5. 文明的な再会
後日ウィンダムから面会を請う手紙が届き、タインは近衛騎士団の面会室を手配した。
現れたウィンダムは、銀鼠色の文官服で隙なく身を包み、栗色の髪を後ろに撫でつけた、如何にも堅苦しい官吏といった様子だった。役職を示す紫色のカラーとラペルには刺繍が入っており、銀縁眼鏡が気難しげな印象を深くしている。草臥れたシャツを纏い眼鏡も失い、髪が下りるがままになっていた時期にはあった砕けた雰囲気は、微塵も感じられない。
「元気そうで安心した」
タインは事務的ではない第一声と声音、和らげられる目元に意外な心地を覚えた。気まずさに類するものが欠片もなかったからだ。どう反応すべきか迷う一拍を置いて、胸に片手を当てる、騎士としての礼を執った。
「お久しぶりです。ラザフォード卿もお元気そうですね。帰還早々、職場復帰を果たしたと聞きました」
「……もう気安く呼んでもらえないのだな」
ウィンダムの呟きにタインは浅く頷く。
「あれは無人島でしたから」
無人島生活が長くなる予感がし始めた頃、ここでは立場は関係ないのだからとウィンダムに促され、愛称で呼んでいた。非文明的な生活に慣れぬウィンダムの心の健康を保つため、タインは生命維持以外のことでは概ねウィンダムの意を汲んでいたのだ。だが帰還してしまえば人間社会のしきたりの中なのである。
「そうか、寂しいものだな」
ウィンダムは苦笑いをし、気難しい顔に戻る。
「だが我々は気持ちを通じ合わせて婚約者となるのだ。あまり余所余所しくてはそう見えないのではないか」
「………。そうですね。ではウィンダム様と」
ウィンダムの言い分は尤もだ。人を欺こうというのだから、不自然なものは極力排除すべきとタインは頷き改めた。
「無人島で仲を深めたにしては、堅苦しくないか」
「……ウェン様でよろしいでしょうか」
「もう一声」
「ウェン」
無人島での呼び方に戻り、ウィンダムは満足そうに頷く。タインからも呼び捨ての許可を得ると頬を緩め、そうすると気難しい印象も和らいだ。すっかり関係が元通りのように思えて、タインは妙な気分になる。
「座って話しましょう。お茶を入れます」
タインは気を取り直すように席を勧めた。在りし日を懐かしむ為に設けた場ではないのだ。ここで話し合った結果を持ち帰り、諸々の調整をしなければならない。
先ずは認識に齟齬がないよう話をすり合わせる。タインのすべきことは社交場への同伴と、日常で警備の手薄になる場所での警護だ。聞けばウィンダムの職場である外務局は、人の出入りは激しいが、見知らぬ予定外の来訪者には厳しい場所なので、特別な措置は必要ないという。
「では私の担当は外務局から外門までの間ですか」
「そういうことになるな」
「それは……なんというか」
二人は互いに忙しい身である。殊にタインは二十四時間三交代制で、昼夜逆転の勤務が定期的に組まれる職種だ。本来ならば、毎日のように時間を合わせて落ち合うことも難しい。
「貴女が無理矢理時間を捻出するほど、私を愛しているかのようだな」
タインが口中に仕舞ったことを、ウィンダムが口にした。
「………そうとしか捉えようがありませんね」
設定上、そう捉えられても問題はない。だがタインは釈然とせず小さく唸った。なんとなく屈した気分になって、傷物と貶められるよりも余程矜持を刺激された。
「だがそれはやりすぎではないのか」
「貴方が標的の可能性が高いとはいえ、確定ではなく、王女殿下の乗った船が狙われたのです。犯人を特定し捕らえ、殿下の安全を確保するのは我々の仕事です」
純粋にウィンダムの為だけの警護ではない。そういった説明は事前にされている筈で、ウィンダムのような人間がその辺りの疑問を解消していないとは思えず、タインは首を傾げた。
「そういうことではなく。毎日送迎をするということだろう。登城はいいが、私は退城時間が一定ではない。実施するとなると都度、伝達して呼び出す形になると思うが、その間貴女は待機ということになり、何もできないのではないか」
「特別任務扱いですので、そういったことは融通が利きます」
そうでなくともタイン達は非番という休息形態を取っているだけで、何かあれば就寝中でも駆り出される。待機程度なら特に負担ではないのだ。ウィンダムは暫し考え込んだ。
「週の半分は局に泊まり込むことにしよう」
「……いえ、怪しまれるような変則的な動きは極力避けてください。私が合わせますので」
「いや、ままあることだ。宿泊用の部屋があってな。立て込んでいる時は詰めることもあるのだ。なんの仕事をしているかなど外部には漏れないから、単に忙しいように見えるだけだ」
タインは戸惑う。どうもウィンダムは、タインを気遣っているように思えたのだ。
「その、ありがとうございます……?」
ウィンダムは口端で笑んだ。
それから整合性を図るべく細々とした打ち合わせが続いたが、クォン島でのことは偽る必要がないとの結論はすぐに出て、タインは胸を撫で下ろす。嘘が多いといざという時に綻びが出やすい。この面会でウィンダムが婚約を申し込み、タインが受け入れたという形を取ることとした。
「それで、貴女の家に正式に申し込みに行って良いのかな」
「はい。家族には任務を明かせませんので、そうしていただけると助かります。慣例通りの婚約式を行いましょう。父母がその、……おそらく煩わしいことにお付き合いいただくことになります。本件が片付くまでのことと、暫しのご辛抱を」
「……貴女を口さがなく言う声を大きくさせてしまうのだから、それは私の台詞だ」
婚約によって、矢張り傷物にされていたと納得を深める者もいるだろうと言っているのだ。任務終了と共に婚約を解消するのだから、別の悪評も立ちかねない。
「それに就いては問題ありません。元よりこの身は近衛騎士団に嫁いだものと思っておりますから、そのような声が私を傷つけることはありません」
気負い無いタインの様子にウィンダムは瞼を僅かに持ち上げ、次いで眩しいような目の細め方をした。
「そうか。だができる限り貴女の名誉は守ろう」
タインは眉を上げた。ウィンダムは非文明下に置かれても、度々タインを普通の貴族女性のように扱っていた。日常に戻っても変わらぬその姿勢は、タインを落ち着かない気分にさせた。