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13. 歓迎すべき誤算


 クォン島から王都に帰りついて直ぐ、ウィンダムは船の細工の件で意見を求められている。

 証拠隠滅を防ぐ為、そして場合によっては事故として処理する為、本件は公表せず秘密裏に捜査を進めている。再派遣までになんとしても片付けたい。今までナディーンの心労と新たな外交官の選出、新たな船の用意を理由に延ばしていたが、あまりに長引くようだとそれも苦しくなる。グルバハルには正直に話し、国内で収まらないようであれば捜査協力を要請しようと思うが、その場合交渉にどんな影響があるかと。

 ウィンダムはユールガルに不利になることはないと答えた。犯人がユールガル人であれば国内問題だ。解決してみせれば良いだけの話で、グルバハル人であれば交渉に有利な手札が増えるだけであると。

 方針は定まり、ウィンダムは交渉の窓口になっているグルバハルの外交官、ゴーウーボーに捜査協力を求めている。暫くして届いたゴーウーボーからの報告には、グルバハルの関与は見られないとあった。


「もうですか? 捜査したふりですかね」


 イーノックの驚きには疑念が深い。ユールガルで難航している分、余計に結果が出るのが早く感じるのだ。いや、とウィンダムは答えた。


「素早さはそれほど不審ではないよ。この話が頓挫して困る度合いは此方の比ではないからな」


 グルバハルは信心深い国である。王は神の末裔、神王とされ、その権威は絶大だ。それを維持する為の一環として神寄せの儀式が国事として行われる。これにはとある香木が欠かせないのだが、近年、病で国内の香木の殆どが枯れてしまった。この情報を掴んでウィンダムは戦の臭いを嗅ぎ取り、火種になるのを防ぐ為、国交を引き寄せたのだ。

 同じ香木がゴルデアにあるのである。嘗てグルバハルが、ゴルデアを難なく交易できるザムルに取り戻そうと躍起になったのも、これが大きな要因なのだ。今グルバハルはこの香木が欲しくてたまらない。

 一方、ユールガルは長年海賊対策に苦慮していた。ユールガルの領海で海賊行為を働いた船は、グルバハルの領海に出さえすれば簡単に逃げおおせてしまうのである。グルバハルが海賊を保護している疑いも浮上しているが、国交のない状態ではどうにも手出ししようがない。ウィンダムはこれを国交再開が必要な理由にした。海賊だけではなく、領海が曖昧な場所で頻繁に起こるいざこざにも頭を悩ませている海岸沿いの領主達や海軍はウィンダムを全面的に支持しているが、内陸の領主達には事の重大さを理解しない者も多い。海産物がなくても食に困ることがなく、交易なら陸路で他国と行っているからだ。

 そうした訳で、グルバハルの方が切実さで優っているのだ。又、グルバハルでは国交に対して、内陸の領主達は殆ど関心がなく、神王陛下の仰せのままにといった態度だが、直接的に利害のある海沿いの領主達は賛否がはっきり分かれている。疑わしい人物の見当がつけやすく、神王の強権発動が素早いことも関係しているだろう。


「ただまあ、嘘はついているかもしれないな」


 ウィンダムは同時に受け取っていた別の紙片を開いて、薄く笑った。

 ゴーウーボーは普段はザムルに滞在し、グルバハルとの連絡もザムルから行っている。信頼のおける部下に書簡を持たせ、船で行き来しているのだ。その信頼のおける部下グートウを、ウィンダムは懐柔済みだった。無理に書簡の内容を盗み見ろとは指示していないが、知ることができれば伝えてきて、グルバハル滞在中に情勢も詳しく探ってくる、実に優秀な諜報員である。

 ゴーウーボーの書簡を携えてきた使者がグートウだった為、同じ案件についての情報が同時に手に入ったのである。

 そのグートウからの暗号を復号すると、グルバハルで首謀者の一人が捕らえられたとあった。その者は密輸による独占利益を狙っており、ユールガル貴族と繋がりがある。共に国交再開を不服とする者同士、結託したという。

