14話-2
「侵入者ども、ここまでだ」
魔族が3人、部屋に入り、背後の廊下では他の魔族たちとギルド員が交戦していた。
「クルルク様のアジトにずかずかと踏み入ったこと後悔させてやる」
「シグマ、ラムダ、さっさと片付けろ」
「了解」
剣を持った2人の魔族が踏み込んで斬りかかり、ジンとレイはそれぞれ剣を受けて横に払ってローズから遠ざけた。
「お嬢様、ここはお任せを」
「うん」
「あの2人は我が団の精鋭、人間風情が勝てるものか」
「こっちの2人も精鋭中の精鋭よ。舐めないで」
ローズは2人が戦っている間を抜けてクルルクへと接近し、電撃を放った。
クルルクは額に乗せていたゴーグルを下ろして目に被せ、グローブに魔力を流して模様が浮かび上がった。両手を前に出して広げ、オーラを出して電撃を防いだ。
「これは咬魔公の力を多少劣るが再現したものだ。降参すればお前の首で手打ちにしてやる」
「降参するわけないじゃない」
魔公爵の情報なんていい土産じゃない。大体、魔族が約束を守るわけがない。信用できないという信用がある。
「馬鹿な奴!」
クルルクは虎の顔のようなオーラを飛ばした。ローズがそれをかわすと、オーラは柱に当たり、金属の柱は噛み千切られて破片が地面に落ちた。
ジンとラムダは斬り合い、互いに剣が微かに触れた瞬間に引き戻していた。互いに自分が最も得意とする戦法でなければ負けると感じ取り、奇しくも同じ戦法を取っていた。それは相手が押し返してきたところで体を一瞬引いて重なる剣の上下を入れ替えて相手の剣を抑え、その隙に踏み込んで斬りつける戦法。お互いフェイントをかけるが、通用しない。
レイはシグマに連続で斬りこんで追い詰めると、シグマは攻撃の合間の隙を突いてレイのペースを崩し、逆にレイに連続で斬りかかって攻守を入れ替え、すると今度はレイがシグマの攻撃の隙を突いてペースを崩し、攻守を入れ替え、一進一退の攻防を繰り広げていた。こちらも同じ理由で互いの得意とする戦法で戦っていた。
「やるじゃないか人間。これが殺し合いじゃなきゃ気の合う試合相手だってのに」
ラムダは後ろに下がって構え直しながら口にした。
「地味で俺はつまらない。さっさと終わらせてやる」
「そう言うなよ。本当に気に入ってるんだぜ。今からでも主を捨てて俺たちの仲間になれ。お前の強さはよく分かっている。俺がクルルク様を説得するからよ」
「…仲間ねえ…」
ジンの脳裏にローズとのやり取りが思い浮かんだ。
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「うっ…うう…」
ローズは涙を流して地面にへたり込んだ。
「分かってる…あなたの言う通り…」
大好きな師匠も、ずっと一緒だった友達も、大切な部下たちもみんなみんな死んで行って…、戦いの中で立派に死んだ、これで良かったんだと言い聞かせて乗り越えてきた。
でもジンの言う通り、自分もそうでありたいという思いが強すぎて戦いを求めていた。これじゃ本当に倒すべき敵にたどり着く前に死んでしまう。薄々感じていた。けど向き合おうとしていなかった。誰かに気づかれそうになったらはぐらかそうとしていた。ジンが怒るのも当然だ。私はギルドマスター失格だ。
「泣いちゃうなんて私に愛想が尽きたでしょ…?ごめんなさい、そして今までありがとう。もう好きなところへ行って」
ジンは片膝をついてローズに目線を合わせて目を見た。その目は怒りや失望ではなく、心配している優しい目だった。
「何を馬鹿なことを。だったらわざわざ諫めませんよ。危なっかしくて口を出さずにはいられなかったのですよ。お嬢様は頑固ですから、きちんと伝えるために泣かせるほど食い下がることになりましたが…」
「え…」
「失望なんてしませんよ、ギルドマスターは泣くことが無い超人だなんて思ってませんから。俺たちが仕えるのは笑うことも泣くこともする人間です。お嬢様の意志の強さや明るいところはギルドマスター向きです。何より、お嬢様は立ち直れる人だと俺は知っています」
「こんな私でいいの?」
「俺の仕えるギルドマスターはローズ様です。最後までお供します」
ジンは左手を地面に、右手を胸に当てて頭を下げた。
「ごめんなさい、辛い思いをさせてしまって。これからはしっかりするわ」
ローズは涙を拭って両手で頬をパンと叩いて気合を入れて立ち上がった。
「もう大丈夫。ジン、ありがとう。無謀なことはやめるわ。でも押すべきところは押す、それでいい?」
「はい。異論ありません。何も全く戦うなというわけじゃありませんから」
「分かった。…顔洗ってくるわ」
