8話-2
ギガたちは階段を上り、2階と3階を見回したが何も動くものはなく、更に上って屋上に出た。
「あーあ、やっぱりあの音はまずかったか」
屋上にはマモツカがおり、背後で大蛇がチロチロと舌を出して動いていた。
「お前、魔族だったのか?」
「その通り。私はここに派遣されて一室与えられていた研究者。だけど設備の誤作動で入れなくなるなんて間抜けな話よね」
マモツカは自嘲気味にククッと笑った。
「霧魔公が破れて大規模魔術が消されたことで、この施設の機能は半分くらい駄目になって、みんな逃げ出してしまった。はあ…」
「たった一人でどうするつもりだ?投降しろ」
「私は別に施設を復旧させるつもりなんてないよ。この施設は20人くらいで回していたものだし一人じゃ無理。ただ、この子を迎えに来ただけ。そしてあんたたちに下るつもりは無い。行け!」
マモツカが指示をすると大蛇は上に伸び、口から毒液を噴き出した。リナリーはメイスを振って風を起こし、毒液を周りに吹き飛ばした。大蛇は尻尾を振り、デインは盾で受けたが屋上から森の中へと弾き飛ばされた。だが勢いは削げため、ギガとリナリーはかわして距離を取った。尻尾はデインの盾によって傷がつき、攻撃を封じた。
「あははっ、この高さだ。生きてはいまい」
ギガは剣で大蛇を斬りつけたが、浅い傷しかつけられず、体当たりを受けて落下しそうになったところをリナリーの風術で巻き上げられて屋上に復帰した。リナリーの注意がギガに向いた隙に、大蛇はリナリーに噛みつき、牙が左足に刺さった。
リナリーは痛みで悲鳴を上げ、涙を流してメイスを床に落とした。ギガは大蛇の口に炎を当て、大蛇を後退させた。リナリーは地面に倒れて足から血を流していった。
早く回復魔法を…。しかし、この状況ではそんな余裕は…。光術の回復力は水術よりも下…早くしなければ…。
大蛇が毒液を吐こうとすると横から水の渦を受けて横に倒れた。そして風に乗って男が飛び移ってきた。
「ヘクト!」
「よう。間に合ったようだな」
ヘクトは水術でリナリーの傷を覆って流血を止めた。
「あいつの皮膚が固くて攻撃が通らない」
「みたいだな。内部に魔術を撃ち込むか」
「僕がやる。サポートを頼む」
「分かった」
ヘクトは風を纏って大蛇の頭上に跳び上がり、剣を突き出し、水術と風術を合わせて水の渦を作り出して大蛇にぶつけた。大蛇は抑えつけられて動きが鈍り、その隙にヘクトに目を斬りつけられると、口を開いて悶えた。
ギガは大蛇の口へ剣を突っ込み、光術と火術を合わせた球を打ち込んだ。そして噛みつく前に手を引き、体内部で爆発を起こした。
大蛇はよろめき、マモツカの上に倒れ込んだ。マモツカは潰されて死亡した。
「リナリー!」
ギガとヘクトはリナリーに駆け寄り、ヘクトは回復魔法をかけた。
「そっちは任せる。僕はデインを探してくる」
「デインさんなら無事だ。すぐそこまで連れて来た」
ヘクトが下を指さすと庭の柱にデインがもたれて座り込んでいた。怪我はしているが、地術の回復魔法で回復しており、ギガに気づいて手を振った。
「ふう…良かった。しかしどうしてここが?」
「たまたまだよ。俺もこの辺りで魔物退治していたら、デインさんが飛んできて、話を聞いて駆け付けた次第だ」
「助かった、ありがとう」
「おう」
リナリーは目を覚ました。
「いたた…ヘクト?どうしてここに?」
「おい動くな」
「あっ、ごめん」
「また同じこと説明するのは面倒だな。簡単に言うと、近くに来ていたから。詳しくはギガから後で聞いてくれ」
「後で説明するよ。デインに無事を伝えてくる」
ギガは下に降りてデインと合流した。
「さっきは助かった。傷は大丈夫か?」
「ええ、ひとまず移動できるくらいは。ただ、連戦となると厳しいです」
「分かった。今日はここまでだな」
その後、ヘクトとリナリーは風術で下に降りてきて、魔道具で家を出し、4人は家の中で休んだ。
休みながらギガは少し前のことを思い出していた。
