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雪柳  作者: 花山輝
1/2

回想

 1


 舗道はイチョウの葉によって埋め尽くされ、歩みを進めるたびに足裏に不自然な感覚を残した。また、夕方の薄明と照応して、どこか乾燥した秋の香りをおろしていた。顔を上げると枝には端正な扇形のイチョウの葉が垂れているが、足元を見るとずたずたに引き裂かれて死んでしまったイチョウの葉が積まれていた。世界は残酷だと思った。イチョウの葉は見ず知らずの僕に死んでもなお踏まれ、その後も、知らない誰かに、意図せず踏まれるだろうと思ったからだ。なのに、人間は自ら命を絶つことがある。これもまた残酷だと思った。こんな不条理が許されるのなら、世界に神なんていないのだろう。

 そんなことを考えていると、広々とした二車線の道路に出た。

 特にどこかに向かっている、というわけではなかった。とにかく歩いて、とにかく何かを考えていたかったのだ。これは一種の自傷行為のような気がした。歩くと疲れるが、僕は疲れるのを望んでいたし、膝と足首が痛くなって足を引きずることを望んでいたからだ。とにかくそうせずにはいられなかった。

 僕は時子のことをふと思い出した。時子も今の僕と同じように考えていたのかもしれないが、今になっては僕が知るよしもない。

 儚げで美しい横顔を思い出したが、もはや親し気な思いは湧いてこなかった。あの幼さと色気の矛盾から生まれる非現実的な美しさを想像で作り出すことはできなかったからだ。

 川面はイチョウの黄色をこの世ならざる世界に写していた。足元の小石を川に投げ込むと、この世ならざる世界はグニャグニャと歪んで、決して触れることはできない断絶された世界を強調したが、それは、より一層僕に時子のことを思わせた。もしかしたら、川面に時子が写し出されるかもしれないと思い、しばらくの間眺めていたが、日が沈み暗くなると、この世ならざる世界は、静かに、夜の色に染められていった。

 通りに救急車の音が混ざりこんだ。救急車は「緊急車両が通ります」と警告しながら、通りを直進していき、遠くのビルの前まで来て止まった。救急隊員四人が順々に降りてきて、ビルの中に入っていった。通りを歩いていた人が救急車を囲むように集まってきた。遠くから見る人だかりは、蛆虫がうねうね動いている様に見えて気持ち悪かった。しばらくすると、怪我人か病人かがストレッチャーに乗せられてビルから運ばれて出てきた。蛆虫が覗き込むように一斉に首を伸ばした。ストレッチャーが救急車に乗せられると、救急車は周りの淀みをサイレンで一蹴しながら、もと来た道を引き返して行ってしまった。蛆虫たちはしばらくその場でうねうねしていたが、数分すると留まる蛆虫はいなくなり、何事もなかったかのような日常に戻っていた。

 人が一人亡くなるくらいじゃ、社会には何の変化も起きないのだ。時子が去った後も世界は何も変わらなかった。朝のワイドショーは毎日決まった時間に放送され、僕は変わらず会社に勤め、時間だけが進み続けた。

 川は変わらず夜の色を写していた。

 雀の大群が一斉にイチョウから流れ出てきたので、夜と濃淡をなしているイチョウの木が激しく揺らいだ。雀の大群は夜の空に黒い川を作り出した。雀はしばらく空を流れると、別のイチョウの木に突っ込んでいった。

 雀が何かにすがるように宙を流れる行為は、僕から見れば何の意味もない行為だったが、僕も雀も世界から見れば大した差はないのだろうと思った。


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