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15. 大事なことが抜け落ちている


 第二外務局は使節団の準備で忙殺されている。ウィンダム自身が関係各所との調整で局を空けることも多く、タインへの面会の申請はない。結局時間が合わず、朝の迎えもできない状態である。ナディーン付きの女官とも調整をしているようだが、王宮を訪れることはないので姿を見る機会もなかった。ジョセリンは第一外務局の局員を紹介してもらったので、其方は支障はなく非番を利用して会えているようだった。


「ううっ…タインに続きジョスまで……!」


 それを嘆いたのはミスティーだ。


「上手こといくならそれはそれでいいじゃない。老後の心配も少なくなるんだし」


 練兵場に向かってタインと三人で並んで歩きながら、ブルックが気楽な口ぶりで宥める。


「ブルック冷たい! どうせ女官の競争率下がって助かるとか思ってるんでしょう!」

「それは否定しない」

「冷った! 男なんかに人生握られて、その辺の夫人達みたく抑圧されて過ごすのよ? 夫が自分よりアホでも立てなきゃいけない、自分がどれだけ軽んじられてても立てなきゃいけない、どんなクズでも立ててこそ妻の鑑。妻の功績は夫の功績。妻が優秀なのは夫の躾の賜物。はあー? でしょ。はああああ? 馬鹿にすんのも程があるわ! そんなどうしようもないもん立てられる女なんて自力で最高に有能に決まってる! でもどんだけ有能でも夫がコケれば共倒れ。心労しかない! なんっっっっっっの得もないわ。 楽しみといったらお茶会で人様の悪口言い合うくらいの───騎士として努力し続けてきた末の人生がそんななんてあんまりじゃない! 折角そんなことしなくてもいい境遇なのにどうしてそれを捨てちゃうの! タイン、こっちに戻ってきなよ!」


 完全に男嫌いのミスティーは、結婚を隷属と捉えている。妻という立場に貶められると思っているのだ。ユールガルの貴族女性は夫に従順たれと教えこまれるのだから、間違いというわけではない。タインもミスティーの言い分は理解できる。そうなりたくはなかったから結婚を考えていなかった面もあるのだ。ただ、ミスティーが嘆く程のことにはならないのではないかと思っている。ウィンダムはアホでもクズでもなければ、タインを軽んじてもいないのだ。


「ありがとうミスティー。結婚しても女官は目指すから大丈夫。ごめんねブルック」

「ええ? ラザフォード卿そういうの大丈夫なんだ?」


 ブルックが目を丸くした。

 一般的に夫は妻が働くのを嫌がるものだ。高位貴族ほどその傾向が強い。妻を働かせるほど困窮している、つまりは夫に能力がないと受け取られるからだ。


「多分」


 そもそもウィンダムの有能さは叙爵で証明されているので、タインが働いたところでその事実は揺らがない。またウィンダム自身、何かしらの利益を提示すれば、頭ごなしに否定することはないのではないかとの推測の元、タインは頷いた。


「何それ話してないの?」


 ブルックは呆れ顔だ。


「それどころじゃなかったから。でもそうだよね、そういうことも話し合わなきゃいけないんだよね」


 婚約式は任務の一環だと思ったまま済ませてしまっていて、タインは実際に結婚するのだという実感が薄い。ラザフォード家への婚約の挨拶もまだである。ウィンダムの兄であるゴルデア辺境伯は滅多に王都に出てこないので、挨拶するには何日も掛けて領地に赴かねばならないのだ。ウィンダムは手紙で伝わっているから問題ないとは言うが、そんなわけにもいかないだろうとタインは思う。今も渡航を控えているから、尚のこと機会が作れない。


「今ぜんっぜん会えてないんでしょう? 大事なこと話し合えないって致命的じゃない?」


 ミスティーは不服な気持ちが抑えきれない顔である。


「ああいや、それは私の方に問題があるというか」

「どんな?」

「任務優先してたから、そこまで思い至ってなかったという」

「まあ命のが大事よね」


 ブルックは納得に頷いた。


「でも会えてないのに全然寂しそうな素振りがないのって、そんな好きなわけじゃないってことだよね?」

「どうしたって祝ってあげられないのかこの子は」


 ミスティーの不満は収まらず、ブルックが呆れる。


「だって、何を犠牲にするのか考えたら快くなんて祝えないでしょ」

「そんなに嫌なもんか、結婚って」


 後から追いついてきたクレイグが話に加わった。タインはここのところ避けられているように感じていたので、以前のような気安さになんとなくほっとする。


「一生懲罰房に入るみたいなもんですかねー」

「えっ、罰?」


 ミスティーが判り易く顔を顰め、クレイグは聞き間違いかとブルックに視線を向けた。


「私は罰とまでは思わないけど、飼い殺しでしょ。男と女じゃ、結婚で得るものも失うものも違うの」


 ブルックは肩を竦めるようにした。クレイグは恐る恐るタインを見る。


「タインもか?」

「いい印象はないよ。でもだから、恋とか愛とかが必要なのかもね」


 相手を慕う気持ちがあれば多少の不利益は耐えられるのだろうと思って、タインはウィンダムも似たようなことを言っていたことを思い出していた。但しもっと小難しい言い方で、繁殖についての話だった。そこで急に気付いた。話し合うべき大事なことの中に子供のことがあると。それは自身の進退に直結することだ。愕然とも呆然とも取れる様子で立ち止まるタインに、連れ立っていた三人は怪訝そうに振り返っていた。


 特別任務を終えた今、タインはウィンダムに対するのに公の部分はない。近衛騎士という鎧のない素のタインでウィンダムの気持ちと相対さなければならないのだ。だから図らずも、対面しない期間が設けられたことには安堵も覚えている。ウィンダムにずっとあの調子でいられたら、どう反応したらいいのか判らない。落ち着いて自分の気持ちとも向き合えない気がしていたのだ。

 ウィンダムからは週に二度は手紙が届いていた。仕事の内容も居場所も書かれていないが、現地の草花が押し花のようにして添えられている。その時によって皺になっていたりまだらに変色していたりと、どれも綺麗にはできていない。会えない理由が嘘ではないことを主張しているのか、臨場感を伝えたいのかは判らないが、忙しいのだろうにそんな手間をかけられると、会えなくて寂しいと伝える言葉よりも愛情を感じてしまうから、不思議なものだ。にも拘らず。それを受け取りながら、タインは自分の進退について考えていた。薄情だと罪悪感を覚え、だが大事なことだと持ち直すことを繰り返す程度には心乱れている。

 最初に届いた手紙で、返信は第二外務局宛てにしてほしいと書かれていたが、タインはもらった手紙の半分も返信していない。王宮の出来事を書くわけにはいかず、それ以外の日常のことを書こうにも大体することは決まっていて、特筆すべき面白味はない。ジョセリンに教えてもらった香油が髪に合って、最近調子が良い、などという話をされてもウィンダムも困るだろうと思うと、本当に書くことがなかった。公にされているナディーンの参加行事で警護をしたことや、此方は変わりなく健康でいるという内容を、言い回しを変えて送るのがせいぜいだった。そんな味も素っ気もない内容であるのに、ウィンダムの手に渡った後と思しき手紙には、貴女の近況が知れて嬉しいと一言添えられている。

 むず痒さともやもやしたものを抱えながら、タインはその日の手紙も鍵付きの引き出しに仕舞っていた。






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