 ウィンダムはその貴族の名前を書き記し、厳重に封をしたそれをイーノックに持たせた。


「捜査部に頼む」


 グートウはグルバハル人だ。全面的に信じているわけではないが、捜査の手が入れば真偽は判明する。ウィンダムはイーノックの背が扉の向こうに消えるのを見送り、グートウからの紙片を燃やした。

 思えばここまで、長い道のりだった。

 ユールガルでは、ゴルデアにある香木は人体に悪影響を及ぼすものとして売買を禁止されていて、流通していない。密売人は厳罰に処されている。これが国交の材料になるというのだから、議会が荒れるのは必至であった。だからウィンダムは議題に上げる前にグルバハルの文化を教えることから始めたのだが、五十年の間に凝り固まったグルバハルへの悪感情を解すには、時間が足りない。並行して嘗てゴルデアを巡って起こった事実を示し、グルバハルにとっては戦を仕掛ける程重要なものなのだということを理解させ、戦を回避する為に香木を使った国交交渉が必要なのだと説いて回った。すると今度は望むところだ返り討ちだ、徹底的に叩き潰して五十年前の謝罪をさせるという者が出る。女に弱い者にはグルバハル人娼婦を使い、籠絡するといった手段も使って宥めたが、何よりお前が気に入らない、グルバハルと手を組んで何を企んでいる、という者には疑惑を薄めるぐらいのことしかできなかった。

 ウィンダムには敵を作らないといったことが不可能だ。その身に流れる血がユールガル人にとっては敵なのだから。エグランデ侯爵との縁はそれを少しばかり弱めてくれるだろう。

 婚約式の日、女性達の目の届かない談話室で二人きりになった際に、レナードは言った。


「私は古い人間でね。末端とはいえ、ザムルの血が混ざることに抵抗感がない訳ではない」


 然もあらん、とウィンダムは黙って頷いた。


「だが過去がどうあれ、今を見る目を曇らせては国は立ち行かないと思っている。ラザフォード家の動向は注視していたから知っているよ。この国の為に君が、何をしてきたのか。戦の回避は最重要事項だ。回避できる戦で態々国力を落とすことはない。開戦したがる馬鹿共を抑えるのに必要なら、私との縁を存分に使ってくれたまえ。私も君を使わせてもらう」


 レナードにとって、これは政略結婚だということだ。そしてザムルの血を好まざるものと口にすることで、今後の行動も厳しい目で見ていると牽制したのである。

 これにウィンダムは安堵を覚えたものだ。相手がウィンダムであるのに、娘を想うただの親心などと言われようものなら、侯爵家の行末に不安を覚えていたことだろう。元々利用するつもりではあったが、タインの生家だ。なるべくなら使い潰したくはないと思っていた。それがどうやら一方的になりそうにない頼りになる縁であったので、幾分気が楽になったのだ。現状を冷静に見極められる人間が身内になるのは好ましい。

 タインには幸運だと言ったが、そんなものでは言い表せないと思っている。指で持てなくなった紙片を灰皿に落とし、すっかり燃え尽きるまで見届けながら、ウィンダムはタインに会いたいな、と思った。本日は局に宿泊予定であるから、明日の退城まで会えない。叱られたばかりなので予定外の逢瀬を画策することもできない。とはいえ先の浮かれた行動を後悔はしていなかった。結果論だが無事であったうえに、タインがウィンダムの死を幸せではないと思っていることが知れたのだ。それはつまり、ウィンダムとの婚姻を不幸だとは捉えていないということだ。そもそもあんなに怒る程、ウィンダムの身を案じているのなら。


「それはもう、愛なのではないかな」


 仮令友愛なのだとしても、愛は愛だ。灰皿に視線を落としたまま口元を緩めるウィンダムを目撃して、入室してきた局員が怪訝な顔をした。






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