21話-1
ギルド本部、研究棟に女のギルド員が荷物を持ってやってきた。研究棟の部屋の一つ、その中で男の研究者がボードに貼られた写真や図を前に立って考え事をしていた。女は引き戸をノックした。
「おじさん、私リリー。いる?」
「ああ、リリーか。入っていいよ」
「お邪魔します」
リリーは引き戸を開けて中に入った。
「着替え持ってきたよ」
「ありがとう。すまないね、いつも」
「気にしないで。洗濯で持ち帰るのはこっちね」
リリーは籠に入っていた服を持参した袋に詰めていった。
「おじさん、なんだか上機嫌ね」
「そうかな?もしかしたら、この前グレイという人が来て魔術を見せたからかな。真剣に聞いてくれるもんだから元気出て来たよ」
「良かったね。ん?グレイってもしかしてマスターに同行している人?」
「そう。帰ってきたらまだ見せてない術を見せる約束だ。まだ見せたことが無いのは沢山ある」
「おじさんたちは新しい魔術も色々使えるものね。私たち一般ギルド員が知ってる新しい魔術は新しい回復魔法くらいかな?」
「ああ、あの吸血鬼研究の副産物ね。従来よりも高性能な回復魔法だ。実はあれは一般化する前に先行して一部の人に使って貰っていたんだ。あの頃はまだ簡略化できてなくて使える人が限られていた。有名どころだと8代目の代に既にヘクトが使えていた」
「へえー。あの人か、確かにできそう」
「マスターもまだ一般化できてない魔術を使っている」
「みたいね。ねえ、ルナさんは今いる?」
「ああ、この時間は部屋にいるんじゃないか?1時間後くらいに訓練所に行くだろうけど」
「それじゃ、折角来たし会ってから帰るね」
リリーは嬉しそうに目を輝かせ、荷物を持ちあげた。
「あまり気を許すなよ」
「…どうしてそんなことを言うの?」
一瞬にしてリリーの声のトーンが落ちた。
「いい人だと思うが、本当はどうか分からない。それに本人にその気が無くとも人を傷つけてしまうかもしれない。いい子にしている牛だって、人が誤って踏まれたら死ぬこともありうるだろ?」
「気を付けるよ」
リリーは淡々とそう言い、荷物を持って後ろを向いたまま部屋を出て行った。
リリーはルナのいる棟に行きノックし、昂揚した声で来訪を告げた。
「ルナ、私リリー。来たよ」
ルナは扉を開けて相手の顔を見た。
「いらっしゃい。今日はどうしたの?」
「今日は研究所に寄る用事があって…」
リリーは片手で荷物を持ち、恥ずかしがりながら首を傾げてもう片方の手で首襟に指を入れて人差し指で首を撫でた。ルナは口を少し開けて微笑み、扉を大きく開けた。その唇の間から牙がちらりと覗いていた。
「いいよ、入ってきて」
リリーはぱあっと明るい表情をし、部屋に入っていき、扉がゆっくりと閉まった。
ソーリュ地方、エメたちが次の街へ向けて街道を歩いていると廃村が見えて来た。頑丈な建物はしっかりと残っているが、壁や扉の砂埃や赤錆はそのままで放置されていた。草は一部が踏みつけられて凹み、獣道が出来ていた。
「おーい」
どこからか女の声が聞こえて来た。
「マスター、あの建物に誰かいます」
「え?こんなところに?」
レッティが人影に気づいて蔵を指さした。空気穴として設けられた小さな格子の窓から人の顔が見えた。3人は蔵に近づいて様子を伺った。
「そこの人、助けてください」
蔵の中から女が空気穴に顔を近づけて外に声を届けた。
「私はプリム。魔族に連れ去られてここに閉じ込められています。助けてください」
「待ってて、今開けるわ。扉から離れてて」
エメは扉の前に回り込んで斧で扉に巻き付けられた錠を破壊し、中へ入った。中ではプリムは足元に重りのついた鎖をつけられており、エメは斧を振って鎖を断ち切った。
