4話-1
ブロンズゲートアイランド、ギルド本部の訓練所横のシャワー室で訓練を終えたギルド員たちがシャワーを浴びていた。目隠しとして仕切りはあるが、上と下に隙間があり、声は隣に届くようになっていた。
「マスター早く帰ってこないかなあ。成長した私を見て欲しい」
「ローズったらまた言ってる」
「何度だって言いたくなるもの。今週は魔物も沢山倒したし褒めてくれるかな」
「もーうるさいな。忘れた頃に帰ってくるわよ。お先」
「あっ、うん」
ローズはシャワーを出して泡を流し、湯を止めた後に髪を両手で挟んで水気を切った。
「帰ってきてねマスター」
街道から霧魔公の城と城下町に通じる街は魔族の監視下にあり、共通の制服を着て腰の左側に剣を、右側に拳銃を装備してうろついていた。住民は魔族の気に障る、あるいは逆に気に入られると連れ去られ、魔族のお楽しみの末、見るも無残な姿の死体となって街の外れに打ち捨てられることになる。住民は怯えて魔族を避けるように暮らしていた。
そしてディエスたちはその街の酒場の棚の裏にある隠し部屋でギルドの諜報員と打ち合わせをしていた。
「奴らの城へ通じるのはこの一本のみ。周囲は森に囲まれていて移動は困難です。それに奴らはある程度自給自足できますから街道を封鎖しても平気で耐えます」
「そこまで長期戦は考えていない。おびき出して街道で迎え撃とう。街中で迎え撃つ選択肢はない」
「現段階の戦力では足止めはできても、奴らの城に攻め入るのは無理です。難しいのではなく、無理です。あまりに多すぎては計画段階で気づかれますし、そもそも食料が用意できません」
「なるほど。やはり当初の計画通り、私たちが城に忍び込んで霧魔公の首を取る。君らは戦力を引きはがす陽動をしてもらう。この街で反乱を起こし、鎮圧に出て来たところを街道で迎え撃つ。班を二つ、この町で待機し決行日に反乱を起こす班と、手前の村で待機し街道で食い止める時の追加戦力の班で分けよう」
「了解」
「そうと決まれば早速呼び寄せよう」
今すぐに行動を起こしたいところだが、現実的ではない。今は耐えよう。
約半月後、ギルド本部から陽動部隊が街に到着し、ディエスたち3人は城下町へ忍びこんだ。
決行当日、魔族の詰め所ではそこらで攫った人間を的にしてナイフを投げて遊んでいた。血まみれでぐったりとして退退屈そうにしていたが、次に投げたナイフが目に刺さり、悲鳴を上げるとゲラゲラと笑った。
「おい、何してんだ!」
「何だよ?」
「そんな上に投げて喉に当たったらどうする?声が聞けなくなるだろうが!」
「俺のコントロールは抜群なんだ。お前みたいに外しはしねーよ」
「んだと?じゃあ勝負してみるか?」
「いいだろう。俺はこのゲーム飽きるほどやってるから勝てるぜ」
「俺も混ぜてよ」
魔族たちは乱暴にナイフを引き抜き、距離を取ってナイフ投げを続行し、悲鳴が響き渡った。しかしそれもすぐに静寂に変わり、囚われの人間はついに動かなくなった。
扉を開けて部屋にキリッとした顔の魔族が入ってきた。
「あーあ、また部屋を汚して。この前みたいに置きっぱなしにしないでちゃんと捨ててきてよね」
「はいはい。あの時は急用で仕方無かったんだって」
「はいは一回!」
「はい!」
魔族たちは部屋の掃除とゴミ捨てに分かれて、ゴミ捨て係は死体を袋に入れて部屋から出て街の外の森に投げ捨てた。
「さあてと…そろそろ次の見回り番か、よし!」
魔族は仕事の気合を入れた直後、背後から斬りつけられ、血を噴き出して地面に倒れた。その後ろには剣を持ったギルド員が立っていた。ギルド員は人間の死体に手を合わせて弔い、すぐ次へ向かった。
同時刻、街の各所で魔族はギルド員による襲撃を受け、次々と倒されていき、通信所から霧魔公の城へ救援を求めた。
城の寝室では霧魔公が部下に起こされて報告を受けていた。
「何?反乱か?」
「兵への襲撃は確かですが、反乱かどうか現時点でははっきりしていません。被害の規模からして住民よりも戦闘訓練を受けた外部の者の可能性があります」
「魔縫鎧衣を突破できるのは魔力のある攻撃のみ。一般人には普通はできませんから」
魔縫鎧衣…魔物の表面の膜を再現した魔導具。魔族もギルド員も同様の技術を持っている。
「すぐに救援を出して鎮圧に向かいましょう」
「いえ、既に先手を取られている以上、まずは守りを固めて優位を築くべきです」
「彼らを見捨てるおつもりか?」
