3話-2
吸血鬼はテツに急接近し、構えた太刀に肩から胸まで斬りつけられながらも首に手をかけた。しかし見えない膜に阻まれ、掴めずにぬるりと逸れ、返しの太刀で腕を横に弾かれながら裂かれた。
「なんだ…?魔物みたいに掴めない…」
吸血鬼は斬られた体が再生しながら手を動かして感触を確かめた。
ディエスはその隙にルナを抱え上げて部屋の隅に運び、テツとスイミズが立ちふさがった。
「そうか、お前たちも魔物と同じ仕組みが使えるのだな。なら対策も同じかな」
吸血鬼は魔術で足元の血を蛇のように変化させて飛び掛からせ、スイミズは鎗の先から水を出して蛇を押し流すと、蛇は崩れて水と混ざった。吸血鬼はスイミズ目掛けて抜き手で飛び掛かるも、テツが割り込んで太刀の背を手で当てて全身で押し付けて横に逸れさせた。抜き手は木製の分厚い机を貫通し、腕を振ると机は割れて地面に落ちた。
「ククッ、人間なのによくついてこれるものだ。だが私を殺すことはできない」
「スイミズ!」
ディエスはスイミズに呼び掛けてハンドサインで3番目の作戦を示すと、スイミズは頷いて後ろに下がり、ディエスが前に出た。
「見たところお前がリーダーのようだが前に出ていいのか?」
「余計な心配だ」
ディエスは剣を振って自身の背後に炎の壁を作り出し、スイミズを壁の向こうに隠した。
そして剣を手に斬りかかり、吸血鬼は手から血を流しながら刃を受け止めて掴んで横へ投げ飛ばし、血を矢に変えて撃ち込んだ。ディエスは片手を離してダガーを取り出し、矢を弾いて壁を蹴って吸血鬼に向かって回転斬りを仕掛けた。同時に吸血鬼の背後からテツが振りかぶって上から斬りつけ、挟み撃ちにした。
吸血鬼は体を右肩から腰へと斬りつけられ、胸も切り裂かれ、左右に開いた。その状態から腕を振り回し、更に開きながらディエスとテツを叩き飛ばし、2人は壁に激突した。
「ク…ククッ…深く斬ったり心臓を斬れば効くとでも?こんなの避けるまでもない」
吸血鬼は体を再生しつつ嘲笑った。
「そうだな、避けないと思った」
「何?」
炎が消え、部屋に水が降り注いだ。水は吸血鬼の体の傷に触れると煙を出して体を溶かしていき、吸血鬼は悲鳴を上げた。
スイミズの水術と光術により聖水を作り出して降らせた。どんなに早く動こうともはや逃げ場はない。
「ぐうっ…吸血鬼は不滅だ…滅んでなるものか…!」
吸血鬼は右手の人差し指を前に差し出して地面に倒れた。指先から伸びた血が水溜りのある地面を高速で走り、血は聖水に触れて煙を出しながらも一部は残って突き進んだ。聖水の雨を抜け、ぐったりしているルナの肌を昇り、首元の傷穴から内部に入っていった。
ルナは体をビクンと動かし、目を覚ました。
「大丈夫か!?」
ディエスはルナに駆け寄り、剣を離して肩を掴んで揺らした。
「んあ、大丈夫。ルナは元気でしゅ」
何か変だ。酔っているような…。
「スイミズ、彼女に回復魔法を」
「はい、ただいま」
ディエスが横を向いてスイミズに指示をすると、ルナは舌を出してディエスの手に垂れた血を舐めた。
「なっ…」
ルナはディエスの腕を捲り、唇を肌に当てて目を細めて傷から血を吸った。そして上を向いて唇を離すと喉を動かして飲み干し、目を開けて恍惚の表情を浮かべた。
「ま、まさか…」
「吸血鬼化…」
ルナは眠気で目を細めていき、壁にもたれかかって眠った。その無邪気な寝顔はまるで天使のようだった。
3人は驚いて頭が麻痺するも、現実を受け入れてなんとか頭を回した。
「人格が乗っ取られた訳じゃなさそうですが…」
「だがこうなっては仕方ない。気の毒だが介錯を…」
「待てテツ」
ディエスはテツの前に腕を出して遮った。
「ギルド本部に送ろう。ギルドの英知を結集させれば元に戻せるかもしれない」
「本気か?血を吸われておかしくなってないか?」
「私は見ての通り正気だ。吸われるだけなら平気なのかもしれない、噛まれたらおかしくなるかもしれないが」
「本部送りは合意しかねます。僕たちだけならまだしも本部の人たちを巻き込むなんて」
「キュオネルは生贄を求めてこそいたが村人を全滅させたりはしなかった。離しておけば大丈夫だ。吸血だって死ぬほど吸わなければ大丈夫だから皆で少しずつ分ければいい」
