20話
「そう。お供の1人目はもう決まっているけど2人目はどうしようか迷っていたところ。私と一緒に来ない?」
私の旅にぜひ加えたい人だ。初見でここまで動けるなんて素晴らしい対応力。その上、良く言えば慎重、悪く言えばネガティブな性格。私たちの穴を埋めるのにピッタリの人材。
「俺は負けたのに…?」
「問題なし。ギルマスなんてトップクラスの強さなんだから、私に勝てる人はそんなにいない。尤もあなたはまだ隠し玉があるようだけどね。それにお供には強さ以外にも私にないタイプが欲しいという事情もある」
「しかし俺の剣は完全に見切られていて…」
「考えすぎよ。私は自信を崩して動揺を誘うために立ち回っただけ。ハッタリの類よ、見事かかったみたいね」
「そう…だったんですか」
グレイは悩んでいる様子だった。
「何に迷っているの?気になることは何でも聞いて」
「あ、いえ…大したことじゃないんですが…」
グレイは言いにくそうに目を背けた。
「…場所を変えようか?」
「…はい」
エメとグレイは訓練所から出て、近くの人通りの少ない倉庫の一つへとやってきた。部屋の中にはマットやタンクが積まれており、エメは長椅子をグレイに勧め、自身はマットの上に腰掛けた。
「じゃ、教えて」
グレイは本部を志望した理由と、魔公爵を倒しに行きたい理由を話した。
「…なるほど。要約すると、本部を堪能したい。お供すること自体には異論ないと」
「そうなります。我儘ですが…」
「命がけなんだしそれくらいの我儘なんて別に…」
そうねえ…。堪能するのは帰って来た後でというのも確約できない。とはいえ、仮にお供にしなくても堪能しきる前に遠征してもらうことになる。魔公爵相手の出張と魔物退治の出張では危険度が全然違うけど。
「準備があるから大体5日後に出発の予定だけど、どうかしら?」
「それだけあれば色々できそうです。ぜひお供させてください」
「それなら良かった。そうと決まれば事前に頭に入れて欲しいことがあるから、ひとまずギルドマスター執務室に…の前に事務室を探してたんだった…。そこに案内するから、事務室で執務室の場所を聞いて後から来て」
「分かりました」
「じゃ、行くわよ」
エメはグレイを事務室へと連れて行き、その後執務室に戻って部下たちから情報収集を行っていた。
その後、グレイは出発日までの間に自由時間を使ってギルド本部を体験して回った。その期間中にギルマスのお供として何度か会議室に招かれてエメやギルド員から説明を受けた。
そしてもう一人のお供との顔見せも行った。
「レッティ、紹介するわ。彼がグレイ。私たちと一緒に響魔公を倒しに行くわ」
「スカーレットです。親しい者はレッティと呼びます。よろしくお願いします」
レッティはグレイに手を差し出した。
「よろし…うわっ」
グレイは近づこうとして解けた靴紐を踏んでこけ、レッティの胸に顔をうずめた。
「……」
「す、すみません!」
グレイは体を起こし、レッティは差し出した手を下ろした。エメは目を閉じて片手を頭に当てて頭を抱えた。
「マスター、本当にこの人を連れて行くのですか?こんな何もないところでコケるようでは背中を預けるのに不安なのですが」
「あなたの気持ちも分かるわ。でもここは安全だから彼は気が抜けていたのよ。外に出たり戦いの前にはシャキッとするわ」
「そうでしょうか?」
レッティは胸の下に腕を組んで疑り深い目でグレイを見た。
「…マスターが認めたのですから、信じたいところです。少し様子を見させてもらいます」
あのお人よしなレッティに疑われるとは早速予想外…。でも拒絶ではなく様子見だからひとまずは良しか。
「それでいいわ」
エメはレッティに頷いた後、グレイの方に向き直した。
「大丈夫。あなたはいつも通りしていればレッティもすぐに認めてくれるわ」
「…はい!」
「レッティは鎗の使い手なの。魔力伝達の訓練や対鎗以外の経験が不足していたけど、それを克服した今は屈指の実力者よ。私はよく彼女と練習試合をしていて強さをよく知っている」
「そうなんですね。よろしくお願いします」
グレイは力強く誠意を込めて挨拶をした。
そして出発の日がやってきて、3人は見送られて船に乗って島を出てソーリュ地方へと向かった。
船上でグレイは手すりにもたれて離れていく島を眺めていた。そこにエメとレッティがやってきた。
「何してるの?」
「マスター。…本部にちょっと心残りがあって」
「というと?」
