7話
ギガは本部へ渡るギルド員にレイネを同行させて送り、2人を連れて次の候補地へと向かった。道中で現れた魔物は倒し、山の前にある街に着き、トンネルの前で足止めを食らった。
トンネルは通行禁止となっていた。それ以外の説明は一切なかった。
「あれ?地図では通れたはずだけど、後で塞がったのかな?」
「聞いてみましょう」
デインは近くの露店でアップルパイを買い、店主にトンネルの話を聞いた。
店主曰く、魔物が住み着いて人が襲われる事件が相次ぎ、封鎖したとのことだ。山の向こう側へ行きたければ遠回りになるが山の裾を通っていかないといけないという。魔物退治ギルドへ依頼しなかったのは法外な報酬を吹っ掛けられて喧嘩別れしたからという。
「…といったことがあったようです。崩れて塞がったという訳ではなさそうです」
デインはパイをギガとリナリーに分けて話した。
「法外な報酬…?そんなことするギルド員がいるのか?まあ全部を把握しているわけじゃないけど…」
「何か変じゃない?私たちを騙った偽者なんじゃ?」
「もしそうだとしたら魔物を退治されないように…?とにかく、僕たちの手で魔物を退治しよう。何を企んでいるにしろ、退治してしまえば企みは粉砕できる」
3人はトンネルの前に来て、ギガは光術で指先から光球を作り出して突き、前に飛ばしてトンネル内を照らしていった。もう一つ光球を作って目の前に浮かべた。
「よし、行くぞ」
デインが先陣を切って入り、ギガとリナリーが後に続いた。
「あっ、ちょっとあんたら。入っちゃ駄目だって!」
「僕たちなら大丈夫です。危険ですから来ないでください」
「行ってしまった…」
トンネルの奥は土の匂いがし、湿った冷たい風が肌を撫でた。
「マスター、これを見てください」
このトンネルの壁は石を削ってできたものだが、そこに大きな爪痕があった。
「もしかして住み着いているという魔物の…?」
「爪でこのサイズって狭そうだな」
更に奥に進んで行くと、前方に飛ばしていた光球が突然消えた。
ギガたちは明かりを消して近くの物陰に隠れた。
真っ暗闇の中、息をひそめていると前方に明かりが点き、何者かが歩く音がした。
足音は徐々に近づき、辺りも照らされてギガたちは仲間同士姿が見えるようになった。ギガは2人にハンドサインで指示をした。
何者かが横を通ったタイミングで、リナリーとデインが飛び出して足を倒して地面に抑えつけ、各々武器を突き付けた。
「何者だ?」
そこには2人の男が地面に抑えつけられていた。
「魔物から逃げて隠れていたんです!離してください!」
「あっ、ごめん…」
リナリーは手を離し、男は立ち上がって手で汚れを払った。
「魔物はどこに?」
「この先に行ってしまいました。今はどこにいるか…」
「……」
「おい、こっちも離してくれ」
「まだ許可を得ていません」
「そう、そのままだ。そっちは今更だが」
「何?」
「魔物などいないのだろう?」
「何を言い出すかと思えば…」
「爪痕はあるが、フンなり毛なり抜け殻なり他にも何か無ければおかしい。お前たちの仕業だな?」
「証拠はあるのか?」
「お前たちが出て来たところを調べよう」
「時間の問題か…なら!」
男は魔術で剣を出してギガに斬りかかり、ギガは自身の剣で受けて横に払った。
「こいつは僕が引き受ける。デイン、そいつを逃がすなよ。リナリー、デインのサポートを」
ギガは相手の剣を受けながら後退して敵2人を引き離した。
「まったく、人間のフリは最悪だったぜ。なんで男のくせに長い髪なんだ気持ち悪い」
「僕から言わせれば、魔族の男は囚人みたいな髪形で変だね」
魔族は剣で突き、ギガは剣で横に押して逸らし、互いにそれを繰り返した後、魔族はしびれを切らし、突きと同時に体を大きく前に出して加速して突いた。ギガはしゃがんで突きをかわし、前に出ながら足を伸ばしつつ下から腕を斬り上げた。そして返す刀で肩から下へ斬りこみ、魔族は血を出しながら仰向けに倒れて絶命した。
「こっちは片付いた」
ギガは血の付いた剣を持ったまま、捕まえた男の前にやってきた。今はリナリーの魔術で拘束されている。
「どうか命ばかりは!もうしませんから!」
「さっき確認したけどこっちは人間で、魔族じゃないみたい」
「説明してもらいましょうか」