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ギルド本部の訓練所ではギガとヘクトが戦いを繰り広げていた。
ギガとヘクトは剣で斬り合い、お互い最後に致命的な一撃を受けてほとんど同時に倒れた。
その直後、部屋に施された魔術によって身代わりと入れ替わり、二つ並んだ魔法陣の中からそれぞれ現れ、ふらついて倒れ込んだ。この魔術は身代わりによってダメージは残らないが、怪我の記憶や疲労は残る。
「引き分けか…」
「いや、お前の方が後に倒れた。お前の勝ちだギガ」
ヘクトは体を回して大の字になった。
「ごめん、お前を傷つけるようなことを言って」
「ヘクト…」
ギガも横向きから大の字に寝転がり、力を抜いた。
「気の弱いお前は俺が引っ張っていかないとと思ってた。俺の方が上だと思って、それが俺の役割だと安心しようと思っていたのかもしれない。お前が弱かったのなんて小さい頃だけの話なのに、俺はいつまでも過去に縋って…変化を受け入れようとしていなかった。お前も成長してるというのに」
ヘクトは片膝を上げて上半身を起こした。
「自分では薄々気づいていたけど、受け入れるには思っていることを口にして自分に言い聞かせ、お前に負けて現実を知るのが一番だった。そうしないと、俺はずっと変われなかったと思う。今はとてもすっきりしている。完全に俺の都合だ。悪いな、つき合わせてしまって」
「寂しいこと言うなよ。僕たちは互いにそんな気を遣う仲じゃないだろ。いくらでも付き合うよ」
ギガも起き上がり、ヘクトの顔を見た。
「それに僕も漠然とした不安があったんだ。ヘクトが言語化してくれたおかげで向き合えることができた。ありがとう」
2人は拳を突き合わせて笑った。
「ギルドマスター就任おめでとう」
「まだ候補者として声をかけられただけだよ。これで違ったら恥ずかしいじゃないか」
「そん時は笑ってやるよ」
「笑うのかよ、酷いなあ」
「あはははは」
2人は声を出して笑いあって一息ついた。
「それじゃそろそろ帰ろう」
ギガはふらつきながら立ち上がった。
「俺はもうちょっと休んでいく」
ヘクトはまた横になった。
「自分の部屋で休んだ方がいいよ」
「分かってるって。先行ってくれ」
ギガは察して部屋を出てふらふらと自室へと向かった。
残ったヘクトは負けの実感が後から押し寄せて来て溜息をついた。しかしそれは苦くも爽やかな気分だった。
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翌日の昼過ぎ、全員が十分に回復した。
「ヘクト、ありがとう。もう怪我は大丈夫」
「それじゃ、俺はギルド支部に一足先に戻るから」
「ああ、ありがとう。またな」
「ありがとうございました」
ヘクトは森に入っていった。ギガたちは調査の続きで、建物の入っていない部屋を調べた。
1階の北というプレートの部屋は海同様に砕けた水晶が散らばっていた。西の部屋は水晶が残っており、黒ずんだ水晶の下から黒い塊がポロポロと魔法陣の内側の真っ暗な穴へと落ちて行っていた。
「何だこれは?」
「これはおそらく転送の術よ。転送に耐えられる形として魔物の核を送り込んでいるのだと思う」
「西というプレートは送り先か。地名じゃないのは気になるが…」
「5か所の略称が東や西という名前なのかもしれませんね」
「なるほど。とにかく魔術を消そう。水晶を壊す」
3人は後ろに下がって盾に隠れ、ギガが火球を飛ばして水晶を攻撃して破壊した。魔法陣の内側の穴は消え、黒い塊は煙を出して消えていった。
南と東の部屋も同様に水晶を破壊し、魔術を消し去った。
上の階に昇って調べたがボロボロに崩れた居住スペースがほとんどのようで、1階にあったような魔術のしかけらしきものは見つからなかった。
「ここにはもう無いわ。これで魔物減るかな?」
「他の候補地を見て回りつつ、魔物が増えなくなっているか様子見だな」
ギガが通信機でギルド支部へ報告をした後、3人は建物を出て次の候補地へと向かった。