。自分用と、彼女の分。

駅へ向かうバスに揺られながら、何も考えられなかった。

数日後、事務所に行った。引っ越しの準備をするために。

新しい家具や家電、真新しいキッチン用品、どれももう要らないものになっていた。

ふたりで過ごすために揃えた空間は、今はただの「空間」だった。

ひとしきり荷物をまとめ、帰り際。

机の上に、彼女のために買った出雲大社のお守りをそっと置いた。

そして、家路についた。

次は、車だ。

五時間電車に揺られ、ようやく引き取りに行った。

真っ白な外国車。

隣に彼女が乗るはずだった助手席は、ただ空っぽのままだった。

「……この一件で、いくら使ったんだろうな」

通帳を見るのが怖かった。

けれど、金の問題じゃないことも分かっていた。

そしてとうとう、引っ越し当日。

事務所のドアを開けて、真っ先に気づいた。

——あれ?

テーブルの上に置いたはずのお守り。

真っ直ぐに並べた記憶がある。

けれど

それは少しだけ斜めに、傾いていた。



   終わり

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