「まだ全貌が見えていない以上慎重に動くべきです。あれは囮で次の攻撃があるかもしれません」
「様子見に回っている間に敵に時間を与えることになりますぞ」
「それ以上にこちらも有意義に時間を使えば良いのです。敵の情報を集め、有効な攻撃を探るのです」
「その時間で弱点を補う準備時間を与えかねません。」
「もういい」
霧魔公の一言で部下たちは黙った。
「決めたぞ。今すぐ救援に迎え。敵が大部隊なら兵たちが事前に異変に気づかないはずがない。敵は少数精鋭の可能性が高い。奴らが雲隠れしてしまう前に速攻で叩き潰せ」
「御意」
部下たちは退室し、魔族を連れて出撃した。
城と城下町から魔族たちが街道に出たのを確認し、城下町に潜んでいたディエスたちは城へ潜入した。
通路にいる魔族を強襲し、玉座の間へ向かって進んだ。
「ここは通さん!」
「閣下、敵です!ご準備…を…」
霧魔公の部屋の前で構えていた魔族は太刀と鎗の斬撃を受けて切り裂かれて絶命し、地面に倒れた。
ディエスは扉を開きテツとスイミズと共に中へ入った。赤いカーペットの敷かれた階段の上に豪華な椅子があり、その前に魔族が立っていた。ディエスは剣の先で地面を叩き、扉の前に地術で岩を隆起させて塞いだ。
「何の用だ人間?この魔公爵が一人、パヴェロスミス・パースパランドの城と知ってのことか?」
「当然。お前を倒し、この地方を解放する」
スイミズは鎗の先端から水を出して霧魔公に向けて放ち、ディエスとテツは階段を駆け上がった。
「人間風情が不遜にも魔族の真似事を…」
霧魔公は手を前に出して水を止め、魔術で方向を変えてテツを階段下へ押し流した。ディエスは剣で斬りかかるも、新たに出現した水に押されて吹き飛ばされた。空中で剣先から火炎を放ったが、霧魔公が剣を振り水を出してかき消された。
テツは斜め上から斬りつけ、霧魔公が剣で斬撃を受けると太刀を回して剣を地面に叩きつけ、前に踏み込んで足で剣を上から抑えつつ斬りつけた。霧魔公は剣を捨てて後ろに跳ねるが、かわし切れずに両腕から血を流した。テツは間髪入れずに太刀で突き、霧魔公の胸を貫いた。
直後、霧魔公の姿が消え、テツは背をざっくり斬られ、水圧を背に受けて階段を転げ落ちていった。階段の上には両腕から血を流しつつも右手に剣を、左手に水術の構えをした霧魔公が立っていた。
ディエスは霧魔公の背後から斬りつけると、その姿はまた消え、階下ではテツに近づいて回復魔法をかけ始めたスイミズも背中から血を噴き出して倒れた。
「一体何が…?」
ディエスは剣から炎を出すと、霧魔公の姿が目の前に突如現れ、ソードブレイカーで斬撃を受け止めて捩じり剣をへし折った。しかし水術で炎を消されて突き飛ばされ、また姿が見えなくなった。
ディエスは気配を察知して剣で虚空を斬りつけた。何かが斬れる感触があったが、その直後に突然現れた剣に首を斬りつけられ、血を噴き出しながら力を失ってその場に倒れ込んだ。
霧魔公は姿を再び現し、両腕と右足から血を流してよろめきながら玉座に腰掛けた。
「ふう、危ない危ない」
折れた剣を玉座のひじ掛けに置き、椅子にかかっていた布で止血を始めた。
「まだ意識はあるかな?冥途の土産に教えてやろう。なぜ俺が霧魔公と呼ばれるか」
勝利の昂揚で饒舌になり、血を流すディエスを見下ろしながら話し始めた。
「俺たち公爵は魔王様より強大な力を与えられた者たちで、どの公爵か区別するために俺は霧魔公と呼ばれている。俺は水術を得意とするが、霧の名を冠する理由はそれだけじゃない。俺の力は霧を媒介にした魔術で幻影を見せること。この部屋はうっすらと霧が張っていたが気づいたかな?俺は俺で見せたい幻影を考えながら戦うのは大変なんだぜ?だがおかげでこのギリギリの生還。最高に気持ちがいい、あははっ」
ディエスは意識を失い、その後の言葉はもう耳に入らなった。
「はっ!ここは…?」
ディエスが目を覚ますと黒い岩場の前で白地に金の線が塗られた壁の部屋にいた。自分の周囲には大きな水晶があり、上を見上げると水晶の先が見え、水晶の中にいることが分かった。ここはギルド本部、大水晶の間。
「お目覚めですか、7代目」
部屋の横穴から老婆が出て来てディエス話しかけた。彼女はキビ、ギルドの降霊師。
「これはどういうことだ?ここから出してくれ」
「そこから出れば消えてしまいます。あなた様の魂はギルドマスター就任式で施した呪術によってここへ戻ってきました。肉体は残念ながら死亡したのです」