或る絡繰り時計の真実
ある日、赤佐雅寛と山吹薫は宿泊学習で、ある離島に行く。
離島の宿泊施設“澄礼”で出会った少女にある謎解きを依頼される。真実を知った赤佐はどう行動するのか?
「赤佐」俺は2段ベッドの真上で寝ている彼に言った。
「大丈夫か?」
「いや、大丈夫じゃない。」
「先生を呼ぼうか?」
「いや、休んでれば大丈夫だと思う」
「分かった。着いたら起こすからそれまで寝てろよ」
「ありがとう」
俺は乗り物酔いに縁が無いのだが、赤佐は昔から乗り物に弱いから酔い止めの薬が手放せない。彼にとって船の移動は苦行に近いのかもしれない。
「そろそろ到着だ。準備しとけ」先生が部屋に顔を出すと、そう言ってすぐ隣の部屋の生徒に言って周っていた。
「よし」赤佐は先生の声で飛び起きた。
「いけそうか?」
「まだ本調子じゃないが、外の空気を吸えばなんとかなる」
ベッドから降りると、下船の準備をする。
離島に上陸すると、次はバスで宿泊施設までの移動が待っている。
「山吹、俺はバスに乗る時は景色を楽しみたいから窓際がいい。」
「俺は通路側が好きだ。圧迫感がないからな」
「それじゃ決まりだ」
両者の利害が一致したところで、バスに乗り込む。赤佐は酔いやすいので、前方を座った。
「おぉぉ」赤佐は、早速バスの窓から見える景色を楽しんでいる。
「すまん、赤佐。宿泊施設へ到着したら起こしてくれるか?船の移動で疲れた」
「分かった。船では休ませてもらったから、ゆっくり休め」
「山吹、着いたぞ。起きろ」
体を揺らされて目が覚める。体は起きたが、頭が全然起きない。
赤佐に言われるがままバスを降りると、すっかり周りの景色は森、森、森。
2つの山の隙間からとても綺麗な夕日も見えて、自然のど真ん中に来た。という感じだ。
「お前ら、ここに班ごとに集まれ」先生の一声で、宿泊施設の前に集まる。
「ようこそ、遠路はるばるお越しくださいました。私この施設、澄礼の代表、水島源といいます。げんさんと呼んでください。よろしくお願いします」と年齢は70代位の丸メガネをかけ、白髪の角丸めの角刈り、紺色の襟付きシャツに黒のパンツを履き、白のスニーカーの優しそうな男性が挨拶をした。
「同じく、水島和泉です。いずみさんと呼んでくさい。よろしく願いします」
同じく70代位の茶髪の長髪で後ろに髪を結んでいる、男性と同じ服装だ。笑顔がとても優しそうな女性が挨拶をした。
同じ服なのはこの宿泊施設の制服なのだろう。2人の襟付きシャツの左胸のところに行書体で“澄礼”と書いてある。
入所式を終えると、荷物を部屋に置きジャージに着替えて、食事会場へ向かった。
食事は、山菜や川魚。山の幸をふんだんに使った料理が出てきた。
食事が終わって会場から出ると
「いやぁ凄く美味しかった。鮎が凄く美味しかった」赤佐は満足気に言った。
「山菜の天ぷら最高だったな」
「“赤”だ」突然俺達の前に現れた少女が言った。メガネを掛けたショートカットの頭の良さそうな少女だ。
「俺のこと?」赤佐はジャージのゼッケンに書いてある自分の名前を指差し、困惑した顔で言った。
「はい、私は佳澄。佳境の“佳”に澄明の“澄”と書きます。小学3年生です」
突然の自己紹介で俺も赤佐も、目が点になってしまった。
「俺の事知ってるの?」
「いいえ」と佳澄さんが言った。「謎解きなら“赤”っていう漢字が書いてあるお兄さんに聞いてと、“草”のお姉さんが教えてくれたんです」
「あぁ、草剪さん※か。」溜息混じりで赤佐は言った。
※“消えた花瓶”の登場人物。赤佐と山吹の同級生の女子生徒。学級委員
「それで謎解きって何?」
「澄礼に絡繰り時計があるの知ってるますか?」
「知ってるよ。1階の休憩スペースにあったね」
「はい。その絡繰り時計は毎日午後2時10分に時報が鳴るんですけど、1日の中でこの時間だけしか時報が鳴らないんです。おじいちゃんとおばあちゃんになぜこの時間にだけ鳴るのか聞いてみたんですけど、答えてくれなかったんです。おじいちゃんはとても悲しい顔をした後、微笑んで“すまないね”としか答えてくれなくて」
佳澄さんが話してくれている後ろから源さんと和泉さんがやって来た。
「佳澄、こんな所にいたのか。探したぞ」
源さんが佳澄さんに近付いて中腰の姿勢で目線を合わせて言った。
「ごめんなさい」