「食堂で人気メニューだけは食べられたけどそれ以外は食べる余裕なかったです。季節でメニューも変わりますからまだ食べてないものが沢山あります。それに、研究所の人に新しい魔術や武器を見せてもらったのですが、これも全部は見れてません」
「私だって全部は無いわ。全部は無茶よ」
「そうですね。全部は無理でも俺、響魔公を倒して帰ってきたら続きを楽しみたいです」
「そう。帰ってくる頃にはさらに増えてるかもね」
エメも島を見た。島は遠く水平線に沈んで見えなくなりそうになっていた。
心残りか…。私にもある。誰にだってあるだろうけど。
一番の心残りは母と喧嘩別れしたままなことか。私の両親はどちらもギルド員で、父は戦闘員、母は事務員をやっている。父は8代目の護衛も務めたことがある。父は私に危険なことをして欲しくないと思いつつも、私の選択を尊重してくれた。私と同じ戦闘員で気持ちを分かってくれたからだと思う。才能も認めてくれた。一方で母は私が戦闘員をやることに危険だから反対していた。それでも今までは文句を言われながらもやってこれた。仲違いが決定的になったのは私がギルマスになった後。魔公爵相手では危険度が跳ね上がるからだ。危険だからやめろというのはまだしも、先代たちや他の候補者たちを口汚く罵って馬鹿にしたのは許せない。あの人が謝るまで口を利く気はない。ギルマスまで上り詰めるのがどれだけ大変だったか平事務員のあの人には分かるものか。
「マスター、大丈夫ですか?」
エメはレッティの声で我に返った。いつの間にか島は見えなくなっていた。
「ああ、ごめん。ちょっと嫌なことを思い出して」
エメは目を閉じて息を大きく吸ってゆっくり吐いた。
「部屋に戻ってるわ。あなたも早めに戻りなさい」
「あ、今すぐ行きます。スカーレットさんは?」
「私も部屋に戻ります。ここに残る用もありませんから」
3人は船の中に入り、個室の中で船が港に着くのを待った。
その後、港に着いて船を降り、待ち合わせのギルド営業所に行くと女が出迎えた。
「ようこそおいでくださいました、マスター・エメ。11代目ギルドマスター。私はソーリュ地方支部のハンナ。早速皆さまを支部へとご案内いたします」
エメたちはハンナに案内されてギルド支部の奥の部屋へ来た。エメは椅子に座り、グレイとレッティは立ったまま見張り、机に出された地図や資料を見ながら説明を受けた。
響魔公が拠点としている城は前の城主から奪い取ったもので、その城主の一族は隠し通路を知っている。その一族の生き残りが他の地方の魔公爵を倒したことで響魔公を倒すことも夢ではないと思い、ギルドに隠し通路や城の間取り情報を提供した。このことは機密事項でごく一部の人にしか知らされていない上、地図はこの支部にしかない。諜報部の調査により、隠し通路は依然として残っていることが確認された。少人数しか通れないが、奇襲効果は十分。
「これがその地図ね。フフフ…」
「外に目を向けさせて城内を手薄にするよう囮の部隊を派遣しますか?あるいは何もせず臨戦態勢にさせず油断を誘いますか?」
「うーん、後者かな。数は減らなくとも不意は突きやすいだろうし、部隊の維持は大変だから」
「了解しました」
「他に報告は?」
「ギルドマスターにお願いしたいことがあります。私たちでは役不足のようで」
「それは?」
「大魔術師のエビスエルをご存じですか?」
「確か人里離れたところで人間側にも魔族側にも属さずに魔術の研究をしているとか。老後の道楽といった感じだったかしら?」
「はい。我々も仲間にならないか声をかけたのですが、聞き入れてもらえませんでした。響魔公の城に行く途中で近くを通りますから、寄っていただけませんか?」
「でも道楽で研究してるのでしょう?本当にすごい人ならどこかがとっくに雇ってるんじゃないの?」
「あの人は天才です。雇われていないのは本人の意志だけではないでしょう。魔族に目を付けられそうで支援しづらいのと、高齢のため研究依頼しても完了する前に亡くなられるか可能性があるからでしょう。私たちも研究所を持っていますから、彼の持っている知識だけでも活かせることでしょう」
「そこまで言うのなら考えておくわ。その家に着くまでに決めておく」
「了解しました。ただ、私は強く勧めます」
「ん…」
エメは地図を受け取り、魔導具の腕輪に格納した。
「報告は以上です」
「ありがとう。それじゃ、日もまだ高いし私たちは次の町に向かうわ」
「はい、お気をつけて」
エメたちは支部を後にして響魔公の城へ向けて次の町へ向かった。