14話-1
「お嬢ちゃん、おじさんとちょっと来てくれないか?」
街の公園で遊び終えて帰ろうとする幼女の前に中年の男が現れて声をかけた。
「知らない人について行っちゃいけないって習った」
「そうだね。でも心配は要らないよ。おじさんは君のお父さんの仕事仲間さ。君のお父さんにはお世話になっていて、よーく知ってる人だよ」
「そうなの?」
「うん、君を送るように君のお父さんに頼まれたんだ。さ、おいで」
「うん」
幼女は男と手を繋いで案内されてどこかへと消えていった。
数日前。
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街はずれの森の中、魔導具で出した家があり、魔術で周囲から隠れていた。ローズは自室から出て廊下に出るとちょうどジンが奥の方から歩いてきてローズの前に立ちどまった。
「何?私、お茶を飲みに行きたいんだけど」
「お嬢様、危険な行動を控えてください」
「私が先頭に立つのは当然のこと」
「死ぬつもりですか?」
「そんなわけないじゃない。変なこと言ってないでどいてよ」
ローズはジンの横を抜けようとするが、ジンは壁に手を当てて遮った。
「お嬢様は戦いの中で死にたいのですか?」
「そりゃそうでしょう。それ以外なんて恥よ」
「俺は恥とは思いませんが…それはこの際いいでしょう」
「じゃあ何なの?手をどけなさい」
「自ら危険な方を選んでいませんか?戦う必要が無くとも戦いになって欲しいと願っているのではないですか?」
「何…?そんなこと…」
「俺は最初、お嬢様はただお転婆な人だからよく突っかかっていくのだと思っていました。しかし、一緒に過ごしているうちに、それだけではないと感じるようになりました」
ローズが目を逸らすとジンは両手で顔を抑えて正面を向かせた。
「お嬢様はギルドマスターです。指示された目の前の相手と戦う部下とは訳が違います。戦う相手どころか、戦うか戦わないかも選べます。その判断を戦いに身を置きたいからと全部突っかかっていたら、俺たちの目的である魔物の殲滅にたどり着く前に死んでしまいます」
「離しなさい!」
ローズはジンの手をはたいてのけ、ジンは手をさすった。
「このことは忘れてあげるわ。さっさと自分の部屋に戻りなさい」
「命がかかってるんですよ。あっさり引くとお思いですか?反論があるならしてください。誤魔化す気ですか?」
「なによ!あなただってレイと無駄に争っているじゃない。あなたの言えた義理じゃないわ」
ローズはムキになって言った後にこれを引き合いに出すのは何か違うなと感じ、苦い顔をした。
「確かに奴に突っかかられますが…でもだからこそよく分かります。お嬢様が好戦的なのは俺たちの喧嘩っ早さとは性質が違うということが」
「……」
「そもそも俺たちの不仲はお嬢様の好戦性とは別問題です。話を逸らさないでください!」
「うっ…うう…」
ローズは涙を流して地面にへたり込んでしまった。
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数日後、ローズたちは街に入り、家が所狭しと並ぶ通りを歩いていた。
突如、ジンの頭上に鍋が落ちてきたが、魔導具の作り出す能力の膜によって表面を滑って地面に落ち、高い金属音を立てた。
「すみません!大丈夫ですか?」
窓の上から人が真っ青な顔で下を見た。
「大丈夫ですよ。気を付けてくださいね」
ジンは鍋を拾って下の階から出て来た同じ家の人に渡した。
「では我々は先を急いでいますから。お嬢様、行きましょう」
「え、ええ…そうね…」
「あんなの当たるとは情けない。俺なら避けられたね」
「避けるまでもなかっただけだ」
「さあどうだか?」
「ならお前は避けられるか試してやろうか?」
「やめなさい、こんなところで」
ローズたちはまた歩き出し、それを見ていた男は手に持っていた袋を落として呟いた。
「見つけた…」
落ちた袋を拾いあげてローズたちの後をつけた。
ローズたちは小路に入り、男も後からついていったが、曲がり角でローズたちの姿が見えなくなった。
「俺たちに何か用か?」
背後の曲がり角からレイが出て来て尋ね、正面からはジン、その奥にローズが出て来た。
「お前たち、魔族だな」
「違うわ。私たちは人間」
「俺は見たぞ。そこの兄ちゃんが魔族や魔物にある、あの防御壁みたいなものと同じものを使ったのを。それこそ魔族である証拠。人間に扮して髪を伸ばしているのだろう」
男はジンを指し示した。
「やれやれ、避けないから…」
「う…、しかしあなたは誤解しています。あれは人間にも可能な技術です。この魔導具を使うには訓練が要りますが…」
