1話
ある日、隕石が降ってきた。そして魔力が生まれた。
一連の現象によってできた空間の裂け目から魔族たちが現れた。魔族たちは各地に散ってそれぞれ好き好きに拠点を構えてその地を支配し、その支配者は全員が公爵を名乗った。魔族は魔物を作り出して世界に放ち、支配地以外にも魔物という脅威が溢れ、人類は追い込まれていった。
「…といったことが君の生まれる前に起きていたんだよ」
洋上の船室の中、若い男が座敷に座って壁にもたれかかり、その横の座布団に座っている幼い女の子に説明をしていた。
「どうして公爵なの?王様は?」
「よく知っているね」
「えへへ」
「彼らの王様…魔王はその名前こそ出るものの見た人はいないんだよ」
「王様いないの?じゃあ何で王様にならないの?」
「いないとは限らないよ。見たことがないだけ」
「それでも王様になっちゃえばいいのに」
「そうかもね。神様を見たことないだろう?でもバチが当たるから悪いことしたらだめとか、神様は特別だけど他は平等とか、王様にはそういう効果があるのかもね」
「うーん?」
「ちょっと難しかったかな?」
船が急に揺れ、男は体を起こして女の子を庇った。
「なんだ?」
「魔物だー!船室に逃げろー!」
船員の大声が船に響き渡った。
「お父さんの声…」
「私たちは出る。大人しくしてるんだよ。行くぞテツ、スイミズ」
男は女の子を離して立ち上がり、壮年の男と若い男と共に船室を出て甲板に出た。
船はアルコール燃料で動く金属製の蒸気船で、甲板は乗客が出られるように開放されており、落下防止に鉄の柵がついている。燃料は出航地であるブロンズゲートアイランドで積んだものだ。その燃料は温泉近くの地熱を使って芋を発酵させて作り出したアルコールだ。熱量が小さいため大量に積まなければならないが、魔物の少ない島で調達できるため比較的安全に確保できる。魔物の現れた現在、この辺りではメジャーな燃料となっている。
船の鉄柵には巨大な触手が絡みつき、ひしゃげていた。そこに船員がボウガンの台で銛を放つも表面で弾かれて甲板上に転がった。
「ここは私たちに任せて下がれ。魔物に飛び道具は通用しない」
魔物には魔力のない攻撃は通用しない。魔術を用いるか魔力を伝達する武器での攻撃でしか魔物の表面にある膜を無力化できず触れることすらできない。人体から離れる飛び道具はすさまじい勢いで魔力が減衰し、実質触れるも同然の至近距離でなければ意味がない。また、魔力が伝達できる素材だとしても魔力を込めた攻撃にする訓練を受けてない人の近接攻撃では膜を無力化できず攻撃が通用しない。
「何だあんた…」
「早く!巻き込まれるぞ!」
船員たちは気迫に押されて後ろに下がった。
「スイミズ、奴を船から引きはがせ!」
スイミズと呼ばれた若い男は鎗を持って海へと掲げると、海面が揺れていくつもの水の柱が上がった。水の柱は魔物の血肉が混ざって濁っており、触手は力を失って揺れと共に何本か海へと沈んでいった。
海から何者かが飛び出して甲板に立ち、水中銃を壮年の男に向けて撃った。銛は肌の表面で弾かれて地面に転がった。
「テツ、そいつは任せる」
「了解」
テツと呼ばれた壮年の男は太刀を手に、揺れる船上で体幹が全くブレることなく、剣を振り上げつつ踏み込み、あっと言う間にボウガンごと敵を真っ二つに斬った。
「ディエス様!後ろ!」
ディエスと呼ばれた若い男の背後で、客に扮した敵が鉄棒を振りかぶっていた。
スイミズの呼びかけを聞くまでもなく、ディエスはペンダントからソードブレイカーのダガーを左手で取り出しながら体を回し、ダガーで鉄棒を受けて打撃を横に流し、姿勢を低くして続けて回し蹴りで相手の足を崩してその場に転ばせ、手を蹴って鉄棒を手放させた。
「無事か?」
テツとスイミズがディエスの側に駆け寄ってきた。
「何ともない」
倒れた男は長い髪のカツラが外れ、短い髪が出た。
「こいつ魔族か」
この世界の人間と魔族は見た目がそっくりだが、男に関しては容易に見分ける方法がある。人間の多くは16歳以上になると髪を肩より下まで伸ばし、白髪だらけになる頃からまた短くする。一方で魔族の男の多くは髪を2,3センチほどにする。ただし、この見分け方は例外もあるので絶対ではない。
「くそっ、制圧失敗か…」
「そうだ。大人しく投降することだ」
「はっ、御免だね。みんな道連れだ!」
魔族は自身の魔力を凝縮し始め、ディエスは右手でペンダントから片手剣を取り出して振り、魔族の首を飛ばした。魔力は霧散し、危機は去った。
「すみません、護衛の身でありながらディエス様を危険に晒して…」
「謝ることはない。スイミズには海の魔物の相手を俺が指示した」
「そうそう。気にすることない」
「テツさんも護衛でしょう。自覚あるんですか?」
「もちろんある。ディエスの指示通り敵を減らして安全を確保したぞ」
「ぬううう…」
「そこまでだ。2人とも全く同じ心構えである必要はない。テツはのびのびとやった方が実力が発揮できるし、スイミズは背負った方が実力が発揮できる。私たちはこれでいい」
「だとよ委員長さん」
「誰が委員長ですか!ディエス様がこれでいいとおっしゃるなら…!」
3人は武器を消してペンダントの中に戻した。
船員たちが恐る恐る近づいてきた。
「あ、あの…あなたたちは?」
「ご安心を。私たちは魔物退治ギルド、エルシュバエル」
魔物退治ギルド、エルシュバエル。その肩書通り魔物退治を行う組織。ギルド本部はこの船の出航地であるブロンズゲートアイランドにある。魔族への反抗組織でもあり、魔物退治はその資金稼ぎや仲間集めの一環である。魔物がいなくなれば魔物退治では稼げなくなるが、そんなことは関係ない。魔公爵たちを倒し、魔物を消すことを目的にしている。
ギルドは様々な技術を有しており、その一つが魔物同様の膜を作り出す魔導具で、ディエスたちはそれを身に着けているため飛び道具が効かなかった。
「ありがとうございます。助かりました。後片づけは我々でやります」
「では我々は中で休ませてもらう」
「航行の護衛にはぜひ我がギルドにご依頼ください。依頼料に恥じない働きを約束しますよ」
スイミズは船員に営業して笑顔で和ませ、ディエスたちと船室へと入っていった。
その後、船は損傷でスピードが出せないながらも夜には無事港に着き、乗客たちが下船した。
「じゃあね、お兄ちゃん」
「ああ、お嬢ちゃんも元気でね」
ディエスたちも船を降り、待ち合わせの灯台下で現地ギルド員と会った。
「ようこそおいでくださいました、マスター・ディエス。7代目ギルドマスター」