「ここの今生き残っている村人が耐性のある特別な人たちだけかもしれませんよ。ギルド員たちは近づくだけで吸血鬼になって暴れ出したらどうするんですか?」
「リスクはある。しかしリターンもある。吸血鬼の研究が我々の戦力増強に繋がるだろう」
「人体実験でもする気か?」
「酷いことはさせない。そんなことをして敵に回したら大変だ」
「魔族を滅ぼすために非道なことをしてでも研究成果を欲する者がいたらどうする?」
「手出しはさせない。ギルドマスターの俺や、俺と同じ志を持つ研究員の友が止める」
「…分かった。ギルドマスターの判断を信じよう」
「テツさん!」
「スイミズは納得できないか?」
「僕だって助けたい気持ちはありますよ。命の恩人なんだから当然じゃないですか。でもギルドの皆はそんな事情関係ないんですよ。なのに危ない部分を任せて自分たちは他所にいるなんて。いいんですか、こんなことして?」
「いいんじゃないか、私はギルドマスターだし。人に仕事を振るのは当たり前のことだ」
「……」
「それに危ないというのなら敵地に突っ込んで行っている私たちの方がよっぽど危ない。こういう定性的なことを不公平と感じるかは気持ち次第だ」
「…分かりました。まだ不安ですが、うちのギルドなら上手くやれると信じましょう」
「ああ、いけるさ」
その後、スイミズの水術でルナの口元を洗って血を落とし、ディエスがルナを背負って館を出てルナの家に連れていった。
ルナはベッドの上で目を覚まし、上半身を起こして周囲を見渡してぼんやりとしていたが、段々と昨日のことを思い出して頭を抱えて首を振った。
「私、そんな…。殺して、お願い!」
「それはできない」
「私の大切な人たちはもういない。家族も友人も生贄や魔物の餌食になって…。生贄になって死ぬならそれでいいかなと思ってたのに…。死ぬどころか私は化け物になってしまった!害を及ぼす前に早く殺して」
「まあ落ち着いて」
ディエスはルナの手を取って両手で包んだ。
「全てを失って、化け物にもなって、それでも生きることに何の意味があるの?」
「意味が必要かな?生きる意味を考えるのは弱ってる時ぐらいで元気な時は考えもしない。それでも生きていける」
「じゃああなたは自分の生きる意味を持ってないの?」
「もしかしたら何かあるのかもしれないけど私には分からない。魔物を消滅させることやギルドを率いることは今の目的だけど、そのために生まれてきたとは思っていない。それでも生きている。だから心配しなくていい」
「ああ…」
ルナはディエスに抱き着き、護衛たちは吸血かと身構えたが、ディエスは心配ないと手を振り、ルナの頭を撫でた。
「君をギルドに迎えたい。今は無理でも将来人間に戻せるようになるかもしれない。とはいえタダとはいかないから…」
「私、加入します」
ルナは憑き物が落ちたような顔であっさりと告げた。
「あの、研究対象になってもらう予定で…酷いことはしないと約束するけど」
「ここでキュオネルみたいに生贄を差し出させて暮らすよりも人の役に立ちたい。」
「そ、そうか。それはありがたい」
「これからよろしくお願いします」
ディエスは通信用の魔導具を展開してギルド員に連絡を取り、いきさつを説明し、ルナを移送することや棟を用意して研究すること、血液の用意などを伝えた。
少し離れたところでスイミズとテツが話をしていた。
「しかし僕たちのギルドは命を落とす者が多いです。ルナさんがギルドに馴染めたとしてもまた悲しい思いをさせるのでは…。特に不老不死に近い存在だと猶更…」
「誰しも生きている限り別れとその悲しみは避けられない。だが人との付き合いで得るのは別れの悲しみだけじゃない。それ以上の喜びを得ている。それで心の穴は塞がるというもの」
「それは…、…そうかもしれませんね」
「頑張っていい思い出を作れば、後で良かったと思えるしな。ま、俺はいつもそんな気合入れてるわけじゃないが」
「知ってます」
「はっ、生意気な奴」
「スイミズ、来てくれ。お前の術の説明を頼む」
「はい、ただいま」
スイミズは呼ばれて通信機の前に来て本部の幹部たちと話をした。
そして数日後、迎えに来たギルド員にルナの移送を任せ、待っている間に村で集めた吸血鬼の資料を格納した魔導具を渡し、次の目的地へと向かった。