「残った部分は後で外すわ。魔族たちはどこに?」
「今は向こうの大きな建物…集会所に集まっています。リーダーはザールという男です。早くしないと戻って来ます!」
「ここからは見えないのでは?どうして分かる?」
グレイは蔵の中を覗きながら尋ねた。
「彼らが集会だから全員集まれと大声で言っているのを聞きましたから。それに、これが初めてではなくて3日前にも…」
「3日も…?」
「グレイ、話は後にして。今は魔族の対処が先」
「…了解しました」
「すぐ戻ってくるからあなたはどこか空き家に隠れていて」
「魔族と戦うつもりですか?」
「心配は要らないわ。私たちは魔物退治ギルド、エルシュバエル。魔族とは何度も戦っている。あなたは後で街に送るから隠れてて」
「ありがとうございます。お気をつけて」
プリムはお礼を言って駆け足でその場を離れていった。それまでの間、グレイは黙ってプリムの顔や髪、肌や爪、鎖のついた足をじっと見ていた。
「マスター、ちょっといいですか?」
「何?」
グレイはエメの耳元で低い声で呟いた。それを聞いたエメはレッティを寄せて3人で小声で話をした後、集会所の建物へ忍び足で近づき、開きっぱなしの扉から中へと入って行った。
プリムは近くの家の扉を半開きにして3人の様子を見ていた。3人が指示した場所へ向かい、直前で何か話した後に建物へ入って行くのを見て確認して扉を閉めた。家の中には魔族が数人おり、机の上に置かれた複数の透明な青い石を見ていた。全く透けない青色の石が一直線に並んでおり、四角い紙の上に置かれた石がその終点となっていた。それ以外の石は薄い透明な青色をしていた。
「ザール、約束通り魔物の群れに送ったぞ」
プリムは荒々しく強く伝えた。
「そのようだな」
ザールと呼ばれた魔族は濃い青い石を指先で突いた。周囲にめぐらしたセンサーに連動して強い魔力ほど濃い色に変わる仕組みだ。一度濃くなるとすぐには薄く戻らない。紙は建物を現し、この村の俯瞰図に対応している。
「彼らはエルシュバエルと言っていた。確認してくれ」
プリムは困り眉のまま口元に笑みを浮かべて青い石を指さした。
「確かに、この魔力の強さはエルシュバエルくらいだろう。ひと段落した後で一応確認させよう。あいつらには手を焼いていたがこれで終わりだ。魔物の餌となるがいい」
ザールは唇の下に人差し指を置いて顔を腕にもたれさせ、ニヤリと笑った。
エメ達が建物に入ると、そこは高い天井の建物で、部屋の仕切りも床もなく広々としていた。窓や壁に出来た穴から光が差し込んで内部を照らしていた。誰もおらず、奥へ進んで行くと四隅にある魔法陣から牛に似た魔物が次々と現れた。
「レッティ右後ろ、グレイ左後ろを任せた」
「了解」
レッティは鎗を構えて強く踏み込んで魔物の口を突き、捩じりながら引き抜き、倒れた魔物を踏みつけて前に跳び、魔法陣に鎗を突き刺して光術で魔法陣を消し去った。その後、鎗を横に振って残る魔物を斬り裂いて始末した。
グレイは水術で水を剣に纏わせ、剣を横に振って向かってくる魔物の前足を斬りつけ、返す刀で首を斬りつけ、前へ向かっていき、剣振り下ろして発生させた濁流で地面を抉って魔法陣をかき消した。その後、向きを変えて残る魔物たちの足を斬りつけて動きが止まったところを横から首を斬りつけて倒していった。
エメはペンダントから斧を取り出し、地面に叩きつけて地術で引力を操って前方の魔物を浮き上がらせてから地面に落として気絶させた。その後、地術で地割れを引き起こして魔法陣を引き裂いて召喚を止め、起き上がって頭突きしてくる魔物を上から斧で次々かち割っていった。
3人はものの数分で魔物を全滅させ、建物の裏から外へ出た。