「了解です」
ローズは立ち上がり、洗面台へと小走りしていった。
ジンが自分の部屋に戻ろうとすると手前の部屋の中から声がした。
「女の子を泣かせるなんてねえ」
レイは腕を組んで壁にもたれ、小さく開いた窓越しに話をした。
「20くらいだから子って歳でもないだろ。というか聞いていたのか?」
「ま、ちょっとは見直したぜ。俺には違和感しか分からなかったからな」
「お前より物事がよく見えているからな」
「どうだか。大差ないと思うぜ、お前も俺も、いやみんな似たようなものだろう」
「何を言ってる?」
「生きている奴はみんな、信じるものを信じ続けるために世界がぼやけて見えてると思うぜ。お嬢様は死に様、お前は忠誠ってとこかな、最大の柱は。酔ったように細かいことを忘れて、痛みを和らげて生きている。今回はお前の見えている世界とお嬢様の見えている世界が大きく異なり、差異に気づきやすかっただけだと思うね」
「そうかよ。で、お前は何を信じている?」
「言わない。お前に教えて何の得がある?」
「相変わらずの上から目線だな」
「お前に言われたくない」
「今はお前とやり合う元気はない。命拾いしたな」
「この見栄っ張りが。まあいい、俺もそんな気分じゃないさ」
「フン」
ジンはレイの部屋を通り過ぎて自室に戻った。
ローズは物陰で最後の方の偉そうな言い合いを聞いていた。
あの子たち体は大人でも心はまだ子供ね。かわいい部下。まあ、それにさっき諭された私が偉そうに言えた義理じゃないけど。私もまだまだね。まだ成長できる。
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ローズとクルルクの戦いは続いていた。
ローズはダガーから電撃を放ってオーラに当て、方向を僅かに逸らしてクルルクの攻撃をかわした。
魔術ならあのオーラに干渉できるみたいね。少し逸らす程度だけど。すぐ傍で受けたことで何となくだけどあの雰囲気は地術によるもの。対になる風術を試したいところだけど私もあの2人も使えない。ならば…。
ローズは姿勢を低くしてクルルクに直線で突っ込んでいった。クルルクは両手を前に向けて構え、ローズのダガーからバチバチという音が聞こえるとオーラを放った。オーラは地面を抉りながら進み、ローズは高く跳ねて電気を纏ってオーラの上を浮かんで滑り、その勢いに乗ってクルルクの肩の上から斬りつけた。着地後、振り返り際にグローブごと手を斬り裂き、返す刀で胸を裂いてクルルクは倒れた。
ラムダは剣先を下に向け、ジンに手を差し伸べた。
「これが俺の答えだ!」
ジンは剣を振って火球を飛ばした。ラムダは剣を振り上げて斬り裂き、続けてジンの大振りな一文字斬りを後退して避けつつ上から剣で押し込み、体を前へと踏み込んだ。ジンは一文字斬りの勢いのまま体を回転させて尻をついて仰向けで剣をかわし、剣を引いてラムダの腕を斬り落とした。移動できなくなる姿勢まで崩すとは予想外で完全に虚を突いた。ラムダが後ずさった隙にジンは起き上がり、とどめを刺した。
「まったく…俺が裏切るとでも?」
ジンは剣を振って血を飛ばし、周囲を見渡した。
レイは距離を取り、剣を逆手持ちにして構えた。シグマは何を仕掛けるのか見極めようと構えを崩さずにすり足で慎重に距離を詰めた。
縦や横から斜めへの斬り返しといった最短の隙が少ない連撃は普通なら有効だが、効率的な動きを熟知した相手には読まれる。隙を突くには予想外の非効率的な動きが必要。無論、下手を打てばただ無駄の多い隙を晒すだけになる。
レイは後ろに跳んで後退し、直後に前に走り、剣を振り上げて斬りつけた。シグマは斬撃を剣で受け、返しの突きに備えて後退した。レイは地面に剣を突き刺して上に飛び跳ねた。シグマはレイの軌道を予想して上へ突く、しかしレイは体を畳んで前転して突きをかわし、その勢いで剣を振り下ろしてシグマを袈裟斬りした。シグマは仰向けに倒れて息絶えた。
レイは膝をついて着地し、起き上がって剣を振った。
「く、くそ…こうなったら最後の手段だ」
虫の息のクルルクは手を震わせながら棒状のスイッチを取り出し、魔力を流して起動させ、先端を地面に当ててカバーを破壊しながらスイッチを押した。
たちまち通路にガスが噴き出し、クルルクは絶命した。
「総員退却!」
ローズは魔導具の信号で退却指示を出し、出口に向かって走り出した。ギルド員たちは色が変わって光った魔導具を見て退却を始めた。
ガスが部屋に充満し、ローズは意識を失い、膝をついて地面に倒れ込んだ。駆け寄ったジンとレイも倒れ、辺りが静寂に包まれた。