3話-1
ディエスたちは街道を進み、遭遇した魔物を倒して進んで行った。街道は魔物の出現で整備が減り、壊れた看板や橋の剥げた舗装はそのままになっていた。
「この様子だと物流に支障をきたしていますね」
「畑も育てては荒らされるんじゃやる気無くすだろうな」
「ああ…」
魔公爵を倒して魔物の発生源を断たねば…。この道ではギルドの陽動部隊を送るにも手間取りそうだな。
3人は分岐の前に立ち止まり、地図を確認した。
「ディエス、そろそろ暗くなるし、今日はこの辺にして村に寄ろう」
「そうだな。村が近いなら今日は野宿せずに済みそうだ」
3人は街道の脇道に入り、村へ向かって歩いた。
その夕暮れ頃、小さな村に着いた。村人たちはディエスたちを見てヒソヒソ話していた。
「すごく見られていますね」
「珍しいんだろ。気にすることない」
ディエスは村の広場で立ち話をしている女性たちに声をかけた。
「すみません。宿を探している旅人のものです。教えていただけませんか?」
女性たちは互いに顔を見合わせて何やら困った様子で話し始め、納得したようで一人がディエスに向かって話した。
「この村に宿屋はないよ。村長さんのところなら大きいから泊めてもらえるかも」
「村長さんの家はどこに?」
「あの丘の上の家だね」
女は丘を指さした。そこには比較的大きな家があり、煙突から湯気が出ていた。
「ありがとうございます」
ディエスたちは村長宅に行き、泊めてもらえないか聞いた。
「この向こうにこの村一の富豪の家があります。掛け合ってみましょう」
私たちを泊めたくないのか。無理もないが、たらいまわしにされ続けると面倒になってくる。
「分かりました。部屋がないようでしたら私たちは物置でも大丈夫ですから」
「いえいえ、遠慮なさらず。夕飯を我が家で食べて行って下さい」
どういうことだ?邪魔だから富豪に押し付けようとしたのではないのか?それとも社交辞令か?
ディエスが護衛2人を見ると、スイミズは首を傾げ、テツは「いいんじゃないか」と言った。
「…ではお言葉に甘えて」
その後、3人が村長宅の客間で夕食を取っていると村長が戻ってきた。富豪と話を付けてきて、一室貸してくれるとのことだ。食事を終えて村長宅を出る前に謝礼金を渡し、村長の息子の案内で丘を下りて富豪の家に向かった。家は古くもしっかりとした大きな作りで、小さな窓から部屋の明かりがついているのが見えたが、ほとんどの部屋に明かりが無かった。家の周囲にはコウモリが飛び交っており、その下を通って扉を開けた。
「呼び鈴も鳴らさず勝手に開けていいのですか?」
「この家の主は変わり物で、好きに使っていいとのことです」
「そう、ですか…」
建物に入り、暗い廊下を明かりを手に持って通り、部屋の一つに入り、机の上のランプを点けた。白い壁の部屋で、綺麗なベッドが4つあり、綺麗な装飾の机や椅子もあった。ドアを開けるとトイレや洗面台の部屋へと繋がっていた。
「ここがあなた方の部屋です。なるべくこの部屋にいて館内は歩き回らないでください」
「あれ?さっきは好きに使っていいと」
「それはこの部屋を好きに使っていいということです。他の部屋は別です」
「そうでしたか」
「では私はこれで。おやすみなさい」
「ありがとうございました。おやすみなさい」
村長の息子は案内を終えて部屋から出て行った。
夜、ディエスが気配を感じて目を覚まし、宙に火の玉を浮かべて部屋を照らし、枕元のペンダントから剣を取り出した。
「誰だ!」
「しっ、静かに。助けに来たのです」
若い女がベッドに片膝を乗せて身を乗り出し、人差し指を口の前に当ててディエスに小声で語りかけた。
「私はルナ。話は後です。荷物を持って私の家に来てください」
「助け?何から?」
「この館の主、吸血鬼からです」