「良いんだよ。ほら、おばあちゃんのところに行って一緒にご飯食べてきなさい」
「うん」元気よく返事した佳澄さんは和泉さんの方へ駆けて行った。
「驚かせてすまないね」と源さんが言った。「何でこんな所に小学生がって思ったかもしれないが、あの子の両親はもう亡くなって私と和泉で面倒を見ているんだ。父親は佳澄が生まれてすぐに交通事故で、母親は2年前に…っていきなりこんな重い話をされても困ってしまうよな。すまないね。今日はゆっくり寝て、明日から沢山いい思い出を作って帰ってくださいね」
そう言うと源さんは、和泉さんと佳澄さんのいる方へ行った。
俺達はどう言葉を掛けて良いのか分からなかった。
入浴を終えて、1階の休憩スペースに行ってみると、絡繰り時計の前に赤佐が立っていた。
「やっぱ気になったか」赤佐の隣に来て言った。
「うん。佳澄さんが言ってた時計を見たけど、やっぱり見るだけだとさっぱり分からないな」と唸るように言った。
「佳澄さんといえばさ、いきなりお前の事“赤”って言ってびっくりしたな」
「小学校3年生だとまだ赤佐の“佐”は習わないからな。草剪さんの“剪”も習わないだろうからどうしても“赤”のお兄さん、“草”のお姉さんになるんだよ」
「じゃあ俺は“山”のお兄さんだな」
「確かにそうだな」赤佐は微笑んだ。
「離島に住んでるとやっぱり船で学校通うのかな」時計の事について考えている赤佐の隣で俺は独り言を言った。
「あぁ山吹は寝てて見てなかったのか」俺の独り言を聞いた赤佐が言った。「山に入る少し前くらいだったか小学校があるんだよ。大きな木造2階建てで昔に建てられた感じだった。」
「山を降りて学校に通うのか。俺には無理だな」
「あぁ」赤佐は空返事で言った。
翌日、俺は起床時間よりも大分早く起きてしまったので、澄礼の中を散策することにした。すると赤佐が休憩スペースの壁にかけてあるコルクボードを見ていた。
「何かコルクボードに貼ってあったのか?」
「うん。島で“夏祭り”、“花火大会”って書いてあるポスターと新聞の切り抜き記事がある」赤佐はコルクボードの方を見ながら言った。
「新聞?何が書いてあるんだよ」
「2年前の記事だ。“水難事故 死者1名”」
赤佐が呟くように言った瞬間、おもむろに自分の部屋に戻ってしまった。
何事かと思い、部屋に戻った彼に聞いてみたが何も答えてくれなかった。
食事会場で朝食を摂ると、赤佐は半分残して食器が乗ってるトレーを持って返却口の方へ行った。先生から声を掛けられていたが、微笑んで頷いて食事会場から出ていった。
俺もすぐに朝食を食べ終えて、赤佐を追いかけた。
「すいません、今お時間良いですか?」
「どうした、改まって」
赤佐と誰かが話す声が聞こえた。俺は思わず2人の声が聞こえる位置に移動し、身を隠した。
「源さん、佳澄さんはあの絡繰り時計の時報の事すごく気になってます。俺が言うのは間違っているのは百も承知です。佳澄さんに話してあげてください」
「その物言い、赤佐くんは何の時報か分かったんだね」
「はい。あの時報は亡くなった佳澄さんのお母さんが、学校に佳澄さんを迎えに行く時間を知らせてくれる時報だったんですね」
「あぁ。よくわかったね。佳澄のお母さん…澄礼は旦那さんを亡くしてすぐに此処へ帰ってきて、この施設の仕事を手伝ってくれてたんだ。仕事をしながらだから、絡繰り時計に佳澄の学校が終わる時刻をセットしててな。時報が鳴る度に“お父さん、佳澄を迎えに行ってくるね”って聞こえてくる気がして。澄礼がすぐ近くにいる気がするんだよ。佳澄に聞かれた時はどう答えていいか分からなくて思わず“すまないね”と答えてしまった。今日、佳澄が帰ってきたら全て話すよ。」
「はい」消え入りそうな声で赤佐が言った。
俺は静かに、2人の声が聞こえる位置から離れた。
こんにちは、aoiです。
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
今回の話は赤佐の相棒、生徒会長の緑がいないお話です。
同級生で友人、山吹薫が今回の話の語り部になります。
先輩といる赤佐とはいつもと違う雰囲気を出せればと思い書きました。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。