2話
ギルドマスター、略してギルマスは能力の認められた候補者から先代の指名によって決まる。ギルマスが死亡している場合は降霊師が代弁する。本当に先代の意志なのか怪しいものだが、とにかくそういう体を取っている。皆の前で就任式を行い、そこでギルマスの証である儀礼用の剣を掲げ、水晶の間という神聖な部屋にある大水晶との繋がりの証であるお呪いといった仰々しいことをして正統なギルマスであることを知らしめる。
マスターとは言っても他のギルドとは違い、ここでは名誉職に近い。運営部部長がギルドの実質のトップで、ギルマスは名目上のトップだ。これは5代目からの伝統となっている。かつて後の4代目が真の3代目を名乗って3代目と争いになり、ギルド分裂の危機が訪れた。最終的に真の3代目という主張を取り下げ4代目と名乗り、5代目に譲ることで収まった。この際に運営部にギルマスの権限の多くが移った。こうしてギルマスは5代目から性質を変え、ギルド運営は運営部に任せて敵と最前線で戦うものとなった。基本的に2人程度の護衛を連れて魔族の支配地に入り込み、陽動部隊とも連携しつつ敵大将の首を取るのが仕事だ。
大先輩相手でも偉そうに喋らないといけないのは中々慣れない。しかしそれが嫌なら最初からギルマスなんか受けるなという話だ。親になったら親として演じる必要があるように、ギルマスになったからにはギルマスとして演じなければならない。
「ようこそおいでくださいました、マスター・ディエス。7代目ギルドマスター。私はゲンブー地方支部のアンナ。皆さまをご案内いたします」
ゲンブー地方支部の向かいにある一見して何の変哲もない宿。その奥にギルドの諜報部があり、ディエスたちはその支部へ案内された。
ディエスとアンナは机を挟んで座り、護衛のテツとスイミズはディエスの側に立っていた。ディエスたちは霧魔公のいる城の説明をアンナから受け、魔族や魔物たちの様子も聞いた。
魔族たちは魔物が退治されようと意に介していないようだ。
魔物…魔術で作り出された怪物。魔族が直接支配する地域以外は魔物をけしかけて人類の力を削いでいる。魔物を多く退治する者がいてもわざわざ潰しに動くほどではない。自分たちの本拠地がやられない限りは興味なしといったところか。
「概ね本部で聞いた通りだ。詳細は分からなかったから直接聞けて良かった。城の攻略も楽になる」
「恐れ入ります」
「城攻略の前に私たちに頼みたいことはあるか?魔物退治や交渉や営業など」
「でしたら…隕鉄の双剣の話を知っていますか?」
「いや、2人は知ってるか?」
テツとスイミズも首を横に振った。
「隕鉄と便宜上言ってますが宇宙のものかは定かではありません。魔王が来た時に降ってきた鉄で、それから作られた剣があります。当時に作った鍛冶師はもういませんが、その鍛冶屋が今も保有しています。材料が特殊ですからギルドの役に立つかもしれないので買おうとしたのですが断られました。マスター直々ならもしかしたら売ってもらえるかもしれません。お願いできますか?」
「なるほど…。調べると役に立つかもしれない。やってみよう」
「ありがとうございます!」
「確認だがその剣はまだ鍛冶屋にあるのか?コレクターが欲しがりそうなものだが」
「はい、お金を積まれても簡単には売る気はないようです。だから大変かもしれませんが…」
「努力しよう」
その後、アンナから鍛冶屋の場所と職人たちの情報を教わり、翌日行くことにして宿に泊まった。
ディエスたちは地図を頼りに街はずれの鍛冶屋へやってきた。工房の外で洗濯物を干している男に話しかけ、そのセイという男の案内で工房内に入れてもらった。
「初めまして。魔物退治ギルド、エルシュバエルのディエスです。こちらは同ギルドのテツとスイミズ」
「当鍛冶屋店長のテムスだ。注文は?」
「隕鉄の双剣があるとお聞きしました。魔王と共に現れた隕鉄から作られていると。ぜひ当ギルドで調査したい。売っていただけませんか?」
「あれは剣士でもあった祖父の遺品だ。いくら金を積まれても売る気はない」
「そこを何とか。私はギルドマスターです。お金以外でもあなたの望むものを提供できると思います」
「売る気はない。お引き取りを」
テムスには取りつく島もない。比較的丁寧な対応だが、これ以上は怒らせそうな雰囲気だ。
「…そうですか。今日は引き揚げます。この宿に泊まっていますから、考えが変わったら連絡ください」
ディエスはスイミズに目配せして紙をテムスに渡した。
ディエスたちが工房を出ると、直後に工房裏から出て来た女に引き留められた。
「待ってください。お話したいことが…」
「?」
3人は工房横の倉庫裏で女の話を聞いた。
「私は鍛冶師のユウ、テムズさんの弟子の一人です。実は双剣ですが今は一振りしかないのです」