男から話を聞くと、ドファミレ商会という組織の所属でこのトンネルを通れなくするために交代でやっていたという。最近来た同僚が魔族だったとは知らなかったそうだ。山の裾沿いにある街を通らせてお金を稼げるようにするために人を襲い、噂を流して封鎖させたとのこと。魔物退治ギルドを騙っていたこともある。また、しばらく経営状態が良くなく、最近買収されて資金も注入されて持ち直せそうだったから、バレて撤退されると路頭に迷うかもしれないらしい。
「そんな都合知ったことか」
「そんな~、野盗がはびこるよりはマシでしょう?」
「さあ、どうだろう」
「どうしますか?寄り道してその街へ行きますか?それともこのまま目的地へ?」
「そうだな…次の候補地へは、この問題を解決してからにしよう」
「了解しました」
ギガたちはトンネルを反対側に抜け、山沿いに進んで街に入り、ドファミレ商会に乗り込んだ。
「責任者出せ!」
「なんですあなたたちは!」
「魔物退治ギルド、エルシュバエルだ。彼は君らの仲間だろう?」
「社長を呼んでください…」
両手を縛られた男は仲間に懇願し、社員は渋々奥に行って社長を呼んだ。
「こちらへどうぞ」
ギガたちが廊下を進むと背後から花瓶が飛んできた。とっさにデインが2人を庇い、花瓶は肌の表面を滑って横の壁に当たって砕け散ってしまった。
「何の真似です?」
「て、手を滑らせてしまって…」
「そうですか、気を付けてください」
ギガたちは社長室に入り、社長に問い詰めるた。最初はすっとぼけていたが、司法機関に調査を依頼しようとすると、罪を認めて何とか黙っていてくれないかと懇願してきた。
「断る」
「そこを何とか。お困りのことはございませんか?私たちなら力になれますよ」
「諦めの悪い社長に困っている」
「お待ち下さい!」
中年の細身の男が部屋に入ってきた。
「誰だ?」
「私はシソラ。ドファミレ商会の所有者です。この度はご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。彼はクビにし、司法に突き出して罪を償わせます」
「待ってくださいオーナー」
シソラは無視してギガと話を続けた。
「この商会へは新経営者を送り改革を進めます。エルシュバエルにも寄付します。どうかそれで手を打っていただけませんか?」
「何が目的だ?」
「そう警戒なさらないでください。目的は純粋にお金稼ぎです。私のファンドは割安な会社を買い、お金を投じて育てて高く売ったり配当を得たりするのがビジネスモデルです。霧魔公が倒され、ゲンブー地方の生産や物流の回復が期待されています。そこで私たちはこの商会をつい最近買い取り、新しい環境に合うように手を加え、利益を出そうとしたのです。御覧の通り問題がある商会ですが、私たちの手で立て直せると思っています」
理論的に説得しに来る人だな。感情に訴えかけるよりも、言葉巧みに誤魔化していないかと警戒してしまう。ある意味フェアだが、弁論よりも戦闘が本分の僕では分が悪いだろう。
「エルシュバエルのお役に立てるよう、私たちもお手伝いします。折角魔物が減って沢山売れるようになって儲かると思って大金を投じたのに、思うように魔物が減らずお金が稼げないのでは私たちも生きていけませんから、利害は一致していると思います。寄付もその一環です。信じていただけませんか?」
実質的に和解金の寄付の建前はそういうことか。ギルドの出資者たちと同じ理由で理に適っていて問題ないように思える。しかし問題が無いように思えることが問題の気もする。何か見落としているのではないかと。…この人の相手に僕では荷が重い。運営部の人たちならうまいことやるかもしれない。だが解決を長引かせるのもいいとは思えない。
「ちょっと待っていてください」
ギガは2人を連れて小声で打ち合わせた。
「2人はどう思う?これで手打ちでいいか?」
「自分はいいと思います。あの人は早めに味方にした方がギルドのためにいいでしょう」
「この場さえ乗り切ればいいと思ってるんじゃないの?」
「そうかもしれません。しかし話に乗っておいた方が得と思われます。二度はないと釘を刺せばよいのです」
「分かった。そうしよう」
ギガはシソラの前に戻ってきた。
「分かりました。今回はあなたにお任せします。ただし、また何か問題を起こせばそうはいきません」
「はい、肝に銘じておきます。皆さまによい商品をお届けできるよう全力で取り組んでまいります」
ギルドはシソラからの寄付とドファミレ商会の協力を得た。