テツとスイミズもいつの間にか起きており、ディエスが手で制止すると2人は武器を下ろした。そして3人は荷物を持ってルナの後をついてこっそりと部屋から抜け出した。
ルナの家に着き、中に案内された。
「家の人は?」
「今は一人暮らしです」
一人で暮らすには大きな家に見える。物はあまりなく綺麗に掃除してあり、数少ない物は真っ赤な布や真っ青なカップなど派手な色の物ばかりだった。
ルナは3人の前に座って話を始めた。
「あの館は吸血鬼の館。村長は、いえ村人たちはあなたたちを生贄に差し出そうとしたのです」
吸血鬼…この世界に今の魔族が出現する前から存在していたと言われる原種の魔族の一つ。人間の血を吸うほぼ不老不死の怪物。伝説の存在で詳しいことは分かっていない。
「あの館にはキュオネルという吸血鬼が住んでいます。彼は定期的に若者を生贄として求め、今回の生贄を差し出す時期にあなた方が来ました。そこで村長はあなたたちを生贄として差し出すことにしたのです」
「あの爺さんやってくれたな」
「なるほど。しかしなぜあなたは見ず知らずの私たちを助けてくれたのです?」
「村人か旅人かどっちか助けるなら親しい村人だろうに」
「それは…」
ルナはディエスの顔を見て目を逸らした。
「私にはできなかったのです。見ず知らずの人だからって騙すなんて。それに…、…村人同士仲がいいとも限りませんよ。私の大切な人たちはもうみんないないのですから」
ルナは立ち上がって上着を羽織った。
「キュオネルは今頃生贄がどこに行ったのか探していることでしょう。私が行って話をつけてきます」
「危険ですよ。ルナさんが殺されかねません。私たちは魔物退治ギルドの者です、私たちが行きます」
「大丈夫です。私の血は不味そうと言われていてこれまでも伝令役をやってきたのです。あなた方はここで休んでいって明日の朝早く村を出てください。私が戻ってくるのを待たなくていいですから」
ルナは家を飛び出して夜の闇の中に消えていった。
「どう思う?テツ、スイミズ」
「妙ですね。若者が生贄になっているのですよね。伝令役という役職が本当にあるとしても、若者じゃない人がやればいい話です。伝令役というのはルナさんの嘘なんじゃないですか?」
「私もそう思う。私たちの代わりに生贄になる気だろう」
「命の恩人にそんな真似させられないな、マスター?」
「ああ、もちろんだ」
ディエスたちは普段着に着替えて家を出てキュオネルの館へ向かった。
スイミズが館の扉を押すと簡単に開いた。扉には鍵がかかっておらず、難なく入ることができた。
扉の隙間から明かりが漏れている部屋があり、ディエスは隙間を覗いた。そこには服を緩めて肩を出し、首元を噛まれ血を吸われているルナの姿があった。とろんとした目で頬を紅潮させていた。視線に気づいて目を潤ませて息の上がった声で懇願した。
「いや…見な…いで…」
その声で吸血鬼はディエスたちに気づき、ルナの首元から顔を離し、背中から手を離した。ルナは地面に崩れ落ちて俯いた。
「何だ戻ってきたのか?それは嬉しいが、人の食事をじろじろ見るなよ。気が散るじゃないか。武器もしまえ」
吸血鬼は魔術で扉に触れずに開け、腕組みをして三人を見た。
「ルナさん、無事ですか?」
「なあに、このペースだと後4,5日くらいはもつだろう」
「すぐに死ぬ訳じゃないのですか?」
「ならどうして生贄なんだ?吸血は回復を待ってからでいいだろう?」
「どうしてって…、どうしてそんな面倒な配慮をしなきゃいけない?たかが人間相手に」
吸血鬼はさも当然、なぜそんな疑問が浮かぶのか不思議だと言わんばかりの声色で答えた。
「やはり、やるしかないな」
「何だ、やる気か?」
3人は武器を下ろす様子はない。
「いいだろう、身の程を知るがいい」
吸血鬼は腕組みを解いて宙に浮き襲い掛かった。