「私たちは魔物退治ギルド、エルシュバエル。魔族たちの敵よ」
「出鱈目を!コットを、俺の子をどこへやった!」
男はジンへと殴りかかってきた。ジンは腕を払いのけ、足払いして地面に組み伏せ、レイはローズの前に回り込んで構えた。
「誤解です。俺たちは知りません」
「魔族があなたの子を連れ去ったと?話を聞かせて」
「あんたらなんか信用できるか」
「…どうしよう?」
「解放しましょう。敵じゃないことを分かってくれるでしょう」
「てめえ、自分は離れたところで安全だからって」
「確かに。この人は随分お疲れの様子だし、大丈夫でしょう」
「お嬢様…」
ジンは手を離して立ち上がり、ローズたちの前へ来た。
「行きましょうお嬢様。岩山はもう見えています」
「…そうね」
3人は再び歩き出した。
「待ってくれ!」
男は立ち上がって手を伸ばして引き留めた。
「本当に魔族じゃないんだな?」
「だからそう言っているでしょう」
「すみませんでした!どうか助けてください!」
男は訳を話し始めた。自身の子供が誘拐され、情報を集めていると犯人は魔族と思しき特徴である防御膜があったという。この街の隣の荒原に魔族たちが潜んでいる建物があり、もしかしたら時々この街に来て人を攫っているのではないかと考えられている。
「成程ね…」
それは放ってはおけない。誘拐問題の解決はもちろん、咬魔公のいる岩山の目の前の街の安全を確保しておきたいのもある。尤も誘拐犯と決まったわけではないが…。あの建物は支部で貰った地図には魔族の集まっている個所として記載がある。
ローズたちは後ろを向いて小声で話し合った。
「私はこの建物を先に攻略して安全を確保してから本命に向かうべきだと思う。2人はどう?」
「俺も同意です。挟み撃ちは避けたいですから」
「俺も異論ありません。これは避けられないでしょう」
「決まりね」
「ギルドから戦闘員を呼びますか?」
「そうね…。子供たちの救出があるかもしれないし、到着までは下調べして様子見ね。泊る場所があるか心配だけど」
「宿屋が無くとも野宿で何とかしてもらいましょう」
「仕方ないわね」
パフォーマンスは落ちるがやむをえない。短期間だから辛抱してもらおう。私たち3人だけだと危険度が高すぎるもの。
その後、ローズたちはギルド員の到着を待つ間に遠くから岩山の様子を見た。
草や花が少しだけある以外は岩だらけで、魔法陣の掘られた岩の下に横穴がある。橋や道があちこちにあり、その横穴へと通じている。報告では襲撃以前には無かったらしく、これは襲撃者たちが作ったもののようね。解体せずに残しておく辺り、舐めているのか、それとも敵からしても便利だから残しているのか。いずれにせよ、あそこを通れば一気に進めるわ。山には霧がかかる日もあり、そうなると隠れた部分はこちらからは見えない。霧の出るタイミングを狙うと有利かもしれないが、足を滑らせるといけないからやはり晴れた日の方がいいだろう…。
数日後、ギルド員が到着した。退却の指示で変色する魔導具を渡して建物近くの岩陰に隠れさせ、ローズたちが見張りを瞬時に倒して道を拓き、内部へと招き入れて攻略を開始した。
内部は無骨だがメタリックでしっかりとした作りだった。床には色のついたラインが何本か入っており、分岐では色が分かれ、部屋の種類分けと案内に使われていた。
戦闘を繰り広げながら進み、前方からギルド員が報告に戻ってきた。
「マスター、収容所を発見しました。人間の収容場所はこのマゼンダのラインのうち、最も手前の部屋です。奥の部屋は全部動物です」
「了解。私たちも向かうわ」
ローズたちはラインを辿って進み、手前の部屋に入り、ギルド員のアシストをして見張りの魔族を倒した。
ジンとレイは炎を纏った剣で檻を破壊し、子供たちを檻から出した。
「さあ、今のうちに逃げて。通路はこっちよ」
ローズたちはギルド員のいる道へ子供たちを誘導して見送った後に収容場所を出て、違う色のラインの部屋に入って資料を探した。そしてグリーンのラインの部屋で資料を見つけた。
この実験所では人間に魔族の細胞を植え付ける実験をしており、実験の結果、近年では適合性が高い子供に植え付けて実験しているようだ。目指すのは、より魔王の力を受け入れられる器を作ることであり、そのためにあらゆる動物で試しているが、人間もその一つということのようだ。
ローズは人間の被検体リストを読み、脱走者の名前と写真を見つけた。6年前に1人だけ脱走している。その者の実験資料を読み、他の資料を読もうとしたところでレイに声をかけられて中断した。敵がやってきたのだ。