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魔物退治ギルド記録  作者: Ridge
ローズ編
15/39

12話

 ローズたちは街道を歩き、湖の側を通りかかると魔物と戦っている人を見つけた。

 大きな猿のような魔物と鎗を持った女が戦っていた。姿勢を低くして強く踏み込んで突き、鎗の先が魔物の皮膚に刺さったが、すぐに抜けて表面を滑り、バランスを崩したところを魔物の振り回した腕に吹き飛ばされて地面を転がった。魔物の皮膚の膜を抜けるには魔力を込めた攻撃が必要だが、持続できずに途中から押し返されたということ。魔力を込め続けられるようになるにはそれなりの訓練がいる。

「くっ…」

 女は受け身を取って起き上がり、鎗を構えた。留めていた後ろ髪はほどけ、癖のついた髪が垂れていた。

「レイ、魔物を。ジン、あの人の前へ」

「はっ」

 ジンは女の前に回り込んで魔物に向けて剣を構え、レイは火術で魔物に炎を当てて気を引いた。魔物が手を伸ばして横から振るとレイは剣で受けて振り下ろして腕を斬り裂き、体を回しながら魔物の懐に踏み込み、勢いを乗せて胸を斬りつけた。魔物は力を失って仰向けに倒れて息絶えた。

「お嬢様、魔物は仕留めました」

「ご苦労様。ジン、そっちは?」

 ローズとレイはジンの近くへ寄った。

「大丈夫?怪我を見せて」

 ローズはダガーを取り出して地に刺し、回復魔法で女の傷を癒した。女はあまりに早い回復に驚いている様子だった。

「助けていただきありがとうございます。私の名はスカーレット、お名前を教えていただけませんか?」

 女は姿勢を正し、礼儀正しくお礼を述べた。

「私はローズ、こっちはジンとレイ」

 ローズは2人を示し、スカーレットは2人に正面を向けて頭を下げた。

「ローズ様に、ジン様にレイ様ですね。この御恩は忘れません」

「しかしこんな場所で何をしていたの?」

「我が兄ルージュにここで待つように指示されたのです。こっそりと会わせたい人がいるということでした。兄も後から来ると。しかし、約束の時間を過ぎて待っていても来ませんでした。代わりに現れたのは魔物…」

「その兄に騙されたってこと?」

「トラブルで来れなくなったのかもしれません。しかし…確かにその可能性はあります。…兄は私のことを何とも思っていないのですから」

「どういうこと?」

「そのままの意味です。嫌われているわけではないですが、無関心なのです。私には兄が3人いましたが、1人は既に他界し、もう1人は家を出てどこかで暮らしています。家に残った兄ルージュは無口で、話をしても事務的なことばかりです。昔からずっとそうです」

 関心が無いだけなら、魔物のいる場所に呼び出して危険な目に遭わせるなんてするだろうか。他にも何かあるのではないか。

「では私は帰ります。ありがとうございました」

「待って。もしかしてルージュがいる家に?」

「はい。問いたださなくては」

「危険よ。やめた方がいい。命を狙われるなんて一体何があったの?」

 スカーレットは悩んだ末に、髪を弄ってから目を閉じ、息を吐いて息を大きく吸って目を開き、話を始めた。

「少し長くなりますよ」

「構わないわ」

「私たちの先祖は武勇で名を馳せ、その褒美として領地を与えられました。父の代に至るころにはすっかり影響力は落ちて新興勢力に取って代わられ、所有する土地は僅かなものに減っていましたが、それでもまだ頼られる地元の名士ではありました」

「……」

「しかし魔物が出現してからはそれも終わりました。魔物に成す術のない私たちは、頼れる存在ではなくなりました。親族の多くは死に、私たち兄妹が残りましたが、皆は見込みのない私たちから離れていきました。仕方のないことです。皆必死なのですから、沈む船に乗り続けることなどできません。私たちがいなくとも魔物退治ギルドという頼れるものも出てきたことですし…」

 スカーレットは街の方角をじっと見た。

「そのギルドが憎い?」

 スカーレットは不思議そうな顔でローズを見た。それは考えもしなかったこと。その表情を見たローズは本当のお嬢様の性格と自身のお嬢様ごっことの差を思い知らされ、惨めな気持ちになった。

「立派な方たちだと思いますが…?」

「あなた、いい人ね…」

「お嬢様…」

 レイはあきれ気味に呟いた。

「…このままでは我が家は先祖代々引き継いできた屋敷を維持できません。買いたいという人はいます。しかしそれではご先祖様に申し訳ない。維持するためには兄と私、執事と3人もいては無理なのです。それできっと私を葬ろうと…」