「どういうことです?」
ユウの話によると、テムスの祖父の死後、遺品整理のために双剣の収められていた箱を確認すると一振りしか残っていなかった。厳重に管理されていたため、外部の者に盗まれた可能性は低く、工房の人間の仕業と考えられている。中でもセイという男が怪しいという。家族を魔物に殺され、弟や妹たちの仕送りのために働いており、金を欲している。こっそり抜き出して売却したのではないかとユウは疑っている。
「テムスさんに言ったら馬鹿なことを言うなと怒られましたが…」
「なるほど。ちなみに今は一本は残っているのですか?本当は一つも残ってないなんてことは…」
「今も一振りは残っています。今朝テムスさんが箱から出して持っているのを見ましたから」
「そうですか…」
ディエスたちは後ろを向いて3人で話しだした。
「どうしようか…2人はどう思う?」
「研究用のなら一本でも一欠片でも構いません。残っている方を買いましょう」
「セイから売った相手を聞き出してそっちを調べるか?どこまで追えるか分からないが」
「ユウさんが嘘をついているか誤解しているかもしれませんよ。セイさんに疑いの目が向くようにした真犯人がいるかもしれません」
「それか、もう手を引くことだな。これ以上時間をかけるよりも次に行ったほうが得かもしれん」
「ふむ…。だが一つ気になることがある。それだけやってみよう」
ディエスはユウに振り向いて尋ねた。
「ユウさん、テムスさんの祖父は剣士だと聞きましたがテムスさんはどうなのですか?」
「えっ?剣士ではありませんが…。剣で戦ったことはありませんが、剣については鍛冶師なのである程度分かっています。理解度は剣士には劣るでしょうが…」
「分かりました。一つ試したいことがあります。お口添え願えますか?」
ディエスはその場の全員に試したいことについて話した。
「それなら…可能だと思います」
再び鍛冶屋に入り、テムスと話をした。
「テムスさん、この人たちに隕鉄の双剣に触れる許可をください。それで納得するんです」
「ユウ、お前たぶらかされたか。見るだけならまだしも触れるだと?持ち逃げする気じゃあるまいな」
「信じられないのなら私の剣を預けます」
ディエスはペンダントから剣を取り出して机に置いた。テムスはそれを持ち上げて角度を変えながらじっと見ると、顔にくやしさをにじませた。
「……。そこから取り出したようだが、それも魔術か」
「はい。魔術で開錠して取り出しました。これは魔術があらかじめ施された魔導具というもので、使い手であれば取り出すことができます」
「…分かった。箱を取ってくる」
テムスは剣を部下に渡して奥の部屋へ行って箱を取ってきた。机に置いて開封すると、そこには一本の剣が入っていた。
「ほら、持ってみろ」
ディエスは剣を握り、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませた。しかし何も起こらなかった。
「私では駄目か。テツ、任せる」
「ああ」
テツが剣を握ると、刃の背から剣が出現して地面に突き刺さった。それを拾い上げて見比べるとそっくりの剣だった。双剣の片割れはここにあった。
「これは一体…?」
「もしかしたらと思ったんだ。この剣は強い剣士が持つことで姿を現すのではないかと。お祖父さんがいなくなってからは引っ込んでいたのだろう。そして今はテツの手によって表に出て来た」
「そんなことが…」
テツは剣を手放して机に置いたが今度は消えなかった。
「消えるまでに時間差がありそうですね」
ユウはセイの前に出て頭を下げた。
「セイ…ごめんなさい。私、あなたを疑っていた…」
「ちょっと寂しかったけど、疑う気持ちは分かるよ。疑いも晴れたことだし、もう昔のことさ」
「セイ…」
セイはユウの肩に手を当てて微笑み、ユウは顔を上げて潤んだ目で見上げて顔をほころばせた。
「一件落着だな」
「では交渉に戻りましょう」
「テムスさん、この双剣を私たちに売ってくれませんか?」
「いや、それはお断りだ」
テムスは双剣を箱にしまって箱をディエスに差し出した。
「譲ろう。俺よりもあなた方の方が有効に使えると感じた。大切にしてくれ」
「ありがとうございます」
ディエスたちは少し話して鍛冶屋を後にして宿に戻り、奥の諜報部へ行って報告をした。
「そうだったのですか。解決して良かったです。それで、この剣は本部に送るということでよろしいのですか?」
「ああ、私たちには自分の武器があるし、これは研究用に。研究後は使い手が見つかるかもしれない」
「承知しました。ではそのように手配します」
「うん。ではそろそろ行く。後はよろしくな」
ディエスたち3人は支部を出て次の目的地へと向かっていった。