 売ればいいじゃないかと思うのは私の感覚か。彼女たちにとっては簡単に売れるものではないのだろうか。代々ギルドマスター就任の儀に使う剣や大水晶を売れるかというと精神的には厳しいものがある。きっとそれ以上のプレッシャーなのだろう。とはいえ、屋敷に心が囚われて無理をしているのは気の毒に思う。

「じゃあ私も家についていく」

「お嬢様、寄り道が過ぎます。お気持ちはわかりますが…」

「癪ですがレイに同意です。我々の目的をお忘れですか?」

「ギルドの発展も私の仕事。ギルドに役立ちそうな屋敷を借りられるかもしれない、メンバーの勧誘もできる、これでどう?」

「割に合うでしょうか…」

「見てみないことには分からない」

 ローズの勢いに2人はやれやれと了承した。

「あの、あなたたちは一体…?」

「魔物退治ギルド、エルシュバエル。立派と言ってくれてありがとう。嬉しかったわ」


 その後、スカーレットの案内で古い立派な屋敷にやってきた。

 館の扉を開けると、ホールの中央に棺が2つあり、その前で執事の老いた男が瓶を開けようとして、若い男がそれを止めていた。

「ルージュ兄様!セツ!これは一体?」

「レッティ!なぜ戻ってきた?」

 ルージュが目を離した隙にセツは抜け出し、瓶を高く掲げた。

「お嬢様!お聞きください!私はこれ以上、この家が落ちぶれるのは見ていられません。まだ間に合います。この毒薬を飲み、一族の歴史に幕を下ろすのです」

「聞くなレッティ!」

「セツ…?そんな…どうして…」

 スカーレットは記憶の中の優しいセツと目の前のセツが結びつかず、脳が麻痺してその場に立ち尽くした。

「え、えっと、まずはそれを置いて」

「お嬢様なら分かるはずです!辱めを受けるくらいなら殺せという気持ちが、盗賊に落ちるくらいなら餓死してやるという気高さが!」

「……」

「セツ!やめろ!」

「ご先祖様が築き上げた名誉という信用を最後の最後で駄目にしてしまっては、殉じた者たちが報われません。最後まで名誉を守る。それが私の務…め…」

 セツは高齢の体で無理をして興奮して喋りすぎて倒れた。

「セツ…?しっかりして!」

 ルージュとスカーレットはセツに駆け寄り、声をかけた。あっけに取られていたローズたちも我に返り、駆け寄って回復魔法を試みたが、反応が無かった。

「駄目…もう既に…」

 セツは死亡した。


 ルージュはセツの目を閉じ、抱え上げて棺に運んだ。

「セツが心中を図っていたのは聞いていた。私は説得したが彼の決意は固く、決行日に妹を逃がすことにしたのです。今思えばセツは自分の命がもう長くないのを悟り、焦ってムキになっていたのかもしれません」

「あなたは魔物の住処にスカーレットを置き去りにして殺そうとしたんじゃ…」

「そんなことするわけないだろう!家族だぞ!…魔物が出たなんて予想外でした。無事でよかった」

「危ないところをこの人たちに助けられたのです」

「そうだったのですか。妹がお世話になりました」

 ルージュは姿勢を正して深々と頭を下げた。

「お兄様、これからどうします?」

「セツがいなくなって、私たち2人ではいよいよこの家の維持ができない。これで踏ん切りがついた。この家と収集品を売る。セツを弔い、そして新しい一歩を踏み出そう」

「お兄様はそれでよろしいのですか?」

「ああ、買おうと言っている人の一人にシソラという人がいる。彼に会い、趣味で収集している美術品を見せてもらったことがあるが、とても丁寧な扱いで安心した。彼なら大切にしてくれるだろう」

 シソラ…聞き覚えが…。もしかしてあの商会のオーナーか。8代目は言いくるめられそうで苦手意識があったと聞いたが、この人も言いくるめられてないかしら。いや、趣味であれば本当かもしれない。仮に買い取るための演出だったとしても、この人たちが先祖の遺産を守らなければという呪縛から解き放たれるのなら水を差さない方が良さそう。それよりも…。

「こんな時にだけど、ひと段落したら私たちのギルドに来ない?魔物退治ギルド、エルシュバエル。魔物との戦える力を身に着けられるわ」

「願ってもないことですが、良いのですか?」

 兄妹の2人は驚いた目でローズを見た。

「ええ、大歓迎よ。とりあえず本部へ紹介しておくわ」

 ローズは通信機を起動して本部に繋ぎ、2人を紹介した。

 後日ルージュとスカーレットがギルドに加入した。

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